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勇者ビスク

「暇だなあ」


 我が家の一室で、ベッドに寝転びながら、ベルズはそう漏らした。


「そうですか? 私は幸せですよ」


 横になっているベルズを嬉しそうに眺めながら、カトレアはそう言う。

 カトレアと出会い、色々な事があって最終的に結婚までしてから一年。とうとう自分にも家族と呼ぶような存在ができたわけだが、ベルズは退屈していた。

 結婚直後はただカトレアと一緒にいるだけでもベルズだって楽しかったが、それでもカトレアほどの境地には至れておらず、それ以外の娯楽を求めていた。

 家の周りで伸びていた雑草を狩ったり、至る所に転がっていた死体を思い切って海に投げ込み、掃除してみたり。

 全能の神を喰らって得た力で別の世界へと渡り、そこにちょっかいを出してみたり。

 家が綺麗になると確かに気分は良くなりはしたが、死体も草もそうすぐには生えてくるものでもなく、別の世界を弄って遊ぶのはベルズは楽しかったが、カトレアはそうでもなさそうだったので現在はあまりやってはいない。

 というわけで今ベルズは今新しい娯楽を見つけられないかと模索している。できる事ならカトレアと楽しめるものがいい。


「カトレアが楽しいならそれはいいけどさあ」


 妻の笑顔を見るのはベルズも嫌いではない。が、ベルズはもっと見たいものがある。血だ、血が見たいのだ。

 以前はカトレアの両親によって何人かベルズを殺しに来る者が度々現れていたが、あれから時間が経ち、ベルズの住む島には誰も訪れていない。

 カトレアの両親の死を知り、報酬を払うものがいなくなったからなのか、もしくはこの島に近付くのは危険だとでも知れ渡ったのか。以前巨大な海賊船がこの島を発見するなり踵を返して逃げていったのを見たベルズは、後者だろうなと思う。

 ともかく、そういう意味ではベルズは欲求不満である。だからといってカトレアに手を出したりは二度としないが。


「あー、勇者とか来ないかな」

「仲間に入れてもらって魔王でも倒しに行くんですか?」

「いや、俺が勇者をぶった切る……いや、叩き潰す」


 以前手に入れた剣は譲ってしまったのを思い出し、訂正した。今度代わりの武器も欲しいなと、ベルズはぼんやり考える。

 ともかく、勇者を名乗るくらいなら相当腕に自信があるはず。そんな人間が現れ、それを叩きのめすのは実に楽しそうだと思っているのだ。


「ま、そんなもんを名乗るようなやつなんてそうそう現れたりはしないだろうけどな」

「……いえ、もしかしたらそうでもないかもしれませんよ」


 ベルズの言葉に肯定を返そうとしていたカトレアだったが、ふと窓から外を眺めてみると、そう言った。


「はは、流石にそれはないだろ」


 冗談かと思いつつカトレアの横に顔を並べて窓の外を見る。すぐ横で変な声を漏らしながら顔を赤らめているが、ベルズは今は見ない事にした。

 すると、銀色に輝く鎧を纏い、背中に剣を背負った人物がまっすぐにベルズの家へと向かっているのが見えた。


「勇者、か? あんまりそうは見えないけど」

「その方があなたも嬉しいかな、って思って。言ってみました」


 えへへ、とカトレアは笑う。若干期待もしていたベルズだが、別に期待を裏切られたからといって怒るような事でもないのでやれやれと肩をすくめる。


「なんにせよ折角来てくれたんだから、出迎えないとだな」




 玄関扉からベルズが出ると、鎧の人物はすぐそこまでやってきていた。

 ベルズの方から姿を見せたのに驚いたのか金色の長髪と色白な肌の女は、若干驚いたような表情を見せる。


「ようこそ、こんな何もない場所へ一体何の用かな?」


 芝居がかった口調でそう言うと、女は表情を平静としたものへ切り替え、背の剣へと手を伸ばした。


「貴様、ベルズという名前か?」

「そうだけど。……普通そういう時はまず自分から名乗るもんじゃないかね」


 こちらの名を聞いて即剣を抜き放った女に、ベルズは呆れたような表情を見せる。表情だけだ。内心の所は久しぶりの戦いにワクワクしている。大振りの剣を軽々と構えてみせる目の前の女がどれだけ強いのか楽しみで仕方がない。


「私の名はビスク。不滅の勇者ビスクだ! ベルズ、数々の人間の命を奪った貴様の悪行は決して許されるものではない! よって、この私が貴様を打ち倒しに来た!」

「へえ、やれるもんならやってもらおうじゃ……」


 自らを勇者と名乗った女、ビスクに対し、ベルズは心の中で歓喜する。まさか、つい先程話題にしていた存在がいきなり現れるとは。

 拳を握り締め、ベルズが一歩前に踏み出そうとした瞬間、背後の扉が開く音がした。

 もしやと思いながら振り返って見れば、そこにはカトレアがいた。


「私も戦います!」


 そう言いながらカトレアはベルズの横に並び立つ。そして両手にはめた白い手袋を脱ぎ、丁寧に服の左胸のポケットへとしまった。

 露わになった焼け焦げたような色の手が一瞬だけ紫色の炎に包まれると、次の瞬間に両手は手の甲部分に宝珠のはめ込まれた巨大な黒い手甲のような形状へと変化していた。

 拳にあたる先端部分を打ち鳴らすと、やる気満々といった風にふんすと鼻を鳴らす。


「さあ、私の夫と戦いたければ、まずは私の炎に耐えてみせてくださいな!」

「無理だろ……」


 ベルズが呆れながら言ったように、無理である。

 カトレアはその両手に魔獣達の王と呼ばれるべき存在の力の一部を宿している。

 その力とは熱を自在に操るものであり、カトレアが望むままに超高温を発生させることができるというもの。その気になれば、世界の全てを蒸発させる事すら容易いだろう。


「ご心配なく。一割程度の力で加減します」

「一割ってったってなあ……」


 十分の一とは言っても、億の単位に余裕で入り込む温度だ。当然人間には一瞬たりとも耐えられない熱量。

 が、そんな事を知らないビスクは軽く笑い、カトレアを挑発してみせる。


「いいだろう、試してみるがいい。たかが火の粉でこの私が消せはしないと思い知らせてやろう」


 指先をくいっと曲げ、かかってこいとビスクは口角を上げる。

 相当な自信をうかがわせるその態度に、ベルズは耐えきれないだろうという先入観をなくし始めていた。

 考えてもみれば勇者を名乗るような存在であれば、身に纏う装備に何らかの魔術的な対策が施されているのかもしれない。ひょっとすれば、炎から身を守るような加護を受けているのでは。

 それもそうだ、そうでなければこんな余裕を見せられるはずもない。そう思ったベルズは、ずっと攻撃の許可を求めてこちらを見ているカトレアに頷いた。


「……加減はしてくれよ?」

「はい、炎すら蒸発させる私の炎、お見せいたします!」

「加減はしてくれよ!?」


 ベルズの言葉が届いたのかどうかは不明だが、カトレアが軽く黒鉄の碗を振るうと宝珠の内側で炎が燃え盛るような煌めきを見せ、振られた軌道をなぞるように突如出現した赤黒い輝きの炎が凄まじい速度でビスクめがけて飛んでいく。

 ノーガードで鎧のど真ん中にそれを受けたビスクは、顔面から地面に叩きつけられた。

 ベルズの予想に反して、ビスクは何の対策もしていなかったようだ。カトレアの炎を受けた胸から下は、鎧の欠片すら残さず一瞬の内に蒸発していた。

 即死していてもおかしくない傷を負ったビスクだが、まだ息があるらしく両腕を地面に突き、顔を上げる。


「グッ……どうやら、やはり私を消すには至らない、ようだな」

「強がりにも程があるだろ……。明らかにもうお前は死ぬじゃねぇか」

「そう、見えるだろうな。……だが、すぐにまた会う事になる」

「地獄で待ってる、ってか。悪いがそれじゃあ二度と会えないだろうな」

「いや、すぐに、会えるさ」


 そう言って不敵に笑うと、ビスクは力尽き、大地に顔を伏した。もう起き上がる事はないだろう。

 自称勇者の死体を前に、ベルズは溜息を吐いた。


「ああ……ごめんなさい、あなた……私は……」

「あーいや、そういう溜息じゃないんだ。カトレアは気にしなくていい」


 カトレアが乱入してきてビスクの息の根を止めたのは特に問題ではない。むしろ、あれだけ余裕を見せていたのに簡単に殺されたビスクの方に呆れている。

 無傷とまではいかなくとも、あれだけ何か隠し玉のある様子だったら一度くらいは耐えるのだろうと期待していたのに、その期待を裏切られた事への溜息だ。

 まあ、済んでしまった事は仕方がない。ベルズは悲壮な顔を見せるカトレアを軽く抱きしめて落ち着かせ、家の中へ戻る事にする。


「仕方ない、代わりにディオネアで……」

「あっ、あなた!」


 ドアノブに手をかけたところで、空いていた方の手をカトレアに引っ張られる。

 慌てたような声に振り向いてみると、ビスクの死体を指さしていた。

 なんと、死体が消えている。まだ息があったのかと驚愕しベルズは周囲を見回すが、どこにもビスクの姿は見えず、這ったような跡もない。


「……消えた?」


 ベルズの目には完全に死んだように見えたが、どこにも見つからない。這うような痕跡も見つけられなかったという事はゾンビと化したというような事でもなさそうだ。

 仮に生きていたとしても下半身は欠片すら残さず蒸発したのだ。そう長くは持たない。だというのに、どうやって一瞬目を離した隙に姿を消したのか。

 カトレアと共にしばらくの間消えた死体を探したが、どれだけかけてもビスクの死体は見つけられなかった。

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