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シルバーイーターX Re:story ~銀の魔族とハーフエルフの少女~  作者: カイロ


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17/30

封術師キクロス

 冒険者組合兼酒場の完成記念祝いと称された名状しがたき何かの処理が完遂され、ベルズ達は家に戻った。

 見送りの際にイリスが「今後うちに立ち寄る時は冒険者さんと鉢合わせするかもしれないので注意してくださいね」と言っていたので、まあ若干連絡が遅くはあったが了承しておいた。

 ちなみに、今はベルズとカトレア2人だけである。リギアは片付けの手伝いも申し出て、イガリスは約束通りに海に沈めた。こういう時、海が近いのはいいことだなとベルズは思う。

 結局、料理の殆どをベルズが平らげた。うまいうまいと言いながら口に運ぶたびに作った2人が嬉しそうに微笑み、それを見てベルズも次の皿へと手を伸ばしていき、の繰り返しだ。

 どんなものでも自分の体の一部として瞬時に吸収できるベルズは満腹で動けなくなるようなことはないのだが、なぜだか今は謎の視線を感じる。空から、海から、得体の知れない何かがこちらへ手を伸ばして捕まえているような、そんな感覚が体から離れない。


「……今度、一緒に料理を覚えような」

「はい! あなたとおいしいご飯が食べられるよう頑張ります!」


 元気いっぱいに答えるカトレアに、ベルズは満足したように頷く。盛り付けただけでこれでは一から作り始めた時にどうなってしまうのか、という不安がないでもないが、逆に考えれば伸びしろはあるということでもある。時間だけは文字通り永遠にあるのだから、むしろ教え甲斐があるというもの。

 そう思いながら家の前まで辿り着いた2人は、玄関扉の前に見知らぬ人物が扉に背を預けて立っているのに気付く。

 淡い茶色のローブで全身を覆い、目深に被ったフードで顔はよく見えない。わずかに零れ出ている白髪からすると、老齢の人物であると伺える。

 同時に向こうもベルズに気付いたらしく、丁寧に一礼をした。その際、左腕の裾から何かの文字のような複雑な彫刻の施された金の腕輪が姿を見せる。


「何だ、お前は」

「お初に。わたくしはキクロスという者です」


 しわがれた声で名乗った男は、そのままもう一度深く礼をした。

 特に敵意のようなものは感じないが、それでもこんな場所に用がある者となればベルズにも用事があって当然だ。決して警戒は怠らない。


「……それで、私達に何かご用件でも?」

「そうですな。ビスク、という名を聞けば話は早いでしょうかな」

「またアイツの仲間か……」


 その名を聞いて、ベルズは怒りと不快感の混ざった感情を抱く。

 この間国を滅ぼしに行った時、どうも見かけなかったと思えばまたどこかで仲間を呼び寄せていたらしい。

 ベルズが思うほどにあの女が馬鹿ではないのなら、前回の量で攻める戦法では来ないだろう。であれば、質で勝負か。

 だが、その割には特に仕掛けてくる素振りも見せない。戦闘が得意そうにも見えないし、そもそも丸腰だ。ローブの下に何か仕込んでいるのか、とも思うがやはり戦うつもりはないように見える。


「なに、あの娘とは昔に少々付き合いがありましてな。この島に恐ろしい化物がいるので封じ込めてこい、とこの老体に無茶を押し付けおったのです」


 そう言ってキクロスはわざとらしく自分の腰をさするようなしぐさを見せた。

 油断を誘うための演技といったところだが、少なくとも戦うような力がこの老人にないことはベルズにも伝わってくる。


「あれとは姪と爺のような関係でして。断り切れずここまで来たはよいのですが、わたくしに戦う力などありませぬ。剣でも振るおうものなら腰を痛めてしまいましょう」

「はは、それは大変そうだな」


 腕を振るったキクロスは、その勢いに振り回されるようによろめいた。危うく顔から地面へと激突していたかもしれない。

 その演技とは思えないほどの力なさに、ベルズは思わず失笑した。

 そこで分かった。この老人にはベルズもカトレアも傷付けることのできるような力はないと。


「……そんなわけでございまして。お二方にはどうかこの老体めにご協力いただけませんかな」

「なんだ? 死んだふりでもしててくれってか?」

「ええまあ、そんなところですな」


 キクロスは軽く笑いながら肯定した。そうして、左手でベルズを囲うように空中に円を描く。


「しばらく、そこでおとなしくしておってくださりませんか」


 すると、それに沿うようにベルズの周囲に透き通る結晶の薄壁がなにもない空間から滲み出るように出現する。

 瞬く間に、ベルズはその中に囚われてしまった。


「ッ……!」

「待て、カトレア!」


 キクロスに鋭い眼光を向けたまま手袋を外そうとしたカトレアを制止する。完全に密閉されているわけではないらしく、ベルズの声はそのまま届いた。


「いやはや、利口な奥様で助かりました。あのまま襲われては私の命もなかったことでしょう」

「……あなた、どうして止めるのですか」


 両手を上げて、キクロスは数歩下がる。

 カトレアはベルズへ恨めしそうに視線を向けている。私ならすぐに助け出せるのに、とでも言いたげだ。


「そりゃあここまで自信満々なんだ、この術を直接ぶち破った方が悔しいだろうからさ」

「ははは、果たしてそれはできるでしょうかな?」


 できるものならどうぞ、とキクロスは笑う。


「紹介が遅れましたが、わたくしは封術師のキクロスと申します。その名の通り敵を封印する術が使えましてな、貴方を囲うそれもわたくしの術のひとつ。貴方の魔力を利用して結界を張っておるのです。魔力が尽きるまで、そこから出ることは叶わんでしょう」


 ベルズは目の前の薄壁に触れる。どうやら見た目以上の硬度があるらしく、そのまま力を込めてもびくともしない。

 拳を振り上げ思い切り叩きつけてみるも、ヒビの一つも入らない。叩いたのと同じだけの力で反対側から叩き返されたかのようだった。

 キクロスの言う通りに力技で破壊するのは無理そうだ。


「いかがです? 脱出不可能だとおわかりいただけましたかな。なに、わたくしも永遠にそこで暮らせとまでは言いません。アレが煩くて敵わんものであと10何年かそこら、わたくしが死ぬまでそこにいて頂きたいのです。術者が死ねば、その封印もすぐに解けますので」

「ダメです。夫は今日から私と料理の特訓をする予定ですので、今ここで死ぬか封印を解くかお選びください」

「だから待てって、カトレア」


 問答無用とばかりに手袋を脱ごうとするカトレアに再び待ったをかけるが、今度は止まりそうもない。

 仕方なくベルズは再び壁に手を触れ、そこから銀の体液を流れ出させる。

 壁に染み込むように広がっていく銀色はあっという間にベルズを閉じ込めていた封印全体に行き渡り、次いで手の平に吸い込まれるように吸収されていった。


「ほら、この通り」

「……なんと……」


 封印を容易く食い破ってみせたベルズに、キクロスは驚きを隠せない。どうやら相当に自信のある術だったようだ。


「簡単に出られるんだって、この程度」

「うう。ならそう言ってくれたらよかったのに……」

「まあ、その、さっきの仕返し、だな」


 困るところを見てみたくなったのだ。と想像以上に心配そうな顔をして縋りつくカトレアにベルズは言った。まあ、笑っている方が似合うな、という結論に至っただけだが。


「よもや、この術が破られるとは……。わたくしめの生涯初の出来事です」


 依然キクロスは動揺している。これまでは今の一発で決着を付けられていたらしく、その衝撃は大きいようだ。


「ま、出る方法がぶち破る以外無いんならそうするしかないしな。いつかは破られるだろ。もっと他に技はないのか?」

「…………あるには、ありますな。封印と呼ぶには内側に鍵の用意された欠陥品でございますが」


 苦々しくそう言った老人の言葉に、ベルズは不敵な笑みを見せた。


「いいぜ、試させてやる」


 どんな仕掛けかは知らないが、この言い渋るような口調では簡単に破れる封印だとしか思えない。

 その鍵とやらを最速で見つけ出してまた封印を破ってやろう、そうベルズは考えた。

 だが、カトレアは納得がいかないという視線をベルズに向ける。


「……あなた」

「大丈夫だって、今みたいにすぐ戻ってきてやる」


 抱き寄せたカトレアにそう言うと、顔を赤らめてそっぽを向き、それ以上は何も言わなかった。


「さぞ強い自信がおありのようですが、果たして本当に戻ってこられるでしょうかな。なにせ鍵を手にするには途方もない運も必要で……」

「やってやるさ。ルール通りに鍵を見つけて、あっという間に戻って来る。もし俺がそのルールを破って出てくるようなことがあったらお前を生かしておいてやってもいいぞ」

「……そうですか。そう言われては、試さぬわけにもいきませんな」


 ふぅと息を吐いて、キクロスが再び左手をベルズに向ける。それを見て、抱いていたカトレアを離し、封印を待ち構える。

 腕輪に刻まれた文字が光を放ち始め、先程と同じように左手で円を描くと、今度はベルズの背後の空間が切り裂かれて、そこにできた人間大の穴に吸い込まれていく。


「……本当に! すぐに戻ってきてくださいね!」


 穴に落ちていくベルズに、カトレアが叫ぶ。それにニッと笑って答えると同時に、ベルズは完全に飲み込まれ、穴は瞬く間に閉じてしまった。


 カトレアはしばらくベルズが消えていった場所を愛おしそうに眺めていたが、深い深呼吸と一度繰り返し、表情を消した顔でキクロスへ向き直った。


「……それで、私の夫にどんな封印をしたのですか?」


 その声色だけで、キクロスは殺されると思った。感情を失ったような顔で対峙する少女に、信じがたいほどの恐怖を覚えたのだ。知らず知らずの内に後退する、が、既に背中は扉とくっついていた。

 これ以上下がることのできない老人に、カトレアはゆっくりと歩み寄り、ほぼ零距離まで顔を近付ける。


「そ、そこまで恐ろしい顔をしないで頂きたい……。お答えします、お答えしますので、どうか」

「…………失礼。夫の事とはいえ、少々取り乱してしまいましたわ」


 震えたキクロスの声に、カトレアは一歩下がると自らの顔を白い手袋をした指先でゆっくりと撫でて、その下から少し前までの柔和な表情を取り戻した。

 これで文句はないでしょう、とキクロスにベルズへ施した封印の詳細を話すよう促す。


「さあ、続きをどうぞ」

「……彼に行った封印は、わかりやすく言うならば別の世界に押し込んだようなもの、です。その海の底の檻に今彼はおります」

「そんな、夫は泳げないのですけれど」

「た、例えです! 本物の海に沈んだわけではありませぬ! ですから、どうか殺さないでくだされ……」

「いやですわ、殺しませんとも。あなたの生死は夫が決めるのですから」


 そう言って、未だ怯えているキクロスの背中を優しくさすり始めた。そこだけを見れば、仲睦まじい家族のようにも見えただろうか。


「はは……。それで海というのは、魔術、いえ夢の中の世界のような場所の事でございまして、現実と空想の中間に位置するそこに、貴方の旦那はおるのです」

「場所についてはわかりました、それで鍵とは?」

「鍵は……一定の形を保ったものではなく、封印された者と深く関係のある何らかの形状に変化するのです。当事者が見れば、それが鍵だと真っ先に察するでしょう。後は、その鍵を手にした者が封印された者を打ち倒せば、封印は解かれましょう」

「つまり、どうあれ私の夫が傷付かねば出てはこられない、と?」

「それは……」

「いえ、構いません。先程も言いましたが、夫が戻るまではどうあれあなたが死ぬようなことはいたしません」


 そう言いながら、カトレアは手袋を片方脱ぎ、黒い手をキクロスに見せつけた。


「ですが、夫の言葉次第では私はあなたを許さないこともお忘れなく」


 一瞬、カトレアの手を黒炎が包み、その中から黒鉄の剛腕が現れる。

 ギリギリと握り締められるその拳を見て、キクロスはただ乾いた声で笑うしかできなかった。

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