全部おいしくいただきました
それからもうしばらく2人は待っていた。再び冒険者が現れて襲われるようなこともなく、平穏に時間が過ぎていく。
「お待たせしました!」
扉を開け、カトレアとリギアが出来上がったものをいくつも運んできた。テーブルに並べられていく暖かい料理は白い湯気を立ち昇らせている。
そして、いずれも良い香りがする。液状のもの、固形のもの、どちらもだ。
ベルズ、イガリスの両者はその、出来上がったものと互いの顔を交互に見て、それから料理人2名を見た。
「あー、もうできたのー? いやーごめんね二人とも」
充分休めたか匂いに釣られてか、イリスも梯子を滑るように降りてきた。
豪快にカウンターを飛び越えて空いている椅子へと飛び込んで着席し、並んだ香りのよいものを見て、首を傾げる。
「うーーん……? これ、なに?」
これ、と言ってテーブル全体を眺めてから、カトレアに答えを求めた。
「料理だけど?」
「そう、そうなんだけどねー途中まで私も一緒に作ってたしそれは知ってるの。でもどうしてそれが全部イマイチ形容できないなにかになってるの? なんで?」
イリスの反応を見て、これは彼女が意図的に用意したものでは無いと知り、ベルズは安堵した。先程までこれは遠回しな敵対宣言なのか? とさえ思っていたほどだ。
つまり、これらはカトレアかリギアのどちらか、もしくは両方が創り出したということだが、一体なんのつもりなのだろう。
3人の視線が2人へと集中する。
「……えっとね、夫にいい所を見せようと思ってリギアちゃんのお手伝いをしたんだけれど、よく考えたら私、料理したことなかったの……」
「その、私もイリスさんが心配で、手伝いを申し出はしたのですが、実は料理の経験はほぼ無く……」
2人は、申し訳なさそうに俯いている。
「まあ、それは仕方ないとしても後はほぼ完成ってくらいまで見てたはずなんだけど……なんでこうなっちゃったの?」
「気が付いたら……」
「こうなっておりました……」
「えぇー……??」
話を聞いていて、ベルズは思い出した。そういえばカトレアが台所に立ったことはなかったのだ。
だとすれば、多少は味付けに失敗したり、見た目が悪くなってしまうぐらいは仕方がないだろう。多少は。そう、多少は。
多少盛り付けが崩れてしまうくらいならベルズにもわかるが、どうしてこんな状態になったのかは何もわからない。
なぜ常に渦を巻くように蠢いているのか、なぜ全ての料理から視線のようなものを感じるのか、なぜ首筋に鋸が当てられているような気分になるのか、わからない。
「これ、食べられるんだよね?」
「調味料の分量は守っていますので、大丈夫かと」
リギアの口ぶりからすると、味見はしていないのかもしれない。本当に食べていいものなのだろうか。仮に駄目だったとしてもこの場にいる者の大半が不死であるので問題はないが。
「なら食えるッスね」
調味料に問題はないと聞き、イガリスは自分の手元に置かれていたスプーンを掴むと液状の、恐らくスープを一掬い、そのまま口の中に流し込んだ。
スプーンをくわえたままイガリスは、なんともいえない顔のまましばらく口をもごもご動かしていた。
「……どう? 夫に食べさせても平気かしら?」
「うん……まあ……謎な味ッス」
非常に歯切れの悪い返事だが、一応問題なく食べられるらしい。それを見てベルズも近くの固形のなにか、恐らく肉料理をフォークで刺し、食べてみる。
噛み締めると何か、決して不味くはない何かが口の中に染み出てくる。おおよそ食べ物の触感ではないが、食べてはいけないものではないとはわかる。それと何か、由来不明の辛みを感じる。噛むほどに増していく。
飲み込むと、喉の辺りで一瞬だけかゆみを感じた。まるでムカデかなにかが通り過ぎていくような感覚だ。
イガリスの言うように、謎の味だった。
「食べられなくはないが……何なのかはまるでわからないな」
「あの、あまり無理して食べなくっても大丈夫ですからね」
「無理はしてない。折角カトレアが作ったんだから、むしろもっと食べたいさ」
「……えへへ、そう言っていただけると、やっぱり嬉しいですね」
それまですまなさそうにしていたが、その一言でカトレアは少し笑顔になった。
はにかむ妻を見て、ベルズも何も言う事はなかった。むしろこれから一緒に料理を覚えていけるのだから、楽しみが一つ増えたとさえ言える。
そう考え始めると、目の前に並ぶ品の数々がまるで宝石のような輝きと貴さを持っているような気さえしてきた。自然と料理へ手が伸びていく。
「うん、うまい」
「えへへ……」
「やりましたね、カトレアさま!」
だらしない顔で喜ぶカトレアをリギアが称賛している。ベルズを含め、3人は幸せそうだ。
「ま、まあカトレア達がいいんならいいんだけどさ……」
「ぬうう、食べられなくはないッスけど、あんまり多くは食いたくないッス……。でもタダだし……」
あとの2人は、謎の忌避感を生み出す料理群を前に眉根に皺を寄せていた。




