プロローグ 自称・正義のヒーロー
いくつもの剣と剣がぶつかり合う音が響いていた。千を軽く超える人と人が斬り合い、刺し合い、殺し合う。
広大な夕焼けの平原には今、二つの国の兵士達が無数の死体の山を作り上げていた。
いつ、どうして、どんな理由で始まったのかさえもう誰も知らない程の昔となったその両国の戦争は、一年に一度行われている。
争わねばならない理由さえどちらの国の王も把握すらしていないが、どちらも夥しいほどの死者を出している。理由などなくとも、もはや退くに退けないのだ。
戦いに参加する誰もが、そんな国と国の意地の張り合いで命を落とさないよう願いながら、ただ目の前に現れた敵兵を殺している。
早く、こんな無意味な戦いを終わらせたい。
そんな誰もが願っているような思いが届いたのか、ある時剣戟が止まり、兵士達の雄たけびさえ静まった。
空高くからなにかが落ちてきたのだ。両国がぶつかり合うそのど真ん中に、巨大な土煙を巻き上げて。
飛び道具などせいぜい弓程度しかない国同士の戦場に落ちた何かに、誰もが手を止め、雲一つない空を見上げていた。
落ちたなにかの眼前にいた兵士は、巻き起こる土煙が収まるのを待っている。どちらの国の兵も、この時は戦いを止めている。
もうもうと立ち込める土煙が徐々に薄れていくと、その中から現れたのは人であった。
高度からの落下を経験したとは思えないほど無傷のそれは、腰まで伸びる黒い髪と赤いカチューシャ、首から足元までをしっかりと覆う灰色のロングコートを着ている。
女性のような顔立ちに、その場の人間ほとんどが女と思った。が、その声は男のものであった。
「殺し合いか? 楽しそうだな」
男は笑顔でそう言った。戦争を楽しんでいる者などこの場には一人もいないだろうが、そんな事はお構いなしだ。
そして、男は聞く。
「俺も参加していいよな?」
意味がわからず、その場の兵士は皆混乱したが、片方の国の兵の一人がその質問に頷きを返す。
「あ、ああ。……我々を、助けてくれるのか?」
「ふふん、この戦争を終わらせてやると約束しよう」
不敵に笑った男は兵士の問いかけにそう答えると、自分の懐に両手を突っ込み、武器を手にした。
非常にシンプルなデザインをした長方形の銃身を持つ白銀の銃と、水色の刃を輝かせる大鎌をそれぞれの手に持ち、前方に呆然と立ち尽くしていた兵士の集団へ突撃する。
彼らが目の前の男は自分達の敵となったのだと理解する頃には、既に腹から真っ二つに切り裂かれていた。
瞬きの間に、付近にいた兵士の内片方の国の者は全滅していた。
血にまみれた男は手を振りながら戻ってくる。それを、彼らに助けられた兵士達が歓声を上げて迎える。
「すごいぞ、あいつがいれば本当に戦争を終わらせてくれるかもしれん!」
「どこの誰か知らねえが、最高の贈り物だぜ!」
歓声を受け、男は笑っている。
そして、笑いながら再び大鎌を振った。これで生きて帰れると喜んでいた兵の一人が上半身と下半身に分かれる。
歓声は止まり、兵士達の血の気が引く。
「な、何してるんだ! そいつは味方だ!」
「はは、何言ってんだか」
同士討ちに動揺する兵士に、男は呆れたように笑い、そして再び大鎌が振り抜かれる。今度は縦から二つに分けられる。
「悪い奴らは皆殺し、が俺の信条だからな。正義のヒーローとして、喧嘩両成敗とさせてもらう」
「ッ、に、逃げろッ! こいつは味方なんかじゃない!」
自分達も殺す対象なのだと理解した兵士達は、散り散りになって逃げていく。
男は、逃げ惑う兵を追いかけもせず、口元を歪めていた。
「安心していいぞ、約束は守る。この戦争は俺が確かに終わらせてやる」
男の言葉通り、両国で長期に渡り続いていた戦争はその日、幕を閉じた。
それと同時に、その世界から二つの国が消えたという。