質が悪い。そう、質が悪い。
「決めました、私、今からあなたを逆ナンしてみます」
俺の前で美少女、そう、金髪メガネのハーフな美少女がそう言った。おう、誰だこいつ。
「あの~どちら様で?」
「申し遅れました。私、シシリア・オルンシーニと言います。気軽にセシルと呼んで下さいねっ♪」
「いや、真顔で『ねっ♪』と言われましても」
彼女は自分の座っているベンチから腰を上げると、丁寧に靴を脱いでから俺に向かい合うようにベンチに正座する。正座!?
「今から私とカラオケでもしに行きませんか?」
「いやちょっと待って、現状を整理させて下さい」
「ええ構いませんよ」
許可を貰ってから考え込む。
俺はさっき友人との遊ぶ約束をすっぽかされた。
黄昏てた。
逆ナン宣言された。
実際カラオケに誘われた。
目の前には………鋭い眼光で返事を待つ美人さん。怖いよ。
整理はついた。が、良く分からない。
「えーと、なんでカラオケ?」
「? ナンパの定番だからですが。あ、金銭の心配は無用ですよ、ナンパしたのはこちらですから」
さもありなん。確かに言ってることは分かる。けれど逆ナンというシチュエーションがどうしても思考を邪魔するのだ。答えへたどり着く前につるんぷるんと脇に逸れてしまう。
「大丈夫です。美人局ではありませんから、難しいことは考えずに一緒にパーッとはしゃぎましょう!」
「え、えー………」
「それとも…………私と遊ぶのはいやですか?」
上目遣いからの『いやですか?』ズッキューン!
「ぜ・ひ! 行きましょう!」
「ありがとうございます。早速行きましょうか」
はっ!
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
という訳で深く考えずに彼女に連れられカラオケボックスの個室に入った俺は、きゃっきゃっうふふと彼女と一緒に歌を…………歌っている訳ではない。何を話せば良いのか分からない。
逆ナンを仕掛けてきたはずの彼女と言えば、歌を歌うこともせず、かといって話しかけることもせず、何故か俺をじっと見つめている。視線が痒い。
居たたまれなくなった俺はボックスに入る前に買っておいたシェイクを飲む。ズズズ、あ、空になった。
仕方無しとこちらから話しかけることにした。
「あのー歌わないんですか? オルンシーニさん?」
「セシルと呼んでくださいねっ♪」
「いや、『ねっ♪』じゃなくてですね」
「ああ、それと敬語も結構ですよ? 私のこれは癖なのでお構いなく」
「いや、それでもなくてね?」
「…………」
再び黙りコクる彼女。黙りコクる彼女を黙りコクって見つめる俺。ズズズ、空じゃん。
「はぁ………すいません。ぶっちゃけ何すればいいのでしょう?」
「ん?」
ん?
俺が目を点にしていると、彼女は実はですね、と話し始める。それはもうペラペラと。
「私実は逆ナンを初めてしたのですよ。えぇそれだけでは無くてですね、実際カラオケに来たのも初めてなんですよ。ほんとその場の思い付きでこうして誘ってしまった訳なんですが、こう、なんでしょう? なんと無くあなたを見てビビッと来てですね、それで話しかけたのですよ。しかし全く遊びというものをしてこなかった私にはこの後どう展開すれば良いのか分からない訳でありまして」
「つまり?」
「そちらがリードしてください」
「このダメ女がっ!」
なんでろくに遊びに出たことないのに男誘ったし!? て言うか初っ端二人カラオケってレベル高過ぎだろうが!
思わず漏れた叱責をわざとらしい咳で誤魔化す。
「はあ、分かった。取り敢えずお話しでもしよう。流石に帰るのはお金がもったいない」
「そうですね、三時間みっちりお話ししましょう」
「あんた何時間とってんだ!」
ごほんっ
「何故逆ナンを?」
「彼氏が欲しいからです」
「それを論理の飛躍と言うのだよセシルさん」
俺の指摘を受けて、そうですね、とセシルは考え込む。これからうんうんと一人で頷いた後、話し始める。
「私は今まで彼氏がいた試しがありません。それどころか男性の友人すら皆無です」
「はあ、それは今時珍しい」
「そんな哀れな私に友人はことあるごとに会話に挟んで言います。『うちの彼氏はさあ~』と」
「うわあ」
あるあるである。俺も何度も彼女が出来た同級生どもから聞かされた言葉だ。
「そして次には必ず『セシルは彼氏作らないの?』」
「うわぁ」
あるあるである。俺も何度も彼女が出来た同級生どもから聞かされた言葉だ。
「最後には必ず取って付けたように『彼氏作ると毎日楽しいよ?』って!」
「うわぁ」
あるあるである。俺も何度も彼女が出来た同級生どもから聞かされた言葉だ。
「彼氏作れる性格だったらとっくの昔に作っています! うざったいたらありゃしません!」
「分かるぞセシル!」
「おお! 本当ですか!」
「ああ、ことあるごとに始める彼氏彼女自慢。そして惚気話! 別に彼女が欲しい訳でもないのにその時だけ込み上げる劣等感と嫉妬心!」
「その通りです! ですから私は決意したのです! 彼氏を作って見返してやろうと! 私だってやれば出来ると見せつけてやろうと!」
だんっ! とテーブルに靴を脱いだ片足を乗せるセシル。「おお~」と拍手する俺。
「ですから第一段階として男慣れするためにあなたに逆ナンしたと言うわけです!」
なるほど、男慣れの使い方が若干危ないが、今度は分かり易かった。フムフムと頷く。
「という訳でしばらく………お付き合いしていただけないでしょうか?」
セシルは自分の胸に手を当てて、目を閉じた後、決意の籠った目で乞うた。
その瞳はどこまでも真っ直ぐだった。
考えてみる。これは俺にもメリットがあるのではないだろうか? 俺も今まで家族以外の女性と外で遊んだことはない。これを気に俺も彼女を作ることを目指しても良いのでは?
俺はしばらく熟考したあと。決めた。俺も彼女作って見返してやりたい。これはその足ががりだ。
「ああ、分かった」
俺の返事にセシルはにっこりと笑顔を返し………胸に置いた手をテーブルに移動させた。これは………録音機?
『お付き合いしていただけないでしょうか?』
『…………………ああ、分かった』
「…………」
「ふふっ、これから末永くよろしくお願いしますね」
「ちょっと待てえええええい!?」
立ち上がって詰め寄る。顔を近付ける。あ、睫毛長い。じゃない違った。
「今までの流れはどこに行った!」
「彼方へヨロレイヒですね」
「どう考えても『努力の末彼氏を作って見せます!』って感じだったじゃん!?」
「演技です」
「だとしても出会って一時間の相手にする!?」
「私気が短いので」
無・茶・苦・茶・なっ! 俺の決意はいずこに!?
「とにかく、そんな騙しうちみたいな真似を認める訳にはいかない! 見知った仲でも無いのにおかしいだろう!」
「と、言いつつ?」
「金髪メガネっ娘は正直タイプで満更でも………ないが付き合うのはなああし!」
「ちっ」
「あぶねえ…」
油断も隙もない。いや、この場合俺の隙が空きすぎてるのか?
「はあ、分かりました」
「本当か!?」
「ええ、少々このやり方は───」
「そうだろ、こんなのは」
「押しが弱すぎますね」
「何を分かった気でいたのかっ!?」
セシルはくいっと赤い眼鏡のつるを押し上げて居ずまいを正す。
「あなたがもしこれを無効と言い張るなら」
「言い張るなら?」
ごくりとつばを飲む。
「SNSであなたの学校内のグループにこの録音を流し、『私の初めての純○をカラオケの個室で弄ばれた』と書き込みます」
「純情の隠し方に悪意がありすぎる!」
「これであなたの青春もヨロレイヒですね」
「さっきからそのヨロレイヒって何!?」
俺は項垂れるしかない。俺の高校生活がどうなるのかは分からないが、大変なことになるのは分かる。美人局より質が悪いじゃないか?
セシルはもう一度にこりと笑った。その右手には録音機。録音中の赤のライトが付いている。
「私とお付き合いしていただけませんか?」
「………はい」
俺はこうして、彼女を作ることを目指してからおよそ一分で目標へとゴールインすることとなった。