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一章 後編

夜中、俺達はこっそりと駐屯所に来ていた。夜でも入口の警備はやっているようで、数人の見張りが表に立っている。そこには件のキャメロンの姿もあった。昼間は休憩だったんだろう。夜勤連中は夕方の点検じゃ見かけなかったしな。


キャメロンは俺たちに気付くと、大きく首を傾げた。


「何しに来たんだ?こんな夜更けに」

「人助けだよ、お前の望みを叶えてやって欲しいんだと」

「手袋の術式を書いたのって、キャメロンでしょ?」

「…あー、あれか、たしかに隊長に頼まれて書いたが…。もしかしてその手袋か?」

「うん。だから、私からのお礼、受け取ってくれる?」


エンヴィがそういうと、キャメロンは少し目を丸くしてから傅いてエンヴィの手を取り、手袋の上から手の甲に口付けをする。くそ、女なのに様になる奴だな。羨ましい。


「もちろん受け取らせてもらうよ。やはり君は素晴らしいレディだ。そこの唐変木とは比べ物にならないくらいに」

「おう聞こえてんぞドラ猫。エンヴィに免じてるだけでてめえがやった事は無くならねえんだからな」


本来なら分解して設計図を書くつもりだったアクセルソードに手を掛ける。俺の腰に納まっているソレを見て、ふふん、とキャメロンは口許を緩めた。


「さすがレディ、顔がいいだけじゃなくて要領もいいだなんて、いいお嫁さんになれるよ」

「聞いてんのかコラ」

「さぁさ、目的地に向かおうじゃないか。少し席を外す、なに、すぐに戻ってくるさ」


さては聞いてないなこいつ。


門番をしていたもう一人に承諾を得るわけでもなく勝手に押し付けたあと、一人でさっさと歩き出してしまう。相方は最早慣れっこなのか、連れ戻すことだけを条件にアイツがこの場を離れることを許した。


ずんずんと進むキャメロンの後ろをついて歩く。昼間の一件もあって、あまりこの街道に戻るのは好ましくないが、エンヴィが言うなら仕方ない。これも人助けだ。


少し歩いてアイアンワームの残骸が見えてくる。街道から外れて、一直線にそこに向かう。舗装もされていない草原は生い茂った草のお陰で少し歩きにくい。加えて土の動きを隠してしまう為に、地面に隠れている魔種には絶好の隠れ場となっている。だがそんな事は歯牙にもかけず、大股で進んでいくキャメロンの後を追いながら、ソレの前に辿り着いた。


キャメロンは俺に振り向くと、得意げな顔で手を差し出して来た。寄越せと言いたいんだろう。こいつは頼むことを知らんのか。


まぁ、こいつの性分なら最早治らないだろう。仕方ないので軽く点検だけを済ませたアクセルソードを渡す。


「さて、一刀だ…!」


ブォン…!


アクセルが握られスラリと鞘から剣が引き抜かれる。ポイ、と投げ捨てられた鞘を慌てて回収する。


「おい投げんな!」

「いくぞっ!」

「だから聞けよ!」

ズァッ!


振り下ろされた剣によって、アイアンワームが真っ二つに両断される。鋼よりも硬いとされていたアイアンワームの外殻を切り裂いたにもかかわらず、剣には傷ひとつ付いていない。流石、次世代兵器として注目を集めただけの事はある。この程度ではビクともしない。


アクセルを離し、魔力が収まってくると、今度は剣を「投げるなって」ひったくる。


ったく、ホントに価値がわかってねえんだから。


鞘に納め、キャメロンを見ると、アイアンワームの甲殻の裂け目で立ち尽くしていた。エンヴィもその隣から裂け目を覗き込む。


「…空っぽ……」

「いや、おかしい、こんなに早く腐食する事なんてあり得ない。いや、腐食したとしても腐った中身は必ず出てくるはず。こんな綺麗に空っぽになるなんて事…あり得ない」

「こいつが出たのってもう三、四年前じゃなかったか? 別におかしくはないと思うが…」

「いいやそんなはず無い。|私が襲われたのは去年なんだぞ《・・・・・・・・・・・・・・》。そんなにすぐ腐食してたまるか…!」

「去年…?」


待てよ、じゃあコイツとは別の個体がもう既にいるって事じゃ無いか…?


俺は思わず地面を見る。


穏やかに感じられるはずのそよ風が、今になって不気味に感じる。


夜も更けた。この時間は、魔種の時間だ。だと言うのに、周囲には、ここに来るまでの道中には、一匹も居なかった。


良く良く考えてみれば、エンヴィの追っ手が来たあの日、あの大量のウルフが移動していた理由はなんだ?


魔種除けが鳴っても村を通過しようとした理由は?


悪寒が走る。


「街に戻るぞ、今すぐにだ」

「ふざけるな! ここまで来て下がれるか…!何としてでも尻尾を…!」

「お前の方こそふざけるなよ…!」


思わず手が伸びる、胸ぐらを掴んで引き寄せる。


「周りをよく見ろ。アイアンワームは土の中で動く、けどここは草が高くて地面の動きが見にくい。しかもだ、俺の話とお前の話に決定的な食い違いが出た。やべぇくらいの食い違いだ。ここが危険なのは、誰が考えても明白なんだよ」

「ラック…!何か聞こえる…!」


遅かったか…!?


「白虎!乗せてくれ!」


俺は投げるようにキャメロンを足下から湧いた白虎に乗せると、エンヴィを抱えて飛び乗った。それから白虎はスン、と鼻をヒクつかせた後、ふ、と後ろを見ながら飛び退いた。振り落とされないようにしっかりと掴まりつつ、俺もその方向を見やる。


地面が、引き裂かれる。


キシェァアアアアアアアアア!!!!


甲高い鳴き声と共に、そいつは姿を現した。見上げる、デカイなんてもんじゃ無い、死骸なんて比べ物にならないくらいの大きさに、思考が止まる。


「コイツだ…」


キャメロンがアクセルソードを再び掴み取る。チラリと横目に見たその目は明らかに据わっている。お陰で思考が再び動き始める。居た。実際に、もう一匹。やべぇ奴。


キャメロンが探していたのはコイツで間違いない。あぁ、そうだろう、そうに違いない、感動の再会だ。人からモノを奪ってまで見つけようとした最悪の相手だ。


でも悪いが…。


「ここは逃げるっ!」


白虎を走らせ、一気に街道まで走り抜ける。アイアンワームに目は無い。音と振動に過敏な虫だ。碌に見えちゃいないだろう。実際、俺たちが見えた影も明かりがない所為でハッキリと見えたわけじゃあない。


まぶたの裏に残る鋼の光沢、月明かりを反射しながら蠢いた節足、巨大で強靭なアゴ。ともかく光がないここじゃ勝ち目は…。


「ラック!キャメロンが降りてる!」

「ぁにぃっ?!」


いつのまにか叩き乗せたはずのキャメロンがいない。


「仲間の仇、取らせてもらう…!」

ブォン…!


アクセルが唸る。その音に反応して、アイアンワームがキャメロン目掛けて動き始める。節足が高速で蠢き、けたたましい音が辺りに響き渡る。


あんのバカ…!!


アクセルソードが強いのはその魔力部分であって刀身じゃない、加えてマグの魔力を取り込むために剣の中身は空洞、あの巨体を斬り伏せられるまで剣がもたない。


その先に待ってるのは…。


クソ…!クソ!!


「間に合え…!」


追い風を噴かせ一気に白虎から飛ぶ。


剣を構えたキャメロンを滑り込みながら抱え上げ、更に飛び上がる。地面から少し離れた所で風を手繰り寄せる。


「青龍!」


風を巻き起こしながら、龍が咆哮を上げる。


ミシッ!

「グッ」


噛み締める、血の味が充満する。同時に顕現させるのはキツい、俺の魔力がもたねぇ…!


「なぜ邪魔した!!」

「けほっ! その剣は脆いんだよ!圧倒的な質量で押し潰されるに決まってる!死にてえのか!!」

「うるさい!お前に何がわかる!」

「わからん!わからんがお前が死ぬのは許さん!」


クソ、血がくせぇ…。


「ラック!」


白虎が青龍の下につく。だがその後ろにはアイアンワームの巨体が迫りつつあった。あいも変わらずけたたましい音が耳に響く。背の高かった草が刈り取られ、辺りが荒地と化していく。


アイアンワームに有効な炎を、今捻出することは出来ない。白虎を戻せばエンヴィが危ない、青龍を手放せばこの高度からの落下に耐えられないが、青龍は白虎ほど動きが速いわけじゃない。

エンヴィが俺の顔を見て、大きく頷いた。


なんだ、何をする気なんだ…?


エンヴィは両手合わせると、そこから黒い水が溢れて行く、それはエンヴィのローブのその袖を伝って地面にこぼれていった。そしてそのまま白虎をの上で、唱えた。


ガリバーの絶望(パッケージ)

ゴァッ!!!


地面に撒かれていた水が突如として動き出す。縄のように細い水が、まるでハエトリグサのようにアイアンワームに食らいついた。途端、けたたましい音が消える。


細い水の縄は、アイアンワームの足に切り裂かれることなくむしろその足に絡まるようにして結びつき、アイアンワームを完全に沈黙させる。ギッ、ギッ、と縄の軋む音が響くが、縄が切れる様子は一向になく、もがく事すら許されない。


そこから更にエンヴィは手を掲げる。


母への回帰(メルトダウン)


その手から湧き出したのは、溶岩だった。ただソレは溢れる事なく、エンヴィの頭上で球を作っていく。まるで透明な器があるかのように、波打ちながら、完全な球を目指して。


直径、二メートル程の巨大な溶岩球が、エンヴィの手からアイアンワームの頭へ、振り下ろされた。


ジュゥゥウウウウウ…………!


水なんてなかったはずなのに、水蒸気が上がる。刈り取られた草は最早火事になる事すら叶わず、溶岩に取り込まれていった。


やがて溶岩はその熱を収め、赤熱の輝きは消え失せる。また月明かりが辺りを僅かに照らす。


頭部を完全に失ったアイアンワームの前に降り立つ。あれだけ強力な魔法を使ったというのにエンヴィは息が切れている様子は無い。それどころか、なんだか少し、血色が良くなったような…。


とか考えていると、ハッとしたエンヴィはササっとローブを深くかぶる。その手を包んでいた手袋は、溶岩の熱に焼かれたのか、もらった時よりも相当黒ずんでいた。


「手袋…焼けちゃった」

「しゃーない。それより、コレを見せつけられると実感するよ」

「私のこと?」

「そう、君のこと。やっぱり俺なんかよりよっぽど出来た子だ」

「…ありがと」


フードをぎゅっと深める。ちょっと照れたか?


白虎が土に還り、青龍が風になると、乗っていたキャメロンは力なくその場にへたり込んだ。自分の手で仇を討てなかったのは悔しい事だろう。でも俺は生きていて良かったと思ってる。


命あっての物種っていうしな。


とはいえ、彼女の目標を奪ってしまったことに変わりはない。どうやって励ましたものかと悩んでいると、街の方から光が近づいてくる事に気づく。流石にこんだけ派手にやってたら気づかれるよなぁ。


駐屯所にいた数人を引き連れ、あの兵士が俺たちの下へ駆け寄ってきた。木製のチャリオットも見える。後は、暗くてよくわからない。


「大丈夫かね?!」

「えぇ、生きてますよ」


俺はちょっとしんどいけど。


ぺっ、と口の中の血を地面に吐き捨て、砂をかけて隠す。


兵士はへたり込むキャメロンとその目の前のアイアンワームの死骸を見て、深々と頭を下げた。


「とんでもない迷惑を掛けてしまった。なんとお詫びをするべきか…」

「ぁー、いや、良いですよ、こっちはこっちで勝手にやった事ですから。それより、キャメロンに声を掛けてやってください。申し訳ないですけど、俺は言葉が見つからなくて」

「あぁ、あのバカには私から言っておくさ。お二人を宿まで送って差し上げろ」


チャリオットの荷台に乗せてもらい、一息つく。


しんどかった…。積まれた武器がガタガタと音を立てる。動き出したチャリオットは真っ直ぐ街に戻っていく。振り返って見ると、残った数人が、キャメロンに声を掛けているのがぼんやりと見えた。


「ラック」

「ん?」


名前を呼ばれたのでエンヴィの方を向くと、手袋を外したその手で口元を拭われる。


「ごめんね、私がもっと早くやってたら…」

「いやいや、十分だって。そもそもエンヴィに魔法を使わせるつもりもなかったしさ」

「なんで?」

「なんでって…、そりゃあ俺が守るって決めたのに手を借りてたらしょうがないだろ。俺がもう少し魔法を上手く使えりゃ良いんだけどな」


エンヴィは目を丸くして俺を見たあと、膝を抱えるようにして俯いた後、ふふ、と小さく笑う声がする。


「なんか変なこと言ったか?」

「んーん、ラックはやっぱり優しいね」


膝の上に頬を乗せて、エンヴィは俺に言った。


「………」


フードから覗く悪戯っ子のような微笑みに、少し胸の辺りが騒ついた。


無意識に目を逸らしてしまう。


…?


なんだ?この…なんかむずむずする感じ。


「…ラック?」

「ん?あぁ、いや、何でもない」

「どこか痛むの? さっき血が付いてたし、何処か怪我でも…」

「してないしてない!大丈夫だって!」

「む…怪しい…」


ずいずいと近づいてくるエンヴィに後ずさる。逆にムキになったエンヴィが、何が何でも確認しようと俺に覆い被さる様に突撃してくる。


「本当に大丈夫だって!」

「…宿についたら検査」


少し頬を膨らませながら、前に向き直る。


…残る若干の気まずさ。


いや、外傷はない、それは確かだから、嘘はついてない。


ただ、やっぱりあの胸のざわつきが気になってしまう。


…今考えてもしょうがないか…


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