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1章 後前編

「私も気になるところではあるのだが、ここを見てわかる通り兵士の数は多くない。調査の人手を割く余裕もそこまで無いのだ」

「…八人?」

「私も入れて九人、いや、私がいれば百人力だから百と八人だな」


おっとあからさまに頭の悪そうな奴が出て来たぞ。


「…この人?」

「指をさすと面倒になるぞ」

「おやおやご指名かなレディ、生憎と私もレディなんだが何問題ない、ナニが無ければ作ればいいのさ、早速街のマグ職人に…ん?」


冷蔵庫の点検が終わったんで立ち上がると、ショートヘアの女性が俺に気づいた。あぁ、この人が曲者か、端正な顔立ちだが、目元に左目尻の少し下に涙が書いてある。反対にはダイヤだ。…道化師でも目指してるのか?


彼女は俺の方にツカツカと歩み寄って来る。顔に気を取られたがその脚に履いているヒールの高いこと高いこと。十センチは少なくともありそうだ。それだけ量増ししているだけあって、割りかし背の高い俺と目線がガッチリ合う。


「若返りの薬でも作ったのか? おい私にもよこせ」

「ない!ないから!別人だから!」


胸ぐらを掴まれガクガクとゆさぶられる。女性とは思えない力だ。


「別人? 別人の身体に乗り移る薬でも作ったのか? それでもいいからよこせ」

「そういう意味じゃねー!俺はこの街の職人じゃないっての!」

「なに? …お前どこの誰だ?」

「いいから揺するのをやめろ!酔う!」

「おっと失礼」


パッと手を離し、解放される。気持ち悪い…。エンヴィが駆け寄ってきて大丈夫?と見上げてくれる。大丈夫、ありがとう。とても嬉しい。

俺は溜息と共に女性に名乗った。


「エルブンから来た、ラックだ。マグ職人をしてる」

「エルブン?あぁ、隣村の…、それがなぜここにいる?」

「マグの点検だよ、見ての通りだ」

「私が聞きたいのは、何故隣村の輩がこの街のマグを点検しているのか、だ」


滅茶苦茶なやつだな…。


「エンヴィの手袋を貰ったお礼だよ。無償点検だ。金も取らねえし貰う気もない。これでいいか?」

「ほーぅ? それだったら、私としてはこっちの方が欲しいがな」

「あっ…」


エンヴィの持っていたソレを掴み、布を引き剥がした。


「やっぱり、良いものじゃないか」

「…強奪するたぁ、聖十字セイントがすることとは思えねえなぁ」

「キャメロン!何をしている!」


キャメロンと呼ばれた女性はス…、と剣を抜き、アクセルを握った。ブォン!と声を荒げ、その役目を果たさんとマグが振動する。それと同時に魔力を帯びた剣が薄っすらと白い光を帯び、美しさに磨きをかける。


キャメロンは上から下までじっくりとそれを眺めたあと、アクセルを手放して、ぐっと握り込む。


「やはり年代物だね、動きが鈍い。けれど、これならあれを叩っ斬れる」

「…キャメロン、私情は挟むなと前に教えたことを忘れたのかね」


キャメロンの目が細まり、見下すように兵士を見る。だが、兵士の顔は、それ以上に、無表情だった。失望とか、蔑みとか、そんなものは一切混ざっていない、無表情。それは今のキャメロンが抱いている何か強い感情に対する完全な否定とも取れる。


だがキャメロンはそれを気にすることなく、軽く剣を振る。切っ先が届いていないにも関わらず壁に裂痕が走る。


「何もしないでいることが正しいと?本当にそう言っているのか?」

「正しい正しくないは問題ではない、お前がアレを切り裂いたところで何がわかる」

「ここで一番魔法に長けているのは私だ。アイアンワームの痕跡を辿ることくらい造作もない。だがそれにはアレの中身が必要だ。だから斬る。文句は言わせない」


なんだか面倒なことになってきたな…。とはいえ、アクセルソードが持っていかれている以上何もせずに立ち去ることは出来ない。なんせ、アレは俺が貰ったものだからな。よくわかんねえ理由で持っていいかれても困る。


俺は兵士の前に出て、手を差し出した。


「とりあえずだが、俺はそいつを謝礼として差し出したつもりは無い。だから返してくれ。マグの点検不満なら俺がここにいる理由も無いから、帰らせてもらう」

「悪いがそれは出来ない相談だ。私はコレがなければ出来ないことがある」

「なら、交渉の余地は無いし、正当防衛と認めてもらうぞ」


差し出していた手を裏返し、片膝をついて床に手を着く。


「白虎、顕現」


床の石の素材でできた虎が、俺のすぐ横に湧き上がる。とても石とは思えないしなやかな動きで俺の体に擦り寄るそいつの顎下を撫でてやる。


「五行…、なるほど、お前はお前で、魔法に長けているようだな。だが、私の邪魔はさせない」


剣を構えたキャメロンに、俺はため息と共に立ち上がった。


「何をそんなに急いでるのか知らねえが、物事には順番ってのがあってな、お前はその順番を踏むべきだった」


白虎は俺の意思を汲み取り、キャメロンに飛びかかる。対するキャメロンは、アクセルソードによっていとも簡単に白虎を両断してしまった。


「あともう一つ、お前はその剣の認識を間違えてる」

「…?!」


白虎を切ったアクセルソードは凄まじい勢いでその輝きを失い、更にキャメロンの足元は石で固められていた。


「アクセルソードは、対物・対人・対魔種兵装として一躍注目を浴びたが、このご時世、魔法に対して効果が無いからこそ、そいつは世間から姿を消した。魔法に対抗するにはそいつの扱いは難しすぎるんだよ」


キャメロンに歩み寄ると、キャメロンは俺を睨みつけ、思い切り剣を振りかぶった。だが、それも白虎によって弾き返されてしまう。元の姿に戻った白虎は俺のそばをついて離れない。


俺はもう一度キャメロンに手を差し出して、言った


「コレが最後だ。返せ」

「いやだと言ったら?」

「二度と歩けなくする」

「…はぁ、私よりも強引じゃないか? わかった、わかったよ。この剣は返すとも。全く、私が力でねじ伏せられるなんて考えもしなかった」


剣を鞘に納めて、俺の手の上に乗せる。俺はソレをもう一度エンヴィに預けた後で、キャメロンを解放した。


「にしても、五行のマグ職人がこんな辺鄙な所にいるとは思わなかったな」

「キャメロン、その五行について詳しく聞きたいのだが」


白虎が静かに石に吸い込まれていく。キャメロンはその様子を見ながら、俺に目配せをする。俺から話せ、というよりも、話していいのか? という目だ。俺は肩をすくめてマグの点検に戻る、次は空調だ。


ガコッ。


「我が国の基準では、火、水、土、風を扱える四属と、それに加えて光と闇を扱える六道とがいる。ただ、わかっての通り、六道はとてつもなくリスクが高い。商業国であるトリマニアでは、職人の欠損は商品の欠損と同義だ。より一層良い製品を作るためには良い職人を生み出す必要がある。だから欠落を伴う六道ではなく、五つの属性を習得した五行という階位があるんだ」

「補足させてもらうぞー」


手を動かしながら、俺はキャメロンの説明に付け加える。


「そもそもトリマニアには闇の概念がない。属性の呼び方も違う。六道は後から伝わったもので、実際には五行が最高階位だ。『職人』の称号をもらえるのはその五行の中の一握りだよ。あなたに見せたアレも、危険物取扱免許であって、職人である証じゃない」

「聞くところによると、六道よりも辛い道らしいからね。だからこそ、その値が高くなるし、高くとも買い手がつく」


ふふん、と誇らしげなキャメロン。いや、お前は関係ないだろ。


「だが、それでは職人の定義が酷く曖昧ではないかね? 何か試験の様なものがあるのでは?」

「ありますよ。ただ、正直言って、魔法を扱うよりも何倍もしんどい」

「というと?」

「オリジナル要素を交えたマグナイトの個人制作」


マグナイトというのはいわゆる機械兵士で、マグをエネルギー源とする半永久的な乗り物だ。小さいもので、人と同じ形のスーツタイプから二、三十メートルにまで到達するものもある。


とはいえ、自律機械ではなく、パイロットや装着者を必要とするため、安全性や安定性、操作性など、採点項目は多岐に渡るし、その審査には下手を打てば一年以上かかる場合もある。特に大きいマグナイトには審査の長引きは付き物だ。


そのマグナイトを一人で作る。一から作るのためには、使うマグの数や大きさはもちろん、機械工学にも精通していなければならない。だからトリマニアの職人達は、『魔術師』と呼ばれる事もある。魔法と技術を組み合わせ、無限の可能性を作り出す魔術師は、トリマニアだけではなく各所に散って、今も研究に励んでいる、らしい。


まぁ師匠もそうだったし、国に職人が留まり続けてる方が稀なんだろうな。


なんせ世界の需要は際限なく動いている。情報が来てからでは遅いんだろう。


「君は作ったのか?」

「…一応」

「ほう!興味がある、どんなものを作ったんだ?」


自分の作ったマグナイトを思い出して、首を振った。


「大したものじゃない」


それから作業に集中する。空調のマグも冷蔵庫と同じように詰まりが見受けられたため、それを解消して空調を元に戻す。


あとは、ウォーターサーバーだが、これは誰かが手入れした形跡があるな。マグも新しいから、別に点検する必要もなさそうだ。


「よし、じゃあ俺達はコレで失礼します。手袋ありがとうございました」

「ありがとう」

「いやいや、こちらこそ助かった。それと、ウチの曲者が迷惑をかけたね。すまなかった」

「おいおい、あなたが謝る事じゃないだろう」

「ならお前が謝れ、お前がそんな気配ないから私が謝ってるんだドアホ」

「ふふふ、私に謝る義理は無いっ!」

「義理は無くとも義務がある。お前は人の物を奪った。その代償は払わねばならん」


キャメロンは大きく溜息を吐いた。


「代償とか義務とか、シガラミばかりだね隊長は。肩凝らないかい?堅苦しいものばっかりでさ」


やれやれと肩をすくめるキャメロンに今度は兵士が溜息を吐いた。


「お前が元いた国はどうかは知らんが、郷に入ったのだから郷には従え。この国の兵士になったのだから、お前にはこれを守る必要がある」


俺はまあまあと兵士を宥めて工具箱を持ち上げる。


「俺が勝手にやった事ですから、気にしないでください。じゃあ、俺達は宿に戻ります」


長くなりそうだからサッサと退散しよう。義理は返したし、やりたい事もある。


「まぁ待ちなよラックくん、いい話をしないかい?」

「お断りだ帰る!」

「まぁまぁまぁまぁ…」


力つえぇ…!


帰ろうと振り向いた瞬間に肩をガッチリと組まれ身動きが取れなくなる。まだ諦めてねえのかこいつ!


「君たちいつまでこの街にいるんだい?」

「明日には出るよ!こんな物騒な街!」

「そうかそうか、なら今日中だな」


おいマジか…!


ぐぃ、と引き寄せられ耳元に声を掛けられる。


「手順を踏めばいいんだろう?」

「二度のチャンスはねえって…!」

「私が用心棒でついて行く、女の子を庇いながらの旅は楽じゃあないだろう?」

「………」


そういう魂胆か。


俺は改めて大きく溜息をつき、キャメロンを引っぺがす。


「っ!」

「そういう台詞はな、俺に勝てるようになってから言いやがれ」

「…驚いた、本当に敵わないなんて。本当にただの職人か?」

「そうだよ。俺もやりたい事があるんだ。帰るぞ」

「あ、待って待って」


俺を追いかけてくるエンヴィを少し待ちながら、改めて歩き出す。日もだいぶ落ちたな。


「今日は何が食べたい?」

「え、えっと、何でもいいよ」

「…? どうかしたか?」

「うんと…、ラックはキャメロンのこと、苦手?」


随分とストレートに来たな…。


「あー、いや、苦手ってわけじゃあない。嫌いって事もない。ただ、なんつーかな、俺がこの国柄に染まってるってのもあるんだとは思うけど、礼節ってのはやっぱり大事で、何をするにも礼があって、節度があるわけだろ?あれはちょっとばかし、度が過ぎてたってだけだ」


エンヴィはそっか、とだけ言って、俺の隣を歩く。なんか、俺の方が気まずくなっちまったな。聞きかじりでしかないが、キャメロンは何か訳ありなのはわかる。じゃなきゃあんな突飛な事はしないだろうし、人の物を奪う事もないだろう。そもそもこの国にいるのかも怪しいレベルだ。


加えてあのアイアンワームに対する並々ならぬ恨みというか、憎しみを持っているのは間違いない。


仮に、もし仮に奴にアクセルソードを貸して、アイアンワームの痕跡を辿れたとして、キャメロン一人で一体何が出来るのだろうか。下手すりゃ無駄死にで終わっちまうかもしれねえし、それは正直夢見が悪い。一人で行かせるわけには…。


「………はぁ、そういうことか」

「ふふ」

「さては策士だなお前」

「さぁどうでしょう」


ちくしょう、可愛い。


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