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5章 前編②

 小綺麗にされた部屋の一室、捕まえた時の衣服そのままで、へらへらと笑う男に軽く挨拶した。


「ヨォ、元気そうで何よりだぜ」

「お陰様でな。にしても、いいご身分じゃねえか。そんだけ女侍らせて、見せつけてんのか?」

「お前に見せつけて誰が喜ぶんだよ」


 そもそもキャメロンを捕まえてなかったらどうなってたことかわかったもんじゃねえぞ。あと五分遅かったら騎士団から指名手配食らってもおかしくなかったんだからな。

 見張りを張り倒し次官を脅迫してエリアルに変なこと抜かした騎士を炙り出してまた張り倒した挙句去勢一歩手前までことが進んでいた。


 自分の股間がヒュッとなったのはいうまでもないが、流石にエンヴィもそれはまずいと思ったのか必死の形相でパッケージしていた。エンヴィもかなりの魔法の使い手のはずだが、聞くと、一度キャメロンには振り払われたことがあるという。何それ怖い。

 それだけキャメロンの肉体エンチャントの腕が素晴らしいということに他ならないのだが、それも、剣闘士として磨かれた賜物だと思えばまぁ、心強いかな。ただ去勢される瞬間に立ち会うのはマジで冷えるからやめてほしい。

 それから傭兵ギルドよろしくキャメロンも騎士団から一目置かれる存在となってしまい、サージェスの師団長から騎士団にお誘いを受けたり、股間の首級を求める女として変な噂を立てられたりしてもはや今日の体力を使い切りかけるくらいに疲労感をこさえて、ようやっとこいつと対面が叶った。


 アイセン、アイセン・ハル。ここ数日で伸びたのか、前髪が目にかかり、少し目線がわかりにくいが、ニヤついた口元、特徴的な白衣はそのままだった。


「それで? 聞きたいことってのは?」

「あの山とは別の山で、お前と同じ国から来た科学者二人と会った」

「…で?」


 口元が結ばれる。別に捕まえたわけじゃない、会っただけだ。


「そう怖い顔するな、逃げられたんだよ。ただ、その時にも言われたのさ、そっくりだってな。どうやら俺はお前ら『帝国』と何やら関係があるみたいだな?」


 逃げられた、と聞いてアイセンが小さく一息ついた。それから、手錠のかかった手で顎をさする。


「んー、どっから話したもんか。簡単にいえば、あんたは実験の成功例なんだよ。三つの才能を掛け合わせたハイブリッド、この世の中で一番生きやすい体に生まれたのさ」

「………」

「別に悪いことじゃない、魔法も使える。技術を磨けば光る。多分、教えれば科学もすぐに理解するだろうよ。これに関しちゃ、特に問題があるわけでもない。あんたも生きてて特に不自由は感じなかっただろ?じゃあそれでいい。ただ、本国の奴らはそうはいかない。研究成果の成功例、で『まだ成功し続けている検体』だ。どうにかしてあんたを『帝国』に連れて帰ろうとするはずだ。あんたが生き続けている限り、検体として求められ続けるだろうよ。やったな」


 嬉しくねー…。

 俺は大きくため息をついた。


「ってことは何か? 俺は『帝国』に追っかけまわされるってことか?」

「可能性は高いだろうな」

「めんどくせぇ…、どうにかしてくれよ」

「ここから出してくれたらいいぞ」

「よし、死刑」

「返答が早えなぁ」


 ケタケタと笑うアイセンにキャメロンが尋ねる。


「あそこで、何をしていたんだい?」

「散々答えたよ、そこのお嬢さんにもね。実験だよ実験。魔力を使った人工生物の成長。本国にはもうデータ送っちゃったし、しゃべっちゃうけど、結果としては半分成功、半分失敗ってところかな。音竜っていう珍しいドラゴンだったんだけど、本能的な学習だけじゃあんまり実用的にはならなかったな。ウルフみたいに訓練できれば楽なんだけど、竜種は調教が難しいらしいからなぁ」

「実験できるくらいには、使える余裕がある、ということか。これからもどこかで会うかもしれないな」

「邪魔されなきゃ傭兵に任しときゃいいだろ」

「私たちも傭兵になったんだけどね…、まぁ依頼を受けなければいいか」


 キャメロンの言葉にそういえば傭兵になったんだったと思い出して苦笑いした。勢いでなっちまったが、やっぱりすぐには慣れねえもんだ。


「で? お話は終わり?」

「あぁ、最後に一つ」

「何?」

「次はストーレンか?」


 短い沈黙、小さな含み笑い。さぁね、と短く答えて、アイセンは席を立った。

 これ以上会話をするつもりもないようだ。当然、俺たちは面会にきただけの部外者なので、呼び止める権利もない。

 俺も席を立って、詰所を後にする。

 とそこへ、馬が駆け込んでくる。乗っていた騎士が馬から降りて、重そうなヘルムを外すと、俺に深く頭を下げてからこう言った。


「エンカードラック・サンフロスト・アルバニスタ殿、国王より、親書を預かっております。どうぞ、この場で封をお切りください」


 俺とエンヴィ、キャメロンが目を白黒させていると、エリアルがやっぱりかと言ったふうに頭を抱えた。


「私はヨイチ様を連れてきます。きっと、一緒に行くことになりますから」


 何かを察したらしい。騎士さんも目の前で待ってることだし、蝋で固められた封を開ける。指先に熱を込めて蝋を緩くして中身を開けて上から下に流し読み。


 そして、特大のため息。

 要約するとこうだ。


 帝国の間者を捕らえたことの礼。

 港町で発生していた魔術協会の暴走を止めてくれたことの礼。

 ワイバーンの巣の問題の解決の礼。

 娘とよろしくやってるらしいじゃねえかちょっとツラかせやゴルァ。


 主に四つ目に関してグダグダと荘厳な文字とお堅い文章で書き連ねられており、手紙の約八割を占めていた。

 手紙をエンヴィとキャメロンに流して騎士に問う。


「拒否権は?」「極刑かと」

「ですよねー」


 これだけ書いてくるんだから、無視もできないだろう。エリアルが前に言っていた言葉もあながち間違いじゃあなかった訳だ。


「ラック、ここに書かれているヨイチというのは、あのヨイチさんかい?」

「俺は他にヨイチさんを知らねえからな、そのヨイチさんだろうよ」

「王女様…だったの…?」

「らしいな」

「なんでそんな平然としてるんだ! もしかして知ってたのかい?」

「いんや、初耳。まぁエリアルの態度からお偉いさんの娘だとは思ってたけど、王女様とは思わなかったなぁ」

「なんだその棒読みは!!」


 そうは言われても…、俺の中でヨイチさんはヨイチさんなのだ。それ以上も以下もない。身分が上と分かったからといって、俺が彼女に対する態度を変えることはないだろうし、それをすれば、むしろ彼女が悲しむだろう。だったら、今まで通り接してやることが、今まで助けてくれたヨイチさんへのお礼にもなる。


 そう俺が二人に言うと、少し考えてから、二人とも今まで通り接することを決めた。とはいえ、俺たちも貴族じゃあない。しがらみがあるわけでもないから、態度を変えないくらいどうと言うこともないだろう。


 にしてもここから首都まではどれくらいかかるんだろうか…、ヨイチさんが来たら聞いてみよう。

 キャメロンとエンヴィがため息をつくのを横目に、騎士には行きますと返事をして、帰ってもらう。エリアルが戻ってくるまではここで待っていよう。


 キャメロンとエンヴィにヨイチさんのことでぼやかされながらほど無くしてエリアルがヨイチさんを連れてくる。エリアルも私服ではなく、公務服に着替えていた。似合っていただけに、少し残念だ。

 ヨイチさんは見慣れた行商スタイルで、俺にキャップを持ち上げてあいさつする。


「お待たせしました」

「そして私も行くことになりました」

「…なんで?」

「えーと…、一応、私、ヨイチ様の侍女ですので」


 そっちも初耳。じゃあ何か、そもそも魔術協会の管理ってのはその身分を隠すための隠れ蓑な訳か。ヨイチさんが帰るなら、エリアルもついていく必要があるのだろう。

 だったら、アーカイブトルムに来てる時もついてきててもおかしくないが…、まぁそんなことを今更聞いてもどうでもいいか。


「ではお家に帰るわけですが…、ここから首都クリスタリアまでは馬車で都市を三つ乗り継いで四日ほどかかります。父上のことですから、路銀は出ないと考えていただいたほうがいいでしょう。乗合馬車でもいいですが、個人で馬車を借りた方が他の方の都合に引っ張られないので良いかと思いますが」


 いかがでしょう?と言ったふうにヨイチさんが首を傾げて訪ねてくる。

 確かに、所帯人数的にも乗合馬車じゃあ都合が悪い。五人乗せるとなると、個人で馬車を借りて御者さんと一緒に行ったほうが道中もトラブルが少なくて済むだろう。

 なんならこちとら傭兵なのだ、ちょっとやそっとじゃやられやしない。多分、きっと、キャメロンがどうにかしてくれる。


 だめだな…人に頼りすぎている。いくら元剣闘士とはいえ女子供を矢面に立たせるなんざ男のすることじゃあねえ。俺も体を鍛えねえとだめだな。特に、生身に戻ってからは聖獣に頼っている節がある。頼るにしても、自分を律する方向にいかねえと、匠を名乗れねえ。

 道中はキャメロンに組み手でもしてもらおうかね。あとは体力作りだ。

 返事もせずに考えごとをしていた俺の脇腹をキャメロンが突いた、俺は急いで返事を返す。


「個人で馬車を借りましょう。路銀は稼げたので、ある程度大きめの馬車でもどうにかなりますから」

「君も傭兵登録したのだから、隊商の護衛につくのもありだとは思うよ?」

「それもありっちゃありだが、傭兵連中はどうも…信用ならねぇ」


 ただでさえ女所帯なので、色目を使ってくる奴らは多いだろう。特にキャメロンは剣を刺していることを除けば、すらっとした長身美女である。剣闘士の華だっただけあって、本人も容姿がいいことはわかっているのだろう。


 キャメロンも俺が傭兵ギルドでやらかしたことは分かっているので、それ以上は言ってこなかった。


「であれば、道中の食料などを調達しないといけませんね」

「ワイバーンの巣への遠征に使った鞄が使えるだろうから、そこに詰めよう。四日分ならどうにかできるだろうし、町を伝って乗り継いで行くなら野営用のテントも馬車に預けて宿でも取ろう」

「じゃあそれだな。食料の調達さえできりゃ、今日中にでも宿を引き払って出発できそうだが、暗くなりそうだから明日にするか」

「それがいいね」


 大体の方針が決まったので、その足で市場に向かう。携帯食も発展してきてはいるが、大体は干し肉や乾パンなど、保存が効くものがメインになる。あとはそれらを汁物でふやかして食うだけだ。晩飯だけでも宿で食えそうなので、そのときに美味い飯をいただこう。それ以外は我慢だ。


 それぞれの好みに合わせて食料を買い込んでいると、見たことのある番傘と着物が目につく。あの番傘…タダの傘じゃねえ、この辺りで番傘なんて珍しすぎるし、雨も降ってなければ日差しもそこまで強烈じゃあない。トリマニアの連中に間違いはないが、見覚えがある。

 誰かに見せつけるようにくるくると回される真っ黒な番傘に目を取られていると、ゾクリと背中に悪寒が走る。


 飛来してきたそれを風が勢いを殺してふんわりと受け止め、ぬるりと懐に潜り込んできたそいつの一閃を鉄板で受け止める。一閃、と言っても剣が振られた訳ではない。番傘の持ち手を柄にした仕込み刀が、俺の首の幅だけ抜かれており、受け止めなければするりと押し切られていただろう。


 真っ黒な番傘、仕込み刀…。


「久しぶりやのぅ、外の龍」

「…シン、相変わらず物騒な挨拶だな」

「鈍っとらんようで、安心やわぁ」


 キャメロンに目配せして首を振る。敵ではない、はず。こいつの挨拶はいつもこうだから、初対面が驚くのも無理はない。エンヴィも構えていたが、俺の様子を見て魔法の発動はしなかった。だが黒い水が足元でぐずついているのを見ると、今にも発動できそうだ。

 耳にかかっていた長い髪がはらりと落ちたところで、刃が仕舞われ、傘を開いて楽しそうに笑う。最小限にしか刃を出していなかったおかげか、通行人が気づいた様子はない。

 透き通るような肌の白さと真っ黒に見える長い長い髪が対照的なその女性の名前を、もう一度呼ぶ。


「シン」

「はぁい?」

「帰れ」

「いやどす」

「お前の仕事はトリマニアの防衛だろ、なんでここに居るんだ」

「そんなん、あんさんを追ってきたからに決まっとるやないの、イケズやわぁ」


 本日何度目かもわからないため息、キャメロンとエンヴィはシンとの距離を測りかねているし、エリアルはヨイチさんを守る体制を作っている。人混みの中で突っ立っているのも邪魔なので、どこか広い場所に行こうと提案した。シンを含めて全員が了承して、東門の前の広場に移動する。

 移動の際、シンが俺の腕に絡むようにもたれかかったところをキャメロンが危うく抜きそうになったが、堪えてもらった。

 シンのように上手く刃を隠せないと、また騎士団のお世話になりかねない。番傘を回して楽しそうにしているシンが、髪をかきあげると、見慣れない眼帯が目についた。


「片方どうした」

「んー? 落っことしたんよ、どこで落としたかもわからんから塞いどるん」


 落としたって…、特製の義眼だぞ…作り直すのどれだけ手間だと思ってんだ…。

 俺が呆れていると、エンヴィに袖を引かれる。おっとそうだった、紹介しないと。


「こいつはシン・スザク。トリマニアの防衛隊の遊撃隊長だ」

「よろしゅう」


 雅な一礼、だがキャメロンの顔は険しい。


「一歩間違えれば死んでいたぞ」

「あれくらい防げんと、どう足掻いてもこの先死にますえ? それに、ウチが鍛えたんやさかい、鈍ってないか見るのも、ウチの役目どす」

「鍛えた…? トリマニアの防衛隊が? なぜラックを鍛える必要がある」

「外から来たんやもの、自分の身は自分で守らんとあかんやん。今でこそ丸く見えても、昔は相当ひどかったんよ? スザクは過激派も少うて、どちらかといえば客人として保護する風潮があったさかい、ついでに鍛えたんよ」


 四六時中守れるわけもないやろ?

 エンヴィの反対側からヨイチさんがやってきて俺に尋ねる。


「そもそもトリマニアにそんな隊があること自体初耳なのですが、どういった方々なのです?」

「あー、簡単にいえば、匠になれなかった職人たちの集団です。闇に対して適正を持ってしまった職人たちの最終就職先です」

「その通り、ウチも元は職人やったんやけど、聖獣にはあんまり好かれんし、匠にもなれんかったから体鍛えるくらいしかやることものーなってしもてん。それでなんやかんやしとったら、旦那はん、外に帰ってしまうんやもの、寂しかったわぁ」

「その呼び方はやめろって言ったはずだぞ」

「ええやない、どうせこの中にも嫁はんはおらんのやろ? 故郷の子は覗きに行ったんよ、おっぱい大きい子が好きなん?」

「ばっ! そうじゃねえ! あいつはあいつで大事な奴だけど、互いにそういう目で見てる訳でもない」


 ヨイチさんはエマのことを知っているだろうから、なんとなく誰のことを言って要るかは想像がついたようだ。ただ、エマは頭にはてなマークを浮かべたあと、ハッとする。


「ま、まさか婚約者…?」

「違うっての!」

「えー? 指輪まで交換しといてー?」


 こいつ…! 楽しんでやがる…!


 にしし、と笑うシンの頬をぎゅっと抓る。


「あばばばばば…!」

「からかうのもそのぐらいにしろ、本当に、何しに来たんだ」

「あ、ちょっ、待って、今いい感じ…!」

「喜んでんじゃねぇえ!」

 スパァン!!

「アヒィン…!」


 ボロン


「「「「!!!」」」」


 後頭部をすっぱ抜くと、シンから勢いよく飛び出す球体。

 コロコロ…と転がったそれを見た瞬間、全員が俺とシン以外が息を呑んだ。

 眼球と、目が合う。


「ラァアアアアック!!!」

「なななな何をしてるんですか!」

「め、目が落ちた!」


 そんな中ヨイチさんは眼球に歩み寄り、顎に手を当てながらふむ、と頷いた。


「義眼、ですね」

「せーかい、よぉ見てはるね」


 シンが何事もなく義眼を拾う。そのまま目にはめようとするので、乾かないように、玄武の水で軽く濯いでやった。シンはおおきにと一言言って、右目にはめ込む。かぽん、という音がして、シンの目が元の位置に戻る。


「それにしては随分と精巧な…、マグの一種ですか?」

「それもせーかい。なんでわかったん?」


 ヨイチさんはシンの顔を覗き込みながら、右へ左へと動く。


「ほら、動いてる。普通義眼は嵌めたら動かせないんですよ。ですがシンさんの目はシンさんの意思で動かせている。でもさっきは普通に転がっていきましたし、そこにシンさんの意思は感じられませんでした。ということはシンさんの意思を汲み取れる仕組みがある、トリマニアの人であれば、それは魔力に反映させるでしょう。そうすると、魔力を受ける器であるマグなのではないかと」


 いい着眼点、百点の回答、とはいかないが、おおよそは合っている。魔力である程度の角度を調整できるが、相手からして見られているように、目線が合うように見えるのは、そういった細工もされているからに他ならない。

 無機物でやると不気味に見えるが、ちゃんとした人の顔があり、眼球が動いているように見えていれば、そこまで不自然でもない。俺も作れなくはないが、ガラス細工とマグ作成技術の複合のため、双方の工房がないとしっかりとしたものは作れない。

 更には先ほどのような事故も起きかねないので、ガラス保護の特殊加工も施す。そう言った面倒な技術が大好きなスザクの流派がやりそうなものの集大成である。


 っと、また話が逸れちまった。


「本当に、何しに来たんだよ」


 シンはんー、と悩む素振りを見せた後、こう提案してきた。


「用心棒雇わへん?」

「私で間に合っている!」

「あら、それにしては鈍いやったやんか、外の龍も死んどったえ?」

「ぐ…!」


 確かに、俺の反応が間に合わなければ俺の首はスッパリと落ちていただろう。ただ、俺を暗殺しようだなんて思う奴はいないだろうし、そんな街のど真ん中で襲われるとは思うまい、気が抜けても仕方ないと思うのだが…、残念ながらシンはそれを許さないタイプだ。

 それに加え、剣闘士であるキャメロンの剣は、どちらかといえば、華のある剣技で、見た目は派手だし、搦め手を含めて人を護るような剣ではない。ただ、それはシンにも言えることで、遊撃隊は浮いた敵や、守りの硬い敵陣を崩すための鉄砲玉である。切り込むことはできても帰り道の保証をしない諸刃の剣なのだ。


 結論、どちらも用心棒には適していないのである。


 うーん、布陣を組むのなら、近接アタッカーである二人と後衛アタッカーであるエンヴィ、一応両方できる俺が中衛に入る形になると思うが、この二人を最大限活かすなら、俺は最前線に出た上でタンク、盾役をこなすのがベストな布陣であると言えるだろう。


 つまり、そもそも俺は守られる立ち位置が合ってない。


 そして、タンクといえば盾だが、盾を持ったこともなければ持ったとしても心得が皆無なので、独自に守りを形成するしかなさそうだ。

 俺が一人でうんうん唸っていると、再びエンヴィが袖をひいてくる。


「どういう…関係?」

「あー、そうだな…エンヴィにわかりやすくいうなら、剣とか槍とか、戦うことの先生だよ。俺に戦う術を教えてくれた人だ」

「そんでもって、求愛してフラれたんよ、待たせてる子がおるーゆうてな? 別に一夫多妻でもええやないの、ねぇ?」


 エリアルに向けて言う。突然振られたエリアルはかなり動揺を見せた後、いいと思います!と声を大にして言った。あー、うん、エリアルからしたらそうかもしれないけどね?俺のこともちょっと考えてくれよ?


「それで? 雇ってくれるん?くれないん?」

「…価格は?」

「ウチをもろてくれるんならタダでええよ」

「この話は無かったことに」

「待って待って待って待って!! 冗談やないの!間に受けんといて!」


 じっとりとした視線を送る。シンは俺の腕にしがみついたまま、んー、と天を仰ぐ。


「そうは言うても、いく宛もないんよ。向こう何年かお休みいただいててん」

「なんかやらかしたのか?」

「まさか、仕事はきっちり終わらしたわ。あんさんが帰ってきたっちゅーから、ゆっくりしたろおもて休みとったんよ。そしたら入れ違いになってもうて、急いで追っかけてきたんやから」


 それを聞くと、少し罪悪感を感じる。ただ、これ以上にトラブルの種を増やすのもどうか…。


 俺が悩んでいると、なかなかまとまらないのを見かねたのかヨイチさんがこう提案してくる。


「ではお試しで、まずは首都クリスタリアまでお願いするとしませんか? お代を全く払わない、と言うわけにもいきませんから、路銀は我々で出す、それを報酬として受け取っていただければ大丈夫でしょう」

「ウチはそれでええよー」

「はぁ、そうしましょうか。シン、宿はとってるのか?」

「取っとらんよ」

「なら俺の泊まってる宿に空き部屋がないか聞いて見るか。物はある程度買ったし、一度戻ってから馬車の手配をしよう」


 合意が取れたので、一旦宿へ。だが、残念なことに空き部屋がなく、仕方ないので俺の部屋で一晩泊めることに。

 ここ数日キャメロンの猛攻から逃れてきたが、こうなるといよいよ持って俺だけ別の場所寝た方が安全かもしれない。


 液体金属の童貞は奪われたが、生身の貞操は守らねば…。

 それにエンヴィもいるのだ、これ以上変なこと覚えさせてたまるか。


 最悪野宿も視野に入れておこう。


 荷物を置いてから馬車組合に尋ねにいく。ただの馬の貸し出しから魔導馬車とかいう俺の心を強く惹きつける代物もあったが、路銀のことを考えると普通の馬車が良さそうなので、そちらを借りる。御者の人は温厚そうなお爺さんで、マルロクさんと言う方。これから四日間お世話になるので、しっかりと挨拶をしてから、明日の出発時間を決める。

 次のクリスタリアへ向かう道すがら、次の町までは何もなければ馬車で半日ちょっと、午前中早めに出れば日が暮れる頃には着けるという。それなら朝食をとってからで十分だろう。


「じゃあ、巳一つ刻に来ます」


 そういうと、マルロクさんは首を傾げてから、あぁ!とひらめく。


「九時のことか、いやぁ、昔の職人さんの言い回しだからわからなかったよ。ほら、今は時計があるだろう? 職人さんも若いんだから、そっちに合わせたほうがいい、すぐに慣れるさ」


 咄嗟に口から出てしまっただけなので、分かってはいるのだが…ちょっと恥ずかしい。馬車が取れたことと、明日の出発時間を伝えてから、早めの晩御飯を取ることに。

 道中での情報あさりも含めて、傭兵ギルドに併設されている大衆酒場にやってくると、ちょうどドラッケンたちがギルドから出てくるところだった。


「おぉラック、依頼か?」

「いや、飯だ。明日街を出るから情報収集も兼ねてな」

「え、先輩街出ちゃうんすか!」


 ドラッケンを押し退けてライドが俺の手を掴む。


「あのおっきな虎は?! 乗せてくれるって約束じゃないっすか!」

「分かった分かった…、乗せるからちょっと待てって」


 そういえばそんな約束をしてたな…。ぶんぶん振られる俺の手をそのままに、下駄で地面を軽く叩く。小さい白虎がすぐに俺の方に飛び乗り、すり、と頬を寄せる。


「あ! 虎先輩!チィーッス!!」


 手を離して勢いよく頭を下げる。いつの間にかこいつも先輩になっていたらしい。俺は軽く周りを見てからギルド職員を見つけると、ちょいちょいと手招きする。職員は俺の顔を見て、ゲ、と声を漏らしてからいやそうに寄ってきた。


「なんの用ですか…、この間のはもう嫌ですよ」


 なんの気無しに呼んだところ、近くにいたのは試験官だったニコラだった。いやそうな顔に眼鏡をしている。事務仕事でもしていたのだろう。俺は肩に乗っかった白虎を指さして尋ねる。


「ちょっとこいつ大きくしたいんだけど、試験会場借りてもいい?」

「壊さなければいいですよ。一応、あそこは訓練場としていつも解放されてますから」


 投げやりな回答をもらって、飯より先にそちらに向かうことにする。と言ってもライドだけついてきて、他のパーティは依頼の打ち合わせに行ったようだ。俺たちもライドを白虎に乗せたら放置するのがいいかもしれん。待ってたらいつまでも乗ってそうだ。ひとまず、ヨイチさん、エリアル、キャメロン、場所把握のためエンヴィに先に店に向かってもらい、見て回りたいと言うシンと共に訓練場に向かった。

 訓練場ではまばらに人がおり、組手をしていたり、訓練をしていたりと実に傭兵らしい風景だった。まぁ、一部俺のせいで崩れたままのところもあるが、そこは目を瞑ろう。むしろ瞑ってくださいお願いします。


 白虎の顎を撫でてやると、愛らしく鳴いた後、地面に降り立つ。瞬きの合間にその体躯を成長させると、ライドが奇声上げて白虎に駆け寄る。


「じゃあしばらく遊んでやってくれ」


 低い唸り声と共に頷いた白虎にライドの相手を任せて、エンヴィのいる場所を探る。魔力の線が見えてきたところで、シンが俺に尋ねる。


「あの傭兵は知り合いなん? それに、ギルドの人とも知り合いやったみたいやけど」

「あぁ、この間仕事で傭兵登録したんだ。その時一緒に仕事した人たちだな。…襲うなよ?」

「そんなんしたら死んでまうよ」

「その遠慮を俺にも適用してほしいんだが」


 ってか死ぬことは確定なのか。


「旦那はんは別、ウチの手ずから鍛えたんやもの、ウチが手を出す権利くらいあるやろ?」


 手を出すが別の意味に聞こえなくもないが、確かに、師匠が抜き打ちテストをすることはよくある話だ。ただ、本職では無いところをチェックされるとは思わなかったが…。

 シンの刃を受けた万能工具の鉄板を見やる、刃を受けたときにできた傷もすでに見えなくなっており、印も傷はついていない。印が崩れるとやばいんだよな。保護する方法は考えておかないと不味そうだ。


「そういえば、さっきもそれ使うとったけど、なんなんそれ」

「工具。流体金属製だから、色々使い道はあると思ったんだけど、今のところ職人の仕事が少なくてさ、あんまり使ってやれてないんだ」

「職人さんやねぇ」

「職人だよ」


 なんだと思ってんだ。


「ウチの技術全部持ってったいけず」

「人の心を読むな」

「口に出てたえ?」

「マジィ?」

「う・そ」

「なんだ…よかっ…よくねえよマジで心読まれてんじゃねえかこええよ」


 ふふふ、と袖で口元を隠して楽しそうに笑う。久々に見たその顔に、少しホッとしたのは内緒だ。

 五年か…、確かに、トリマニアでは息つく間もなく出てきちまったから、帰ってきたことを知ってるのも少ないだろうし、知っても入れ違いになることの方が多かっただろう。


 とはいえ、今から引き返してご挨拶とかやってる場合じゃないし、会いたい奴だったらこうして会いにくるだろうから、問題ないだろ。

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