5章 前編①
数日後、街に戻った俺たちは、魔術協会に来ていた。理由は当然、アイセンに会いに来たのだ。
本当は次の日にでも会いに行きたかったのだが、エリアルから国からの尋問が先と却下されたため、しばらく間を空けての再チャレンジだ。
ちなみにその間にコバルトの依頼も完了させた。原因は調査したし、今後のワイバーンの定着次第だが、革の品質も徐々に戻って行くだろう。報酬としてもらった設計図は、個人用の魔導機の設計図だった。
サージェスで使われている魔導汽車、モノレールだな、それよりもコンパクトにして、大人数を運ぶのではなく、馬車程度の人数を運ぶための物を考えていたようだ。一人用のバイクは作ってるくせに…とも思ったが、より安全性を重視しているらしく、物としても頑丈そうだった。
流石に物が大きかったのでそれ自体を作りはしなかったが、設計図の穴をちょいちょいと直して、使用するマグの印と容量を書いてお返ししたら、えげつない勢いで感謝された上、報酬として一週間は高級宿で寝泊まりできるくらいの金額をもらった。しばらく路銀には困らないだろうな。
また、傭兵としてのランクも上がった。
調査完了、証拠差し押さえに竜の討伐と、ドラッケンの言葉もあり、異例の二段階アップで、イエローランクに上げられた。
ちなみに、ランクは八段階に分かれており、下から、赤・橙・黄・緑・青・藍・紫と続き、最後に白とくるらしい。キャメロンは緑、ドラッケンは藍だ。紫以上は国の認定が必要になる代わりに、国直々に依頼が飛んでくることもあるそうだ。
今回の依頼達成で俺に対する態度がちょっと緩和されたギルドの人が教えてくれた。ちなみに、試験をやってくれたニコラは未だに俺のことを怖がっている。強烈なトラウマを植え付けてしまったようだ。ごめんな。
そして、今回というか、前々から画策して色々とやらかしていた魔術ギルドだが、王都にある本部から直々に罰が入り、サージェス支部は一時解体、術式紙などはひとまず商業ギルドを通して販売されることとなった。
これにより虎の師匠の検品が入ることとなり、最近では質が戻ってきたのだという。メルとローイーから俺に虎の師匠へ感謝をお願いされた。
さて、話は戻って、目の前の魔術協会の門を叩く。見た目が普通の家なので、これが本当に国の機関なのかはさっぱりだが、あえてそういうふうにしているらしい。
はーい、と中から声がして扉が開かれる。
「あ、ラック…さん…」
「…おう、昼下がりの奥さんって感じだな」
「不思議な色気があるね」
「…胸…ある」
薄手のブラウスにカーディガンを羽織り、ロングスカート姿のエリアルがそこにいた。エリアルは少し顔を赤らめながら胸元を手で押さえると、一つ咳払いをして俺たちを中に通した。
「いやはや、お恥ずかしい。私としたことがすっかり忘れていました」
お茶を用意しながらそんなことをいうエリアル。通された客間をぐるっと見回してみても、やはりここが公的機関だとは思えない。
というか今忘れてたとか言ったかこいつ。
「お前が日を空けてくれっていうから空けたんだろうが…。それで?科学者はどこにいるんだ?」
「今は騎士団の牢に繋がれてますよ。なのでここではありません。一度こちらに集まってもらってから赴くつもりでしたが、すみません、公務が続いて失念しておりました」
お茶を出してからペコリと頭を下げる。
俺は視線を外しながら、それならしょうがねえか、と軽く返した。
視線を外した先でキャメロンと目が合う。
やらしい顔で口元を押さえていた。
「やぁやぁミス・エリアル、それはそうと、その格好は普段着なのかい?」
「え? えぇと…、は、はい」
「ほほぉ、それにしては気合が入っているね。誰かに見せるつもりだったのではないかな?」
「そっ! そんな…ことは…」
キャメロンが立ち上がり、エリアルの両肩に手を優しく置いた。
「強がらなくて良いんだよ? 本当は今日のことだって覚えていたのだろう?楽しみにしていたんじゃないかい? ほら、素直になって」
「あああああの!えと、その…」
「そう、その調子」
もはや手口が洗脳に近いんだが…。
エリアルの言葉で顔を赤くしながらエリアルが吐露する。
「じ、実は騎士団の方達から…ラックさんを懐柔できないかと…」
「…ほぉ」
キャメロンの目が据わる。あかん別のスイッチ入った。
「い、いえ、私は良くないと思ったんですよ?でもその、私の職業を聞いても今まで通りというか、こんなに親しくしてくれる方もなかなかいないですし、面白い方だと思いますし、良い人ですしかっこいいですし細かなところも気にかけてくれたりとかして私ももう少し仲良くなれたらなって思っちゃったりしてこういう服って似合わないですよねほら普段ああやって女じゃないことアピールしてるからやっぱり可愛い服とか似合わないですから公務服に着替えて…!」
「落ち着け」
ビシィ!
「ひぐぅ!」
なんだか色々と絡まって涙目になったエリアルにデコピンした。
額を抑えて俺を見上げる。上目遣いやめろ、今それは俺にすごく効く。
目を逸らしそうになるところを目が据わったキャメロンに見られているため可能な限り目を合わせる。
「あー、似合ってるよ、元々別嬪さんだしな。だから別に着替えなくていい、このままいてくれよ」
「………ひゃい」
そこまで言って、目を逸らす。今度はエンヴィと目があった。
なぜかキラキラしている。
「進展? しちゃう?」
「良いね!」
「おいコラキャメロン勝手に返事するな!」
「し、進展しちゃだめですか…?」
「その聞き方はずるいだろ!」
「では私とエンヴィは退散しよう!そうしよう!先に行ってそのふざけた騎士をぶちころ…ンン! 問い詰めないといけないからね!」
「あ! 待て!問題起こすな!」
くそ、エンチャント全開で行きやがった。エンヴィの残像が見えるほどの速さで家から出ていった。場所がわかるようにとエンヴィを連れていったのだろうが…。
気まずい空気が流れる。先に口を開いたのはエリアルだった。
「やっぱり…着替えます。困ってらっしゃるみたいですから…」
「バーカ、さっきも言ったろ。似合ってるからそのままでいろって。ただ…さっきの聞いて、動揺するなってなかなか無茶だと思うぞ」
「あ、あれは! えと…言わされてしまいまして…、や、本心ではあるんですよ!? 嘘はついてないですけど…」
もじもじとするエリアルに、とりあえず椅子を引いてやる。
「とりあえず座れよ。せっかくお茶も入れてもらったし、少しゆっくりして落ち着こうぜ」
俺も椅子に腰掛け、机の上にあった焼き菓子を摘む。マドレーヌだろうか、これならアーカイブトルムにもあったな。
「ん、うまい」
「ほんとですか?! よかった…」
ホッと胸を撫で下ろす。自然、目が言ってしまうのは仕方がない、仕方がないことなのだ。
公務服の時はおそらくサラシでも巻いてたんだろうな、じゃなかったら一発でみてわかる。それくらいにはある。
エマがメロン、キャメロンがりんごだとして、その中間くらいだろうか。エンヴィはまだ少女なので比べてはいけない。
人の胸を見ながら考えるのもちょっと失礼なので、またお菓子を摘む。
「これうまいな。どこで買ったんだ?」
「えと、私が作りました」
「マジか、お菓子作るんだな」
「えぇ、昔からの趣味で…、何かモヤモヤした時にいっぱい作って、いっぱい食べると気分が晴れるんです」
へぇ、女の子らしいところもあったんだな。
二、三日しか一緒に行動してないから、やっぱり知らないところも多いんだろうなぁ。
「よし、じゃあ一緒に行くか。ちゃんと隣歩けよ?」
「え?! は、はい…」
俺もそこまで鈍感じゃない、あそこまで言わせておいて何もしないのはダメだろう。お菓子をいただくのもほどほどにして、立ち上がる。カランと下駄が鳴る。その音に反応して、エリアルが少し身を竦ませる。
俺はエリアルに手を差し伸べた。
「さ、行こうぜ」
俺のその言葉に、エリアルはうれしそうに微笑んで、俺の手を取った。
§
―――『帝国』、資料室
着慣れない白衣を身につけ、ボサボサの長いブラウンの髪を一つにまとめ、目にかかる前髪をピンで止めた女性、レルは、三十年近く前の資料を読み漁っていた。
資料には、『グレートフルチャイルド計画』と名が打たれており、科学者たちのネーミングセンスの無さが伺える。それもそのはず、名前などどうでも良いのだ。結果と得られる成果さえ良ければなんでも良い。それが『帝国』の科学者たちの一般論だった。
その資料には三人の名前がよく出てくる。
一人目は、計画のリーダー、トールセン・エンカードラック。
二人目は、技術協力の第一人者、ウルティエ・アルバニスタ。
三人目は、魔法士のゲストとして呼ばれた、ケリー・サンフロスト。
計画の概要は、シンプルなものだった。
最高峰の遺伝子を利用した才能あふれる子供の作成。言ってしまえば、三人の遺伝子を混ぜ込んだ上でのクローンの作成だ。当時の粋の遺伝子を集めたクローンの作成は、難航した。
秘密裏に採取した遺伝子を利用した人造人間の作成、元々クローンの技術自体がまだ発達していない時代だったため、どうしても技術的な綻びが出た。
染色体異常が必ずと言って良いほど発生し、その度に奇形児が生まれ、そして破棄されていった。
人間の染色体は、三人という容量を持ち合わせていなかった。しかしトールセンは諦めなかった。そして、数年の時が経ち、奇跡が起きる。染色体異常が発生せず、奇形を持たない子供が誕生した。
トールセンは非常に喜んだという、そして、そのことをゲストであるケリーに話してしまった。
当然そんなことを一言も聞いていないケリーは激昂し、『帝国』は襲撃された。
宮廷魔法士で、当時最強と謳われたケリーになすすべもなく、帝国は完膚なきまでに叩きのめされた。しかしケリーは非道になれず、科学者を全て殺すことはせず、また、当事者だったトールセンを殺めることもしなかった。
この計画をとめ、そして生まれた子供を引き渡すことで、決着としたのである。
レルはなんとも甘い話だと思いながら、資料を閉じる。
計画自体はこれで終了したが、成果として得られたクローン技術は現在も『帝国』で活用されている。
彼女が師事している老人、アンドラスとトールセンは旧知の仲だったようで、どの資料を読めば良いかはすぐに教えてくれた。そしてその資料にはトールセンの顔も載っている。確かに、あの職人の顔はトールセンと瓜二つであった。
それもそのはず、彼はトールセンのクローンなのだから。
レルが一息ついていると、耳障りな音が鼓膜をつんざく。
敵襲を告げるサイレンがそこかしこで輝いており、レルの周囲を赤く照らしている。
『敵襲! ガロンの軍勢が西平原に出現! 現在ガーディアンと戦闘中!迎撃急がれたし!』
「やっば、ガロンって征服者でしょ、今度こそ燃やされちゃうって」
急いで資料をしまって外壁にあるタレットへ急ぐ。こういった外敵からの対処は彼女のような若い科学者たちが中心になって行うことになっている。経験豊富な老人たちには後方から指示を出してもらうためだ。
各所に設置されている昇降機や歩く歩道を利用してタレット付近に到着する。ガーディアンという前衛魔導機が戦線を張ってくれているおかげで外壁にはまだ到達していないものの、もはや時間の問題と言えるだろう。
アーカイブトルムから取った領地の一部は、ガロンから『帝国』への直通経路だ。そのため『帝国』側もガロンが攻めてくることはある程度予測ができていた。
だからこそガーディアンを増やし、警戒していたのだが…。
『よく聞け若き科学者たちよ、今回はおそらくタレットでの迎撃は難しい、マグナイトに合わせて、相手の視界を奪うように戦いたまえ。惑星殺しはまだ試作段階のため、使用はできないと思い給え』
「対軍兵器が使えないとか意味あるのそれ…」
文句を言いながらもタレットに乗り込み、その時を待つ。
前線の一角が派手に吹き飛んだ後、出撃ゲートから様々なマグナイトが出撃していく。
まずは視界を遮って…、そう考えた瞬間、レルの視界は霧で埋め尽くされた。
§
「ご苦労、やはりお前を呼んで正解だったな」
「そうかよ。そりゃ光栄なこったな」
「だが油断はできん、この視界でも奴らからは見えているかもしれん。だが多少の動揺は誘えているだろう。ウォールクラッシャーよぉぉぉぉい!!!」
鼓膜が敗れそうなほどの大声に顔を顰める。隣ではアイシャが耳を両手で塞いでいた。
ガロンの声に従い、巨大なマグの砲を持った闘士たちが、外壁のあった方角にマグを構える。ウォールクラッシャー、外壁崩しに使われる魔導機の一つだ。チャージに時間はかかるものの、遠くからでも威力が減衰せず、再利用が可能なため、物理的に打ち壊すよりも体力の温存が可能だ。
空気中のマグを取り込みすでに準備は万端。ガロンの号令を待つ闘士たちに、ロベルトは待ったをかける。
「順応が早えな…、撃つの止めろ。アイシャ、炎でスコールできるか」
「うん」
「…来ていると言うことか」
「あぁ、霧でもお構いなしってことは、この中でも見える眼を備えてやがる。オレと同じ霧を使ってる訳じゃねえってことは、火属性のサーチトーチ、要は熱源探査だ。であれば眼をくらませればいい」
自分が張った霧のフィールドからは他の魔力は感じられない。やはり『帝国』側に魔法士はいないのだろう。魔法士がいればこの霧に対して互いに干渉し合ってロベルトによる一方的な位置の把握はされないだろう。
だが霧をかき分ける反応は継続している。しかもまっすぐこちらに向かってきているのを見るとなんらかの方法で霧の中の視界を確保しているのだろう。土属性の探査は振動に左右されるため、大型のマグナイトに乗り込んでいる『帝国』側の方が使い勝手が悪い。風属性が使えるなら霧はとっくに晴らされている。となると、消去法で火属性に近い何かを使っているとロベルトは推測する。
「ファイアウォールじゃなくていいの?」
「見えそうで見えないから迷わせられるンだろうが。いいから早くしろ、せっかく崩した前線が立て直されるぞ。場所はわかるな」
感覚が共有されているおかげか、地図で指示をしなくとも、霧が掴む感覚をロベルトとアイシャは共有していた。そのため、ある程度の位置の把握は容易い。
アイシャは目を瞑り集中する。
イメージするのは炎の雨、豪雨の名が示す通り、密度を高く、そして熱く、厚く。
「…フレアスコール」
アイシャが名をつける。途端、霧を晴らすように天空から炎の塊があたり一面に降り注ぐ。ロベルトが張った霧の空間は炎の雨によって蒸発させられ、視界が一時的に拓ける。が、それも一瞬、とてつもない密度の炎の雨が視界を奪う。
平原は瞬く間に炎の海に変わり、黒い煙が上がる。
「いいぞ、今だ」
「うむ、ウォールクラッシャー! うてぇえええええ!!」
爆音と爆風が吹き荒ぶ。炎の雨を蹴散らしながらまっすぐ突き進む魔力の砲弾が数秒のタイムラグ後、着弾する。
地面が揺れる。衝撃により黒煙も吹き飛ばされる。ロベルトの目に入ってきたのは、炎の雨に打たれ表層をドロドロに溶かして動けなくなったマグナイトの軍団、一面の焼け野原、そして、無傷の外壁。
ガロンも想定済だったのか、腕を組み、闘士たちを下がらせる。
圧縮したとはいえ、魔力の塊、阻害する方法は備えているだろうと考えていた。ロベルトは直前まで張り巡らせていた霧の感触から、外壁の複数箇所に目をつける。
遠くからでは目視できないが、外壁に複数箇所、何かを打ち出す穴が空いている。その穴から射出されたモノとウォールクラッシャーがぶつかり、衝撃が発生したのだろう。
さらに深く、感触を思い出す。
(射出された後、外壁付近の感触が一斉に消えた。結界を張る装置が打ち出されたとみていいだろうな。しかも打ち出したってことは使い捨てで弾がまだあるかもしれねえ。準備に時間がかかるかもしれねえが、それはこちらも同じこと。ウォールクラッシャーのチャージには少なくとも後半日はかかる。損害は明らかにあちらの方が上、撤退するなら今か)
ロベルトは『帝国』から背を向ける。
その足元からは冷気が漂い、もう一度焼け野原になった草原を霧で包み込んだ。
動けなくなったマグナイトから、バキン! と音が響く。炎によって熱を持った鉄が急激に冷やされたことで、温度変化に耐えられず、悲鳴を上げていく。
ロベルトの行動を見て、ガロンは全体に号令を出す。
「撤退だ! 打撃は与えた! 態勢を立て直して攻め直す!」
「「「「「応!!!」」」」」
§
カランカラン…!
効力を失ったビットがすぐ隣に落ちてくる。
呼吸がままならない。
どうなった?
何が起きた?
(生きてる? 生きてる! 私は生きてる! でも何今の超怖いんですけどこんなの聞いてない機動歩兵隊がいたんじゃないの?相手生身なんじゃないの?私たち負けたの?)
空気が薄い。思考がまとまらない。
少なくともここにいてはならない。
外壁上のタレットから逃げるように飛び降りる。だが足に力が入らずうまく立てない。
這いずるように奥へ奥へと逃げる。内部に伸びる昇降機が自分の前に止まり、見慣れた老人の顔が目に入ったところで、視界が黒く塗りつぶされた。
次に目が覚めた時、視界は白かった。
「…しんじゃったんだ…わたし」
「勝手に死ぬでないわ。医務室じゃよ」
「おわぁっ!!! アンドラス博士!びっくりさせないでくださいよ!」
「お前が阿呆なことを抜かすからじゃい。ガロンの連中は帰ったぞ、ひとまずは、寝てても問題ない。お前を含めて、外壁タレットに乗り込んだ連中はことごとく寝ておるわい」
わからんでもないがな。
アンドラスは手元の本にまた目を落としながら、言葉と続ける。
「防壁が間に合ったおかげで怪我人はおらんが、機動歩兵隊は半壊、修理をしようにも資材の不足が目立つ。上の奴らは目下ガロンとの交渉に目を向けておる。そもそも奴らが攻撃を仕掛けてくる理由は分かっておるからの」
アーカイブトルムへの侵攻は本来なら行う必要はなかった。それでも侵攻した理由としては一部の科学者たちの理論上、どうしても空気中のマナを魔法に作り替える魔法理論が必要と分かったからである。
魔法書をもらうにしても、こちらからは物を出すつもりはないし、技術の流出は他の科学者からも反発をもらう。そのため、侵攻という形で奪うしかなかった。
他国との交流がないが故の欠点ではある。
だがそのせいでガロンの取り分を奪うこととなり、内部ではなく外部の反感を買うこととなった。今回出張った科学者たちがきちんと交渉をしておけば避けられた事態だったが、そんなことをするような輩にはアンドラスには到底見えなかった。
大方、欲しいものだけを並べて取ってきた挙句、他の意見をガン無視したのだろう。でなければガロンがここまでの強行をすることはなかったはずだ。
ガロンは征服者ではあるが、独裁者ではなく、獣でもない。一度ガロンに入り込んだことがあるアンドラスは、その器の大きさに感心したものだ。その男が、布告もなしにふっかけてきたのだから、相当頭にきているに違いない。
それでも、お抱えの闘士ではなく魔法士をぶつけてくる当たり、冷静さは失われていない。あのまま闘士たちが雪崩れ込んできていたら、と考えるだけでも恐ろしい。
「どうするんすか、こんな惨敗の状態で、また来たら…勝てないっすよ…! 逃げないとじゃないすか!」
「ダァから落ち着けと言うとろうが。あちらが攻めてこなかったのはこっちの手の内がまだわかってないからじゃ。手の内がわかるまではしばらくこんなやり取りが続くじゃろうて。もしくは、交渉をふっかけてくるかどうか」
交渉の線は限りなく薄いだろう。参謀役がいて、今回の駆け引きをしている者がいれば話は別だが、たとえ交渉が始まったとしても、ガロンが得するモノをこちらから出せるかどうか。
今だガーディアンは修復されておらず、現存の機動歩兵の戦力ではガロンを抑え込めるとは思えない。惑星殺しはもう間もなく調整が完了する。仮に再度攻めて来たとしてもそれまで持ち堪えられれば問題はない。
と、そこへ、別の科学者が慌ただしく入ってくる。走ってここまで来たようで息を荒げながら、アンドラスに言った。
「アンドラス博士…! 交渉役を…お願いします!」
「…なんじゃと?」
「ガロン側が交渉役を立ててきました。アンドラス博士に、こちら側の交渉役になって欲しいのです」
一番薄いと思っていた線を引いてきたので驚きを隠せない。小さくため息を吐きつつ、本を閉じて椅子から立ち上がった
「い、いくんすか」
「いくしかあるまい。我々は今、負けているのだからな」
見送るレルの視線を背中に感じながら、交渉役が通されている応接室に向かった。
応接室では筋骨隆々で体の至る所に傷をつけた半裸の男と上裸にトレンチコート、ビリビリに破れたジーンズをはいたやつれた顔の男がソファに座り、その後ろでは茶色のブラウスにジーンズ素材のオーバーホールのロングスカートを来た赤い髪の少女が控えている。
一瞬裸族しかいないのかと思ったアンドラスは少女を見て少し安心するとともに、その手にはめられた指ぬきグローブを見てやっぱこいつもやべー奴だと認識を改める。
アンドラスは机を挟んで向かい側に腰掛け、簡単に挨拶を行う。
「アンドラスだ。この度は足をお運びいただき感謝する」
「ガロンだ、こいつはロベルト、後ろのはアイシャだ。挨拶なんぞとっくに済んでんだから、腹ァ割って話そうや」
「そうか、とはいえ、そちらの言いたいことはおおよそわかっておる。アーカイブトルムからの利権の放棄ではないかね」
「…それだけじゃあ足りねえだろう」
ロベルトが声を発すると、アンドラスの背中にひんやりとした空気が入り込む。比喩ではなく、本来なら入り込むことのない場所に冷たい空気が入り込んでいた。
(霧のを出していた魔法士はこいつか)
そう断定したアンドラスは白衣の襟を正し、空気を追い出すと、少し前のめりになりながら尋ねる。
「足りないとは?我々が手放した利権をそちらが獲得する。本来受け取れるはずだったモノが帰ってくるのだ。それで十分ではないか?」
「いンや、あんたらから横槍出してきたんだ、それ相応のものは払うのが筋ってもンだろ。あんたが今話したのはそもそも俺たちのものだった。それを横からこっちの話も聞かずに持っていきやがったンだぞ。口だけ形だけの謝罪で終わりにできるほどガキじゃねえンだよ」
「…今後も手を出さないという確約をしろということか」
「条約締結、技術提供、貿易協定。最低この三つ」
「…条約の内容は?」
「不可侵、中立、この二つでいい」
「そちらから攻める口実がなくなるが?」
「必要あンのか? そもそも、これ自体はお前らのための条約だぞ」
オレたちがどうやってここにきたと思ってんだ?
アンドラスは彼らがここまでどうやってきたのかの経緯は聞いていない。側に控えるアンドラスを呼んだ科学者は冷や汗と共に口を開いた。
「い、いつの間にか門の中にいたのです。開いた形跡はありませんでした」
つまり、彼らはいつでもこちらの懐に入ることが可能であり、個々の能力では負ける心配が一つもないと言いたいのだろう。確かにその通りである。科学者たちは魔法が使えない。個人が装着するパワードスーツも戦う時以外に常用することなどない。内部に入られればこちらの重火器は取り回しが悪い。
一対一、もしくは一対多の戦闘において、接近戦もできる魔法士が有利なことに変わりはない。そもそも、機材の塊である帝国の施設において内部の防衛機構は手薄だ。
「だーから、これはオレ達からの一種の譲歩なンだよ」
技術の流出は免れ得ない。だがここでこの条件を飲まなければ彼らがこの場で暴れて『帝国』は消える。そもそも彼らを含めて見えていないだけでどれだけの兵隊が入っているかわかったものではない。監視カメラにも引っ掛からないその力がどこで発揮されるかどうかわからない以上、こちらも下手は打てない。
とはいえ、彼らに技術を提供したところでその価値を理解できるのかどうか…。理解できぬ技術はただのオーパーツだ。仕組みを理解出来ないのであれば解析されることもないため、この技術提供に関していえば、こちらの損はそこまで大きくない。問題は貿易協定だ。
何を渡して、何を受け取る? 彼らは何を持っているのか、何を欲しがっているのか、情報が手元に何もない。
ダメもとで聞いてみるか…。
「技術提供については受けよう。だが貿易協定についてはこの場で検討させていただきたい。わかっての通り、こちらは対外的な交渉はドがつくほど下手くそでね、我々は君たちが私どもに何を求めているのかを理解していない。君達に何を渡し、何を受け取ればいいのかね?」
少し前のめりになり、この交渉に前向きであることを態度に示す。ロベルトはガロンをチラリと見る。ガロンは小さくため息を吐いた。
「今俺たちは食糧をメインで交易を回している。精肉、酒が主だが、場合によっては人を流してもいる。我々は闘士を人材として派遣することもあるということだ。体力、技量は問題ない者をよこすことが可能だ。それをどう使うかは契約次第だな。我々が欲しいのは、力だ」
「…力、とな」
アンドラスは眉を顰めた。
力、彼らが求める力であれば武力であろう。だが、科学者である彼らに対して力を求めるとは一体どういうことなのか、意味を考える。
そして、戦場に残された痕跡を思い出してハッとする。
「まさか…機動歩兵を渡せというのか…?!」
「ようやくわかったか」
「だが…あれはお主らには無用の長物だろう。自分たちが成した惨状を見ていないわけではあるまい」
そう、彼らが巻き起こした火の雨によって機動歩兵の半数は手も足も出せずに機能不全に陥った。だというのに、その機動歩兵を手に入れて何をしようというのか。
力、確かに力ではある。だが、彼らには無力だった。
「だったらなんのために俺たちに向けて出してきたんだ? あんたらは俺たちがきたと聞いてアレを差し向けてきた。っつーことは魔法に対して力は薄くとも純粋な力としてなら生身に勝てると踏んでたんだろう?」
確かにそうだ。ガロンは肉体派という情報を受け、対魔法戦闘用ではない機動歩兵を出したのは間違いない。生身の肉体であればズタズタに引き裂けるほどのパワーを有しているのだから、白兵戦であれば負けはしないはずだった。
予想が外れたとはいえ、後出しジャンケンで有利を取っていくのは戦の常だ。恐らくガロンも自分たちが周囲からどのように見られているかわかっているからこそ、今回の作戦を練り、そして勝ったのだろう。アンドラスは以前感じたことは間違いではないことと、それよりもさらに力をつけていることを肌で感じていた。
そして考える、機動歩兵を輸出するのは大きなリスクではあるが、アレは乗り手がいてこそ初めて役に立つ者でもある。技術を持たぬ者がすぐに扱い切れるようになるとは思えない。
「…! だから技術提供を…!」
「ようやく繋がったかよ、回転がおせェな」
ロベルトがニヤリと笑う。
「力はいただく、使い方も教えてもらう。応じねえなら、あってもしょうがねえだろう?」
「…悪魔め」
アンドラスは冷や汗を飲み込んだ。
「そんなに力を手に入れて…何をしようというのだ」
ガロンはアンドラスを真っ直ぐ見据える。
「この世界を変える。それだけだ」




