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4章 後編⑥

 なんとも言えない表情と空気を払うように、俺は洞窟に足を進める。ドラッケンたちは先ほどの魔術師と同じようにサイレンスのと結界の魔術を張ってから俺についてくる。

 洞窟に入ると、最早巣ではなくなっていた。


 直径五メートル以上はあるであろう洞窟に所狭しと並べられた機材、点滅する信号に大量の数値を叩き出しているモニター。それぞれが管によってつながっており、その管の終着点には、竜がいた。


 ただ、その竜は装置の中に入れられており、培養液か何かの中で目を閉じていた。

 そしてその装置の前には長い白衣をきた男が立っていた。

 男は俺たちの足音に気づいてこちらを振り返ると、驚いたように目を見開いた。


「トールセン博士…? いや、違うな…。なんだ、あいつもうやられちまったのか。使えねえ奴だ」


 色の濃い髪、無精髭をこれでもかとはやし、目の下にくっきりとクマをつけた男がぼりぼりと頭を掻いて悪態をついた。


 科学者…?


「何者だ!」


 ドラッケンのパーティがそれぞれの武器を構えて臨戦体制に入る。キャメロンも戦列に加わり男に警戒の色を示す。


「待ってください」


 待ったをかけたのはエリアルだった。


「あなたは『帝国』の科学者ですね? どうしてここにいるのですか?我が国は『帝国』との国交を断絶しているはずですが」

「教える必要ないだろ。俺はここに用事があったからここにいる。それに協力してくれた奴らがいる。それ以外に知る必要なんてないだろう」

「いいえ、これは国際問題です。元首がいないとしても国を名乗っている以上守るべき協定があります」

「はー…面倒臭い。んなもん俺を捕まえてから聞けよ」


 ポケットに手を突っ込む。

 俺とエンヴィが魔力を流す。黒い水が、俺の風がそいつを叩き伏せる前に、そいつは起きてしまった。


 バリィィイイイイン!!!


 装置のガラスが砕け、中にいた竜が目を覚ます。培養液で濡れた体がみるみる乾き、大きく翼を広げる。洞窟が狭く感じるほどの大きさ、天井スレスレまである背格好、強大な爪、そして牙。硬そうな鱗が僅かな光受けて煌めいている。俺の青龍とは違って、四つ足で地面を踏み締め、ぎらぎらとした敵意をむき出しにしている。


「いやぁ、魔力の吹き溜まりってのは便利だな、わざわざ魔力を集めにいかなくても勝手に集まってくるんだから。おかげで、こいつの成長もすぐだった。あとは」


 中心にあった装置が壊れたことで、連鎖的に機材が次々と壊れていく。くそ、証拠が…貴重な実験データが!


「実技テスト、だな。本物の竜種にどこまで近づけたか、楽しみだ」


 そういうと、男は洞窟の奥に消えていった。エリアルが苦い顔をするので、俺はその肩を叩いて後ろに下げたあと、白虎に頼む。


「ヤベェ、ヤベェよドラッケンさん…! あいつ行っちまうぜ!」

「かといってこいつを置いていけるか! 俺らだけじゃ荷が重い…! ケン!応援を呼びに行け!俺たちは洞窟から出さないようにするぞ!」

「わかったわ!」「はい!」

「ラック達も協力してくれ!」

「任せろ、大怪獣バトルはトリマニアのオハコだぜ」

「だい…?なんだって?」


 師匠と弟子の喧嘩はいっつも、互いの聖獣が大暴れだ。かくいう俺と師匠も喧嘩が始まると、いっつも家の屋根が吹き飛んでたもんさ。


 ま、だいたい俺が負けて俺が修理するんだけどな。


 ゴアアアアアアアア!!!!


 竜が吠える。洞窟内を反響し、ビリビリとした圧が肌に直接叩きつけられる。


「くぅ…! エアシールド!」


 ローイーが魔術を発動させる。風が巻き起こり、俺たちの周囲を音の反響から遮断する。

 だが、風が中途半端な状態で霧散した。


「…! どうして?!」

「口を閉じさせれば…! ストーンエッジ!」


 未だ咆哮を続ける竜の足元から鋭い岩の槍が突き上げる。しかし、それも片手間で容易くへし折られてしまう。メルが驚愕の表情をしながら術式本を急いでめくる。

 ケンを除く前衛の三人もバカ正直に突っ込んでも勝てないことはわかっているので、後衛の俺たちが隙を作るのを待たなければならない。だがこの音が響き続ければ、いずれ、聴覚がやられて不利になる。

 風はダメだが、岩は大丈夫だった。となれば、火もダメそうだな。視界を遮らず音を止めるなら、


「玄武、頼むよ」


 が! ゴボ! ガハ!!


 突然、竜が咳き込み、口から大量の水を吐き出す。


「! 今だ! 翼からねらえ!」


 ドラッケンの合図でライドとキャメロンが一気に駆け出す。一歩で最高速度に到達し、翼に向けて一直線に突っ込む。竜も視界が潰されているわけではないので、前足を振り上げるが、それに合わせて、巨大な剣が投げ込まれる。

 狙いは顔、ドラッケンの剣は真っ直ぐ顔面に吸い込まれていく。竜は反射的に振り上げた前足で剣を弾く、視線と注意がそれたことで、二人の刃が翼まで届いた。


 ズバッ! ザシュッ!


 キャメロンはアクセルを握りしめ、翼を真っ二つに切り落とし、ライドは槍とともに翼膜に大きな風穴を開けた。これでまともな飛行はできないだろう。

 竜が痛みの咆哮を再度上げる。その隙にドラッケンは自分の剣を拾い上げ、再び正面に立つ。キャメロン、ライドはそれぞれ左右に展開し、それぞれ注意を引きつける。怒り心頭に発する竜が暴れ出す前に、メル、ローイーの声が響く。


「アビスゲイル!」

「フレアインパクト!」


 メル、ローイーがそれぞれ風、炎の魔術を発動させる。手には次に発動するであろう術式紙を握っている。


 ゴアア!


「! また…!」

「あの咆哮、魔力を乱す性質があるみたいだな。魔術の発生は完璧だった」

「もう!どうしろっていうのよ!」


 短い咆哮で当たる直前に魔術が霧散するところを見ると、やはり空気に左右されるものはダメなようだ。


「要は質量があればいい、魔力で形成したとしても実態を持っちまえば咆哮は無意味だ」

「…グレイブ」


 俺の言葉を聞いてエンヴィが短く詠唱する。竜の右側が唐突に盛り上がり、崩れることで、バランスが崩れる。


「畳みかけろ!」


 またドラッケンの合図で三方向から同時に攻撃にかかる。が、竜の目がギラリと光る。


「ぐ!」「うおぁ!」


 ブォン!と空気を裂く音とともに、太い尻尾が振り回され、踏み込んだライド、ドラッケンが吹き飛ぶ。かろうじて武器で防いだようだが、壁に並んでいた機材に強く叩きつけられた。意識はあるようだが、頭が強く揺さぶられたせいで、うまく動けないでいる。

 キャメロンはすんでのところで身をかがめ躱したようだが、内心ヒヤヒヤものだろう。


 よし。


「仕事が遅いんじゃねえのお役人さんよ」

「急にやらされて順応できたことを褒めて欲しいくらいですがね」


 俺が声をかけると、洞窟の奥から白虎に乗ったエリアルが白衣の男を担いでやってくる。

 竜はチラリとそちらに目を向けるが、目の前のキャメロンを優先したようだ。予備動作なしでキャメロンに突進する。

 体格差を考えれば肉塊になることは確実、しかもその巨体のせいで今度は逃げ場がない。が、エンヴィがすかさず援護する。


「ランパード、ガリバーの絶望(パッケージ)


 連続で魔法を詠唱する。キャメロンの前に立ち塞がった滑らかな岩の壁はその巨体を受け止める。さらに、いつの間にか忍んでいた黒い水が竜を縛り上げる。


「さて、憂いも無くなったんで、お縄についてもらうぜ! 玄武!」


 俺の発声に合わせ、エンヴィの黒い水が増強される。さらに竜の頭を包むように、水の玉が現れる。唐突に息ができなくなった竜がさらに暴れるが、俺とエンヴィの黒い水が完璧に抑え込む。


「凍れ!!」

 パキィン!!


 空気が弾ける。温い空気を弾き、急速に冷やされた水の玉は瞬時に氷の玉へと変化する。さらにもがく竜を押さえ込むこと数分、パタリと動きをとめ、その巨体を地面に沈めた。

 俺が指を鳴らすと氷が水に変化し、口から流れ出す。


「やった…の?」

「…多分な」


 エンヴィの言葉に頷きつつ、黒い水はそのままに、俺は竜に近づく。

 よし、大丈夫そうだ。


「いいぞ、大丈夫だ」


 エンヴィがホッと息を吐き、黒い水が地面に染み込む。キャメロンが俺の隣に並び、寄りかかるように肩を寄せた。


「ちょっと…肝が冷えたよ」

「悪いな、こっちで戦ってることはわかるようにしないとならなかったんだ」

「わかってるよ、あの男を油断させるためだろう? ともあれ、成功してよかったよ、体を張った甲斐がある」

「えぇ、感謝しております。感謝ついでに、この男を街まで連行したいので、このトラちゃんを借りてもよろしいでしょうか?」

「虎ちゃん」

「ぅっ…、良いじゃないですかどう呼んだって! 良いんですかダメなんですか!?」

「くくく、いいぞ。その虎ちゃんを存分に乗り回してやってくれ」


 顔が真っ赤になったエリアル。堪えきれずに漏れた笑いに、白虎の上からキックが飛んでくるが、加減をしてくれたようでそんなに痛くない。


「全く、意地悪な人…。では私は先に山をおります。それでは」


 そう言って、洞窟から出て行く背中を見送って、今度はエンヴィが俺の袖を引く。


「みんな来るよ」


 エンヴィの言葉通り、洞窟からガヤガヤと声がする。


「おおいぃ!大丈夫か…っておい!マジでドラゴンかよ!」

「しかももう終わってねえか?」

「ヒーラー!手を貸してくださいー、もう一人見て欲しいです!」

「はい!」


 ドラッケンとライドの簡易治療が始まり、そのほかの傭兵達も恐る恐ると言った風に洞窟に足を踏み入れる。


「カー、でけえ…」

「よくやったなぁ…」

「これどうやって持って帰るんだ? 竜種の鱗ヌケる解体道具は流石に持ってきてねえぞ」

「それに、よくみりゃ変なもんがいっぱい並んでんじゃねえか、こっちも持って帰んねえと行けねえんじゃねえか?」

「こんなん荷馬車一台じゃ足りねえぞ。おい!野営地をこっちに移すぞ!手の空いてるやつは移動手伝え! あと誰か!傭兵ギルドから荷馬車もう一台貰ってこい! 剣持ってるやつは手伝え!多少刃こぼれしても良いからこいつを解体するぞ!」


 老練と言っていい白い髭を生やしたくましい体つきの傭兵が指示を飛ばす。それに従って、いくつかのグループに別れて傭兵達が移動していった。


「俺たちも手伝うか」

「いや、お前らは休んでろよ。この死に方だと、このドラゴンにとどめを刺したのはあんたらだろ? そっちの嬢ちゃんを労ってやれよ」


 未だ俺にもたれるキャメロンを指して言う。

 俺もキャメロンをチラリと見て、小さくため息を吐き、洞窟から入ってくる風を感じながら、わかったよ、と返事をした。

 とはいえ、俺も大したことはしてないので、野暮用でも消化しに行こうかな。

 洞窟のはじで、キャメロンとエンヴィにここで待つように言ってから、その場を後にする。


 今度は有意義な話をさせてくれよ?



 §



 望遠レンズを搭載した巨大な双眼鏡に三脚を立てて覗き込む。

 レンズの先には洞窟が映っており、、傭兵が多数出入りしているところがよく見えた。

 日が登ってきたこともあって、中の様子までよく見える。


「なんじゃ、アイセンのやつ、捕まりよって。まぁ、口を割ったところでどうしようもなかろうが」


 覗き込んでいた科学者の後ろから声がする。


 立派な髭をこさえ、しわがれた肌、綺麗な頭を撫でながら、悪態をつく老人。そんな老人には目もくれず、双眼鏡を覗きながら口を開く。


「アイセンのバカはどーでもいーんですけど、あの場所が使えないのはめんどいっすねぇ。魔力の吹き溜まりなんてなかなかお目にかかれないってのに」


 にしても、と言葉を区切る。


「あの職人すげーなー。普通の魔法士みたいに戦うし、魔力測定値えげつねー値出してるし」

「職人?」

「そっすよー、見てみます?」


 若い科学者がその場を退くと、老人が双眼鏡を覗き込み、肩を揺らす。


「ふ…ふふふふ…!! レル、撤退準備じゃ、いつでも動けるようにしておけ、この際最低限でいい」

「え、なんスカ急に」

「良いから! 早くしろ!」


 老人の剣幕に押され、いそいそと広げていた機材を畳む。移動用の機材は折り畳むだけで運べるようになる優れ物だが、如何せん数が多く、二、三個の機材をしまい終えたところで、老人がつぶやいた。


「時間切れじゃな」


 レルを背にして双眼鏡から離れ、空を見上げる。途端、突風が吹き遊び、レルと呼ばれた若い科学者は思わず目を瞑る。


「よぉ、こんなとこで何してんだぃ? 『帝国』の科学者さんよ」

「よもやこんなところでお目にかかれるとは思わなんだ。初めまして、というべきじゃろうが、いやはや、よく似ている」


 老人の視線の先には、先ほどまで洞窟にいたはずの職人が宙に浮いていた。風が規則的に巻き起こり、その中心に彼がいることはすぐわかった。


 老人の言葉に職人は一つに結えた長い髪をいじりながら、ため息をついた。


「さっきとっ捕まえた科学者も言ってたけど、あんたらの知り合いに俺はよく似てるらしいな」

「そうとも、瓜二つじゃ。トールセン・エンカードラック、お前が持つ遺伝子の一つじゃよ」

「え! あのトールセン博士の?! きゃー!初めてみちゃった!帰ったら自慢しなきゃ」


 職人は怪訝な顔をして、何かを聞こうとしてくるが、老人はそれを遮った。


「おっと、儂等はこの辺で失礼するぞ、続きが知りたければ、お主らが捕まえたアイセンにでも聞くがよかろう。では失礼する」


 白衣のポケットに手を入れた瞬間、職人が何かをする前に、二人はその場から姿を消した。


「…転移魔法」


 つぶやいた言葉は宙に消える。残ったのは用途不明のなんらかの機材のみ、恐らく『帝国』が使用している何かしらの機材なのだろうが、使い方はさっぱりわからない。


(データ…か)


 自分でも使い慣れない言葉に首を傾げる。

 咄嗟に頭に浮かんだその言葉、その言葉を自分は一体どこで知ったのだろうか。


(少なくとも、俺は『帝国』と縁があるらしいな)


 機材の回収はせず、洞窟に戻った。

 職人が消えたその場に、また二人の姿が現れる。


「あ、危なかったぁー…」

「ふむ、まだ実用に耐えるわけではないが、使えるようだな」

「いやーさすがっす、ステルスキットなんてよく持ってましたね」

「ふん、儂ぐらいになると、いつどこで狙われるかわからんからな」


 老人は小さく息を吐き、改めて機材をたたみ始める。それに倣ってレルも機材を畳んだ。


「なんか、また会いそうっすね」

「会うだろうよ。やつにはヒントをくれてやった。上手くやればあの最高傑作を引き込めるかもしれん」

「レジェンダリーっすよー? そう簡単にはいかないっすよ」

「だろうな」


 老人の脳裏に浮かぶ三人の顔。


(トールセン、ケリー、ウルティエ。そうなれば、貴様らの努力も、水の泡よな)


 黒い笑みを浮かべながら、二人はその場から消えていった。

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