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4章 後編④

 ―――次の日の朝。


 陽の光が目に刺さって目を覚ます。まだ夜が明けたばかりのようだが、時間としては問題ないだろう。俺が起きた音に気付いてキャメロンが目を覚ます。エンヴィはまだ眠っているようだが、エリアルがいない。

 彼女の剣は部屋に置いてあったので、トイレかなと思っていると、部屋の扉が開いて、リュックを背負ったエリアルが入ってくる。


「おはようございます。自分の荷物を取ってきました。そろそろ出発ですか?」

「そうだな。顔洗ったら出よう。この時間だとまだ朝飯もないだろ」


 エンヴィを優しく揺すり起こすと、目を擦りながら、エンヴィが体を起こして伸びをする。

 俺とキャメロンがぞろぞろと洗面台で顔を洗って寝ぼけた頭をスッキリさせると、遅れてエンヴィも顔を洗いに来た。


「家族みたいだねぇ」


 キャメロンがぽつりと零すと、エンヴィが少し口を尖らせた。


「私は娘じゃないからね」

「わかってるさ、レディ、君も素敵な奥様だよ」

「待てコラ、勝手に人の奥さんにするな」

「ふふふ」


 何だよその怪しい笑いは…。


 朝っぱらから不穏なものを感じながらも、もう一度荷物の中身を確認して、リュックを背負う。


「よし」


 俺は大きく頷いて部屋から出る。東門は宿から出て目と鼻の先、門の前にある小さな広場ではすでに数人の冒険者達が出発の時を待っている。俺たちもそこに合流すると他の冒険者たちも続々と合流した。

 その中から一人が冒険者たちの輪から抜けて声をあげる。


「ドラッケンだ、こっちを向いて話を聞いてくれ!」


 ドラッケンの声に、ざわついていた冒険者たちが声を潜める。


「よく集まってくれた。改めて今日の行動について確認するぞ。俺たちはコレから東にあるケンリック山のワイバーンの巣へ向かい、調査を行う。調査隊はあの後協議の結果、俺たちドラゴンスレイヤーのパーティと、ラックたちのパーティにお願いしようと思う。理由として、俺たちにはない職人側の観点からの情報が欲しいからだ。職人たちは素材の状態や質を見るのに長けている。ワイバーンそのものではなく環境側の情報を集めるにあたって、必要だと判断した。他の三パーティは事前に伝えた通り、護衛としてケンリック山入口の森にて待機だ。異論はないな!」


 ドラッケンの言葉に、俺たちに視線が集まるものの、なーし!と声が上がり、ドラッケンは大きく頷いた。


「馬車は門の外で待機している。調査隊は馬車にのり、調査地域まで体力を温存してくれ。それでは移動を開始するぞ!」


 門の外に待機していた馬車は三台。前二つは調査隊である俺たちが乗る馬車で、最後尾の一つは空の荷馬車だった。おそらく調査対象となる素材を積み込むためのものだろう。馬車一台につき冒険者のパーティが一つついて護衛していくようだ。

 調査組は馬車の中から援護できればする、という感じだろうか。それでいうと、こっち側なら俺とエンヴィ、ドラッケン側からはメルとローイーだろう。

 ドラッケンの指示で二番目の馬車に乗り込むと御者の一声で、動き出す。護衛の徒歩勢に合わせてスピードはあまり出ていないが、山もその入り口にある森も目視できる距離にはあるのため、そこまで遠くもないのだろう。

 馬車の中の小窓から外の様子も伺える。森までは草原が続いており、途中に村はないものの、馬車や人が何度も通ったためにできたであろう道もあった。公道、というよりは自然とできたものだろう。地形を把握しているわけではないので、なんとなしにエリアルに尋ねてみる。


「サージェスから東ってどうなってるんだ?道が作られてるわけでもなさそうだし、東側に交易はしてないとか?」

「概ねその通りです。今回向かうケンリック山を始め、山脈地帯が続き、山脈を抜けるとストーレン公国の領地ですね。交易先としては優秀ではあるのですが、山脈が険しいことと、ワイバーンの巣が途中にあることも相まって、サージェスから直接ではなく、迂回路を使用して交易しています」


 ワイバーンは人も食べますからね。


「ワイバーンは多少だが知恵もある。竜種としては最弱と言われているが、野生の魔種の中では上位に位置する捕食者さ」


 経験があるのか、キャメロンがワイバーンについて教えてくれる。


「馬車から彼らの求める食糧やら何やらが積まれていれば、彼らは優先的に馬車を襲うようになる。食用に加工された肉は野生の魔種や動物を喰らうよりも効率がいいからね。だから基本的にワイバーンがいるルートは交易には適さないんだ。それにワイバーン自体は生態系の上位種、交易のために狩り尽くしたりすると、ゴブリンやらコボルトやらの小物の魔種が大量繁殖するのさ」


 ドラッケンのいう通り、彼らとは共存する必要がある。


 なるほどねぇ。だから今回の調査も行動が早いわけだ。


 大型の魔種を狩るときに被害を受けるのは主に戦いに出るものたちだ。なんせ脅威度がわかってるんだから、力のないものはわざわざ前に出たりしない。だが、小型の魔種だとまた話は違う。小型の魔種から被害を受けるのは逆に力のない一般人だ。大型の魔種と違って群を作る小型の魔種は自分よりも力の弱いものを狙う。襲われでもしない限り自分よりも強いと判断した相手には食ってかからない。そうして戦士たちの知らぬ間に数を増やしていくのだ。

 小型の魔種の討伐に事欠かないのはこういう点にある。

 実際、俺がエルブンにいたときも、村の自警団には襲い掛からず、逃げ遅れた人たちを優先して襲うのは俺も見ている。だからこそ、小型の魔種が入ってきたことがすぐにわかるように村の周りには魔種除けの罠やら何やらを張りめぐらせていた。

 エルブンの周りに大型の魔種があまり出現しないこともあって、自警団は定期的に狩にいく必要もあった。


 他にもエリアルから交易品や流行りの物の話を聞いていたのだが、先程出たストーレンの話が耳に残った。

 何でも、ストーレンは魔術と技術をそれぞれ半分ずつ取り入れつつさらに東にある軍国アドミゴの国に対抗するため、軍備にも力を入れているそうだ。だがその軍備に、『帝国』の技術が使われているのを見たものがいるという。

 サージェスから技術品を輸出していないにも関わらず、技術的な物が街に散見されるのはそういった理由があるのだろう。

『帝国』、最近よく聞くようになったが、もう小国だと考えている国も少ないだろう。アーカイブトルムへの侵攻、魔法の取り入れ、さらには海を越えてストーレンへの技術提供。何を企んでるのかがわからないが故に、各国が警戒をあらわにしている。


 といっても、『帝国』にはアーカイブトルムのような教皇がいて、代表をしているわけではない。

 ただ技術を求める技術者たちが寄り合い、積み上がり、出来上がったのが『帝国』と言う名もない国なのだ。

 技術という意味では、どの国よりも聡く、強いと言える。


 かくいう俺も、その技術には興味があるし、できれば見てみたいし、学んでみたいとも思っている。


 んー、俺も一端の技術者ということなんだろう、魔法を使わない技術。興味を持てない訳がない。

 だってそうだろう? アーカイブトルムの『魔法』は人の素質に大きく左右される。その所為、いや、そのおかげで生活に必要な魔法も使える人、使えない人が現れ、トリマニアが作る魔力を注ぐだけで使えるマグが高く売れている。


 ただ、その魔法技術をひっくり返して、魔法そのものを簡略化したのが、クリスタリアの『魔法』だ。魔法を術式に起こして使う人が保持することで、魔法の才能、センス、想像力に関わらず魔法を使うことができる。

 マグを使用した魔法技術、『魔術』と、術式に起こすことで使用する魔法術式、『魔術』。

 結局は道具を介しているかどうかの違いだけで本質的なところは変わらない。

 だが技術は違う。魔法を介さず、技術のみで魔法と同等の効果を得られるとしたら? 今まで魔力すら碌に使えない人間にも魔法士たちと同じくらいの働きができる様になったとしたら?

 大きな変革、大きな革命だ。魔法という概念すら書き換えてしまいかねないくらいに。


 もしかすると、その革命を起こそうとしてるのかもな…。


 そんなことを考えていると外が騒がしくなる。


「魔種だ! 数が多いぞ! 囲まれる前に崩せ!」


 一人が声を張り上げると、馬車が止まる。俺も窓から顔を出し、周囲を確認する。森の方からかけてくる黒い影、狼系の魔種なのか、走ってくるスピードが速く、そして草陰に隠れて姿を視認しにくい。


 これじゃあ正確な数がわかんねえな…。


 正面から突っ込んでくる群に先頭馬車のパーティから魔法が飛ぶ。草を燃やして視認性を確保するために炎弾の魔法を放った様だが、それは逆効果だろう。

 放たれた炎弾は先頭を駆けていた一群に当たり爆散するが、火が燃え移った草からでる煙で一層辺りの視界が悪くなる。こうなると水をかけても視界が悪くなる一方だ。

 ガサガサと音が四方に散っていく。視界が取れず動けなくなったところを囲まれたようだ。相変わらず前方の視界は不良、周囲も、道ではないために草は刈られておらず伸びっぱなしのため、屈んだ狼たちは視界に入りにくい。

 護衛たちが各々の武器を構え、どちらが先に仕掛けるかの間が空間を支配する。

 森までの道のりは半ば、といったところか。ここで消耗されては調査開始からの三日間に障るだろう。俺はエンヴィに声をかける。


「あいつらの足止めは出来るか?」

「ん、任せて」


 エンヴィの袖から黒い水が滴っていく。馬車をつたい、影に紛れて水が広がっていく。俺も途中まで目で終えたが、草むらに入ってからはほとんど見えなくなった。

 冒険者たちが集中を切らさず警戒し続けてくれたおかげで、膠着状態が維持され、エンヴィの準備が整う。


ガリバーの絶望(パッケージ)


 エンヴィが言葉と共に両の手をギュッと握る。


 キャイン!! ヴォフ! ヴォフヴォフ!!


 狼の悲鳴と、怒る鳴き声が周囲から聞こえ始め、冒険者たちが唖然とする。俺は窓を大きく開けて馬車の天板に乗り移ると、視点を高くして狼たちの位置を把握する。


「白虎、場所はわかったな、『穿て』!」


 俺が呼びかけると、俺を中心として円形に囲んでいた狼たちが鋭い土の棘に突き上げられ、その肢体を草むらの上に掲げられる。


「よし」


 上出来だ。


 白虎が褒めて、と言わんばかりに地面から飛び出て、俺と同じく天板に乗る。全長三メートルはあろう白と黒の毛皮の虎が地面から突然出てきたため、近くにいた女性冒険者が腰をぬかすが、俺は構わず白虎を可愛がってやる。


「ヨーシャシャシャ…、偉いぞ」


 頭をわしゃわしゃと撫でた後、喉から背中に駆けて両手でマッサージするように揉んでやる。普段の白虎なら、四肢の付け根には鋼でできた鎧を纏い、急所である首元から腹をを覆う様に鎧を纏っているのだが、今は完全にオフなのか、そのモッフリとした毛皮を存分に晒している。気持ちよさそうに目を細めて俺の手を受け入れていた。

 俺も白虎もお互いに満足したところで、馬車の中にいるエンヴィに声をかける。


「エンヴィ、念のため確認しとくけど他にはいないよな?」

「うん、周りにはいない…かな。伸ばしてみたけど、大丈夫そう。あ、火も消しておくね」

「助かる」


 エンヴィがそういうや否や、草を伝って燃え広がりつつあった炎がサッと黒い水に包まれて鎮火する。視界がまだ煙かったので、俺がふー、と息を吐くと、背後から一陣の風が吹き、煙を晴らしていく。白虎が後ろを振り返るので俺も振り返ると、長い髭を蓄えた龍が悠々と空を飛んでいる。

 といっても、風がそんな風に動いているように見えるだけで、青龍は白虎の様に出てきたわけではない。


 久々に使って、改めて思う。これが『トリマニアの魔法』だ。身の回り全てのものは生きている。そして、いつだって俺たちを守り、助けてくれる。その感謝を忘れちゃいけねえ。

 まぁ、街で青龍使ったんだけど、それは例外ってことで。

 馬車の上に乗る俺に視線が集まる中、ため息と共に言ってやる。


「皮はいだり血ぃ抜いたりすんだったらさっさとやんなぁ、ボサッとしてっと今度は小鬼が来るぞ」


 俺の言葉にハッとした冒険者たちが硬質な土によって貼り付けられた狼たちを解体していく。魔種は血の匂いに敏感だ。今魔種が見えていないとしてもすぐに来ないだけの可能性もあるので、俺はそのまま馬車の上で胡座をかいて座る。

 白虎が身震いをすると三メートルほどあった巨体はみるみる小さくなり、子猫サイズまで落ち着くと、くーっと伸びをして俺の足の間にすっぽり収まり陽の光を浴びながら寝息を立て始める。これも、久々だな。


 にしても…


「ラック、妙だと思わないかい?」

「あぁ、ちょうど考えてたところだ」

「夜が明けてまもない時間帯、この時間はウルフたちの活動時間外だ。それに、この規則的な円の作り方…、野生味を感じないね」

「仕向けられたってことか…」

「おそらくは…、狼も犬に近いからね、魔種とはいえ、ゴブリンやコボルトよりも御しやすいのは確かさ」

「となると、俺たちの到着を止めようとしてる奴がいるってことか」

「そうなるね」


 俺とキャメロンの会話が聞こえていたのか、周囲の警戒をしていた女性冒険者が声をかけてくる。


「それって、ワイバーンの巣に誰かいるってことなの?」

「ん? まぁその可能性は高いってこったな。じゃなきゃ、この数を訓練してけしかけようとは思わねえだろ」

「そうか、そうね、確かにそうだわ。私ドラッケンさんに報告してくる。警戒はあなたがいれば平気でしょ?」

「はいよー、任せたー」


 先頭の馬車に駆け出していくのを見届けて、風を体に感じる。血の匂いを散らすように風が吹き抜けていく。いい風だ。この向きなら森の方に匂いが行くこともないだろう。

 狼の解体にはそれほど時間はかからず、報告に行った冒険者もすぐに戻ってきたところで、馬車がまた動き始める。また何かあると面倒なのと、白虎が気持ちよさそうに寝ていることもあって、俺は馬車の天板にあぐらをかいたままだ。


「進行を早めるそうよ、ドラッケンさんたちもウルフには疑問を持っていたみたい。ところで、話が変わるんだけど」

「ん?」


 彼女は肩にかけていた魔術冊子をぐるりと前に回して、俺に問いかける。


「さっき使った魔術ってどの魔術かしら、ウルフを捉えたものといい、一気にトドメを刺した魔術といい、私は今まで見たことないわ。どこで買ったの?」

「買ってないぞ、俺はこの辺の魔術師じゃないからな。ドラッケンからもあっただろ、俺はトリマニアの職人だ」

「へぇー! 職人さんって面白い魔術使うのね!」


 魔術じゃねえんだけどなぁ。


 そんなことを否定しても話は進まないだろうから、俺は冒険者の話を話半分に聞き流す。最近の術式は出来が悪いとか、術式紙の値段が上がったせいで魔術師たちが魔法に目をつけ始めているとか、愚痴っぽく言っているが言葉の端々に俺に期待するような声音が混じっている。


「そんなに言うなら、魔法を習えばいいんじゃないか?」

「無理よ、今のサージェスで、魔法を使うなんていったら殺されちゃうわ」

「? 殺される?」

「あら、聞いたことない? 魔法排斥運動よ、不平等だか何だかで、魔法士を迫害してるらしいわ。国外から来た魔法士の方だって、何人もお亡くなりになってるの。もうサージェスで『魔法』を使う人なんていないわよ」


 エリアルが言ってたのはこれか…。


 にしてもほんとに過激だったんだな、死人まで出てるとは思わなかった。


「だからみんな術式紙を買いだめしてるんだけど、どうみても今までよりも質が落ちてるのよねえ。その癖値上げとか、足元見てるとしか言いようがないわ」

「術式紙を扱ってるのはどこなんだ? 商業ギルドじゃあないんだろ?」


 虎の師匠が検品してるんだったら、適当な商品は出さないだろうから、商業ギルドじゃないとは思うんだが。


「魔術ギルドよ、今術式紙を扱ってるのは魔術ギルド管轄のお店しかないわ。魔法ギルドの支店も今は立ち退いちゃったから」


 おー、めっちゃ怪しいところ出てきた。


「名前から察するに、今のクリスタリアの魔術全般を担うところか。他所者の意見で悪いが、魔法を追い出して利権をふんだくろうとしてる様にしか見えないねぇ」

「それは皆んな同感よ、けど、『魔法』を根幹としてるアーカイブトルムが今あんな感じでしょ? 他の国でも『魔法』の有用性が疑われてるらしいわよ」


 内乱起こした挙句、他の国の言いなりになってりゃ、確かに力も弱まる。アーカイブトルムとトリマニアしか知らない俺にはピンと来ないが、それほどまでにアーカイブトルムと魔法の結びつきは強く、そして影響力につながっていたようだ。

 とすると、トリマニアも確かに危ねえんだよなぁ。系譜としては近いし、発動イメージも似たようなものだ。虎の師匠の忠告が改めて効いてくる。


 とはいえ、もう何度も使ってしまっている以上、言い訳もできない。まぁ、頼もしい用心棒もいることだし、今回は頼らせてもらおう。


 こと対人戦なら、俺たちの中ではダントツの経験者だからな。

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