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4章 後編③

「というわけで、しばらくここを離れます。と言っても、国から出るわけでもないですけどね。ただ、戻っても宿で寝ることにします」


 人も増えましたからね。


 俺はエリアルを見る。エリアルは俺に目もくれず、ただ、ヨイチさんを見つめていた。顔には笑顔が張り付いている。取り繕っている、というよりも、張り付けさせられているように見えた。

 そのエリアルから目を離し、ヨイチさんを見ると、自分で用意したホットコーヒーを一口すすり、まぁそういうことなら、と納得したようだった。


 ヨイチさんも、『仕事』というものを理解している。予定外、想定外はつきもので、急な変更も、事故も起こり得る。

 俺はその辺りを隠さず話す。下手に隠したり誤魔化したりすることは商人相手にはご法度だ。譲れない、或いは絶対的な理由があればこちらも堂々と押し切れるが、そんなものは今はない。

 というか、俺としては軽い挨拶のつもりで言いに来たはずなのだが、隣立ってるこいつのせいでなぜかかしこまってしまった。


 頭をワシワシと掻いてから髪を手櫛で整える。そういえば、髪もだいぶ伸びてんな。通りで頭が重い。ヨイチさんも納得したみたいだし、髪留めでも買いに行くか。


「じゃあ、俺はこれで。戻ってきたらまた挨拶しに来ますよ」

「おや、どこかに行かれるのです?」

「髪留めでも買いに行こうかと。一緒に来ます?」


 エリアルが俺にバッと顔を向ける。何を言ってんだテメェとガンつけられてるのがありありと顔に出ている。


「…いいんです?」


 そんなエリアルの様子もあってか、ヨイチさんが首をかしげる。


「えぇ、もちろん。まぁヨイチさんがお暇なら、ですけど」

「ふふ、ではお供させてください。お似合いの髪留めを選んであげますよ」

「そいつぁありがたい。あぁ、そうだ。商業ギルドに先によってもいいです?手紙をトリマニア(あっち)に手紙を送りたくて」

「お手紙ですか…、紙とペンならありますが、こちらで書いていきますか?」

「そんな大したモンじゃないですよ、せいぜい一言二言でさぁ。エリアルは検閲でもするか?」

「え? あぁ…、そうですね、一応見ておきます」


 歯切れの悪いエリアルに適当に返事をする。ヨイチさんがいつものキャップを被ったのを見てから玄関をでる。細い路地を抜け、大通りを下って海沿いへ。商業ギルドの看板を目印に、中に入る。


「師匠―、いるかーい」


 俺の声に中にいた虎の面々が顔を上げる。客の相手をしていた奴をのぞいて、全員が不機嫌な顔になる。二階の隅からはいよー、という声がして階段を下る音がする。


「また来たのかい。しかも今度は違う女侍らせちゃって…、案外軽薄なんだねぇ」

「誤解ですよ。何なら、一人は見覚えありそうですけどね」


 俺の言葉にふむ、と二人を見比べた後、確かに、と頷いた。


「確かに、魔術協会の管理人さんじゃあないか。今協会はメンテナンス中だろう?何だって六仙と一緒にいるんだい?」

「色々とありましてねぇ。それより、うちの師匠に手紙出したいんだけど、紙と筆借りても?」

「構わないが、次の定期便まで少し間が空くよ。通信機でも使うかい?許可取る相手なら目の前にいるよ?」

「急ぎじゃないんで、構わないですよ」


 渡された紙と筆を受け取って筆を滑らせる。

 そうだな、端的に、欲しい回答を貰うとするなら…。


『起きたか? 色はわかるか?』


 こんなもんでいいだろ。その紙をエリアルに見せる。

 首をかしげられた。そりゃそうだろな。

 その紙を虎の師匠に渡す。


「じゃ、お願いします」

「承ったよ」


 俺はサッサと踵を返す。さっきっから視線が痛くてしょうがねえ。虎の師匠もそれを理解しているのか引き止めることもせずにその紙を懐にしまった。


 ギルドを出るとエリアルが俺に尋ねる。


「随分と恨まれてらっしゃいますね」

「奴らの看板に泥を塗ったくった本人だからな。しばらく経つけど、人の心ってのはそう簡単に変わったりしないもんだ」

「…深くは尋ねませんが、夜道を歩くには不便しそうですね」

「その通り、俺についてくるんだったらそこは気をつけとけよ?」


 俺の言葉に肩をすくめる。ヨイチさんは後ろ手に左手で右腕を掴みながらニンマリと笑う。


「私としては、普段横柄な輩が悔しそうに指を咥えてる姿は、そこそこに愉快痛快でありますがなぁ」


 ふっふっふ、と怪しい笑いを零す。こちらもこちらで、それなりに鬱憤が溜まっている様子。


 あの虎の師匠…食えないもんなぁ…。


「さてと、髪留めでも見に行くかね」

「あぁ、それですが、コレは如何ですか?」


 ヨイチさんがポケットに入っていた髪留め?を俺に渡す。


 いかがです?といわれても…


「棒…ですか?」


 エリアルがそれを見てギョッとする。俺とその棒を交互にみて、ブンブンと手を振った。


「い…いけませんヨイチさ…ん! それは、えっと、えっと…!とりあえずだめです!」

「おや、何がいけないのです?見ての通り、私の髪の長さではこのカンザシは使えません。それにホラ、名前にピッタリでしょう?」


 ニンマリとした顔を崩さずエリアルに迫るヨイチさんは、棒の先についた飾りを俺に見せる。


「これ…氷…? モチーフは太陽っぽいですけど」

「そう、氷の太陽です。サンフロストの名前にピッタリ」

「まぁ、言われてみれば確かに…」


 名前的にはそうなんだけど、俺にこの棒の使い方がさっぱりわからない。とりあえず受けとって上下左右から見てみても、髪が止まるイメージがまるで付かない。


 うーん…これはもらっても今後使えない気がするなぁ…。


「申し訳ないんですが、俺にはちょいと…手に余りそうっすわ。普通の髪留めにしましょう」


 その方がエリアルの心理的にも良さそう。


 なんか…神にお祈りするレベルで膝ついて懇願してるもん、涙目で首振ってる。


 それを見ながらじゃあいただきますは流石にな。周りの人も普段絶対に見られないであろう国のお偉方の服を身に纏った人が慌てふためいて懇願している様を見て困惑している。

 ある人はひそひそと周囲と話し、ある人は関わらないでおこうと見て見ぬふりをする。ただ、視線はばっちり頂戴しているわけで、それを気にしないのは俺にはできん。


「それは…残念です。ではそうですね…少し露店を見て回りましょうか」

「そうしましょう」


 俺はエリアルの腕を掴んで立ち上がらせる。みっともない顔を晒していたエリアルに優しくデコピンをすると、露店が立ち並ぶ大通りへと足を進めた。


 陽もだいぶ落ち、晩飯の匂いが漂い始める大通りを肩を並べて歩く。三人並んでもぶつかることのないほどでかい通りを挟んで、さまざまな露店が客寄せに奔走している。まるで縁日に来ているような感覚に陥るが、サージェスではきっとこれが日常なのだろう。港街ということもあって土産物や特産品も多い。中継地点でものを買っていく商人も多いことだろう。


 適当に雑談を挟みながら、露店の品を眺めていると、一軒の反物屋が目についた。トリマニアやアーカイブトルムとも違う柄、質感の布を所狭しと並べている。だが、店主と思しき男は客引きもせず、せっせと機織りに励んでいた。通りで目に着くわけだ。客の目の前で布を織ってるのか。

 俺が並べられている布の前で足を止めてしゃがむ。二人も気づいて両脇に腰をおろした。布に触れる前にその柄をじっくりと見やる。


 手前から平織、綾織、朱子織しゅすおりとトリマニアでも見たことのある織り方だが、グラデーションの掛け方が違うな。染め物でもないとこういった模様はなかなか見られない。


 簡単にいえば、色が波打っている。平織の布は左から右にかけて、高波が打ち寄せるように鮮やかな色の組み替えが行われている。濃いか淡いかしかわからないこの目でも、この波打つ柄の表現は見事と言えた。

 ついで綾織。こちらは炎だ。一見して波にも見えるが、下から上に昇っていく揺らめきは織物では表現しにくい。だが、綾織にすることで、糸と糸の隙間から除く色をうまく使ってそのゆらめきを表現している。見ているだけで炎がゆらめいている錯覚を覚えさせられるものだ。

 最後に朱子織。コレは、なんと表現したら良いのだろう。

 一言でいえば、不純物だ。なんの作為もなく色が散りばめられているように見えて、遠目に見ると何かが浮かび上がってくるようにも思える。


 これ、欲しいな。


「店主、コレ、切って髪紐にできるかぃ?」

「あん? おう、ちょっと待ってな。長さは?」

「五十センチもありゃ十分だ」


 あいよ、と店主は返事をすると、機織り機から降りて、小さい機織りを引っ張り出すと、糸を掛け合わせてその場で織り始めた。どうやら切ることはせずに、俺の頼んだ長さで織ってくれるらしい。これはこれで嬉しいものだ。

 店主が織ってくれているあいだ、ヨイチさんが俺のことを肘で突く。


「私が選ぶというお話ではー?」

「それはそれ、これはこれですよ。こういうのは一期一会ですから、欲しい時に買っておかないと」

「む、それを言われると商人としては頷くしかありませんね。確かに、出逢いは大事ですから」


 膝の上に頬を置いてふわりと微笑む。

 …何だか、違う意味が込められていたような気がするが、アーカイブトルムでヨイチさんとやりとりをしていた時に時折見せてくれていた笑顔と同じだと気づいて、そうですね、と返した。


 ところで


「顔、顔。崩れてるどころの騒ぎじゃないぞ」

「ダァレノセイデスカネェ…」


 もはや般若のようなツラにため息を吐いた。


「昔っから俺とヨイチさんはこんな感じだぞ」

「こんな!甘酸っぱいお顔を!ヨイチ様にさせていたというのですか!!!!」


 様ってつけちゃったよ。


「エリアルさん?」


 興奮しすぎなエリアルの名前をヨイチさんが呼ぶと、ピタ、と動きを止めて風船が萎むようにシュルシュルと小さくなった。


 もはや隠すつもりもないのか、ヨイチさんの言葉にも圧が見える。

 俺はまぁまぁとヨイチさんを宥めてから出来上がった紙紐を受け取る。


「お代は私が払いますよ、私からのプレゼントです」

「ありがとうございます。近いうちにお返ししますよ」


 新しい商品とか、ね。


 俺がそう言うと、ヨイチさんは目を丸くした後、俺の手を取って、是非、と目を輝かせた。

 商人だなぁと思うのと同時に、少女のように目を輝かせるヨイチさんを微笑ましく思うのだった。

 代金を払ってもらった後、そろそろ二人に合流しようと思い立つ。日も暮れてきたし、宿を取りに行かないとな。


 呼吸を落ち着けて少し意識を傾ける。自分から伸びる線を感じる。


 …あ、コレかぁ。


 こうして意識を向けてみると確かに感じる。一つは街中に感じる、俺のようで俺ではない魔力。この魔力がエンヴィのもので、途中までしか俺の魔力を使っていないから、感じられる気配も少し遠いのだろう。それとは別にはっきりと感じる俺の魔力。それは真っ直ぐ港から海の方に伸びており、視線を向けても終わりは見えない。

 ただ、他の誰かの魔力は一切感じられないし、感じる気配も遠くない。距離的にはかなり離れているはずなのに、近くにいるようにも思える。

 不思議な感覚だし、これが検知されていたんだったら、エリアルが俺の方にくるのも頷ける。

 それだけ、俺から伸びる魔力の線はおかしいモノだと思えた。

 とりあえず、自分の魔力の線は放っておくとして、エンヴィに伸びる線を追いつつ、その線に触れて、軽く引っ張ってみる。触れた感覚、引っ張った感覚は多少あるものの、それが相手に伝わっているかは微妙なところだ。


 そんな俺の動作にヨイチさんは首をかしげる。


「どうしました?」

「あぁ、ちょっとエンヴィを呼んでみようかと。実はファミリアの扱いとかよくわかってなくて…、やり方もコレで合ってるのかどうか…」

「それについては、もしかするとエリアルさんの方が詳しいかも知れませんね」

「えぇ! 私だってファミリアなんて従えたことないですよ…。それに、私たちの使用しているファミリアの術式とはまるで違いますし、制限とかも…私には分かりかねます」

「チッ」

「舌打ち?! え、今舌打ちされました?! ヨイチ様?!いつからそんな素行が悪くなられたのですか? ヨイチ様? ヨイチ様―?!」


 ヨイチさんの腕にすがるエリアルを無視して、俺に尋ねる。


「それで、どうですか? エンヴィさんは呼べそうです?」

「んー何とも、まぁ場所は何となくわかったのでそっちに行ってみましょうか」


 と、そこへ、人混みをかき分けてひょっこりと見慣れた顔が出てくる。


「呼んだ?」


 紙包を抱えたエンヴィが俺を見上げて首を傾げた。

 その背後から、大きな荷物を大きなリュックに詰め込んだキャメロンもやってくる。手には大小二つのリュックを持っている。おそらく俺とエンヴィの二人分だろう。

 正解かどうかはともかく、エンヴィは呼べたらしい。俺の傍に寄り添い、袖をつまむ。


「おう、呼んだ。とりあえずキャメロン、荷物持つぞ。そんな状態でこけたら大変だ」

「あぁ、頼むよ。思ったより大きな買い物になってしまってね、レディには持たせたくなかったら助かるよ」

「みたいだな。さてと、そしたら、俺たちはそろそろ宿探しに行きます。お世話になりました」


 キャメロンから荷物を分けてもらいながら、ヨイチさんに声をかけると、ヨイチさんは頷く。


「とんでもない、何なら、私の方こそお世話していただきましたからね。ではエリアルさん、頼みましたよ」

「はい、お任せください」


 お互いに手を振って別れる。人混みを避けながら、エリアルの案内で宿を取りに行く。明日の予定を知っているエリアルの計らいで東門に近い宿に泊まることになった。


「部屋は二部屋でいいか、男女で分けようと思うんだが」

「大部屋ひとつにしよう、どうせ今までも一部屋だったんだ、一人増えたくらいで変える必要もないだろう。今日結構使ったからね、消費を少し抑えたい」

「そうか…、エリアルはいいのか?」

「私は特に気にしませんよ。私の分は自分で出しますし、同室の方が監視も楽ですから」

「じゃあ決まりだな」


 空いていた大部屋で荷物の整理をする。キャメロンが買ってきたのは野営用のテント、寝袋、それから外で食料を確保した際に使用するサバイバルキット一式だった。解体用のナイフや水筒、血を拭うための綺麗な布なども入っている。それとは別に、ブーツが二足並べられている。曰く、魔術式が埋め込まれたブーツで、履いた人のサイズに勝手に合わせてくれる優れものらしい。俺とエンヴィ用だそうだ。


 そういえば、俺も野宿なんてほとんどしないもんだから、どんなものが必要になるかちゃんと把握してなかったな…。確かに、コレだけ買えば金もとんでいくか。


 大きな荷物は俺とキャメロンの大きなリュックに分け、エンヴィのリュックには小物と行きの分の携帯食料を入れてそれぞれ一度背負ってみる。

 ずっしりとした重さはあるものの、動くには余り支障はなさそうだ。リュックの空きも十分あるので、携帯食料も入れられるし、途中の魔種から得た素材も入れるスペースがある。


「うん、問題なさそうだね。じゃあ明日も早いから、休もうか」

「おう、助かる。見直したぞ」

「む、その評価はちょっと心外だな」

「つってもなぁ…」


 正直なところ、この旅がはじまり、キャメロンが加わってからというもの、あまりいい印象がないのも確かだ。


 俺の甘いところを詰めてくれるのは、彼女なりの優しさなのかもしれないが、コッテリと精を絞られたのはちょっとな…。


 しかも今は生身だ。一歩間違えれば妊娠、なんてこともあり得る。エンヴィはなんか知らんが俺と女性の関係発展することを推奨してるし…、何をさせたいんだか…。


 まぁ、しばらくはエリアルもいるし控えるだろう。対策を考えるのは仕事が終わってからだ。


 明日の仕事のことはキャメロンもわかっているようで、その日の夜は何事もなく過ぎていった。

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