4章 中編⑥
とはいえ、話してくれないなら無理やり聞いてもしょうがない。俺は飯を平らげ、お冷やを飲み干す。
「せっかくそっちから来てくれたんだ、こっちからも聞いて良いかい?」
「えぇ、どうぞ」
「魔術と魔法のことだ。ここに来た時、虎の匠に、クリスタリアではアーカイブトルムの魔法を使うなと言われた。俺の記憶じゃ、二つの国はそんなに仲も悪くなかったと思うが、どういう理由があると思う?」
エリアルは少し考えた後、実は…と話を切り出した。
「魔法を排斥しようという動きが最近高まっています。職人の方々が日々使っている魔法は我々の間では魔導機術と称されているため、今はその対象にはなっておりません。ただ、アーカイブトルムの魔法は、個々人の才能に大きく左右される魔法です。言ってしまえばその実力主義を嫌う勢力が今台頭してきているのです」
「アーカイブトルムが戦争で負けたからか」
「一番の要因はそれでしょうね。内乱の話もこちらには伝わっています。実力主義が行き過ぎた結果内部から崩壊したものとして、その勢力は吹聴して周り、さらにはその魔法まで悪とする動きが出て来ているのです。今のところ、クリスタリア内部では主だった動きは見せていません。ただ、今後アーカイブトルムからの旅行者や滞在者が現れた場合には、危険が伴うでしょう」
「………」
ふと、キャメロンとエンヴィの顔が浮かんだ。俺が連れて来たとはいえ、二人の魔法の系統はアーカイブトルムのものだ。狩りに出るとなれば、魔法の行使はやむを得ないこともあるだろう。
不安がよぎるが、今戻っても二人を連れ戻す理由には弱い。一応、ファミリアの危機には主人である俺に何某かのシグナルが送られる。ただ、エンヴィの首のマグが破壊されるとそのシグナルも届かなくなる。
ドラッケン達がそう言った連中でないことを祈るしかないか…。
キャメロンとエンヴィの二人ならともかく、ドラッケンのパーティを含めた五人なら、まだ安全性は高い。
ったく、そう言う情報はもっと早くくれよなー…、虎の匠も意地が悪いぜ…。
考えていたことが顔に出ていたのか、エリアルは小さく笑って俺に言う。
「ドラゴンスレイは大丈夫ですよ。彼らは差別をするような人達ではありません。サージェス一の傭兵と謳われる彼らを纏める人格者です。ドラッケンは信用していいですよ」
「へぇ、そんな有名どころだったのか」
確かに止めに入ってきた時の貫禄といい、ギルドに対する対応の良さ、逆にギルドから俺への対応を任されるだけの信頼といい、スムーズに話が進むわけだ。
「えぇ、トリマニアには傭兵ギルドはありませんから、そう言ったお話は聞かないでしょうが、彼らはこの辺りの竜種を撃退して街の発展に大きく貢献してくれました。チーム名もその功績からつけたものでしょう」
「竜種!? この辺にいるのか!」
「え、えぇ」
俺の剣幕にたじろぐエリアル。
自分でもわかっちゃいるが、こればっかりは止められない。
「ってことは竜種の素材が出回るんだな?! 次の流通はいつだ?! アレがあればマグナイトの炉が滅茶苦茶安定するんだ! 設計段階で諦めてたものにも着手出来る…! いやまて、火竜か?水竜か? 属性はどれだ? ってかこの近辺の魔物まとめたガイドとか寄越してくれめんどくさいから自分で調達する!」
「ま、待って…待ってってば…!待ってください!!」
代金を机に叩きつけて店の外に出ようとした俺の袖を掴んでエリアルが俺を止めようとする。「おわ、力強っ!」
「っと、危ねえぞお前、何してんだ」
椅子からつんのめったエリアルを腕を伸ばして抱き抱えるように支える。支えた時に、腕に何やら柔らかい感触。
「ん?」
俺が疑問を口にする前にエリアルが体勢を立て直して俺の両肩に手を置く。頭半子分低いエリアルが俺を睨むように見上げる。
「他言無用で、お願いします」
若干頬が赤い。
「かまわねえが、いきなり掴んだら危ねえだろ? 気を付けろよ」
俺はエリアルの服についたホコリを払って、それじゃ、と手を挙げる。こうしちゃいられない、面会もあるがその前に仕入れなければ。
「あ! だから待ってって言ってるじゃないですか!」
同じように代金を机において俺を追いかけてくる。なんか他に用でもあんのかな。
「話は終わってないですよ。どこに行くんです?」
「外の情報を仕入れに行くんだよ。商業ギルドならこの辺の魔物を纏めた書物がありそうだ」
「そう言ったものは商業ギルドよりも傭兵ギルドの管轄ですから、ないと思いますよ。それより、あなたにお伝えしなければならないことがまだあるんです」
「おわ…!だから引っ張るなよ」
あなたが止まらないからでしょう!
お叱りを受けて、道の途中で立ち止まる。商業ギルドにはないと聞いたあたりで方向転換していた。
「これから一週間、魔術協会はメンテナンスに入ります。そのため、あなたの監視を目で行うことになりました。反応が強くなったあたりで刻限になってしまったので、詳細をつかめていないのです。容疑は晴れたとはいいましたが、あなたは監視対象からまだ外れていません」
…ん?
魔術協会が魔道具であることは聞いていたのでメンテナンスはわかる。領海を含めた範囲を覆うものだ、メンテナンスに時間がかかるのもわかる。
「つまり、一週間俺についてくるってことか?」
「はい、そうなります」
「…まさか寝るところにまで押しかけてくるんじゃないだろうな?」
「そのまさかですよ。今後一週間はおはようからおやすみまでご同行いたします」
「そのための男装だったわけか…、俺が変な気を起こさないように、とかそんなとこか」
「疑っているわけではありませんが、軽薄な方の可能性がありましたので」
それ疑ってるって言ってるようなもんだろ。
口には出さなかったが、代わりに大きなため息が出る。おかしいな、面倒ごとがあっちからやってきた。
やましいことはないから監視される分には好きにやってくれ、ってところだが、これ以上ヨイチさんに迷惑をかけるのも忍びない。しかたねえ、コバルト・ブルーに会ったら、あいつら回収してヨイチさんに宿の相談しよう。金なら多少余裕がある。あの二人がなんて言うかは知らないが、国家機関から監視対象に指定されてるんだし、抵抗しようものなら国から追い出される。まだ何の手掛かりも得られてないんだ、そうなるわけにはいかない。
こればっかりは諦めるしかないか…。にしても女三人か…肩身が狭いぜ…。
「理由はわかった。ただ、これ以上人数を増やして迷惑をかけるわけにゃいかねえから、宿を探す。おすすめはあるか?」
「旅の方から評判なのは、地図をお持ちでしたよね、えーと、ここ、ここ、ここの三箇所です。値段はそんなに変わりませんが、料理にそれぞれ特徴があります」
「わかった。細かい説明は全員集まってから聞くぜ、俺一人で泊まるわけじゃねえからな」
地図に指された地点に土塊を残し、地図をしまう。意図せず、大きなため息が出た。
「…監視が嫌なのはわかりますが、そこまで露骨にされると私も傷つきますよ」
「あぁ悪い、監視が嫌ってわけじゃない、自分のやったことを考えりゃ、当然のことだろうからな。俺が悩んでんのは、俺の連れにあんたをどう説明するか、だ。男で説明したほうがいいか? それとも、男装の麗人だ、とでも伝えておくか?」
俺がそう聞くと、エリアルは少し悩んでから首を振った。
「普通に女性だとお伝えください。お二人とも女性ですし、男性よりは女性の方が安心するでしょうから」
逆なんだよなぁ。
「それから、私のことはあんた、ではなくエリアルと呼んでください。エンカードラックさん」
「わかったよ、なら、俺もラックでいい。呼びにくいだろ」
「わかりました、ラックさん」
あいつらの反応が目に浮かぶが…、こればっかりはどうしようもない、今は用事を先に済ませよう。
俺は足を第一工房へと向ける。エリアルは俺の行先を聞かずに黙ってついてくる。何となく従者を従えている気分だが、そんなものとは無縁の人生を送ってきたせいか、何となしに気まずく感じる。
俺は後ろを歩いていたエリアルの手を掴んで隣に寄せる。
「どうせ見てるんなら隣で話し相手にでもなってくれよ、ずっと背後に立たれちゃ気が気じゃねえ」
エリアルは一瞬驚いた表情を浮かべたが、すぐに笑顔に戻り、わかりましたよ、と歩調を合わせる。俺もそれに合わせて下駄を鳴らした。
§
エンヴィはキャメロンがドラゴンスレイのメンバーと混じって魔物を討伐していくのを遠目に見ながら、遠くに感じる気配に意識を向けていた。
首に下げたマグから感じる気配は当然ながらラックのものだ。しかし先ほど妙な感覚を受け、見学するといいながら意識を別の方にむけていたのである。妙というのも不適切かもしれない。
厳密にいうと、増えたのだ。
本来主従を結べるのは一人だけだ。マグの中に満たされた魔力がその識別を行い、別の人物が成り代わることは不可能とされている。奴隷とファミリアで大きく違うのはそこだ。奴隷は契約書さえあれば主人の更新は可能だが、ファミリアは一生に一度しか結ぶことは出来ず、また、破棄することはできない。
魔力の器であるマグが壊れると、主人の魔力がファミリアの肉体を蝕み、もう一度マグを用意するまでは呪いのように体力を奪い続ける。ファミリアが命を落とすと、ファミリアを結ぶために失った魔力は戻らず、一生の枷となって主人にのしかかる
主人が倒れれば、ファミリアは後を追う。守れなかったことが今度は精神を蝕み、自殺に追い込む。
ファミリアとは、結ぶ側、結ばれる側双方において、重い契約なのである。
その重い契約を、同じ人間が同じ対象に対して行うことは不可能であり、抜け道も存在しない。はずなのだが…。
(どっちもラックだよね…、どういうことなのかな…)
実際にあり得てしまっている以上は何かしらの問題か、異常が発生していると考えたほうがいいだろう。そう思いながら、「エンヴィ!」流れで飛んできた火球を黒い水で弾いた。
弾かれた火球は黒い水を一滴すら蒸発させられず、霧散した。エンヴィは考え事を邪魔されたことに少し苛立ちを覚えながら目の前の翼竜に目をやる。一番弱い人間を狙ったはずなのに、焼き殺すどころか自分の吐いた火が一瞬で消えたのを見て、奇妙な鳴き声を上げた後、旋回してその場から逃げ出す翼竜。
ワイバーン、この辺りではよく見られる種類で、まだ若いらしい。ドラッケンによれば、若い翼竜ほど、街の怖さを知らずに遊びにくるようだ。撃退するのは傭兵の仕事らしく、多少の被害は出たとしても生きたまま帰すのが、街の怖さを覚えさせる良い手なのだそうだ。
ただ、傭兵ギルドで受けた依頼とはまるで関係なくたまたま出くわしてしまったのが今回のエンヴィ達の運が悪かったところ。そして出くわしたパーティにエンヴィがいたのがワイバーンの運の悪かったところ。
そして、そのエンヴィに手を出したのが運の尽き。
「ガリバーの絶望」
火球を弾いた黒い水が上空へと逃げようとするワイバーンを一瞬でからめとり、地面に叩きつける。
「…こいつぁ驚いた。六道なんだろうなとは思っていたが、魔術師じゃなくて魔法士だったとは…」
ドラッケンの言葉に、他のパーティが我に返って頷いた。
「ちっちゃい子だし、キャメロンさんの後ろにずっといたから戦えないと思ってたっすけど、これはエンヴィちゃんに一本取られたなぁ」
「……あぁ」
「今のって闇魔法?水と絡んでるから混成魔法だよね!? すっごーい! 混成魔法ってすごい難易度高いんでしょ?」
「まぁまぁ! 素晴らしい才能ですー! 今度術式に起こしてもらえませんかー? 言い値で買いますよー?」
思い思いにエンヴィを称賛する後ろで、キャメロンは小さくため息をついた。
魔法を使うなと言われていたはずなのに、使ってしまった。魔術協会があれば、エンヴィの行動は全て把握されてしまうだろうから、もしかすると何か悪いことが起こるのかもしれない。
(守れなかった私にも責任はある。気を引き締めねば…)
アクセルを外に向けて開くと、魔力を帯びてうっすらと輝いていたルーンからゆっくりと光が失われる。この状態であれば、ワイバーンの革を簡単に引き裂くことはできない。その状態で、ワイバーンの首筋に剣を当てた。
がんじがらめにされたワイバーンはもがくことも、口を開けることも、できず、ただ怯えた目でキャメロンを見上げた。
「それで、このワイバーンは帰せばいいのかな?」
「っとそうだった。あぁ、この足輪をつけて帰す。一度街に来たかどうかを判別するものだ。この足輪がついているやつが性懲りもなく来た場合には、殺す」
「素材がいいんで、狩りたくなっちゃうんすけど、生態系の関係上、そいつらが減ると厄介な小型の魔物が大繁殖しちゃうんすよ」
ドラッケンとライドの話を聞いて、ふーん、と納得しつつ剣を首筋から離さないキャメロン。ドラッケンが持っていた足輪をつけるのを待って、エンヴィに声をかけた。
「レディ、魔法を解いてくれ」
「…ん」
黒い水がしゅるりと解かれ、地面に染み込む。跡形もなく消えた黒い水にメルとローイーはさらに目を丸くしつつ、やっと動けるようになったワイバーンはそれでもその場から動くことはなかった。
キャメロンは首に剣を当てがったまま面白そうに口の端を歪める。
「へぇ…、わかってるんだ。意外と知能が高いんだね。驚いたよ」
首筋に、剣が食い込む。
「なら、わかるね。戻ったらちゃんと伝えるんだよ?」
薄く笑いを浮かべるキャメロン。ワイバーンは一切動くことなく、怯えた目でキャメロンを見つめるだけだった。
その瞳を二、三秒見つめた後、キャメロンは剣を外し、鞘に納める。それを見届けてからゆっくりと、キャメロンを伺うようにワイバーンが動き始め、後ずさる。一メートル、二メートルと離れたところで、ようやく翼を広げ、一気に飛び去った。
だがその動きと方角を見て、ドラッケンが首を傾げる。
「…若い竜じゃないな。しかもいつもの巣じゃない」
「そうっすね。若い竜なら一目散に逃げてるし、そもそもエンヴィちゃんを狙うことだってしなかったはずっす」
経験がない若い竜は相手の力量を図ることはしない。なぜなら、彼らからすれば、人間など、『空も飛べぬ矮小な存在』という認識があるからだ。その認識を改めさせるために、こうして傭兵達は身を削っているわけだが、経験のある竜はそうではない。
傭兵達の陣形を見抜き、脆弱を突きながら、自分優位に狩りをする。そういった場合には傭兵達も手加減をしないので、生きて帰らせることも少ない。が、逆に言えば、今の竜はそれができた上で生きて帰ったことがあるということだ。
戦闘力の一番低そうに見え、尚且つ武器を持たず一番後ろで守られているような少女を狙う。経験、知識があればこそだ。そして、そんな竜ほど、相手の殺気には敏感である。キャメロンが剣を納めてもある程度離れるまで警戒を怠らなかった。それが確たる証拠であると言える。エンヴィがすぐに捉えてしまったことで、その見極めができなかったが、状況をまとめれば、その竜は若い竜ではないことがわかる。
そんな竜が、いつもとは違う方向に逃げている。ドラッケンは違和感を隠さず、仲間に告げた。
「竜の巣で何かが起きてる可能性がある。俺はギルドに調査申請を出そうと考えているが、異論はあるか?」
「ないっす」
「ないわ」
「ないですー」
「ケン」
「……あぁ」
全員の同意が取れた後、ケンが単独で移動を始める。それを見送って、ドラッケンはキャメロンに向かって口を開いた。
「すまない、ちょっと異常事態のようだ。依頼はこちらでキャンセルさせていただく、当然違約金もこちらで持つ。案内するといっておいて申し訳ないが、一度街に戻ろう」
「そうだね、それがいい。ただ、案内をお願いしたのはこちらの方だし、何より全てそちらに丸投げするのは性に合わない。ということでどうだろう」
キャメロンは面白そうに笑う。先ほどワイバーンにして見せたような歪んだ笑みではなく、純粋に楽しんでいる笑顔だ。
「傭兵と魔法士を雇わないかい?」




