4章 中編④
遅くなりました
改めて部屋に入る。先程の着の身着のままでベッドに横たわるヨイチさんに声をかけた。
「飯、できましたよー。起きてくださーい」
「…ん、ごふん…ください…」
「したら五分間ずっと寝顔見ちゃいますよー」
「む…いじわる…」
むくりと体を起こす。そんなに深い眠りではなかったようで、大きなあくびを手で隠しながらすると、目をこすって俺の方を見る。目があって、俺は頷いた。
「おはようございます」
「はい、おはようございます。うーん、こういうお目覚めも良いものですね。いっそバトラーとしてここで働きません?」
「お戯れを」
わざとらしくそういうと、ヨイチさんも笑ってベッドから降りる。
俺は先に階段を降りて部屋に入る。二人はもうほとんど食べ終わっていた。俺の後ろのヨイチさんを見てキャメロンは軽く手を挙げた。
「おはよう。といってもそんなには眠れていなかったんじゃないかな? レディ」
「そうですね。今日はどこかでお昼寝させていただくかもしれません」
いいとも。
コーヒーをすすりながらキャメロンが返す。そのコーヒーどこから出したんだ? 俺は出した覚えないぞ。
ヨイチさんは寝ぼけているせいか特に気にすることなく朝食に手をつける。
気がつくまで放っておいても良さそうなので俺も席について朝食を食べる。そのついでに、今日の予定を話す。
「今日は外を色々と見て回る予定だけど、13時に一回サージェスの第一工房に顔を出しに行く。工房の支配人にお呼ばれしちまったからな。その間、家に戻っててもらうか、ヨイチさんの眠気次第だけど、外を回っててもいいと思う。少なくとも支配人とは一人で会うつもりだ」
「さっき私が言ったことを忘れたのか? 用心棒の私を置いて行くとはいい度胸だな」
「そうは言ってもな…」
たしかにキャメロンなら何かしら商売の話になっても邪魔はしないだろう。ただ、ヨイチさんとエンヴィを二人きりにすることに一抹の不安を覚えるのだ。最初の険悪だったことを思い出すと、できれば緩衝材が欲しいところだ。
「大丈夫ですよ、私とエンヴィちゃんで街を回りましょう。ただ、その前に一眠りさせていただけますと嬉しいです」
時計を見るとまだ8時を回ったばかり、約束は13時からな訳だから、それなりに時間はある。昼飯を食ってからでも十分間に合う時間だしな。
そう考えると、今のうちに街を回るのも一つの手か。
「そしたら、ヨイチさん、この街のおすすめの場所を教えてください。ヨイチさんが寝てる間に軽く街を見てきますよ」
それもいいですね、とヨイチさん。
「んー、おすすめは第二工房の方ですね。第一工房はその大きさ故に大量生産、大口の顧客しか相手にしませんが、第二工房の方は街の修理屋さんという感じで、いろんなものが置いてあります。この街…というか、国からすると珍しい物がよく置いてありますが、ラックさんからすると見慣れてるかもしれませんね」
とすると、工業製品か何かなのかな。
「わかりました。散歩がてら探してみますよ」
「はい、くぁ…」
大きくあくびをしたヨイチさん。俺は大きく伸びをして、玄関に向かう。
「戸締りしてくださいねー」
はーいという声が聞こえるのと合わせてドアを閉める。ついてきた二人の顔をそれぞれ見た後で、行くか、と声をかける。頷いた二人を連れて、とりあえず大通りを目指す。
第一工房を目指すときに通った道を思い出しながら、大通りに出ると、人もそこそこ、活気に満ちているとまではいかないが、それなりに賑わいを見せている。どちらかというと店を出す前の騒がしさ、というやつだ。
さて、どうやって第二工房を目指そうか。
適当にほっつき歩いてもいいが、それだとエンヴィが疲れてしまう。それに、俺ももう生身、残念ながら体力もかなり落ちている。軽く辺りを見渡して木箱を運んでいた兄ちゃんに声をかける。
「お仕事中悪いね、第二工房ってどこに行けばあるんだい?」
俺の格好を見て虎の連中と勘違いしたのか、職人さんか、と呟いてから持っていた木箱を下ろして道の先を指差す。その指先には爪がなかった。これも代償の一つか。
「あそこの道をまっすぐ行って突き当たりを右だよ。そんな遠くないし、工房もでかいからすぐわかる。それよりあんた、あの商会の新入りかい? お仲間のことをこう言っちゃなんだが、あんまり見習うなよ? 商会長はいい人なんだがなぁ…」
これには俺も苦笑い。昨日街に来た時点で虎の連中が街の人達からどう思われているのかは簡単に察することができたし、突っ掛かられた本人なわけでもある。
確かに匠は悪い人じゃあない、掴み所はないが、助けてくれそうな気配はある。情報もあまり惜しまない。ただ他の連中は違う。第一工房にあれだけ虎の連中がいたんだ、この街の工房には須く虎の連中がいて、この街の魔術、この国の言葉を借りるなら魔導機術を補っていると考えると、つけ上がっていたとしてもしょうがない。
今更ではあるが、商売だけでなく工業にまで入り込んでいるあたり、この地域への虎の介入度は凄まじいものである。
俺は兄ちゃんに気をつけるよ、と肩を竦めながら、礼を言って歩き出す。
程なくして、第二工房には到着した。
確かに兄ちゃんが言っていた通り、そんなに遠くない上に工房もでかい。しかも門前までレールが続いていることを見ると、ここは第一工房よりも大きいものを作っていて、魔導汽車に載せて運んでいるのだろう。
どっしりとした煉瓦造りの工房には二人ほど門を挟んで見張りのような人が立っていた。
普通の工房ならありえない光景だ。今まで見てきた工房にそんな人たちがいなかったので、俺を含めてエンヴィ、キャメロンも俺の方をチラチラと伺っている。ヨイチさんが言うには、街の修理屋ってことだったらしいんだけどなぁ…。
そしてその二人は俺たちが近づくと軽く会釈をしつつも、疑いの眼差しを向け警戒しているようだった。見た目は確かにトリマニアの職人姿ではあるものの、虎のトレードマークである虎柄のハチマキは身に付けていない。疑われるのもわかる。
とはいえ、俺たちは見学をしにきただけなのでやましいところは一切ない。ということで俺は声をかけた。
「すみません、俺はトリマニアの職人のラックっつーんですが、中の見学、してもいいですかね?」
懐からライセンスを取り出し見張りの二人に見せる。二人はライセンスを一頻り見た後、お互いの顔を見合わせて片方が口を開いた。
「確認して参りますので少々お待ちください」
見張りのうちの片方が門の中に入って行く。工房の扉を開けた時の方なムワッとした熱気はなく、チラッと見えた工房の中は事務的な空間が広がっているだけで、残念ながら様子を見ることはできなかった。
どうやら第一工房よりも厳重な警備体制には訳がありそうだ。間が悪かったのかも知れない。
「こりゃ、見るのは厳しそうだなぁ」
「そうだね。何かこだわりがないのであれば、街歩きにしても良さそうだけど」
キャメロンの言うことももっともなので、ダメだった場合も考えて三人で予定を考える。
まだ朝の早いこの時間に開いている店は少ない。本来の目的を考えると、情報の集まりやすい場所、…酒場、商業ギルド、魔法ギルド、後は…傭兵ギルドか。傭兵ギルドにはあまり行きたくない、と言うのが俺の意見だったが、エンヴィの社会見学や、キャメロンの準備運動も含めて、すべてのギルドには顔を出そう、と言う結論に至った。ギルド、と言っても閉鎖的なものではなく、商業ギルドのように商談したり、入荷されている商品を見に行くなど、人の出入りはある程度自由だ。
それに傭兵ギルドに関して言えば他のギルドと違ってギルド同士の結束が強い。情報の共有は国を跨いで行われるし、傭兵を失いたくないギルドは、見えるところに世界情勢や傭兵が依頼をうけるために必要な情報を掲示する。当然、これも誰が見たっていい。ただし依頼を受ける場合には傭兵登録をする必要がある。情報を見たからと言って一般人が傭兵から仕事を奪えるものじゃあない。
とりあえずの予定が決まったところで、見張りの一人が戻ってくる。
「申し訳ありません。職人の方であっても機密が多いため見学はできないとのことでした。誠に申し訳ありませんが、お引き取りいただければと思います」
「やっぱりか…、いや、こちらこそ無理を言いました。またの機会に」
そう言って俺たちは第二工房から離れ、次の目的地を目差す。先ほどの広場に戻り、まずは商人ギルドへ。と言うのも、行く先々で人に道を聞くのも面倒なので街の見取り図なりなんなりあればもらいたかった。無論街には案内板というか街の一部を切り取った地図の立て看板があるものの、それを探しながら歩くのと手元に地図があって最短ルートが割り出せるのでは大きく違う。
街の人間であるヨイチさんと違って、この街を歩くことに慣れていない俺たちにとって、これだけ栄えたでかい街を歩くのは気力と体力がいるのだ。
「ん? おぉいらっしゃい、随分と早いね」
「そういう割に盛況じゃないか」
「そりゃあ商人の朝は早いさ、仕入れ品出し仕込みに商談、商談を除いて、普通は客のいない朝早くにやるもんさ」
港近くの商業ギルドは、その狭さのキャパを今にも超えそうな勢いで商人たちが仕入れに来ていた。クリスタリアの足がかりであるサージェスを任された虎の匠、ヘンリーは笑って俺に言う、キセルを一度蒸してから、俺に尋ねた。
「それで?揃って何の用だい?」
俺たち三人を見ながら眉を片方吊り上げた。
「大した用じゃあない、この街の地図が欲しいんだけど、あるかい?もちろん金は払うとも」
「地図? 観光でもしにきたのかぃ? …あぁでもそれも目的だったっけねぇ。ちょいとまちな」
二階に引っ込んでいくヘンリー、それからすぐにスクロールを持って降りてきた。
「こっちにきたばっかのうちの若いのにくれてやる見取り図さ、たいしたもんでもないから、お代はいらないよ。持っていきな」
放られたスクロールを受け取り、軽く挨拶してギルドを後にした。その間後ろの二人が本物の虎のように唸っていたのは言うまでもない。
地図を受け取ってから俺たちはゆっくりと街を散策する。見慣れない街、見慣れない人、それら全てひっくるめて、俯瞰してみる。
良い街、いや、良い国だと思う。六道になったことの喪失を誰も気にすることなく、逆に個性として利用している人もいる。
ただ、逆もまたある。
ステータスでもある亜人はなにかを失うことを踏まえて大きな決断だろう。出来なかったものは臆病者と名指されても仕方がない。
仕方がないことなのだが、腹が立つことに変わりはない。
それを実感したのはキャメロンの提案に乗って傭兵ギルドに足を運んだ時だった。やはり傭兵が集まるだけあり、中の喧騒は外とは一味違う。出入りはギルド登録していなくとも自由かつ、情報や依頼をみることも自由ではあるのだが、その仕事の内容は荒事ばかりで気が進まない。
掲示板に載っている各国の戦争の状況やそれに合わせた傭兵の募集要項を確認していると、酒の匂いと共に声がかかる。
「おうおうおう!職人風情が傭兵の真似事タァ感心だな!」
「女二人侍らせていい顔しようってか!? やめとけやめとけ! 職人は大人しく工房に篭って乳繰り合ってるんだな!」
「精々俺たちのために良いもの用意しとけよ? 使ってやるからよ!」
確かに、傭兵を含めて魔道具を使う人たちは俺たち職人にとってオキャクサマだ。どんな態度で使われようが、道具を使ってくれりゃ文句はない。
虎の領分でさえこのいわれようなのだから、傭兵ギルドと商業ギルドはさぞ仲が悪いのだろう。そりゃ虎の連中も横柄にならーな、こんだけいわれちゃ気分も悪い。俺は深いため息を吐きながらも一旦無視を決め込む。
俺が何か言って振り向いた瞬間に、両脇の猛獣が飛びかかりそうで、下手に動けないのもある。昼前だってのに随分と出来上がったやつがいたもんだ。
その俺の様子に何も言い返せない腰抜けだと判断されたのか、ズカズカと遠慮のない足音と共に、もう一度声がかかる。
「だんまりしてんじゃねえぞ、あぁ? 誰のおかげで生活できてると思ってんだ?」
「おいおい、よく見りゃ連れてる女も上玉じゃねえかほらこっち向ゲェッ!!」
「………、あ」
気づけば、龍が三人をまとめて締め上げた挙句、そのまま蜷局を巻いていた。
口の端からバチバチと雷が漏れている。直径1m、長さ5mはある青龍が、俺の感情に合わせて出て来てしまったようだ。
周りを見渡せば、唖然とした傭兵と締め上げられて泡を吹きかけている男たちが目に入る。俺は龍を撫でて宥め、正気に戻す。一言も喋れない程締め上げられていた男たちは解放された後嗚咽と咳を繰り返しながら俺を睨んでいた。
「一つ、教えておく。俺は虎じゃあない。虎のルールなんざ知らねえし、囚われることもねえ。つまりだ」
俺は着物の懐に片腕を通し、腰帯に預けながら、三人を見下ろす。
「俺に喧嘩売るってんならいつでも買ってやるぜ、命の保証はしねえがな」
自然、声が低くなる。
前の俺ではありえないほど、気が昂っている。
「死にてぇ奴からかかってこい」
また龍が飛び出してくる。俺を中心に雷雲を巻き起こしながら、稲妻を纏った怒気を口から漏らしていた。
三人は実際に聖獣を見たことはないのだろう。腰を抜かしたのか、あわあわとするだけで全く動けなくなっていた。
「すまない職人よ、どうかその矛を納めてくれないか」
さらに横から声がかかる。壮年でレザーの胸当て、大きな片刃のバスターソードを担いだ男が俺たちの間に割って入ってきた。白髪まじりの黒髪をオールバックにまとめあげ、右目には眼帯をしている。
「君の言いたいことはよくわかる。この者たちが言いすぎたこともわかった。三人には俺の方からようく言っておく。どうかここは、穏便に」
頼むよ、そう言う男の顔は真剣そのものだ。手を出せば、こちらも容赦はしない。そう言っているようにも取れる。
俺は小さく深呼吸をして、落ち着かせる。まだ本調子じゃないな。こんなに感情が昂りやすくなっているとは思わなかった。
青龍が自然と風に戻り、俺の周りで巻き起こっていた雷雲が霧となって霧散する。
「悪かった。俺もここまでするつもりじゃなかったんだ。悪いな、騒ぎを起こしちまって」
青い顔をしたギルド職員にひらひらと手を振って、男は一息吐いた。
「こちらこそ、迷惑をかけてかけたな。虎のスカーフをしていないのだから、商業ギルドの職人達とは違うだろうに、全く、何年傭兵をやっているんだか」
へたり込んでいる傭兵達を脇目に今度は大きくため息をついた。
「俺はドラッケン、チームドラゴンスレイのリーダーをしている。そちらは?」
「トリマニアの職人、ラックだ。派閥…あー、流派は青龍。俺も虎の領分で虎に迷惑をかけたくないからな、俺の方からも穏便にお願いするよ」
それから、と二人に振り向く。と、エンヴィは膨れ、逆にキャメロンは気色悪いほどににやけていた。
「…なんだよ」
「いぃやぁ? 私はキャメロン、彼の用心棒さ。こっちの可愛いレディはエンヴィ。彼のファミリアだよ」
よろしくと手を差し出すキャメロンにドラッケンは驚きつつも手を握り返した。
「女の用心棒とはまた意外だな。それに、護衛が必要なようにはまるで見えないが」
「それがそうでもないのさ、意外と甘ちゃんでね、詰めが甘いんだ」
「なるほどね、そりゃあしょうがないか」
何がしょうがないんだかよくわからないが、自分が甘いことはよくわかっている。そこを助けられているのも事実だ。俺は意気投合して情報交換をしているキャメロンをほっといて、エンヴィに尋ねる。
「なぁ、何で膨れてんだ?」
「…キャメロンが触られそうなときに怒った。そんなに怒ったことないのに」
「あー…」
確かに、キャメロンに触れられそうになったときに突発的に出てしまった。体が元に戻ってからと言うもの、興奮したり急激な眠気に襲われたりと、体が忙しない。困ったもんだと思いつつもそれでエンヴィが怒る理由になるのかと考えてみる。
思い当たるのは…まぁないことはないが。
「妬いた?」
「………」
無言でそっぽを向くエンヴィがなんだか可愛らしくて、頭をなでる。小さく反応した後、大人しく撫でられるエンヴィに笑みがこぼれた。
一頻り撫でた後、機嫌が戻ったエンヴィが俺の裾を摘みながらひっついてくる。それと同じくして、キャメロンがドラッケンと共に戻ってきた。
「ラック、アーカイブトルムの現状がなんとなくわかったよ」
「ホントか?!」
「あぁ、あそこの情報はこっちにも出回ってる。ガロンと帝国に制圧されてアーカイブトルムは敗戦、国としての体裁は保っちゃいるが、ガロンに対する関税はほぼないに等しいし、関わりのなかった『帝国』に関しちゃ魔法の技術提供もすることになったらしい。ただ、アーカイブトルムの教王が早々に降参したおかげて戦争による死者はないそうだ。まぁそれよりも内紛があったって話だからそっちの被害は知れないがな」
ドラッケンが俺に教えてくれる。そうか、戦争における被害はなかったか…。
でも帝国が魔法…、やっぱりわかんねえな…。
俺の疑問が顔に出てたのか、ドラッケンが続ける。
「正直、俺たちも疑問に思ってるところだ。今まで技術一辺倒だった帝国が、魔法の技術提供を約束させるなんざ前代未聞だ。これから何かが起こるに違いないと考えてる。つっても、海を渡ったこっちまで何かがくるとは考えにくいがな」
「…それもそうか」
帝国からクリスタリアまでは海を挟んでかなりの距離がある。青龍で飛ばして数時間はかかるのだから、相当距離があるはずだ。ここまで手を出して来るとは考えにくい。
「祖国の無事も確認出来たことだし、ラック、一仕事受けないか? 一日サボると体が鈍ってね、多少動かしたいんだが、どうだろうか?」
キャメロンが提案してくる。
つってもな、俺は傭兵の登録をしてないから仕事は受けられない。当然エンヴィも受けられない。
「キャメロンは傭兵登録してるのか?」
「してるよ。言っただろう?私は剣闘士だったんだ。日銭を稼ぐのは興業よりも傭兵としての依頼の方が多い」
「そーかい。俺たちはついていけるのか?」
「いや、それは無理だな。護衛の依頼でもない限りは傭兵一人につき同伴は一人までだ」
ドラッケンが教えてくれる。となると、俺かエンヴィが留守番、と言うことになる。
とはいえ、俺も昼過ぎから用があるし、長くここを空けるわけにもいかないからな、連れてってもらうならエンヴィだろ。社会見学とも言ってたんだから、そこは文句言うまい。
「じゃあエンヴィを連れてってくれ、依頼の内容次第だろうが、俺は昼過ぎから工房に顔出さなきゃなんねぇからな、同伴一人だってんならエンヴィに勉強させてやってくれ」
「ふぅむ、エンヴィはそれで良いかい?」
「………」
エンヴィが俺を見上げる。俺は行っておいでと声をかけた。俺もこの辺の生態系やら素材関連には興味あるが、伊達に二十うん年生きてるわけじゃない。少なくともエンヴィよりは物を知ってる。
エンヴィは俺と一緒にいることと興味を天秤にかけて少し考えたが、エンヴィの横についた。行くことにしたらしい。俺は大きく頷いた。
「よし、じゃあエンヴィは任せるぜ。俺は用事が終わったらまたここに来るからお前らも終わったらここで合流しよう。どっちが待たせても言いっこ無しだ」
「わかった。私がいない間に変なことに巻き込まれるんじゃないぞ?」
「人をトラブルメーカーみたいに言うんじゃねえよ。お前の方がよっぽどだっつの」
俺とキャメロンのやり取りを見ていたドラッケンが腕を組む。
「それなら詫びとして俺たちと魔物狩りに行こうか、案内しよう。俺たちもついていけばラックも連れていけるが用事があるならしょうがない」
そう言って、振り向き、おーい、と声をはる。ドラッケンの声に反応した四人がなんだなんだと集まってきた。
「紹介しよう、俺のパーティメンバーだ。こっちの赤髪の短髪がライド、槍士だ。こっちの…おい、初対面の時はローブを外せ、ヒョロ長いのが斥候のケン。魔術師のメル。ヒーラーのローイー。チームメイトとしてはもっといるんだが、いつも組んでる連中さ」
快活そうな赤髪短髪の男は背中に長槍を背負いながら、軽く手をあげる。続けて紹介された斥候のけんはドラッケンに注意されていやいやローブを外した。テンパなのかモジャッとした髪の毛のせいで目元が見えない。
ここまでは男だ。
魔術師と紹介された女性は短めの鍔のついたとんがり帽子を被っており、紺色のローブに身を包んでいる。帽子からはみ出ている髪は赤色で、ライドと同じく快活そうな笑みを浮かべている。逆にヒーラーのローイーは緋色のローブに身を包み、長い金髪をカチューシャでまとめていた。この二人は共通して分厚くてかなりでかい本を斜めがけに背負っていた。
俺が物珍しそうにその本を見ていると、メルから声をかけられる。
「珍しい?」
「ん? あぁそうだな。俺のところじゃあ見ない代物だねぇ。っと、俺はラック、用心棒のキャメロンに、ファミリアのエンヴィだ。今日はこっちの二人が世話になる」
正直に話して、簡単に自己紹介を済ませる。メルは腰に手を回して本を自分の前に持ってくるとペラっと捲った。
「この辺だと割と良くある物よ。ほら、ページ一枚一枚に術式が載ってるの。術式のまとめ本みたいなものよ」
なるほど、術師、ね。魔術の定義が違うわけだから呼び名も違うわけだけど、俺の中での魔術といえば、魔法と技術の組み合わせ、トリマニアの職人達みたいなイメージだからなぁ。
「ラックさんはこの辺りに来たのは最近ですかー?」
間延びしたような声で俺に訪ねてくるローイー。昨日来たばかりだよ、と返すとまぁ!と大袈裟に柏手をうった。
「それなら珍しいですよねぇ。私もこの辺りに来た時はビックリしました。魔術師のお金の掛けどころが装備じゃなくてこの本なんですものー」
「へぇ、そうなのか」
もっと詳しく、と言いかけたところで、うずうずしている二人が脇目につく。
「もっと詳しく聞きたいんだが、もう待ち切れないみたいなんだ。適当に暴れさせてやってくれると助かる」
「わかった。ただまぁ、あれだ、先に買い物だな。その格好じゃあ戦えないだろう」
「ドラさんオレまだしばらくここで呑んでていいっすか? 買い物終わったら呼んで下さいよ。ケンもそれが良いって」
ライドがケンと肩を組んでそう言うと、ドラッケンはしょうがないと腕を組んだ。俺はキャメロンに師匠から渡された銭を全部渡す。
「好きなだけ使え。どうせ余る」
「こんなに必要ないよ。これだけ有れば十分だ」
金貨数枚を抜き出し残りを押し返される。
「君もご飯食べるんだろう。病み上がり…戻り上がり?なんだから栄養はしっかりとってくれよ」
「お気遣いどーも。お前らこそ、怪我するなよ」
「あぁ、ありがとう」
コクリと頷くエンヴィ。
では行くか、とドラッケンが二人を連れて行く。メル、ローイーがその後に続いた。女性の装備だし、二人がついていくはわかるし、この二人がそれに付き合いたくないというのもわかる。
女の買い物は、長いもんだ。それがキャメロンに当てはまるかどうかはともかくとしてな。
俺もギルドから出る。その辺の金物屋に寄って丸い金属片を格安でもらうと大きな広場のベンチに腰掛けた。
時刻は11時、時間はまだたっぷりある。万能工具の形を彫刻刀の形に変えて印を彫る。
マグとして成立させるのであれば容器と吸入口が必要だが、これに関しては必要ない。彫っている印の効果は、魔力の吸引、吸引はするもののため込む場所がないので霧散する。
さっきみたいに俺の魔力が勝手に形になってしまうことがある。それを無理やり霧散させる為の代物だ。許容量はもちろんあるが空気中の純粋な魔力を取り込む必要はないし、魔法なり魔術なりにぶち当てるだけで強制的に内容を書き換える代物なので場合によっては扱いには注意が必要だけど。
それにしても…マグを持ってこなかったのは失敗だったかもしれない。
魔法はイメージ、感情の昂りがあればあるだけ効果も上がる。ただ、制御できる魔力の限界はある。限界を越えればただの暴走だ。
前の体では制御できる魔力量をかなり抑えていた。聖獣二体を、マグを経由しなければ呼び出せないくらいだったが、この体じゃ、四聖獣に加えて麒麟も黒麒麟も出せちまう。リミッターがない上に感覚が戻りきってないから加減ができない。魔法を使うなって言われたっつーのにこれじゃあな。
⌘に更に網目を追加したような印をつけて効果を試す。手に魔力を集めて水をイメージする。ぽた、ぽたと手から溢れた水が印をつけた金属に触れた途端霧のように消える。
「よし」
俺は金属片を袂に入れる。ちょっと早いが飯屋でも物色しようか。
そう思って立ち上がった俺の目の前に、すらっとした薄い色の軍服に濃い色の髪のおかっぱというなんとも風変わりな様相の…多分男が俺ににこやかな笑みを向けていた。腰には見慣れない剣が挿さっている。
あれは…刀か。柄に置かれた手も薄い色の手袋に包まれている。鍔の形状を見る限り、結構な一品のようだが…。
「少々、お時間いただいても?」
あまり拒否権はなさそうだ。




