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3章 後後編

「…雨……?」


 先程まで雲一つなかった空を見上げる。突然降り出した雨は、少し視線を外すだけでもこの街でしか降っていないことがわかった。加えて雨粒からは微弱ながらに魔力を感じられる。

 誰かが降らせてるのは間違いない。だが、感じられる魔力が微量過ぎて誰のものか、ましてや方向も掴み取ることは難しい。水溜りからは既に魔力は抜け落ちている。状況を鑑みるに、王か、この国に今数人いると言われる大魔法士のどちらかだろう。どちらにせよ、今の自分には関係のない事だ。

 雨のおかげであちこちに見える火の勢いは少し収まっているものの、そこら中を徘徊する頭のイカれた教徒達は休む間も無く火を放ち続けている。


(こんな事なら先にキャメロンと合流しておけば…)


 そう思いながら、多少なりとも彼女を頼りにしてしまっている自分に少し嫌気が差す。

 あれだけ大きな口を叩いておきながら、こんな時に浮かんでくるのは彼女なのだ。彼女には絶対言えないなと思いつつも、慎重に歩を進める。先生の考えが変わっていないのであれば、まずは自分の教会から始めるはずだ。


 広い王都は20区ほどに仕切られており、それぞれを大司教と呼ばれる国の幹部が統治している。その統治はそれぞれ教会を拠点として行うため、大司教には必ず自分の教会を持っていることになる。一つの区におおよそ五千から一万、多いところでは二万人が暮らしているということもあり、弟子に教会を作らせる事もある。

 そんな中で、先生の持つ区は最も人が少なく、それでいて最も大きい教会を持っている区だった。だからこそ、今回の騒動を焚きつけるに難くない。


「エンヴィ…?」

「キャメロン…!どうしてここに…」


 その教会へと向かう途中、鈍色のショートヘアとバッタリ出会す。手には魔力をほどよく取り込んだルーンブレードが持たれている。誰にも手をかけていないと信じたいものの、正直今はそんな事を言ってもいられない。


「どうして? 簡単な事だ、こいつらの周回ルートと出どころを割り出したらここかなと思ってね。レディがいるって事は、ここで合ってるんだろう?」

「………、ずるい」

「? なにがかな?」

「何でもない。早く行こう。先生を止めないと」


 応とも。


 キャメロンとエンヴィが並んで歩き出す。最早周囲には雨以外の音は聞こえない。家屋からは人の気配一つ感じられない。けれども、教会の内部からは異常なほど魔力の濃度を感じられた。

 無意識に、唾を呑み込む。

 重苦しい教会の扉を開く。


 ステンドグラスは雨雲によって暗く霞み、教会の中はロウソクでのみ照らされている。だが普段の配置とはまるで違う、教壇を囲むように配置されたロウソクの先、教壇の上には一冊の本が置かれている。その本は読み手がいないにも関わらず、一人でにページをめくっていた。


 エンヴィは睨みつけるように床を見やる。魔力によって描かれた魔法陣は実際の床には見えにくい。かつ解読する為にかなりの労力を要する為、敢えて罠の様な魔法陣を張る事もある。


「あれを壊せばいいのか」

「だめ、あれは囮。アレを壊したら多分此処は爆発する」

「…なに?」

「まだ途中までしか読んでないけど、罠が張られてる。罠の魔法陣をよけて陣を壊さなきゃ」


 わかりやすいシンボルはキャメロンを初めとする騎士達にとっては格好の的だ。つまり、先生は騎士達に此処が見つかる事を見越してこの魔法陣を組んでいる。

 であれば、こちらがやることは一つ。


「いいや、逆だ、罠だけ外してくれ。国の対応は国で決めてもらう。私たちはそれが終わったらラックを探しに行こう。此処にくる途中、マグで動く亀を見つけたんだ。恐らくラックも外に出ている」

「…そうだね、ちょっと待ってて、それならすぐに出来そう」


 エンヴィの袖から黒い水が滴り落ちる。その場で水溜りを作ったかと思えば、おおよそ十メートルはあろうかという天井付近にまで膨れ上がる。それを見上げながらエンヴィは静かに唱える。


「フラッド」

  ゴシャァッ!!!


 膨れ上がった水は一気に教壇に叩きつけられ、完膚無きまでに破壊する。それとほぼ同時に、教壇を中心に炎が暴れ出す。だが炎は黒い水の中で爆ぜ続けているものの、水の中からは出てくる気配はない。

 水の中から聞こえてくる爆発音も、限りなく小さくなっている。


「良かったのか?壊してしまって」

「うん、あの本は完全にダミーだから、アレさえ壊しちゃえば、迷う事も無くなると思う」

  爆発が収まり完膚なきまでに破壊された教壇を見て、逆に疑わざるを得ない状況になってしまったとも思えるが、エンヴィがこれでいいというのであれば特に触れないでおこうとキャメロンは剣を鞘にしまった。

「じゃあ、改めて彼を探しに行こうか」

「うん」


 教会の扉を開くと、見慣れた顔がそこにいた。


「ルッカ…?!」

「エンヴィ!先生は?」

「ここにはいなかった。それより、なんでルッカまで出て来てるの」

「あー、それは私がね、ちょっといてもたってもいられなくなっちゃって」

「あなたまで…、ここまで来てしまったのなら仕方ないな。ともかくここを離れよう。その先生も一人とは限らないからな。さっさとラックを見つけて引くに限る」


  ルッカとキレーネが頷く。


「ううん、遅いかも」


 少し離れた所を見ていたエンヴィがその方向を指差す。その先には、街に火をつけて回っていた人々が、目も虚ろに、ゆっくりとこちらに歩いてくる様が見えた。


「やっぱりあれを壊したのは失敗だったんじゃないか? 見た感じ、私が巡回ルートに探りを入れてた連中が軒並み帰ってきてるぞ」

「ぅ…」

「まぁまぁ、それよりどうするの? だいぶゆっくりだけど、見つかったら大変なんじゃない?」


 人数も人数だし。


 キレーネの言葉に全員が頷くと、教会の裏手に足を向ける。家と家の隙間、路地裏を通って、慣れた足取りで先導するルッカとエンヴィにキャメロンとキレーネがついていく。ここに住んでいた事もあって、二人の足取りに迷いはない。

 人気の無い道を選びに選んで大きな広場に出る。各区に必ずある国立公園だ。青々と生い茂っていた芝も今は無惨な灰とかしている。一旦そこで足を止め、エンヴィはキャメロンに問いかける。


「これからどうする?ラックを探すにも手がかりがないし…」

「確かに、無闇に歩き回るだけ無駄かもしれないね。レディはこんな時どうしたらいいと思う?」

「どうって…」


 エンヴィは首をひねりながら頭を悩ませる。こんな問いかけをするくらいなのだから、彼女の中でもう答えはあるのだろう。チラリとルッカを見ると、キョロキョロと辺りを見回して、なにかを探しているように見える。

 ルッカには期待出来なさそうだと判断して、思いつく限りを伝える。


「大きな音を出すとか、何か爆発させるとか…」

「壊すことしか考えてないのかい?」

「エンヴィは昔から大体の事には大雑把だよ」

「そんなことないし!」

「もっと簡単な事があるだろう。君の首についてるそれは本当に飾りなのかい?」


 そう言われてハッとする。

 彼女の首についたマグが揺れる。コバルトブルーに染まったマグは、何かに呼応するように明滅していた。


「まったく、君は本当にファミリアなのか疑いたくなるよ。私の知ってるファミリアは、こんな時は一心不乱に探し回ったり強迫観念に駆られたりするもんだけれど、君には全くそんな素振りがない」


 ラックが野放しにしているだけなんだろうがね。


「とにかく、それから何か感じたりしないのかい?さっきっからずっと光ってるんだけど」

「…何となく…だけど、探されてる気がする」

「方角とかは?」

「あっち…?」


 エンヴィが指差した方向には、雨雲しか見受けられない。さらに言えば、雨のせいでひどく視界が悪い、だがキャメロンはそんな中でも大きく頷いて剣を抜いた。

 アクセルを限界まで握り込み、唸る刀身を低く構えた後、数歩エンヴィ達から距離を取ったかと思えば、思い切り剣を振り上げた。剣が空を切るよりももっと鈍い音と共に、溜め込まれた魔力は剣から勢いよく放たれる。

 弧を描いた魔力の塊は減衰する事なく雨雲を吹き飛ばして見えない壁にぶつかった。


 その瞬間、


 ッパァン!!!


 何かが割れる音と共に、雲が霧散する。

 一面の晴れ間、その中に一際大きな影が全速力でこちらに向かってくる。


「ラック!!」

「馬鹿野郎ッ!なんて事しやがる!!」


 龍の背に乗っているラックを見つけたエンヴィが前方に乗っていた見知らぬ老人に怒鳴られビク、と体を竦ませる。


「あーあー、ほんとに来ちまう…!ズラかるぞ!これで全員か!」

「は、はい!」

「とっとと乗りやがれ!今すぐだァ!」


 老人の気迫に押され、全員が急いで龍の背に跨る。それを見届けてから、龍はその身体をしならせ天高く昇る。


 霧散した雲に紛れるようにその中に巨体を埋め、更にはその上に突き抜ける。

 ぶる、と体が震えを覚える。寒い、登ったことのない高さに体が震えを抑えられない。


「来た、ガロンの連中だ。それから…あーあー、厄介だねぇ、『帝国』が来てやがる」


 蛮勇の国、ガロン。力こそが全てである彼らは己の肉体こそが武器であり、魔法に頼らず個の力によって成り立つ国だ。なんの動物かはわからないが、何かに騎乗しながら、彼らは山間から一斉に雪崩れ込んでくる。


 そしてもう一つ、ガロンとは対極に、自分の手を徹底的に汚さない超技術先進国、『帝国』。魔力を動力としない機械工学によって発展を続けた、『名を持たぬ国』である。誰が上に立つわけでもない、全ての人間が技術者であり、技術を発展させるための手段、倫理を捨てた者たちだ。


 それ故に、彼らの軍隊はわかりやすい。

 二脚、四脚、キャタピラ型、逆足…。機械人形のコンペでもしているのだろう。どの機体が最も有能で、量産が可能で、かつ低コストか。そのテストとしてアーカイブトルムが選ばれた。


「このままトリマニアに行く。そいつのテストももう十分だろ」

「………、これからこの国はどうなるんですか…」

「崩れる。国ではいられない。中央が崩れれば末端は繋ぎとめられない。どっかに隷属するか、皆殺しだ。悪りィが、帝国とガロンはそういう国だ」


 ラックが顔を上げる。


「師匠すみません、もう一人、拾って来ます」

「あにぃ?!こんな時に何言ってやがる!」

「ダメだ!絶対に行かせてもらう!」

「っ……! あーくそッ! どうせ手前の故郷だろう?!寄ってやるよ!だが一人だけだ、これ以上は無理だぞ」


 飛び降りそうなほどの剣幕に、老人の方が折れる。青龍は行き先を曲げ、急速に高度を落としていく。

 幸いなのは、エルブンはガロンからも、帝国からも遠いという事、国境がかなり遠くに設定されているために、彼らの手からはかなり遠いはずだ。

 エルブンが見えてくると、龍はその勢いを殺しながら村の上で蜷局を巻いた。ラックはすぐさま飛び降りる。それを見送って、キャメロンはあぐらをかいてイライラしながら口の端にキセルを加える老人に声をかけた。


「…ご老人、ラックと面識がおありのようだが、お名前をお伺いしても良いだろうか」

「あん? 俺ァルーニーだ。お前さんは?」

「私はキャメロンという。剣士をしている。こっちがエンヴィ、ルッカ、キレーネだ」

「おう、見事に女子供ばっかだな、変わっちゃいねぇ」

「というと、ルーニー殿はラックの昔を知っていると?」

「あぁ、そらそーだろ。俺ァあいつの師匠だからな」

「成る程、なら話が早い」

「…ぁ?」


 スラリと剣を抜いたキャメロンは老人に剣を向けるとこういった。


「この剣を引き換えに、この村の人々を救っては貰えないだろうか」

「ハンッ!バカ言いなさんな、おめぇさんの持ってるそいつぁ俺たちからすりゃオモチャよオモチャ。それに、剣士が剣を引き換えにすんじゃねェ、手前の命まで預かる気はさらさらねぇよ」


 パン! と膝を叩いていい退けると、目を細めてラックが降りて言った方向に目をやる。そこには、ラックと、この村の人々が集まっていた。ラックの隣には口を固く結んだ、女性が立っている。


「ラックから話は聞いた」


 先頭に立っていた初老の男性が、口を開く。


「俺はこの村の自警団の団長だ。俺は、俺と妻はここを離れるわけにはいかねえ。村の全員、ここに残る事を、心に決めてる。だが…、だが親としてのワガママを、一つ聞いてほしい」


 グッと握りしめていた拳をゆっくりと開き、身体を折り、膝をつき、両手を地面につけると、その頭を、地面に擦るように下ろした。


「娘を連れて行ってほしい」


  続けて男性のすぐ後ろに立っていた女性も頭をさげた。


「他ん奴らはそれでいいのかぃ」


 ルーニーの言葉に、二人の後ろに立っていた者たちは全員頷いた。大人も、子供も、誰一人として言葉を発さず、だが強く、力強く頷いた。


 はぁーあ。


 キセルから煙が立ち上る。何も入っていないはずのそこからは、ヤニの焼け付く匂いだけが漂った。


「請け負った。乗んな、いや、ラック、無理矢理にでも乗せな。行くぞ」


 ルーニーの言葉に頷いたラックは、すぐそばにいた女性の手を引く。


 若干の抵抗。だが、それもすぐに解かれ、ラックに引かれて、青龍の背に乗った。


 ルーニーが膝を叩くと、蜷局を巻いていた青龍がその身体を伸ばし、空へ飛び立つ。途中、誰一人として声を発することはなく、雲を抜けるまで、その二人が頭を上げることはなかった。

 雲をぬけ、村そのものが見えなくなった頃。誰かが鼻をすすった。


「ごめん、ごめん…!おじさん…おばさん……ごめん…!」


 膝をつき、拳をぎゅっと握ったまま、青龍の肌に手をつき、苦しそうに、歯を食いしばりながら、ラックが連れてきた彼女に向かって頭を下げた。


「んーん、ラックは悪くないよ。きっと誰も悪くない。でも…でもね…」


 肩が大きく震える。ぽたり、ぽたりと雫が落ちた。ラックがぐしゃぐしゃの顔を上げる。


「いつか…もう一回お父さんと、お母さんに会えるといいな…」


 涙を流しながら、笑顔でそう言った。


 子供のように泣く声が、空に響いた。

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