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3章後中編

『お取り込み中の所誠に申し訳ない』

  荷台の中に突然響いた声は、先程状況確認していた騎士のものだった。

『ヘレンカイトに到着した。これから一人一人をテレポートで取り調べの部屋に連れて行く。椅子に印が付いているから、一人一つで腰掛けていただきたい』


 丁寧なアナウンスのお陰で空気が一度リセットされる、各自が椅子を見回し、自分の座っている位置を確認する。俺のケツの下にちょうどマークがあった。

  一定距離ごとに太陽のマークが施されており各々がそこに座ると、タイミングを見計らったように声が響く。何処かで見ているんだろうか…。


『では目を閉じてほしい』


 言われた通りに目を閉じると、まぶたの外から感じる明るさが変わる。少し眩しさを感じ、少し眉をひそめた。


「随分と、和やかだったな」

  ハッキリとした声に目を開く。光を反射する騎士甲冑、濃いめの瞳、明るめの髪、絵に描いたようなアーカイブトルム人が目の前にいた。顔立ちからして女性だろうか。声は女性にしては低く、重みを感じるが、線の細さはなんとなく女性的だった。


 俺が椅子に座っていることに変わりはなく、騎士と俺の間には木製の机、軽く周囲を見回して、照明と嫌に白い壁があることを確認する。もしかしたら色があるかもしれないが、それにしても曇りのない壁だ。


 ただ…扉が無いな。この部屋にはテレポート以外では入れないのか。


 俺は視線を前に戻して肩を竦めた。


「お陰で、退屈はありませんよ」

「それはいい事だ。さて、いくつか質問をさせて貰おう。名前は?」

「エンカードラック・アルバニスタ・サンフロスト」

「長い名前だな」

「俺の入っていたカゴにそれだけ書いてあったそうです。ラックでいいですよ」

「ふむ、施設育ちなのだな。では遠慮なく、ラック、仕事は?」

「マグ職人をさせていただいてます」

「免許は?」


 俺は作業着の胸ポケットから免許証を取り出す。それを受け取って、騎士は眉を顰めた。


「この国のものでは無いな。これは…トリマニアか?」

「トリマニアで修行して、免許を発行してもらっています」

「ほう、技術の流出にうるさいあの国が、良く許したものだ。すまないが、書類に残す都合で一度預からせて貰う」


 許されちゃいないけどな。


「返ってくるならそれで」


 騎士は一度机の上に置く。それから改めて俺に質問を投げた。


「記録上の本籍は?」

「エルブンです」

「随分田舎だな、シャウンに居た理由は?」


「………、」


 俺はエンヴィの事を頭に浮かべながら、どうしたもんかと頭を悩ませる。


「なんだ、何か深い理由があるのか」

「…まぁ、近いかと。小さい女の子、居ましたよね」

「あぁ、いたな」

「あの子を首都まで連れて行こうと思ってたんです」

「旅行か?見たところ、首輪をしていたのだから、奴隷か…ファミリアか何かなのだろう?」

「ファミリアになったのはなり行きですよ。多分、細かい話は後で全部わかると思うんです。俺も上手く説明出来るかわからないんですけど…」

「構わない、話してくれるか」


 そう言って体を傾けてくれる騎士に、俺は今までの事を話した。


 エルブンでエンヴィに会った時のこと、エンヴィの助けになりたかったこと、もちろん、ファミリアになった経緯と、シャウンに着くまでに有ったことも、言葉はたどたどしかったかもしれないが、俺が話せることは話した。


 最後に、俺は騎士に言った。


「本人がやったことが、悪くないとは思ってません。街を壊したことは悪いことだと思います。でも、それでも、あの子一人が背負わされるものではないって、俺は思うんです。あの子はもう俺のファミリアです。どうか、せめて少しでも、俺に肩代わりできることはありませんか」

 俺の言葉に、騎士は手を組み、肘をついて、額に何度かコツン、コツンと当てると、当てたまま、俺にこう言った。


「個別に聴取を行なっている関係で、君の言っていることが本当かどうかの確証は取れない。だが、事実であるなら、君の言う通り、その子一人に背負わせるべきものではないというのもわかる」

「どうにか、できますか」

「善処はしよう。だが私も一介の騎士でしかない、審問を行うのは司祭、司教達だ。それにしても、君は覚悟のある人間だな」

「…どう言う意味ですか?」


 騎士は組んでいた手をパッと開いて、クッと机の上に伸ばす。


「悪い意味じゃあない。見ず知らずの女の子、しかも見た目だって人のそれじゃない、その上罪を背負っているのが確定していると言うのに、その子を連れてここまで来る決断をしたんだ。並の人間なら罰を受ける事を恐れて突き出しているところだろう」


 私も、そうする。


「だが君はそうはしなかった。それどころか、自分の保身を放り投げてその子の心配をしている。人が集まるのも良くわかる」

「…それは、どうなんでしょうね」


 覚悟があるとか、正直者だとか、そう言われても俺にはイマイチピンと来ない。寧ろ、甘い考えを持っていると言われた時の方が余程しっくりと来た。俺の甘さが招く事もある。少なくとも、キャメロンの手を汚させたのは間違いなく俺だろう。


 俺は…このままでいいのか…?


「さて、最後に。君はシャウンの騒動の理由を知っている。それは先ほど聞いた通りだ。コレに嘘偽りはないな?」

「…ありません。俺の知ってることは全部話しました」

「正直でよろしい。では君への聴取は終了だ。君を部屋まで送ろう」


 立ち上がって俺の肩に手を乗せると、一瞬で景色がガラリと変わる。光魔法だと言うわりに、眩しさをかけらも感じなかった。


「この部屋は自由に使ってもらって構わない。独房ではない事は先に伝えておこう。君のファミリアも後ほどここに来るだろう。他の者達は別の部屋にさせてもらう」


 高級ホテルとそう変わりない作りの部屋、照明は小さなシャンデリア、ベットは…でけえな、キングサイズかこれ。先ほど模様のかけらも無かった壁とは違い、華々しい装飾の施された壁に、冷蔵庫、ウォーターサーバー、視線を移せば他にも部屋があるのが見て取れる。


「こんな高そうな部屋…いいんですか?」

「おいおい、ホテルではないぞ。聴取はさせてもらったが、君に罪はなさそうだから、この部屋に案内している。それだけさ」


 騎士は俺に背を向ける。


「明日には審問会がある。早めに休むといい」

 

 それだけ言うと、俺は一人、部屋に取り残された。

 なんか、一気に疲れが回って来た気がする。


 座っていた椅子からベッドに体を投げる。足と腹の感触が少し気持ち悪い。エンヴィは…ちゃんとこっちに来れるだろうか…。


 元を辿るならば、彼女は元々ここの人間で、然もここから逃げて来た人間だ。罪がないとは、言い切れないだろう。


 キャメロンは…経歴が経歴だ。もしかしたら国外退去か、強制労働なんてこともあり得る。キレーネさんは今回の一番の被害者だ。彼女はいの一番に解放されるだろう。ルッカは俺も経緯がわからん。とはいえ、何かしたとか、そう言う訳じゃなさそうだしなぁ。

 国から逃げる。この重さを、俺は知らない。勿論やらかして逃げてるならそりゃあ重いだろうけど、ルッカそうじゃない。

 この国で拾われて、この国で育って、身の危険を感じたが故に逃げてきた。悪いとこは…無いよなぁ…。


「さぁ、到着だ。君のご主人の元に着いたぞ。ただ、君はもう一度召喚される。それだけは覚えておきたまえ」


 声がしたので身体を起こすとと、エンヴィが椅子に座っているその側には先ほどとは違う騎士がおり、俺の顔を見てから足早に部屋から立ち去った。俺とエンヴィはそれを見送ってから、互いの顔を見合わせる。


 なんというか、なんて声をかければいいかわからない。俺はエンヴィが何を聞かれたのかを知らないし、それを聞いても彼女はいい気分にはならないだろう。俺が何を言うか迷っていると、エンヴィがおずおずと声をかけてくる。


「あの…そっちいってもいい…?」

「おう」


 簡単に答えて、隣で横になるエンヴィに目をやる。

 手袋は外されており、肌の色は濃い色になっている。青いんだったかな…。

 違和感は特に感じちゃいないが、キャメロンがせっかく作ってくれた手袋が没収されてしまったのは少し残念だ。あれはエンヴィが街で自由に歩くための必需品だったからな。


「ラック、体は大丈夫?」

「もうピンピンしてるぜ、傷も埋まってるしな」

「……、触ってもいい?」

「おう、いいぞ」


 穴の空いた服から恐る恐る俺の肌に触れる。俺の肌よりも幾分か暖かいエンヴィの手の感触が伝わってくる。


「なんか、金属って聞いてもまだ信じられないなぁ」

「そう言ってもらえると、努力した甲斐があるってもんだ」

「ラックは、この身体だから、守ろうとしたの?他の人よりも頑丈だから?」

「確かにそれはあるかもな 確かにこの身体は他の人よりも頑丈で、パワーも出る。魔法に対する耐性はないし、魔力の保有量も増やせないけど、それでも前に立って、守ることくらいはできる。けど、それだけじゃあない。

「でも、嫌じゃねぇか、目の前で誰かが傷つくのって。俺にはそれが誰だって関係なくて、子供でも、大人でも、誰も傷を負わないならそれに越したことはないと思ってる」

「じゃあ、ラックが傷つくのはいいの?」

「俺?俺はだってほら、傷にならないし…」

「そんなの関係ない!」


 エンヴィはきゅっと手を握って俺を真っ直ぐ見据えた。


「私は、私達はラックが傷つくのも見たくない!身体が丈夫だからとか、そんなの関係ないよ!どんな身体だって、ラックはここにしかいないんだよ!」


 ぽろぽろと、雫が溢れる。初めて見るエンヴィの泣き顔に、俺はどうすればいいのかわからなくなった。だってそうだろ?傷なんてすぐ埋まるし、魔力を使い切っても内臓に傷が出来るわけでもない。病気にもならなければ風邪すらひかない。


 なのに、エンヴィは俺が傷ついているという。


「怖かった…、ラックがいなくなっちゃうんじゃないかって、死んじゃうんじゃないかって…。怖かったんだから…」


 違う。


 そうじゃない。


 この涙は、俺がエンヴィに流させたものだ。


 結局、傷つけたんだなぁ…。


「ごめん」


 俺はエンヴィの頭を撫でながら、ただ謝った。


「ごめんな」

「だめ、許さない」

「えー…」

「他の人もちゃんと頼って」

「…うす」


 諭された…。


 俺が返答するとエンヴィは満足気に頷いて、俺にもたれかかってくる。いつも着ている襟の高いローブが無いお陰で、首についた少し歪なマグが目についた。

「エンヴィ」

「…?」

「マグ、不便じゃないか?」

「なにが?」

「コレ、なんか縛ってたり…してないよな」


 俺が首のマグに触れると、エンヴィは顎を少し上げてみせる。なんだか犬みたいな仕草に、コレがあるから彼女にそうさせてしまっているのではないかと、思ってしまう。考えてしまう。

 エンヴィは本当にここに来たかったんだろうか。

 主人の意思は即座に反映される。ファミリアはそういう関係だ。俺が行くと決めてしまったから、エンヴィは他の選択肢を考えられないのだとしたら、彼女の本心が、知りたくなってしまう。

 怖がりになったもんだ。俺のした事が間違ってたら、なんて考えるだけでも鳥肌もんだぜ。


「私は縛られてもいいよ」

「…は?」

「ラックは、どうしたい?」

「どうしたいって…」


 そうは言われてもなぁ…。

 そもそも、俺がエンヴィと首都を目指したのは、エンヴィが何かから逃げなくても済むようになって欲しいからであって、俺がどうかしたいとかいうことは無いんだよなぁ。

 とはいえ、それで納得するような子ではない事は分かっているし、きっとエンヴィは俺よりも頭が良い。俺が何を言うのかは見当がついてそうなもんなんだけどな。


「エンヴィがしたいことが出来るようになってほしい、かな」

「…言うと思った。でもラックらしくて安心した」

「だろ?でも、もしかしたらって事もある。全部丸く収まるまでは外せないかも知れないが、そのうち外すからさ。それまでは我慢しててくれるか?」

「最初から我慢なんてしてないよ。でも…外されるのは少し…寂しい…かな」

「…?そうか?」

「…ううん、なんでもない。気にしないで。明日も早いみたいだから、もう休もう?」

「お…おう、そうだな」


 無理矢理話題を変えられてしまい、それ以上会話が続くことはなかった。

 ベッドの布団の中にゴソゴソと入って、俺の方をチラッと見てから、そのまま目を閉じる。俺は…布団の中に入ることはせずに、そのままエンヴィの顔を見ていた。幼さが残る顔立ちだが、俺よりも覚悟と肝が据わった子だ。


 きっと、俺がいなくとも強く生きていけるだろう。


『エンカードラック・アルバニスタ・サンフロスト、休んでいるところ申し訳ないが、君に先にお呼びがかかった。君を召喚する』


 唐突に響いた声に、エンヴィもパチリと目を開く。

 思ったよりもお早い呼びかけに、俺はエンヴィの頭を撫でながら言った。


「行ってくる」

「…うん」


 不安そうなエンヴィの顔に、一緒にいてやれないことへの申し訳なさと、拭得ぬ不安が心を過ぎる。

 出来るだけ顔に出ないようにしながら、体を起こして部屋の天井に視線を向ける。どこから見てるかわからないから適当に投げてるだけだが、やはりあちらからは見えているようで、俺に対して指示が飛ぶ。


『椅子に座ってもらえるかな』

「わかりました」


 太陽のマークが座面に印された椅子に腰掛ける。瞬きの間もなく、俺の視界は別の部屋を映し出した。長い、長いテーブル。それを挟むように両端にズラリと並ぶ、一目で神官とわかる人々。十…二十はいるだろうか、テーブルの先には一際豪華な装束に身を包んだ老人が見える。


 …もしかして、王様…?


 謎の逆光のお陰で顔はよくわからないが、座っている位置からかんがえても、妥当なのではないだろうか。

 俺が目を点にしていると、後ろから声を掛けられる。


「立ち給え」

「あ、はい」


 急いで立ち上がると、椅子が引かれる。そこでようやく足下に目がいった。俺の立つ場所はテーブルの一端ではなく、少し離れた浮遊床だった。安定感のある床に不安感はないが、どうあがいても逃げる場所は見受けられない。後ろに視線を向けてみるが、ここに続くような廊下は無い。

 テレポートの多用しすぎじゃねえか…?

 そんな俺の感想を余所に、俺に一番近い神官が声を発する。


「名乗りなさい」


 威圧的では無いものの、少し冷ややかな声に少し寒気を感じながら口を開く。


「エンカードラック・アルバニスタ・サンフロストです」

「歳は」

「二十…四か五だと思います」

「…彼は孤児であったが故に、正確な年齢がわかりません。職は」

 解ってんのにわざわざ聞くのかよ。

 心の中で悪態をつきながら答える。


「マグ職人です」

「こちらに彼の免許がございます。この国のものでは無いため、連合に確認を取りましたが、本物で間違いありません」


 俺の免許が回される。一人一人がそれを確認し、ヒソヒソと何かを話している。

 …なんかすげえ気分悪いな…。


「さて、騎士セリカに聞いたところ、申し上げたいことがあると聞く。陛下はお聞きする時間をお前に与えた。申したまえ」

「え…」


 …それって、直訴するチャンスをくれたって事か…?


「俺は…」


 うまく伝えられないかもしれない。けど、今しかない。


「俺は一端のマグ職人です。崇高な考えも、理想なんてものも持ってない。だから、全世界の子供達がどうとか、そんな事は微塵も考えてないんです。ただ、エンヴィを助けたいって、思いました。あの子が逃げなきゃ行けない理由って何だったんでしょうか、あの子が処刑されなきゃいけない理由ってなんですか?」


 俺の問いに、陛下はゆっくりと頷く。


「君が疑問に思うこと、尤もなことだ。エンヴィは裁かれなければならないような子ではない。天に召された子供達も、同じように、本来なら我々が守らなければならない子供達だ。だが過ちは起きる。それは我々が人間である限り起こり続けるものだ。そして、この一件も、その過ちの一つ。だが……」


 荒々しく扉が開く。


「陛下!城下が…!城下が燃えております!」

「…! まさか、ジャンが…」

「陛下、六道に対しては並みの魔法士を当てるのは危険です」

「わかっている。若者よ、君とその友人達は先に避難させよう。連れて行くのだ。六道を集めよ、ジャンを止めに行くぞ」

「陛下…その…城下を燃やしているのは…国民なのです」

「なに…?」

「どういうことだ!」

「わかりません!ただ、兵士達の制止も聞かず、ただただ火を放つのです…!我々では止められません…!」


 王様はジッと一点を見つめる。その視線の先には、先程は気づかなかったが、空席が一つあった。王様は見当が付いてる、と言うことなのだろうか。


「止めるのは後になさい、まずは国民の避難を優先に行い、消火を急ぎなさい。それから、捕縛陣を構え、一度彼らを引き止めなさい。


 ハッ!と大きな返事が聞こえて、先程の兵士が消える。国王は険しい顔を微塵も見せずに、俺に微笑みかけた。


「さぁ、君達は避難しなさい。これは此処を治める私達の問題だ。案ずることはない、次代はもう決まっている」

「え…それって…」


 俺が何かを言う前に、目の前の景色がガラリと変わる。

 どこまでも明るいドームの中、俺はそのど真ん中に立っていた。辺りを見渡すと、運び込まれる怪我人、泣きじゃくる子供、それをあやす親、忙しない騎士、様々な人が居た。避難シェルターの中…なのだろう。運び込まれる怪我人の方向を見やるテレポートで飛ばされたものの、このシェルター自体は外と繋がっているようだ。俺は酷い火傷を負った人々が次々と運び込まれるのを横目に、その出入り口を目指す。


 ここにいたって俺に出来ることはない。五行の魔法に、回復魔法は無いのだ。なら、俺に出来るのはもっと別のことだ。


 王様が残した言葉も引っかかる。あんなの、遺言と一緒じゃないか。原因も何か知っているようだったし、俺の直訴もまだ途中だ。


「まて!今外に出るのは危険だ!」

「大丈夫です、俺も協力します!」


 静止を振り切って外に出る。ムァッ、と込み上げる熱気を体に受けつつ、状況を確認する。

 周囲の家屋はまだ燃えていないようだが、少し顔を上げれば、火の手がすぐそこまで来ているのは見えている。俺は兎に角火の手の方向に走り出す。

 消化活動をどこから始めてるかわからねえけど、このままじゃ避難所の方まで火が回る。


「玄武、来い!」


 ポケットに残っていたマグを引っ張り出して玄武の形を作る。厚い甲羅、黒々としたその亀は、尻尾の蛇と共に低い唸り声をあげて、俺と目を合わせる。それから、口を大きく開けて、上を向くと、もくもくと口から黒い水蒸気を発生させる。効果があるかはわからないが、多少は抑えられるだろう。

 パチ、パチ、と時折弾ける音をさせながら、水蒸気は雲となり、ヘレンカイトの上空を覆う。

 ぽた、ポタポタ…


 よし。


 途端に降り始める豪雨。多少火の勢いは収まったものの、これじゃあまだ気休めだ。この状態のまま雨の量が減れば、その分水を蒸発させて出来る酸素を取り込んで火の勢いが強くなる。

 ただ、先に湿らせてしまえば、点火そのものはしにくくなる。

 玄武にその場を任せて、俺は大きな通りをひたすら走る。街の構造から言えば、こういう大通りの先には大抵広場があるものだが…。


「…なんだこれ」


 残骸、何かを成していたであろう何かの残骸が、そこにあった。瓦礫の山から視線を移すと、地面に伏している騎士たちの姿が其処彼処に見える。俺は一番近い騎士に近寄って、その人を抱え上げる。

「大丈夫です…か」

 カシャン…!


 空っぽ…?


「正義」

「っ?!」

 ギィッン!


 咄嗟に鎧を振りかざす。鎧は背後から飛んできた剣を弾き飛ばし、俺の手からも離れる。弾き飛ばした剣も、空中分解して消えた。


 魔法か。


「………、」


 降りしきる雨の中、少年は水溜りを踏み抜いて俺の前にやってくる。

 黒い修道服、白のハイネック。首から下げている十字架は、当てつけなのか、カモフラージュなのか。まるで感情を感じられない少年は、手元を炎で燻らせながら俺に向けて手を伸ばした。


「正義」


 真っ直ぐ、光の剣が放たれる。俺は身体を捻って躱しながら、その少年に尋ねた。


「お前がやったのか」

「先生の教えに従っただけ」


 また先生か…。


「お前はその教えが正しいと思ってんのかよ…」

「正しいと思った事はない。先生の教えは逸脱している」

「だったらなんでこんな事するんだよ!」

「それが先生の教えだからだ」


 くそ、埒があかねえ。


 とにかく、この少年の言う先生とやらが首謀者である事に間違いは無いだろう。


「んで、その先生はどこにいるんだ?」

「教会にいる。アンスダ教会だ」

「………、あっさり答えたな」

「隠すようには言われていない」

「…そうか」


 わかった。こいつが失ったもの。


「お前、自分の意思を無くしたんだな」

「たぶんそうだ」

「なら俺と一緒に行こう、お前の先生を止めに行こう。お前の先生のしてることがおかしいってわかるんなら、それを止めに行こう」

「それは出来ない」

「なんでだよ!」


 少年の解答につい声が荒くなる。

 落ち着け、絶対に理由はある。こいつは自分から発信出来ないんだ、こっちからそれを見つけ出さないと…。


『僕とジャンには魔法印がされたんだ』


 ネフェという少年の言葉が頭をよぎる。

 あの子は引っ張られる感覚がすると言っていた。じゃあ引っ張られた先であるこの場所なら、どうなる?


「なぁ、魔法印がされてるんだろ?今はどんな感覚なんだ?」

「…内臓を握られているような感覚だ。あまり心地いいものではない」


 なるほど、中心に近ければ近いほど効果が強いわけか。

 とはいえ、俺に魔法印を崩す術はない。わざわざそんなものをつけているくらいだ、下手に手を加えれば逆に命を落としかねない。幸い、今仕掛けてくる様子はなさそうだから、出来るならエンヴィに魔法印の解除をして貰うのが一番手っ取り早いか…。

 当たり前だが、あたりを見回しても凄惨な街並みが見えるだけで、エンヴィはいない。が、少し嫌なものを見つける。


「………、探す手間は省けたって奴か」

「この雨は、君がやったようだな」

「あぁそうだ。文句あるか」


 背筋のシャンと伸びた老人は、純白の聖衣を身にまとい、金色に輝く十字架のネックレスを首に下げながら、頭に乗せていた帽子とも言えない布っきれを外す。顔は皺くちゃだが、髪はご健在のようで、雨に濡れて崩れた髪をザッと後ろに上げた。


 その老人はジャンにちらりと視線を向けた後俺に向かって言った。


「見たところ一般人のようだ、ここにいるのは危険だ。シェルターか教会に行きたまえ」

「こちとらそのシェルターから飛び出してきたところだ、先生」


 俺の言った先生という言葉に、眉がぴくりと反応する。

 どうやら当たりのようだ。


「君は…なるほど、残滓を感じるな。エンヴィ…とルッカか、二人は今どこにいる」

「さぁな、それこそシェルターの中じゃないか?」

「…そうか。なら逆に好都合だ」

  カッ!!

「っ!」


 背後から光の柱が立ち上る。あの方向は…俺が走ってきた方角…。


「テメェシェルターに何しやがったァッ!」


 思い切り地面を蹴って老人に摑みかかる。すんでのところで少年が割って入り、俺の腕は空を切った。


「君は、六道をどう思う」

「何したって聞いてんだよ!」

「全ての魔法に長けた存在なのか、雲の上、天上にいる届かぬ存在なのか」


 否。


「君の目の前にいる少年も、この私も、誰でも等しく六道になる事ができる。ならばなるべきだろう。全てに等しく、同じものを失えばそれは無いのと同じ。失ったものは神が与えてくださる。六道こそが至高、亜人こそ人が行き着く新たな進化への道」


 正義ジャスティス


「この国は生まれ変わる。国民全てが六道となり、世の先導を切る先駆者となるのだ」


「おうおう、懐かしい顔がいるじゃねーか」


 ゴァッ!


 巨大な光の剣が振り下ろされる直前、俺の体が龍に拐われる。


 これは…青龍…?!


 額の上に乗せられた俺は、その龍の巨大さに懐かしさを覚える。口を開けば大の大人は丸呑み出来るほどデカく、立派な口髭をこれでもかと伸ばし、その胴はしなやかで、煌びやかな鱗を携え、そして天を覆えるほど、永い。


  間違いない、


「師匠!」

「おう、相変わらずで何よりだクソ弟子」


 トリマニア特有の一張羅、口の端にキセル、片眼鏡にこちらも立派な顎髭。大きく丸まっていたはずの背中

 もこの時ばかりはシャンとしている。龍の背に仁王立ちした師匠は、この雨では火もつかないであろうキセルを咥えたまま、ニッ!と笑う。


「トリマニアの技術者…、大方は避難させたつもりだったが、まだいたか」

「そりゃあ居てもたってもおられんぜ司教さんヨォ、こんな好き勝手やられちゃァ、こちらとしても直しようがない」

「…直す?」

「おや、こちらのお偉いさんは知らねェのか、道理で話が通じねェわけだ」

  師匠はキセルを手に持ち、地平線をなぞるように線を引く。

「オレたちトリマニアは、アーカイブトルムと同盟を結んでる。貿易関係が主だが、もいっこ大事なもんがある。他国侵入防止結界の共有だ」

「………、」

「おいおい、ホントに知らねェのか。コイツァ驚いた。まぁいいや、お国事情にまで口挟むこたァねェや。この間の大魔法でその一部が欠けちまってなァ、オレ達はその補修に来てたんだが…お前さんはソレをぶっ壊しちまったのさ。そりゃあもう、取り返しのつかねェくれェにな。だから、トリマニアはここを放棄することに決めた。まァ簡単に言やァ…」


 キセルをひっくり返し、濡れそぼった灰を地面に落とす。


「この国は崩壊する。来るぜ、奴さんが、列強と謳われたこの地が崩れたとくれァ、動乱の始まりだ。引いちまったな、引き金を」


 司教の顔は変わらない。だが何も発しないその口は、事の重大さに気付いたようにも見える。師匠は青龍の背に胡座をかくと、俺に言った。


「ツレはいんのか?」

「あ、えと…結構…だけどどこにいるかは…」

「ハンッ、しょーもねェ野郎だな相変わらず。じゃあな司教さんよ。オレたちは手を引くぜ」


 龍が巻いていた蜷局を伸ばす様を見てハッとする。


「待ちなさい…!」

「イヤだね。自分のケツくれェ自分で拭きなァ」


 そういって、師匠は俺を乗せたままその場を離れていった。すぐに小さくなった司教を見届けながら、俺は少しだけ感じるエンヴィの気配に神経を尖らせた。

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