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2章 前中編

それから俺たちは少し村を散策してから馬車に戻る。のどかな村並みは、心地の良い空気を肺に入れる事に一役買ってくれる。リフレッシュするには良い村だ。それから馬車に戻ると、御者が俺たちを待っていた。用事は済んだようで、俺たちの方に向かって羽根つき帽を軽く持ち上げる。


渋いおっさんだな、最初に見た時も思ったけど。


俺は二人を客車の方に促した。


「交代しようぜ、今度は俺が前に座る」

「わかった。行こう、レディ」

「うん」


二人が乗り込んだのを見届けてから、御者の隣に腰掛ける。


「ラックだ、改めてよろしく」

「エントットだ。此方こそ宜しく頼むよ」


軽く握手を交わして、馬車が動き出す。


「そういえば、この村にはよく来るのか?」

「あぁ、ドーウィとシャウンの間を通る時は良く寄っているよ。あそこの村で取れる野菜がこの子達の好物なもんでね。長旅の前に補給している」


コレをやると良く働いてくれるんだ。


麻袋に詰められた野菜達がこちらに顔を覗かせる。なるほど、それは大事だな。


「長旅っていうと、どこまで行く予定なんだ?」

「ウチの組合のルートは一周が長くてね、次のシャウンからメーテラ、コンクィード、首都ヘレンカイトを通った後、南のカラッサ、テティスを通ってまたドーウィに戻って来る」

「はー、そりゃ大変だ」

「そういう君は、首都まで行くんだろう?女性二人を連れての旅は辛くないのかね?」

「最初は二人旅だったんだけどな、まだ想像はついてないよ。旅をするのも今回が初めてだ」

「そうかそうか。若いうちは冒険をしておくといい。特に女性に囲まれるなんていうのは一生に一度あるか無いかだからな。楽しむ事は、忘れちゃいかんぞ」

「楽しむか…、出来る事はやってみるよ」


想像がついていないのは本当の事だ。エンヴィを首都に連れて行って、その後の算段すらついていないのに、キャメロンまで加わっている。それに、事情が事情だから余計にややこしい。


結局は、気の持ちようなのかもしれないな。


「それがいい、無茶できるのも今のうちだけだ」

「アンタいくつなんだ?」

「五十二」

「意外と…」

「だろう? 見えないとは言われるが、そこかしこにガタが来始めているよ。この間なんかはギックリ腰で三日は寝込んだ」

「三日か、そりゃキツイ」

「おうとも、こんな仕事をしてるお陰で身寄りもない。寂しいもんさ。若い時から一人が楽なもんで、この歳まで結局一人さ」

「俺は逆に一人旅してみたいけどな」


そうかい?

そうとも。


「そんな金もなければ、手に職つけちまって身動きできなくなった気がするよ。冒険譚なんざなくとも、武勇伝的なものは語り草としては欲しいもんだ」

「へぇ、腰を据えられる職なのか」

「マグ工房を切り盛りしてる。辺境の村のマグ工房さ、腕だってそんな達者なもんじゃない」

「職人さんか! 若いのに凄いもんだ。ただ、そうだな、工房を任されるとなりゃ、中々動けるようなもんじゃない。今回はどうして遠出を?」

「あの子さ」


御者が窓から中を覗き込む。


「小さい子かい?」

「あぁ、訳あって、あの子を首都まで連れていかなきゃなんねえ」

「首輪してるな…、ファミリアか?主人の所まで届けるとか?」

「いや、俺のファミリアだ。俺が主人だよ」

「…意外と物好きか?」

「そういう訳じゃねえよ」


俺もチラリと中を覗いてから、前に向き直る。二人で楽しく談笑中だった。


「成り行きでそうなった。あの子は神の啓示だって言ってたけど、それにしてももっといい啓示があっただろって俺は思うよ」


少なくとも、俺はな。


「んー、実を言うと、俺は無神論者でな。そういった神の啓示だとかお導きとか、あとは加護とか、全く信用ならないものだと思ってる。ただ、そうだな…、報われる事は、有っていいと思ってる」

「報われる…」

「そうだ。毎日欠かさずお祈りしたって、勤勉に働いたっていい、なんだっていい、そいつが周りから見て、頑張ったって、努力したって見えるんだったら、そいつはどこかの拍子に、何気ない事でも、報われる時が来ていいと俺は思ってる。だってそうだろう?どれだけ頑張っても日常に何も返ってこないなら、頑張る事なんてできやしない。でも積もり積もって、重ねに重ねた努力が、その祈りが、報われたんならそれでいいんじゃねえか?」


嬢ちゃんにとっては、それがその時だったんだろう。


報われる…か。


たしかにエンヴィにとってはあの時がそうだったのかもしれない。俺が助けた事でエンヴィが報われたと感じてくれたなら、それはそれで、いい事なのかもな。


なんせそれは俺が決める事じゃない。あの子がそう決めて、そう思ったんなら、そうなんだろう。


「…なんだかスッキリした。ありがとう、エントットさん」

「気にするなよ、老体の戯言だ。必要無いと思ったら忘れてくれていい」


俺はもう一度客車の中を覗きながら、しばらくは忘れられそうに無いなと思った。



§



客車に乗り込んだ二人は動き出した馬車に揺られながらお喋りに興じていた。


といっても、大体はエンヴィがキャメロンの武勇伝を聞いているだけだったが、暇な道中を埋めるにはもってこいの話ばかりだった。


「相手は女だからといって手加減はしてくれないからね、こちらも本気さ。とはいえ、見世物の一つだ、お互いにお互いの見せ場を作ってやる必要がある。圧倒的にな試合ほど面白くないものだ」

「ワザと負けるの?」

「露骨ではない程度にね。ただ、女に負けると言うのが気に障る輩は多いからね、中々負けてくれないこともある」

「そう言う時はどうするの?」

「捻り潰すのさ、完膚無きまでね。プライドの高い奴ほど、弱っちいのさ。逆に侮れないのは…、ああいう奴さ」


指差した先にはラックがいる。エンヴィは二人を交互に見て首を傾げた。キャメロンは自分の腕に力瘤を作りながら、その腕に手を添える。普通の女性にしか見えないその腕っ節は、彼女が兵士として働けていたことからしても本物だろう。


その彼女が、ラックの事を侮れないという。


「私の場合は、基本魔法で増強を行なっている。華奢な見た目の方がギャップがあって受けがいいからね。それでも、腕力に関しては百キロ前後は出るように重ねがけをしている。だが、彼はその私をひっぺがした。それを、ただの職人だなんて言わせられないだろう?」


今まで彼女の命を繋いできた魔法だ。身体強化に関しては当然自信があった。だが、今の彼女には、その自信すら持つことが出来ない。


悔しさはある、だがそれよりも興味が勝った。ラックという人間そのものへの純粋なる興味だ。それを知ったからといって何が変わるわけでもなければ、なにかを変えるつもりもないが、探究心を抑える気も、押さえつけなければならぬ理由ももはやない。


なら簡単だ、彼についていけばいい。どれだけかかろうとも構わない、今の彼女にとってはそれが生きる道なのだから。


知った後は、それから考えればいい。


「でもまぁ、そう一筋縄ではないな。レディも知り合ってそう長くないんだろう?」

「う、うん」

「となれば、やはり手段は選ぶ必要もないな」

「? もう決まってるの?」

「拷問さ」

「ご…!ちょっとそれは違うんじゃないかな?!拷問って悪い人にするんじゃないの?!」

「私が悪いと思ったから悪、以上!」

「ヘンケンだー!」


独裁を越えてもう独創的である。思考回路が常人のそれとは思えない。


だがしかし、ここでエンヴィも引き下がるわけにはいかない、他ならぬ恩人が拷問を受けるのは筋が違う。


というか、エンヴィの想定ではエンヴィ自身の事を聞かれるとばかり思っていた。エンヴィの肌が青いのは今朝方バッチリ目撃されているしこれだけ人の言葉を喋れることに疑問も抱かない。それどころか、人として扱ってくれている。


本来魔種に人の言葉を理解する知能はない。もちろん人型の魔種となれば、人が使う言葉以外でのコミュニケーションは目撃される事もあるが、ここまで流暢に人の言葉を理解することなどしない。そもそも、必要がないからだ。


「まぁ、それに関してはおいおい行うとして」

「やる事に変わりはないんだね…」

「レディ、君は自分のことをどこまで話せる?」

「…、ちょっとだけなら」


一瞬、見透かされたのかと思った。


じっ、と見つめられると流石に身が縮む。


だがそれもほんの数秒で、パッと離される。


「それもそうか。お年頃のレディには隠し事が多い方がいい」

「そうなの?」

「ミステリアスな女性ほど、男は惹かれるものさ」


真偽は定かではないが、自信満々に言われると信憑性が出て来るものである。エンヴィは若干気圧されながらもそうなんだ、と頷く事にした。


だが本人の言葉とは対照的に、その口からは彼女の昔のあれこれが止まることを知らない。エンヴィはそれを聴きながら教会の懺悔室を思い出していた。


実際に中に入ったわけではない。懺悔を直接聞いたわけでもない。だが、そこから出てきた市民の晴れた顔と、それとは正反対に影を抱えた神父の顔を鮮明に覚えている。懺悔をしにきた本人にとって、心に溜まった膿を吐き出すにはもってこいの場所だろう。自分が思っている事、考えてしまった罰当たり、既にやってしまった事に対する後悔。話せば許されるのではない、犯した罪も消えない。


だが心は救われる。淀みない心は明日を生きる糧になる。


それを受け止める側はどうだろう。


エンヴィには、キャメロンがそれを話す事で、それを忘れる口実を作っているような…、もしくは自分の中にそれは確かにあったのだと再確認しているように感じられた。


何故なら、彼女の話すものは全て失われた過去の遺物だからだ。


それは明日への糧ではなく、過去の清算。腐った糧を捨て去る『作業』。


さしずめ受け止める自分はゴミ箱だろうか。

ふ、と笑顔の張り付いた自分の顔が見えた気がした。


わかっている。これは本質だ。己が闇への適性を見せた最大の理由。


教会にいた時には押し殺していた思考を、今はどんな気持ちで眺めればいいのだろう。


(良い子でいる必要なんてないのにね)


ふふ、と思わず笑みが溢れる。音は心で広がりそしてまた、収束する。


アッハッハ!


「…!」


外から聞こえた笑い声に思わず身が竦む。聞いたことのある声に、窓の外をチラリと覗き見る。


「…アハト」


その少年は、酷く楽しそうに、苦しそうに笑い狂っていた。その姿を、エンヴィは知っている。馬車が少年の前で止まる。それでも少年は笑っていた。


「迎えにきたよぉ? エンヴィィイイイ!!」


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