予想の斜め上
今回はサクヤ視点です。
「サクヤ様、アルドラド様は大丈夫でしょうか?」
「さて、どうかしらね?事前にあの二人には、手加減は要らないとは話しておいたけど。」
「それ下手したらアル様死ぬし、その辺はどう考えてるし?」
「そうならないためのルールよ、アルが気絶したら直ぐに終わらせるわ。」
カナリアとアーシャの二人はさっきからアルの心配ばかりだけれど、いつの間にそんなに仲良くなったのかしら?あれかしら、女性に好かれるチート体質もあるのかしら。そうだとしたら、ハーレムで俺無双とか目指してたり?そうなったら、私も攻略対象になるのかしら?
「サクヤ様、マリサが先に仕掛けるようですな。」
考えに没頭していると、セバスチャンが模擬戦に動きがあったことを教えてくれた。意識をアル達に戻すと、セバスチャンの言うとおりマリサが先にアルとの距離を詰めに行っていた。一方のアリサは、後方でいつでも魔法を撃てるようにした状態で、アルとマリサの動きを注視していた。
「あの二人お得意のコンビネーションだし、初見のアル様相手に本気だしすぎだし。」
「あら、それが良いんじゃない。じゃないと模擬戦をやる意味がないわ。」
「あの、サクヤ様。それはどういう事でしょうか?」
「簡単よ、とりあえずアルには徹底的にやられてもらうの。それであの子がどうするのかを見たいのよ、反撃するか否かをね。」
チート能力があるにも関わらず、ただの子供を演じている彼は果たして今の状況をどう思っているのかしらね。今もただマリサに殴られるばかりで、たまに攻撃を避けたりはするけれどもやはり一向に反撃にはでていない。恐らく彼はこの模擬戦をやる意味が分からないと考えてるでしょうね、私の気まぐれで始まった娯楽とでも思っていたりしそうね。
「何でそんな事をする必要があるし?」
「一つ目はあの子のチート能力の把握、二つ目はあの子に危機感を持って欲しい、最後はあの子に戦い方を学んで欲しいのよ。」
「一つ目は分かりますが、後の二つの意味は?」
「チート持ちの転生者ってね、何故だかトラブルに遭遇する確率が非常に高いの。例えば幼少期に幻の古龍に出会ったり、妖精王に導かれて妖精界に入り込んだり、はたまた大国の剣聖に勝負を挑まれたりと、はちゃめちゃな出来事が起こりやすいのよ。今まで平和ボケしていたアルがそんな目に合ってみなさい、相手がその気ならアルなんて一瞬で死ぬわよ?そうならない為にも、こうしてアルに多少無理矢理にでも戦闘経験を積ませているのよ。」
手元のお茶を一口飲んで一息つける。少し冷めてしまっていたが、年甲斐もなく興奮している気持ちを冷やすにはちょうど良かった。今言ったのはあくまでも可能性、例え話だが無いとは言い切れない。せっかくの曾孫で、尚且つ同類の人間だ。手元で大事にしたいと思っても仕方ないじゃない。
カナリアとアーシャと話している間も、アルはマリサとアリサに殴られ蹴られ更には火弾がお腹に当たるなど、フルボッコにされ続けている。カナリアはアルが傷付く度に小さく悲鳴をあげているけど、アーシャは他に気になることがあるみたいね。
「アル様さっきからやられっぱなしだし、だけどそれがおかしいし。何であれだけやられてるし、気絶しないし?普通ならとっくに気絶していてもおかしくないし。」
「良いところに気づいたわね、恐らくアルは無意識に防御魔法を展開、あるいは微量ながらも回復魔法で治療しているのね。防御魔法ならマリサの攻撃にあれだけ耐えれるのも頷けるけど、アル本人は見るからに痛みに顔を歪めているから多分回復魔法でしょうね。そのせいで気絶できないんでしょうね、ある意味自業自得よ。」
「それはまた器用でございますな。無意識に詠唱破棄をし、気絶しない程度に回復をするとは。いやはや、今でこのお強さならば将来が楽しみでございますな。」
セバスチャンの言葉には同意するわね。ろくに練習していない回復魔法や、それに必要な詠唱を破棄するなんてチート万歳としか言えないわね。とは言っても今はそれだけ、この模擬戦に勝てる要素が今のところ全く無いわ。それを裏付けるように、アリサの氷魔法が嵐となってアルを襲い始めた。アルは地面に伏せて身を守っているけど、あれは悪手もいいとこね。
「あの体勢では魔法が終わるタイミングが分からなくなってしまいます…。」
カナリアの言うとおり、あれでは周りが見えなくなってしまう。防御魔法を展開する方法ならば、視界を遮らずに済むのだけれど今のアルには難しいわね。そうしていると案の定魔法が終わったタイミングを見計らって、マリサがアルの顔面に蹴りを入れた。あれは痛そうね…。
「これは決まったし、流石に気絶待ったなしだし。」
「…まだ意識はあるみたいですな、恐らくは攻撃がヒットした瞬間に回復魔法が発動されたのでしょう。言うなれば自動回復魔法でしょうな。」
あの年でリジェネができるって、自己防衛本能高過ぎじゃないかしら?例え知識があっても、それをぶっつけ本番でできるなんてチートも良いところね。素直に称賛を送るわ。
「あなた様では私達には勝てません、どうか早々に降参してくださいませ。」
あらあらアリサったら、これ以上の模擬戦は無意味と思ったのかしら?私としてはアルが気絶するまで続けて欲しいけれど、アルのリジェネがある限り当分は彼女たちのサンドバッグね。
「サクヤ様、もうよろしいのでは。これ以上は確かに続けても意味がないかと。アルドラド様のお力もある程度は分かりましたし、この辺りが終わり時かと。」
「本当は気絶させるまでやらせたいけど、仕方ないわね。アルも多分降参を宣言するでしょうし、今日はここまでね。カナリアとアーシャは終わり次第アルの治療をしてあげなさい。」
「畏まりました。」
「分かったし。」
私が実質終了宣言をし、カナリアとアーシャは安堵のため息を吐いた。セバスチャンも空になったカップに新しくお茶を注いでくれて、お茶からは暖かい湯気が出ていた。暖かいお茶を一口飲もうとした瞬間。
「調子に乗るなよ、小娘どもがっ!!!」
アルの怒声が庭中に響いた。その怒声に私達はもちろん、アリサとマリサまでもが驚きを隠せないでいた。
「アルが怒ったの…?でも何故…?」
「ちょっ、サクヤ様、どうするし?アル様めちゃめちゃ怒ってるし、降参するんじゃなかったし?」
「これは…。サクヤ様、アルドラド様を中心に強大な魔力の波動を感じます。恐らくアルドラド様が魔法を発動するかと思われます。」
セバスチャンに言われずとも、既にアルの魔力は感じられていた。しかしこの魔力の強さは想像以上の強さだ。
「でもこれは逆に見物ね、アルは初めてこれだけの魔力を使って魔法を発動するわ。一体どんな魔法なのかしら。」
魔力保有量が私と同じ虹クラス、それはつまり余程の魔法でない限り発動できない魔法は無いわ。でもアルには魔法の知識はあまり無いはず、つまりオリジナルの魔法を即興で造り上げ発動する可能性が非常に高いわ。これはかなり期待できるわね。するとアルは右手に魔力で造られた剣のような形の光を足元に突き刺した。
「『最果ての理想郷』!!」
アヴァロンですって!?待ちなさい、それは魔法の域を越えているわよ!?チート能力を持っていてもあなたは人よ、人が聖域を造り出すなんて無茶よ!?そんな私の心配をよそに、アルを中心に景色が一辺する。先ほどまで屋敷の庭に居たはずが、辺り一面花畑となりアルの遥か後方には、天まで届いているのではないかと思うくらいの塔がそびえていた。
「な、なんだし!?いきなり景色が変わったし、今まで庭に居たはずだし!?」
「これは…空間移動?それにしては私達まで一緒に移動しますかな?それに辺り一面、魔力が漂っているみたいですな。ここは一体…?」
「アリサさんとマリサさんも困惑してます…。あのサクヤ様、サクヤ様はここがどこか分かりますか?」
カナリアの問いにアーシャとセバスチャンも私を見てくるが、私はカナリアの問いには答えずアルを見る。先ほど地面に突き刺した剣の形をした光は、光が収まり一本の剣になっていた。アルがその剣をゆっくりと地面から抜くと、剣は金色に輝いていて神秘的な雰囲気が出ている。アルは金色の剣を両手でゆっくりと頭の上に振りかぶったが、あのまま振り下ろさせる訳にはいかない。
「止めなさいアル!それを振り下ろしちゃ駄目!アリサとマリサが死ぬわよ!?」
私は大声でアルを止めようとするが、アルには聞こえていないのかこちらを見ようとしない。力ずくで止めようにも、何故か体が動かない。ならば魔法でと考えるが、魔力も上手く扱えない。恐らくこの状態異常はアヴァロンの効果、聖域に敵と認識されているのか私やセバスチャン達、更にはアリサとマリサも動くことも魔法を使うこともできていない。
「サ、サクヤ様、あの剣そんなに危ないし?確かに神秘的っぽいし、めっちゃ強そうな感じするし。」
「私の予想通りならあれは危ないでは済まないわ、下手したら私達も巻き込まれるわよ…。」
「なんと、それほどとは…。ですが今はあの剣からは、特に強い魔力などは感じられませんが。」
今は感じられなくても問題はない、問題はあの剣の真名解放が一番危険なのよ。ここがアヴァロンならば、あの剣は恐らく…。そうしているとアルは遂に、その金色の剣を振り下ろし始めた。
「『勝利を導く』」
「駄目!アル、止めて!!」
私の悲痛な叫びも聞こえないのか、無情にもアルは剣を振り下ろした。
「『黄金の剣』!!」
振り下ろされた剣からは、強大な光が放たれた。眩い光で思わず目を閉じてしまうが、幸いにもその光が私達を襲うことはなかった。その光は数秒、もしかしたら数十秒だったかもしれないが、光が収まり始めた。光が完全に収まるとアリサとマリサが倒れているのが見え、アルの方を見ると握っていた金色の剣は光となり消え去った。剣が消え去るとアルも気絶したのか倒れ始め、地面に倒れると同時に今まで居た花畑から屋敷の庭に戻っていた。
「えっ、えっと…。」
「何がどうなったし…?」
カナリアとアーシャが未だに事態に着いてこれておらず、セバスチャンはいち早くアリサとマリサへと近付いていた。私はカナリアとアーシャにも二人の介抱をするように命じると、ようやく彼女達も動き始めた。私は一人まだ気絶しているアルへと近付き、彼を抱き抱える。
「やれやれ、あの様子ならアリサとマリサは命に別状はなさそうね。問題はこの子ね、想像以上の事をしてくれたわ。…まぁその辺りはまたアルが目覚めたらにしましょうか。」
私はアルをお姫様抱っこで、屋敷へと戻っていった。