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ちっぽけな僕だけど

作者: 夏みかん

身近な人を題材にしました。


悪い人ではないのに、いつもヘマばかり。

そんな人です。

家計簿をつけるのが趣味のケチな新田タカヤは、ああ今月は3万も黒字が出た、とアイフォーンの電卓を叩きながら考えた。


ここから小遣い5千円財布に入れて、月末まで守ろう。パラサイトシングルの新田タカヤは、そこからうちに入れる1万5千円を引いて残りの金額をこれから年末まで同額月々貯金するとして…と計算して、クフフと顔をほころばせた。


100万貯まるまで何年かかることやら。飼い犬の雑種のミイが病気しないよう、毎日煮干しを食べさせている。おかげでダックスフンドに似たミイは、足腰が逞しい。


新田タカヤの私服はジャージだ。

ひと昔前ホタルノヒカリというドラマが流行ったが、あれとは違うようだと自分では思っている。

一応アディダスの最新式だし、三年目だけど綺麗なものだ。違う種類のやつをあと2着持っている。


散髪代をケチり、微妙に伸びた髪はいつもニット帽に隠されている。目が温度差に敏感で、外に出るたび涙が出るので、いつもこれにマスクをしている。怪しいことこの上ないのは自覚しているので、学童の帰る時間帯はなるべく避けている。



先月の家計簿を見やり、うーむと唸った後、やはり読書代が余分だと判断し、新田タカヤは熱り立った。


よし、図書館行こう。


三年前まで新田タカヤは、ちゃんと企業に勤めていた。

しかしなかなかのブラック企業であったために、人間関係のもつれなどに足を取られ、人の良い新田タカヤは散々な目に遭い、ついに実父に話をつけてもらってそこを辞めた。と同時に精神科へ通いだした。


上司や同僚の罵詈雑言が頭から離れず、それは誰もいない所でも聞こえ、新田タカヤは夜も眠れず苦しんだ。

一ヶ月入院し、そこでも窃盗やら嫌がらせに遭い、完全なる模範生として過ごした後、新田タカヤは退院した。その頃には声は聞こえなくなっており、毎日の薬の摂取と月二回の来院が義務付けられ、精神障害二級という等級が付いた。月々6万貰えるらしい。



それからの新田タカヤは、もともと人が良いので近所には欠かさず挨拶をし、働きたい欲を抑えるために家事に精を出した。犬を飼ったのもこの時期だ。ミイは可愛かった。随分癒され、気持ちが優しくなった。外に出られるようになったのもミイのおかげだ。ダックスと同体型なので、散歩は欠かせない。


パソコンから解放された日々は毎日楽しかった。職業病で掃除魔になったり腰をいわしたりと多忙な日々だったが、たまにミイをだいて寝ながらケータイで映画を見たりするのは至福の時間だった。


ただ、たまにふわふわと現実味の無いこと思いつくのには困った。

警察官がやたらいる、俺を不審者として見ているんじゃないだろうか。だってこんな格好だもんな。などなど。実際には通学の時間帯だからである。


新田タカヤはよく泣いた。俺が働けないから父さんと母さんには迷惑をかける、などなど。

実際には父親の事業は上手くいっていたし、母親も趣味の旅行代を稼ぐのに軽いパートに出ているだけで、病院代も年金も自分で払い、その上貯金もして家事もできる。趣味は散歩と読書に資格取得の勉強と、真面目を貫いたタカヤは、背も高く顔も整っていた。だから女のゴタゴタに巻き込まれたのだ。ウブなタカヤは女性不信主義者である。好きなタイプはあき竹城。

包容力を求めているらしい。あとある程度人生を悟っている人。

しかしミイさえいればいいのだ。将来は犬か猫を沢山買い、古い一戸建てに住みたい。


金を貯めて外国の野山に小さな小屋を建てて住むのも良いかもしれない。しかし利便性と割と人間観察の好きなタカヤは、このままの生活を続けて、都会の孤島を味わうのも良いかもしれないとも思っている。病気さえ治せばいい。治るものなら。


今日も新田タカヤは街を歩く。猫の姿を目で追い、おまわりさんに道を譲られ会釈を返して、履きなれたクロックスでショルダーバッグを跳ねさせて。


向かうは図書館だ。


彼はこれから先果たして幸福になれるだろうか。

今が一番幸せです、と私に語った彼のはにかむ顔を思い出し、私、精神科医の佐藤かよ子53歳はカルテをめくり、パソコンのモニターを閉じた。

すっきりしました。

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