「喋れる理由は国家機密なので教えられない」
途中獣医さんに寄ったり、ペットショップに寄ったりして、家に着いたのはそれから二時間後の事。
ようやく猫と二人きり? になったのはいいのだけど……
「にゃあ」
二階にあるあたしの部屋。六畳の和室の真ん中においた座布団の上で寝そべり、ときおり「にゃあ」と鳴くだけで喋る様子はない。
やはりさっきのは、あたしの空耳かな?
あたしは猫の尻尾を握ってみた。
二股に分かれてはいないね。
「にゃああ!!」
猫は抗議するような目であたしを睨む。
「猫又じゃないわね。じゃあなんで喋れるの?」
「にゃあ」
「なにが、にゃあよ。さっき車の中で『腹減った』て言ったのちゃんと聞いたんだからね」
「にゃにゃ」
「ひょっとして君。猫型宇宙人?」
「にゃあ」
「じゃあ本当は猫そっくりに作られた人造猫? 英語で言うとニャンロイド?」
「そんな英語あるかあ!!……は!」
やっぱり喋れたんだ。
「にゃ……にゃあ」
「今更遅い」
「く!! わざとでたらめな英語で俺を引っかけたな」
「え?」
いや、マジでニャンロイドって言うのか思ったけど違ったのか?
「そ……そうよ。わかってて言ったのよ」
そういう事にしておこう。
ん? この子、何してるんだろ?
机の下に前足を突っ込んで……何か紙切れを引っ張り出して……
ゲ!! あたしの英語のテスト!!
「見るな!!」
あたしはテスト用紙をひったくった。
「わかってなかったみたいだね」
「うるさいわね。猫に英語なんかわかるの?」
「アイ キャン スピーク イングリッシュ」
ムカつく。
でも可愛い。
可愛いけどムカつく。
「それより、何か食べさせてよ。お腹空いたよ。アイム ハングリー」
開き直ったな、こいつ。
「その前に、あたしに何か言うべき事があるんじゃないかな?」
「にゃ?」
猫はしばし考え込む。
「危ないところを助けて頂いてありがとうございました」
「よろしい」
人間だろうと猫だろうとも感謝の気持ちは忘れちゃいけない。
「ところで君の名前を聞いてなかったわね。首輪にリアルって書いてあったけど」
「それ俺の名前」
「じゃあリアル君って言うんだ。あたしは美樹本瑠璃華。瑠璃華って呼んでね」
「わかった。瑠璃華。ところでご飯まだ?」
「はいはい。今上げるわよ。ところで、なんであんなところで倒れていたの?」
「お腹空いて動けなくなってた」
あたしはビニール袋から猫皿を取り出す。
「それは分かるよ。獣医さんもそう言ってたし。でも、そんなお腹空いてるなら、ネズミ
でも捕まえて食べるぐらいすれば……」
「にゃ!! ネズミを食べるだと!! そんな可哀そうな事できるか!!」
猫のくせにネズミが可哀そうなんて、変わった奴。
「だってネズミって、ハムスターの仲間だろ。それを殺すなんて」
そりゃハムちゃんは可愛いけど……
「リアルがネズミを殺せない人道……じゃなくてにゃん道主義というのはわかったけど」
あたしは猫皿にカリカリを盛った。
「なんであんなところにいたの?」
「追手に追われて道に迷って行き倒れた」
「追手?」
「うにゃ……それは」
リアルは不意にそっぽを向く。
じゃあ質問を変えて……
「なんで君は人の言葉が喋れるの?」
「それは言えない」
「言えないの?」
「国家機密に関する事なので」
「こ……国家機密なの?」
「国家機密だ」
大げさに言ってるのかな?
あたしは机の上のノートパソコンを床に下ろして操作した。
「なにしてるの?」
リアルの質問を無視して、あたしは相談サイトを呼び出して書き込み始める。
何を書いてるかわかるように声をあげて……
「ええっと。喋る猫があたしの家にいます。なんで喋れるのか聞いたんだけど『国家機密』だと言って教えてくれません。どうすれば教えてくれると思いますか?」
「にゃああ!!」
さっきまでふらふらだったとは思えないような勢いでリアルはパソコンに飛びつき、パックスペースキーに前足を置いた。
あたしの書き込みが消されていく。
にしても器用な。喋るだけでなく、パソコンも使えるなんて……
「にゃにをする気だった!?」
「何って、ヤッホー知恵袋に質問を……」
「国家機密つってるだろ!!」
「あたし公務員じゃないもん。国家機密なんて関係なーい」
いや、だからって別に無政府主義ってわけでもないけどね。
オリンピック見ながら『日本がんばれ!!』と声援上げたり、外国人が日本の島に不法上陸してるのを見てムカつくぐらいの愛国心は持ってるつもり。
だけど……
「だいたい国が納税者に、隠し事はよくないと思うな」
「税金なんて払ったことないくせに」
「払ったことあるもん。いつも買い物するとき消費税盗られて……いや、納めてるもん」
「それ、瑠璃華が稼いだ金?」
「う……」
「まあいいや、ネットに書き込まれちゃかなわないから、差しさわりの無い程度に話すよ」
まあ、あたしも本気でネットに書き込む気なんてなかったけどね。
あたしが猫皿を床に置くとリアルは猛然と食べ始めた。
「ひへんひふぉーふあによって」
「食べるか、喋るかどっちかにして」
リアルは口いっぱいの食物をごっくんと飲み込む。
「遺伝子操作で頭のいい動物を生み出す研究が、とある研究所で密かに行われていたんだ」
「遺伝子操作?」
「ようするに、ベクターとか使ってDNAの情報を書き換えたりして、本来その生き物に
ない機能を持たせる事さ」
「じゃあリアルはその研究所で生まれたの?」
リアルは頷く。
「にゃん。俺はそこで生まれた知性化猫」
「じゃあ、リアル以外にも知性化された動物はいるの?」
「俺のほかにサルとかワシとか」
「でも、頭のいい動物なんか作ってどうすんの?」
「詳しくは話せないけど、諜報活動とか」
「ちょうほうってなに?」
「スパイの事だよ」
そうか。動物なら人に怪しまれないで、どこにでも入れるからスパイにはいいかもね。
それに、人って動物には心を許して、普段は人に言えないようなことを話したりするし、リアルみたいな動物を外国の高官に贈ったりしたら、その国の重要機密とかが……
はっ! まさか?
「ちょっと! この前某国の大統領に贈った秋田犬て、君の仲間じゃ?」
「んにゃ? どうかな? 研究所にいる知性化動物をみんな知ってるわけじゃないし」
これからは、動物の前でうかつな事はいえないわね。
「ところで、さっき追われているって言ってたけど。なんで?」
リアルは前足をペロッと舐める。
「この前の任務で、ちょっとドジを踏んでね」
「ドジ?」
「仲間の猿が、コンピューターを操作しているところを民間人に見られてしまったんだ」
「え?」
「つまり、俺達の存在が世間に知られそうになったんだ」
「それで……」
「日本政府が知性化動物をスパイに使ってたなんて知られたら体裁が悪い。それで俺達の
処分命令が出てしまった」
「ええ!? 処分命令って? どういう事? まさか、リアルを殺すって事」
「まあ、そういう事さ。研究資料も破棄して何もなかった事に……おい……」
あたしはリアルを抱きあげた。
「リアル!! あんたそんなひどい事されて、よく黙ってられるわね!!」
「にゃ?」
「だって、そうでしょ。散々利用しておいて、邪魔になったら処分だなんて……人を何だ
と思ってるのよ」
「いや、俺は人じゃないし、猫だし」
「え? いや、そうだけど……猫だって同じよ。黙ってることないわ」
あたしは携帯を手に取った。動画撮影モードにしてレンズをリアルに向ける。
「リアル。何か喋ってみて」
「んにゃ? 何するの?」
「決まってるでしょ。ネット動画に投稿して、何もかもぶちまけてやるのよ」
「だから、国家機密だって」
「なにいってるの? 自分の命と国家機密とどっちが大事なのよ!?」
「んにゃ?」
「命でしょ? だから、逃げて来たんでしょ」
「んにゃ……まあ……そうだけど……でも」
「でも何よ?」
「国家機密は守らなきゃならないし……」
「まだ言ってるの? あんたはその国家に裏切られたんだよ。見捨てられたんだよ。そんな国に義理だてしてどうすんの?」
「瑠璃華。おまえ一つ勘違いしているぞ」
「なにを?」
「今、おまえがいるここはどこだ?」
「え? あたしの部屋だけど?」
「その部屋は日本にあるだろ」
「当たり前じゃない」
「つまり、お前も国の一部って事だな」
「え? ええっと」
いや、確かにそうだけど……いや……あたしが言いたいのは……
「わかってるよ。瑠璃華が言いたいのは政府に義理だてする事ないって事だろ」
「そ……そうよ」
「でもさ、国家機密って、ばらしたら政府だけでなく、国民みんなが迷惑することだってあるんたぜ」
「え? でも……喋る猫を作ったぐらいで、なんであたし達が困るのよ?」
「例えば戦争になったり」
「戦争になるの?」
「もし、さっき瑠璃華が言ってた犬が俺達の仲間だとしたら、某国の大統領がブチ切れて日本に戦争仕掛けてくるかもな」
「マジ!?」
「まあ、俺だってさ、処分命令なんか出した馬鹿総理に義理なんてないさ。でも」
「でも、なに?」
「俺を逃がしてくれた人達がいるんだ。その人達にだけは迷惑をかけたくない。それにさ、総理が交代すれば、帰れるかもしれないし」
「え? 帰れるって? どこに」
「つまり、俺が元いた組織。名前は言えないけど」
「そ……そっか」
リアルには、帰るところがあるんだ。
「じゃあさ、リアル」
「ん?」
「あんたが良ければ……」
「え?」
「あんたが良ければ、総理大臣が代わるまでここにいていいわよ」
「え? いや、悪いよ。俺は元気になったら出ていくから」
「ダメよ。ここから出てどうすんの?」
「いや、とりあえず状況が変わるまではどっかに隠れてるから」
「そのどっかが、ここじゃダメなの?」
「いや、それじゃ瑠璃華に迷惑だし」
「迷惑じゃない」
「でも、俺には追手が」
「そんな簡単に見つかるの?」
「ええっと……いや、相手は諜報機関だから人間を探すのはお手の物……あれ?」
「猫を探すのは?」
「猫を探すノーハウはなかったかも……」
「ならいいじゃない」
「いや……しかし」
「それに、隠れるならこの辺りは本当にいいわよ」
「どうして?」
あたしはノートパソコンを操作して猫ブログを出してリアルに見せた。
この近所に住んでるらしい、HN『またたびさん』という人が作ったサイトで、この町内に住む地域猫数十匹の写真が載っていた。
「この町内だけで五十匹以上の地域猫がいるのよ」
「木を隠すには森の中ってわけか?」
「そうよ」
「ところでさ、こんなサイトをお気に入りに入れてるって事は、瑠璃華ってよっぽど猫好
きなんだな」
「もちろん」
「まさか俺をペットにしたくて引き留めてるんじゃないだろうな?」
ギク! 実はそうだったんだが……
「そ……そんな事ないわよ」
「じゃあ、なぜ目をそらす?」
「そらしてないもん! ちょっと窓の外が気になっただけよ」
「まあ、どのみち俺はしばらく世話になるけどさ、安易な気持ちで俺を引き留めたりした
ら、本当に後悔することになるからな」
「はいはい」
大げさな。どうせ、見つかりっこないって。
と、その時、あたしは安易に考えていた