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秘密兵器猫壱号  作者: 津嶋朋靖


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小公女の部屋に幸せを運ぶ者

 あたし達は飛行甲板に連行された。

 そこではビデオカメラとかマイクとか撮影機材の設置作業が行われている。

 そして甲板の真ん中では人が蹲っていた。

「糸魚川君!!」

「やあ、美樹本さん」

 糸魚川君の顔は腫れ上がっていた。

 ひどい!! あたしを人質にとって、抵抗できないのを良い事に……彼はその気になれば、こんな奴ら皆殺しにだってできるのに……

「なんなの? 奴らここで何をする気なの?」

「僕とリアルを戦わせようとしてるんだ」

「ええ!? なんのために?」

「日本の工作員である僕の手でリアルを殺させ、その映像を世界中に流そうという魂胆さ」

「糸魚川君。リアルを殺さないで」

「やらないと君が殺される。残念だけど今の僕には、そこのオバさんの隙をついて君を助ける余力がない」

「そんな」

 悔しい……あたしさえ、奴らに捕まらなければ……

「だが、心配ない。もう少しさ。もう少しで小公女の部屋に幸せは来る」

 え? 小公女の部屋?

 どういう意味?

「そうね。希望は残っているみたいね」

 博士……いや、真君のお母さんがあたしの前に進み出てきた。スマホなんて見て、なにしてんだろう?

 ここは圏外なのに……

 リンダが警戒して、あたしの首にナイフを強く押し当てる。  

「リアル!! 私と瑠理華ちゃんを見なさい」

 リアルがこっちに目を向けた。

 すると、おばさんはあたしの前に立ち、リアルの方に顔を向けたままあたしを指差した。

「世界中のみなさん。これが見えますか? こんないたいけな女の子にナイフを突きつけている者達の姿が見えますか? 彼らこそがシーガーディアンです。これこそが自ら正義の使者とうそぶいている団体の正体です。彼らは自分の要求を通すために、なんの罪もない少女の命を危険に晒しているのです。彼らに正義などありません」

 日本語のわからないシーガーディアン達はおばさんが何を言ってるのかわからないでキョトンとしていた。唯一、日本語のわかるハミルトンが駆け寄る。

「博士。何を言い出すんです? 我々を裏切るのですか?」

「先に裏切ったのはそっちよ」

「しかし、ここであなたが何を言っても声はどこにも届かないのですよ」

「本当にそう思っているの?」

 おばさんはスマホをハミルトンに見せる。その画面はあたしの位置からも見えた。

 あたしが映っている。カメラの位置は……リアル!?

 リアルの首輪通信機が圏内に入ってるの?

 ハミルトンが慌てて英語で叫ぶ!! それを聞いたポール達が自分のスマホをチェックしだした。

 ネットに繋がっている事に始めて気がついたようだ。でもどうして? もうとっくに日本の領海から出たはずじゃ……

 おばさんはまたあたしの前に立って、今度は英語で話し始めた。どうやら、さっきと同じ事を英語で言ってるようだ。

 シーガーディアン達が慌てておばさんを黙らせようと群がってくる。

 ドカ!! 

 鈍い音がして、あたしを抑えていた手が緩んだ。振り返るとリンダが倒れている。

 倒れているリンダの横に、鞘に収められた刀を持ったニホンザルがいた。

 サルはあたしの方を向く。

「嬢ちゃん。リアルが世話になったそうだな」

 サルが喋った。でも、あたしはもうそのぐらいじゃ驚かない。

「あなたがトロン?」

「ああ。俺が猿壱号(トロン)だ」

 トロンは倒れているリンダを縛り上げながら答えた。

「いつの間にこの船に?」

「俺もモーターグライダーに乗ってたんだよ。最初にグライダーが船橋の影に入った時にこっそり降りた。 後は忍者小僧が騒ぎを起こしている間に、船橋に忍び込んで船の向きを日本に戻しておいたのさ」

 そうか。『小公女の部屋に幸せ』ってそういうことだったんだ。

 小公女は部屋にサルが入ってきたことで運が開けた。

 糸魚川君はあたしに話しかけているように見せかけて、近くにいたおばさんにトロンが暗躍している事を伝えようとしたのね。

 トロンは糸魚川君の方を向く。

「受け取れ!!」

 トロンは刀を糸魚川君に投げた。

 糸魚川君は大きくジャンプして空中でキャッチ。

 抜刀すると、シーガーディアン達は蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。

 何人かがあたしの方に駆け寄ってくる。

 いけない!!

 また、人質にされちゃう。

 踵を返して逃げようとしたその時、突然、船が大きく揺れた。

 見ると別の船が接舷している。

『こちらは日本国海上保安庁です。テロリストに次ぐ。無駄な抵抗はやめて人質を開放しなさい』

 巡視船だ!! 巡視船が来てくれた!!

 巡視船から、眩しいサーチライトが向けられて辺りは昼間のように明るくなる。

 そして、拳銃を構えた保安官たちがこっちの甲板に次々と飛び移ってきた。

 その中の一人があたしの方へ駆け寄る。

「美樹本瑠理華さんですか?」

 そう聞いてきたのは女性保安官。

「はい……助けにきてくれたの?」

「そうよ。必ず連れて帰る」

 お姉さんは、仲間の方を振り向き。

「拉致被害者確保!!」

 数名の保安官があたしの周囲を固めて守ってくれた。

 そうしてる間に船はどんどん制圧されていく。

 もっとも、糸魚川君がほとんどやっちゃった後だけどね。

「にゃあ」

 リアル=真君が足元にすり寄ってくる。

 保安官たちの前で喋るわけにはいかないからね。

 あたしはリアルを抱き上げた。

「瑠理華ちゃん」

 おばさんもこっちへ…… あ! 

「何者!?」

 保安官から銃を向けられた。

「あの、この人は悪い人じゃないんです」

「誰なんです?」

 うう……やばい!! おばさんがここでやろうしていた事知られたら……

「彼女は潜入捜査官だよ」

 その声は背後からだった。

 見ると背広姿の中年男性。

 ちょっとイケメンだけど、なんか偉い人みたい。

 他の保安官が敬礼している。

 おばさんも呆気にとられていた。

「おばさん。潜入捜査官だったの?」

「え? いえ……その」

 しどろもどろになるおばさんに不意にイケメンが顔を近づける。

「そうですよね」

 おばさんの顔に驚愕の表情が現れる。

 どうしたんだろ?

「父さん!!」

 糸魚川君がやってくる。

 え? 父さんて……

「なんで、こんなところに?」

「なんでって、私はこの作戦の指揮官だ。現場に出てきて何が悪い」

「いや……指揮官というのは、常に自分だけ安全なところにいて、部下に危険なことをやらせるのが仕事だろ」

 糸魚川君、それ偏見。

「何を言う。私は常に「謀略は誠なり」の精神でこの仕事をやっている」

「また、わけの分からないことを」

 糸魚川君のお父さんは不意にあたしの顔をのぞきこんできた。

「な……なんですか!?」

「ふむ……可愛いお嬢さんだな」

「え?」

 そこへ、おばさんが割り込んできた。

「ちょっと!! いつからロリコンになったのよ!!」

「違う違う。息子が惚れた女の子がどんな娘さんかと思ってな。なにせ、愛のために組織を裏切りかけたぐらいだからな」

 ばれてた!?

「あの……あたしは別に糸魚川君と付き合う気はなくて……糸魚川君も内調を裏切ってなんか……」

「ああ、みなまで言わなくても分かってる。どうせ、あいつが勝手に惚れて君に付きまとっているだけだろ」

「え……あの」

「そうよ。あなたがいつも、やってるようにね」

 おばさんの声がいつになくコワい。

 糸魚川君のお父さんは、ちょっとだけ顔をひきつらせると明後日の方を向く。

「さて、我々はそろそろ姿を隠さなきゃならん。巡視船の中にはマスコミが待っているからな。晶行くぞ」

「え? ちょっと? 父さん」

 糸魚川君はお父さんに手を引かれ、人間離れした跳躍力で巡視船の飛行甲板に飛び移った。

 直後に小型のヘリが飛び立つ。

 ヘリはあたし達の頭上をしばらく旋回してから去っていった。

 あたしは去っていくヘリに手を振る。

 ヘリが見えなくなってからあたしはおばさんに向き直った。

「潜入捜査官て本当ですか?」

「嘘よ。私の立場を守るためそういう事にしてくれたんでしょ」

「そうですか。でも、そうまでして庇ってくれるという事は、あの人今でもおばさんのこと……」

「やめて! たとえ、そうでも私にその気は全くないんだから。瑠理華ちゃんだって、あの少年忍者のことは何とも思ってないんでしょ?」

「ええ……もちろん」

 でも、糸魚川君もちょっと素敵かな……

 




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