なんだ夢か
今までの事は果たして夢だったのか?
カラカラカラ……
何だろう? この音……
「瑠璃華!! 瑠璃華!! しっかりしろ」
リアルの声が聞こえる。
それにしても、海に落ちたはずなのに寒くない。て、言うか暑い。
なんで? それになんか草の臭いがする。あたしはゆっくりと目を開いた。
「リアル……あれ?」
カラカラカラ……
「瑠璃華。よかったあ」
あたしの顔を覗いていたのは、黒猫ではなかった。日焼けした爽やかな笑顔の男の子。
「真君?」
「大丈夫か? 頭打ってないか?」
「え? 頭?」
カラカラカラ……
さっきから聞こえる音の方に目を向けた。
赤い自転車が倒れて、後輪が空回りしている。
あたしの自転車? ここは浅川の土手?
あたしがよく自転車の練習をしていた場所?
「あたし、なんでここに?」
「覚えてないか? 自転車で転んだんだよ」
え? 転んだ?
「ごめんな、瑠璃華。もう大丈夫と思って手を離して……」
「あたし、ずっと変な夢を見てたみたい」
「夢? どんな」
「黒猫が喋ったり、スパイとテロリストの戦いに巻き込まれたり、海に落とされたり」
「え? なに……それ……」
「夢だったのかな?」
「夢に決まってるだろ」
「だよね」
そうか! 今まで、ずっと長い夢を見てたんだ。
だって、猫が喋るわけないし、テロリストとかスパイとかがあたしの周りにいるわけないし。それに……
「ん。どうした? 俺の顔に何か付いてる?」
それに、真君が死ぬわけないし……
あたしは真君のさしのべてくれた手を掴んで起きあがった。
「今日はもうやめて帰ろうか」
あたしは首を横にふった。
その日、あたしは夕方まで練習してすっかり自転車に乗れるようになった。
ただし、身体はあちこち擦り傷だらけ。
服も洗濯しないと……
「ねえ」
帰り道、あたしと真君はそれぞれの自転車を押しながら歩いていた。
背後から差し込む夕日で、長い影があたし達の行く手に伸びている。
「家に帰っても、真君一人なんでしょ?」
「いや、お手伝いさんがいるよ」
「そうじゃなくて、お母さん仕事で帰ってこれないんでしょ?」
「ああ、そうだけど……」
「寂しくないの?」
「そりゃあ、寂しいけど……」
「だったら、小学生の時みたいにあたしの家で暮らしていたらいいのに」
「無理言うなよ。俺たち、もう子供じゃないんだぜ」
「そうね。今そんな事したらみんなから『リア充爆発しろ』って罵られちゃうわね」
「そういう問題じゃなくて……てか、俺達ってリア充だったのか?」
「さあ」
その後、しばらく無言で歩き、分かれ道で別れた。
*
「はい。これ」
真君がそのカードを差し出したのは、翌日学校でのこと。
美樹本瑠璃華
平成××年八月二十七日生
東京都八王子市××町
平成××年九月二十七日まで有効
自転車運転免許証
「なにこれ?」
「パソコンで作ったんだよ。母さんの運転免許をモデルにして」
「まるで本物みたい」
あたしに、自信つけさせようとして作ってくれたのね。
あ!!
後ろから延びた手が、あたしの手から免許証を奪い取った。
「だっせー!! 中学生にもなって、まだ自転車乗れなかったのかよ」
石動!? あいつが逮捕されたのは夢じゃなくてもよかったのに。
「返してよ! バカ!」
「返せ!! 石動!!」
石動はあっという間に、真君の拳の射程外へ逃れてしまった。追いかけようとするあたしを真君が止める。
「あんなバカほっとこう。後で俺が穏便にぶちのめしておくから」
「でも、せっかく真君が作ってくれたのに」
「あんな物、家でいくらでも作れるさ。それより、明日ツーリングに行こうよ。その時に新しい免許証持ってくるから」
「うん」
その翌日、あたしは自転車で蛍公園まで行き真君を待っていた。
携帯を見ると十時半になっている。
どうしたんだろう?
真君が待ち合わせに遅れるなんて今までなかったのに……
いや、違う。これは……
携帯が鳴る。真君の番号。
駄目!! 電話に出ちゃ!!
でもあたしの手は意思に反して通話ボタンを押してしまった。
「真君……」
返ってきたのは知らない男の人の声だった。
『突然、失礼します。消防署の者です。着信履歴があったのでかけたのですが、この電話の持ち主の方をご存じですか?』
「真君の電話です。あの……」
『すみません。フルネームでお願いします』
「田崎真……真君に何か?」
『実は、交通事故で』
違う……違う!! 違う!! 違う!!
こんなのウソよ!!
だって、真君は生きていたじゃない!!
こんなのウソに決まってる。
「瑠璃華!!」
真君の声? どこから?
「瑠璃華ちゃん!!」
真君のお母さんの声?
「瑠璃華ちゃん!! 戻って来て!!」
ドドーン!!
突然、雷光が辺りを包んだ。
大音響と同時に雷があたしに落ちる。
激痛が身体中を駆けめぐった。