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「鯨が食べたい。食べさせてくれなかったら捕虜虐待よ」

飛行船の一室に閉じ込められた瑠璃華。そこへ変態男の魔の手が迫る

 飛行船のゴンドラは狭い。

その狭いゴンドラのさらに狭い部屋にあたしは閉じこめられた。

スマホは取り上げられたけど、グッキーは返して貰えた。ケージを開いて手を突っ込んでみると、グッキーあたしの腕を駆け上がって肩にちょこんと止まる。

「大丈夫よ。グッキー。あなたにひどい事はさせないからね」

 と、声をかけてみたけど、グッキーは不安そうな顔をしている。

 もしかすると、言葉はわかるけどあたしなんか頼りにならないと思ってるのかな?

 まあ、実際そうだけど……

 不意に扉が開く。

「やあ」

 緑埜!? 

 こんな重い人が乗ってよく飛行船が落ちないわね。

「な……なんですか!?」

「そんな怖がらなくても。ヒマワリの種を持ってきてあげただけだよ」

「じゃあ、そこに置いて出てってください」

「そういうなよ。先は長いんだ。仲良くしようよ」

 緑埜は後ろ手に扉を閉めた。

「ひ……人を呼ぶわよ」

「大丈夫だよ。誰も来ないって」

 緑埜はあたしに手を延ばす。

「いやあああ!!」

 あたしは思わず目をつぶって悲鳴をあげた。

「やめなさい。僕は君のために、ヒマワリの種を持ってきたんだよ。恩を徒で返すのか」

 恐る恐る目を開くともグッキーが緑埜の手に噛みついていた。緑埜は腕を振り回すがグッキーは噛みついて離れない。

「何をしているの!?」

 扉が突然開いた。

 そこにいた人は女性のようだったけど顔がわからない。だって、アラブの女の人の被り物、ブルカをかぶっていたから……

 それに声が変。なんか合成音のような声。

「え……いやその。ハムスターの餌を……」

「出ていきなさい。ヒマワリの種を置いて」

「しかし……」

「この子の面倒は私がみるわ。イヤだというなら、今、ここで君がやろうとした事をポール達に伝えるけど。聞けば、シーガーディアンはセクハラには厳しいそうね」

緑埜は渋々部屋を出て行った後、アラブ人はあたしの方を向き直った。

「大丈夫? 変なことされなかった?」

「ええ。まだ、何もされてません」

 よかった。いい人みたい。

 それにしても、アラブ人にしては日本語が流暢ね? 

 もしかして、この合成ぽいに声って、最新型の翻訳機かな?

「よかった。それにしても、こんな女の子を誘拐するなんて。とにかく、私と一緒に来て」

 アラブ人に手を引かれてあたしは部屋を出た。狭い通路を抜けて入った部屋は三方をガラスで囲まれていた。正面に見える東京の夜景に一瞬見とれてしまう。

 夜景を前にして二人の男がいた。

 一人はポール・ニクソン。

 そしてもう一人、ハミルトンは、あたしから取り上げたスマホで誰かと電話していた。

「そうだ。第六台場へ来なさい。方法は任せる。君が大人しく来たらお嬢さんは解放する」

アラブ人はポールに向かって英語で何かを言った。なんか口調からして怒っているみたい。ポールも何か言い返している。しばらく会話してからアラブ人はあたしの方を向く。

「第六台場であなたを解放すると言ってるわ」

「え? 第六台場って?」

「お台場は知ってるかしら?」

「ええっと……フジテレビがある……」

「その近くにある第六台場よ」

「ええっと……お台場に第一とか第六とかあるんですか?」

「あなた……お台場という名前の由来を知らないの?」

「知りません」

「まったく、近頃の歴史教育はどうなってるのかしら」

 そんな事あたしに言われても……

「日本が開国した頃の事は習ったかしら?」

「習ったというか、大河ドラマで見ました」

「じゃあ、昔、アメリカ艦隊が江戸幕府に大砲を突きつけて『開国しろ』と脅迫した事は知ってるわね」

「ええっと……それは知ってますけど……」

 まあ、言ってることは間違ってないけど、もうちょっとソフトに言っても……やっぱアラブの人はアメリカが嫌いなのかな? 

「アメリカ艦隊から江戸の町を守るため、幕府は品川沖を埋め立てていくつかの人工島を作り大砲を設置したの。その人工島が台場と呼ばれる海上要塞。現在のお台場という地名はそこから来ているのよ」

「はあ」

 なんか、この人、学校の先生みたい。てか、なんでアラブ人がそんなに日本史に詳しいの?

「今でも当時の海上要塞が残っているわ。その一つが第六台場。わかったかしら?」

「わかりましたけど、第六台場って人工島ですよね? そんなところで解放されて、あたしどうやって帰ればいいんですか? この季節に泳いだら風邪ひいちゃう」

「大丈夫よ」

 アラブ人はスマホを操作した。

「第六台場は陸続きに……」

 不意に彼女は押し黙った。

 そしてハミルトンに向き直る。

「ちょっとハミルトンさん。第六台場は陸続きじゃないわ。陸続きなのは第三台場の方よ」

 ハミルトンが振り返る。

「大丈夫。第六台場と言ったのはフェイク。猫だけならともかく、内調の少年スパイも一緒にやってくるだろうから、どんな小細工をされるかわかったものじゃない。だから、奴らには第六台場に上陸させて、そこで猫を確保したら、お嬢さんを第三台場で解放します」

「それならいいけど、なんで台場なんて遠くまで行くんです? もっと、近くで解放したっていいでしょ?」

「博士。我々は後がないのです」

 博士? この人学者さんなんだ。だから、学校の先生みたいな言い方するのね。

「日本に潜入した仲間はかなり逮捕されてしまいました。猫を入手したら、一刻も早く日本の領海外へ逃げ出す必要があります」

「台場の近くに船を用意してあるの?」

「そうです。ですから、博士にも我々と同行してほしいのです」

「しょうがないわね。ただし、動画が出来たら私は猫を連れてすぐに帰りますからね」 

 え? 連れて帰る? この人ってシーガーディアンじゃないの?

 アラブ人はあたしの方を向き直った。

「聞いてのとおりよ。あなたは第三台場で解放されるわ。そこからは一人で帰れるわね?」

「ええっと……帰れますけど……」

「この時間じゃ電車がないわね。解放する時、タクシー代を渡すからそれで家に帰るのよ」

「はあ……あの、あなたは、シーガーディアンじゃないんですか?」

「そうね。その事は後で話すわ。とりあえず、私のことは博士とでも呼んで」

 博士って、何者?


       *


 飛行船はしばらくして東京湾に出た。

そこに停泊している一隻の黒い大型船の上でホバリング。

その船にあたしは降ろされた。

「ここでしばらく大人しくしていて下さい」

 ハミルトンにそう言われて入れられたのは、鉄格子で仕切られた部屋。民間船の中になんでこんな留置所みたいなのがあるのかと思って聞いてみたら、航海が長引くと船員同士での諍いが起きたりするからだとか。

 別にあたしを閉じこめるために急ごしらえで用意したわけでもないらしい。

「お嬢さん。猫が来るまで時間があります。何か食べたい物はありますか?」

 そういえば、朝からろくに食事もしていなかった。食べたものと言えば、隠れ家で糸魚川君が用意してくれたカップラーメンぐらい。  

 でも、なぜか空腹感がわいてこない。

「食べたい物があったら、なんでも言ってください」

 ふーん。なんでもいいんだ。それなら……

「鯨のステーキが食べたい」

「それはだめです」

「なんでもいいって言ったくせに。じゃあ鯨の竜田上げ」

「それもだめです」

「鯨のお刺身」

「お嬢さん。私を困らせようとしてますね」

「ちがうもん。鯨が食べたいだけだもん」

「いつも、鯨なんて食べてるんですか?」

「うん」

 嘘です。食べてません。

 そんな高いもの……でも、鯨が高いのってこいつらのせいなのよね。

 あたしが生まれる前の日本ではみんな当たり前のように鯨を食べていたと、死んだおじいちゃんに聞いたことがある。

 鯨が食べられなくなったのは、その数が減ったという事もあるけど、西洋人が鯨を食べるのは野蛮だと自分達の価値観を押しつけてきたせい。

「鯨が食べたい。食べさせてくれなかったら捕虜虐待よ。ポーツマス条約違反よ」

「それはジュネーブ条約です」

 あれ? そうだっけ? 

「なんでそんなに鯨を食べたいのですか?」

「なんで鯨を食べちゃいけないのよ?」

「鯨を殺すことは神が許しません」

「宗教的価値観を押しつけないでよ。あたしはクリスチャンなんかじゃない」

 ハミルトンは胸の前で十字を切った。

「主よ。この哀れな小娘をお許しください」

「あまり、ハミルトンさんを困らせてはいけないわ」

 博士が入ってきたのはそのとき。

 おにぎりを盛った皿を手にしていた。

 あれ? なんかおにぎり見たら急にお腹が空いてきた。

「ハミルトンさんは、あなたを早く解放するようにポールを説得してくれていたのよ」

「そんな事言ったって、あたし誘拐されたんですよ。誘拐犯と慣れあいたくない」

「おなか空いたでしょ。さあ、お食べなさい」

 博士が鉄格子の扉を開けて、おにぎりを差し入れた。

「お腹なんか空いてません」

グー!!

 ああ!! こら!! 腹の虫!! 

なんでこのタイミングに鳴るのよ!!

今、あんたに鳴られたら、あたしの立場がなくなるでしょ!! 

「ふふ。身体は正直ね」

博士、その言い方はエロいから、やめてほしいんですけど……

「い……イタダきます」

 あたしはおにぎりにかぶりついた。

 あれ? このおにぎり……てっきりコンビニおにぎりかと思っていたら手作りだ。

 さらにかぶりつくと具が出てきた。

 オカカ梅?

 あれ? 昔どっかでそんなおにぎりを食べたような? どこだっけ?

「これ、博士が握ったんですか?」

「そうよ。口に合わなかったかしら? 私もおにぎりを握るのは久しぶりだから……」

「でも、博士はアラブ人では……」

「え?」

「お嬢さん。博士は日本人ですよ」

 あたしはハミルトンの方を向いた。

「博士は我々に顔を見せられないというので、ブルカを被って現れたのです。もっとも私も最初に見たときはムスリムと思いましたが」

「博士……日本人なの?」

「そうよ。ブルカは前にアラブ人の友達からもらったの。使う機会がなくてずっと箪笥の肥やしになっていたのだけど、今回顔を隠す必要があったので引っ張り出してきたの」

「アラブ人の友達? 顔が広いんですね」

「アメリカに留学していた時に知り合ったのよ。彼女は今、その国の外交官になっているわ。実を言うとリアルの仲間達は彼女に頼んで、その国の大使館に匿ってもらっているの。日本政府は産油国に弱いからね」

「日本人なら、なんで翻訳機なんか使ってるんですか?」

「翻訳機? そんな物使ってないわよ」

「だって、声が合成音だし」

「ああ!! これはボイスチェンジャーよ」

 ボイスチェンジャー? そこまでして正体を隠したいって、ひょっとして? 

「リアルを逃がした内調内部の人って博士?」

「それはちょっと違うわね。逃走には関与しているけど。私は内調の者ではないわ」

「え?」

「私の所属は国立科学研究所。通称科研。リアル達、知性化動物が生まれたところよ。つまりリアルの育ての親ね」

「育ての親?」

 そして博士は話し始めた。

 リアルが生まれた経緯を……

 その話は、博士の最愛の息子が、交通事故で病院に運び込まれたところから始まる。


次回は博士の視点になります

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