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ソフトターゲット

 リアルを見つけたのはそれから二十分後。

 しばらく探し回って、駐輪場に戻ったときだった。

「にゃあ!!」

 猫の声の方を見ると、自転車と自転車の間の狭い通路をリアルが猛スピードでこっちへ駆けてくるのが目に入った。

「リアル」

 あたしはリアルを抱き上げた。

「瑠璃華!! どこに行ってた!? 探したぞ」

「なによ!! こっちだって探してたんだから」

「今はそれどころじゃない。緊急事態だ。パソコン出してくれ」

「え?」

 あたしは人気の無いところでリュックからノートパソコンを出して立ち上げた。

 ネットにつながるのを待っている間に、リアルの首輪メモリーを接続する。

「俺の首輪を直接ネットにつなげれば楽なんだが」

 ネットにつながるとリアルはキーボードを叩きはじめた。

 でも、やっぱり猫の手じゃ遅い。

 それにマウスは使えないから、あたしが代わりにリアルの指示で操作していた。

「何をしているの?」

「海外のサーバーを経由しているんだ」

「そんなことしてどこにつなげるつもり?」

「内調のコンピューター」

「ええ!? 大丈夫なの?」

「だから、海外サーバーを経由しているんだよ。お! つながった」

 画面にはさっきの変態男と一緒にいた外人の男。

「変装しているみたいだが、内調の顔認証システムを使えば」

 別の男の写真が出てきた。

 二つの写真が重なり『同一人物の可能性九十九パーセント』と表示される。

「やはりこいつか」

「誰なの?」

「テロリストだよ」

「ええ!?」

「環境テロリスト・シーガーディアンって言ったら聞いたことあるか?」

「知ってるよ。パパが取材に行っていた」

 リアルはパソコンの画面を指さす。

「こいつはシーガーディアンのリーダーのポール・ニクソンだ」

「うそ!! なんでこんなところに……」

「たぶん、南氷洋で逮捕された仲間の奪還と、俺への個人的復讐」

「個人的復讐? 何か恨まれるような事でも……まさか? パパが前に言ってたポール・ニクソンのカツラをはぎ取った猫って?」

「そう。俺だよ」

「じゃあ、シーディアンの船を沈めたシャチというのも……」

「俺達の仲間さ」

「それがリアルのやってた任務なの?」

「この事は話したくなかった。だが、言わないと瑠璃華は逃げないと思ったからな」

「逃げるって? どういう事」

「あいつら、この建物に爆弾を仕掛けていた」

「爆弾!? なんのために」

「ここの客を人質に取って南氷洋で逮捕された仲間を釈放させようという魂胆だ。テロリストがよく使う手さ。普通は飛行機をハイジャックしてやるんだが、奴ら空港のセキュリティを突破するだけのスキルがないからな」

「だからって、ここを狙わなくても」

 チュドーン!!

 え!? もう爆発?

 でも多摩川の方から聞こえたみたいだけど。

「今のは警告だな。人のいないところで一発爆発させたんだろ」

「警告って?」

「わかったろ。さあ、ここから逃げるんだ」

「爆弾て……どのくらいの威力なの?」

「さあ? やつら、弁当箱ぐらいの箱を五つ持っていたけど、火薬に何を使ってるかわからない。黒色火薬ならたいした事ないが、トリ・ニトロ・トルエンだとしたら、この建物は跡形もなく吹き飛ぶ」

「跡形もなく?」

 ママと買い物を楽しんだここが無くなる。真とデートしたここが……

「さあ、逃げよう」

「でも、糸魚川君が……」

「あんな奴、放っておけよ」

「そんなのだめだよ。リアルを探しに行ってくれたんだよ」

「それは……」

「それに、何でここが狙われなきゃいけないの?」

「だから、奴らは仲間の奪還を……」

「そんな事聞いてない。なんでここなのよ?政府を脅迫したかったら、国会議事堂でも首相官邸でも狙えば良いじゃない。なんで関係ないショッピングセンターを狙うのよ」

「ソフトターゲットって奴さ。警戒厳重な政府や軍の施設を狙うのは難しい。だから、最近のテロリストは警備がゆるくて大きな被害が出せる民間のショッピングセンターを狙うようになったんだ」

 リアルはパソコンを操作した。

 画面が切り替わる。

 そこに映ったのは新聞記事。たぶん、リアルが最近読んだものだと思うけどそこには『シーガーディアンのメンバー逮捕』の見出しがあった。

「これは?」

「昨日の夕刊。奴らここ数日の間、東京都庁や六本木ヒルズに爆弾を仕掛けようとして逮捕されている。もう、奴らは監視カメラまみれの都心には近付けないんだよ。だから郊外のショッピングセンターに狙いをつけたんだな」

「だけど、ここで働いている人や、買い物している人達になんの恨みがあるの? ここにいる人達にシーガーディアンなんて関係ない。なんで巻き込まれなきゃいけないの!?」

「テロリストというのはそういうものなんだよ。自分を絶対の正義だと信じ込み、その正義のためならどんなことだって正当化する。目的のために誰を傷つけようと構わない」 

「リアルはそんな人達と戦ってたんだね」

「え? ああ、そうだな」

「あたし……逃げたくない」

「なに言ってるんだよ!? 爆弾が怖くないのか?」

「怖いよ。めちゃくちゃ怖い。でも、このまま放っておくと大勢の人が死ぬんだよ」

「でもな、俺達がここに残って何ができる?」

「警察に知らせるぐらいなら」

「それは無意味だ」

「どうして?」

「奴らはすでに犯行声明を出している。警察や自衛隊が建物に近づいたら爆破すると言ってた。もちろん、利用客を逃がすような事をしても。さっきの爆発はその警告だよ」

「そんな」

「もっとも、警察だって気がつかれないように展開しているだろうな」

「え?」

 爆音が聞こえてきたのはその時。空を見上げると一台のヘリが通り過ぎていく。

「民間機に偽装しているが、あれは警察だな」

「でも、警察が展開している事がばれたら、ここは爆破されちゃうんでしょ」

「ああ」

「リアルの手で解除できないの?」

「俺は奴らがどこに爆弾を仕掛けたかは見た。しかし、俺は猫の身体だ。解除はできない」

「やり方を教えて。あたしがやる」

 リアルはため息を一つついた。

「シロートに解除なんて無理だ。だができることはある」

「どうするの?」

「見たところに爆弾にセンサーの類はない。だから、設置場所から外すのは簡単だ」

「そっか!! それを人のいないところに捨てるのね」

「だが、爆弾はいつ爆発するかわからないぞ。それでもやるか?」

「やる」

 本当言うと、今すぐ逃げ出したいほど怖い。

 でも、ここで逃げたら一生後悔すると思う。

 だから、あたしは逃げない。


         *


 一つ目の爆弾はすぐに見つかった。渡り廊下の観葉植物の後ろに無造作に小さな黒い箱が置いてあったのを拾い上げた。

 蓋があったので開けてみる。

 う!! 

 いかにもダイナマイトっぽい丸い筒に導線で繋がれたデジタルタイマーがカウントダウンを刻んでいた。

「無暗に開けるなよ」

「リアル!! これ後十分で爆発するよ」

「急ごう。爆弾はあと四つある」

 あたしはエコバックの中に爆弾入れた。

「次は一つの上の渡り廊下」

 二つ目はゴミ箱の後ろにあった。

「なんで渡り廊下ばかりにあるの?」

 あたしは爆弾をエコバックに入れる。

「廊下を爆破して二つのビルを分断するつもりらしい」

 タイマーは残り九分。

 急がないと、木端微塵だよ。

 あたしは階段を必死で駆け登った。

 三つ目もすぐに見つかったけど、ちょっと厄介。ベンチの下に針金で縛ってあった。

「まかせろ」

 リアルが前足のリューターで針金を切断。

 爆弾が床に落ちた時はちょっと焦った。

 でも、何事もなく回収してエコバックの中に入れる。

 この時点でタイマーは残り八分。

「一度。この三つを捨てに行こう」

「どうして?」

「やつらは本格的な要求をする前に、渡り廊下を落とすはずだ。つまり、この三つが最初に爆発する。他の爆弾はもう少し余裕がある」

「わかった」

 あたしは大急ぎでエスカレーターをかけ降りる。気のせいか客が少ないな。

 残り五分。

 二階で突然警備員に呼びとめられる。

「なんです!? あたし急いでるんですけど」

 残り四分。

「失礼しました。実はこのビルで危険な事態が進行しているんです。一刻も早くこのビルから離れてください」

「わかりました」

 そうか!! 

 警察はこうやって地道に客を逃がしていたんだ。でも、こんな方法じゃ、とても全員逃げられないよ。

 やはり、あたしがやらなきゃ。

 駐輪場に着いた時、残り時間は三分半。

 三分以内に行ける無人地帯……

 多摩川!!

 あたしは必死でペダルをこぐ。

 土手に着いた。

 タイマーは残り一分を切っている。

 幸い河川敷に人はいない。

「瑠璃華!! 急げ!! 時間がない」

「うん」

 残り三十秒。

 あたしはエコバックごと爆弾を多摩川の水面に投げ込んだ。

 驚いた水鳥達が逃げていく。

 ちょうどよかった。

 鳥さんだって巻き込みたくない。

 チュドーン!!

 爆発が起きたのはあたしが土手を駆けおりた時の事。

 爆風は土手が防いでくれたけど、あたしはかなり水しぶきを被った。

「急ぐぞ。爆弾はあと二つ残ってる」

「うん」

 ここで逃げ出したいという弱気を押えながら、あたしは必死で自転車をこいだ。

 四つ目の爆弾がある建物に直接乗り付ける

 見るとショッピングセンターの入口は警備員が貼り付いていて、新たな客を入れないようにしていた。

 でも、爆弾はそこじゃない。

 奴らは従業員用の出入り口から入って爆弾を仕掛けたのだ。

 客を逃がすので手いっぱいなのか、そっちには誰もいない。おかげであたしは誰からも咎められることな く建物に入れた。長い通路を抜けた先の空調室。その機械の隙間に隠してある爆弾をリアルが引っ張り出してきた。蓋を開けてみる。

 え!? タイマーがない!!

 うそ!! これじゃあ、いつ爆発するかわからないよ!! 

 爆弾を拾い上げてふりむいた時、そいつはいた。

「そこで何をしている?」

 さっきの変態男! 

 いけない。出口を塞がれたわ。

「おまえ!?  さっきの……おい。悪い事は言わん。その箱を床に下ろせ。ゆっくりと」

「イヤ!!」

「イヤじゃない。マジに危険なんだから返しなさい」

 あたしは爆弾を高く掲げた。

「近づいたら、これを叩きつけてやる」

 もちろん、本当に叩きつける気なんてないけどね。でも、ここは本気に見せないと。

「わああ!! やめろ。落ち着け、それはだな」

「爆弾でしょ」

「なぜ……それを?」

「これ、いつ爆発するの?」

「さあ?」

「叩きつけるわよ!!」

「待て!! 落ち着け!! 俺は通訳を頼まれただけで、爆弾の事はよく知らないんだ」

「嘘つき!! さっき河原で爆発があったよ。あんたが仕掛けたんでしょ」

「いや、あそこに爆弾をおいたのは確かだが、俺はあそこに置いてきただけで……」

 その時、変態男の背後から英語らしき声が聞こえてきた。

 髪の長い白人の中年男が入ってくる。

 この人!! 

 外人は変態男に話しかける。

 変態男はあたしを指さして英語で何かを話した。

 外人はあたしに何か話しかけたが、チンプンカンプンでわからない。

 変態男が通訳する。

「それは時限爆弾じゃなくスマホで遠隔操作する爆弾だと、ポールは言ってる」

 ポール!!

 やっぱり、この男がポール・ニクソン。

 ポールはあたしに向かって何か英語で言い、ポケットからチョコレートを出した。

「大人しく、それを返してくれたらチョコレートをあげると言ってるが」

  わーい!! チョコレート?

  て、喜ぶな!! あたし。

「子供だと思って馬鹿にしないで!! 叩きつけるわよ」

 突然、ポールは笑い出した。

 変態男に何か囁く。

「それはC4プラスチック爆弾といって、叩きつけたぐらいじゃ爆発しないそうだ」

「え?」

「わかったらそれを返しなさい。嬢ちゃんがここを離れるまで起爆装置は押さないから」

 ん? 

いつの間にか、リアルがロッカーの上に登って飛びかかる機会をうかがっていた。

「いいわよ」

 あたしは爆弾を床に置く。

 そして男達に向かって蹴った。

 爆弾は床の上を滑っていき、男達の一メートル手前で止まる。

 変態男が拾おうとして屈みこんだとき。

「ふぎゃああああ!!」

 ロッカーの上からリアルが飛び掛かった。

「うわわ!! 痛い!! 痛い!! やめろ!!」

 変態男は頭を引っ掻かれ、たまらず床を転げまわる。

「ホワット?」

 呆気にとられているポールにリアルは向き直った。

「ハロー ロングタイム ノー シー」

 突然、英語を喋った猫にポールは一瞬驚き、次に怒りの形相を浮かべた。

 何か英語で叫びながら、ポールはリアルに掴みかかるがリアルはヒラリと躱して、ポールの頭に飛び移った。

 次にリアルが飛び退いた時、ポールはカツラをはぎ取られて禿頭になっていた。

 ちょっと、かわいそう。

「オオ!! ノー!!」

 ポールは爆弾そっちのけで、リアルに奪われたカツラを取り戻そうとする。

 その隙にあたしはスライディングして爆弾を拾い部屋から逃げ出した。

 長い通路を、あたしは爆弾をラグビーボールのように抱えて走った。

 後ろから、リアルが追いついてくる。

「急げ!!」

 でも、今起爆装置を押されたら……考えないでおこう。

 通路の先に外人の男女が立ちふさがった。あの二人、さっきポールと一緒にいた。

 じゃあ、あいつらもシーガーディアン?

「ホールドアップ」

 女は懐から何か取り出した。

 え!? ピストル!! なんでそんな物?

「やめて!! 撃たないで!!」

 あたしは立ち止まって叫んだ。

「ホールドアップ」

 わわ!! あの人、日本語通じてない!!

 カチャリという音をさせて、女はピタリとあたしに銃口を向ける。

 もうだめ!! 撃たれちゃう。

 パパ、ごめんなさい。

 ここまで、育ててくれたのに、もう花嫁姿を見せて上げられない。

 ママ、真君、あたしもうすぐそっち行くかも……

「オオ!!」

 突然、女が悲鳴を上げてピストルを落とした。手に何か刺さっている。

 手裏剣?

 唐突に天井からカーキ色のボディスーツに身を包んだ人が降り来て、女に当て身を食らわせた。女はそのままクタっと倒れる。

「リンダ!!」

 横にいた男は対応する間もなく殴り倒された。

 何者? 顔を覆面で覆っているから男か女かもわからないけど、まるで忍者みたい。

「今のうちに逃げろ!!」

 忍者はくぐもった声で言った。

 どうやら男のようね。

「あなたは?」

「猫に聞け」

「え? じゃあ……」

「案ずるな。我の任務はテロの阻止。喋る猫など与り知らぬ」

 どういう事? 

 とにかくあたしは言われた通り出口に向かった。

 忍者の横を通ろうとしたとき。

「まて。爆弾はおいていけ。始末する」

「え?」

「瑠璃華。言う通りにしろ」

「リアル!! 喋っちゃ……」

「心配するな。こいつは俺が喋れる事を知っている」

「ええ?」

「案ずるな。ここで喋る猫は見なかった事にしておく」

「恩に着る。瑠璃華。爆弾を」

 あたしは爆弾を忍者に渡した。

「あの。爆弾はもう一つあるんです。それに奴ら起爆装置を」

「心配ない。一つはすでに始末した。起爆装置もジャミングしている。さあ、早く行け。ここは我が食い止める」

 あたしはリアルを自転車の籠に入れて走り出した。しばらく走ったところで立ち止る。

「リアル。どういう事? あの人は誰なの?」

「内調のエージェントさ」

 やっぱり。

「でも、内調は……」

「俺を逃がしてくれたのも、内調内部の人なんだ。たぶん、あいつもそっち側なんだろ」

 内調もいろんな人がいるのね。

 駐輪場に戻ると警備員に入るのを止められた。

「すみません。中に友達が……」

「美樹本さん」

 その声は背後から聞こえた。

 ふり向くと、糸魚川君が自転車を押してくるところだった。

「自転車がないからどうしたのかと思ったよ」

「ごめんね」

 チュドーン!!

 外で爆音が聞こえたのはその時。

「なんだ今のは?」

 糸魚川君は驚いて振り向く。

 あたし達は急いで音のした方へ向かった。

 野外駐車場に人垣ができている。

 爆心地はあそこね。

 人垣をかき分けてようやく爆心地が見えた。駐車場の真ん中でかつて車であったスクラップが燃えている。

「僕の愛車が!!」

 声の方に目を向けた。

 変態男が燃え盛る車に駆け寄ろうとするのをポール達に止められていた。

 さっきの忍者、あいつらの車に爆弾を仕掛けていったのね。



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