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形見分け

石動はその後、いろいろと余罪が出てきて初等少年院送りになるらしい。ちょっと可哀そうな気もするけど、全部自業自得よ。

 それはいいのだけど、あれからリアルの様子がおかしい。

 学校に連れて行くと、いつも糸魚川君を威嚇するのよね。

 ヤキモチにしても度が過ぎているような気がするし。

 理由を聞いても『何となく気に入らない』としか言わない。

 何が気に入らないのかな?

 今だって、あたしが出かけようとして準備していると、糸魚川君とデートに行くのかと疑っている。

「だからあ、これがデートに着ていく服に見えるの?」

「にゃん。人間のおしゃれ感覚なんて猫にわからにゃい」

「黒い服でデートに行くわけないでしょ」

 いや、これはゴスロリ愛好者をデスってるわけじゃなくて、今あたしの来ている服が喪服だからであって……

「黒い服でデートしちゃいけないなら、俺は一生デートできない」

「いや、猫はいいのよ」

 ていうか、あんたは服じゃないでしょ。

 ちなみに今日は真君のお母さんに呼ばれている。真君が大事にしていた物を形見分けにもらってほしいというのだ。

 いったいなんだろ?

「じゃあどうして、俺を連れて行かない?」

「あのねえ、あたしは法事にいくのよ。浮かれ気分で猫を連れていけないの」

 リアルは押し黙った。

 困ったなあ。このまま機嫌を悪くして『じゃあ俺、ここを出て行く』なんて言い出したらどうしよう。

「ねえ、リアル。帰りにおいしい猫缶買ってきてあげるから、今日はおとなしく留守番しててくれないかな」

「にゃ!! 猫缶!! カリカリじゃなくて猫缶」

「それとリアルの大好きなマグロブシも買ってきてあげる」

「にゃにゃ!! マグロブシ!! わかった。おとなしく待ってる」

 やっぱり動物は食べ物に限るわ。 

 

        *


 チーン。 

 お香の煙が漂う部屋の中をリンの音が鳴り響く。

 あたしは祭壇に向かって手を合わせた。

 祭壇にまつられた額には真君がサッカーボールを持って微笑んでいる写真がある。

 去年、地区大会で優勝したとき、あたしが撮った写真だ。

「瑠璃華ちゃん」

 背後の声に振り返る。

 真君のお母さんが微笑みを浮かべていた。

 でも、微かだけど、おばさんの顔には泣き跡が残っている。

 あたしの前で泣き顔を見せないようにしているのね。

「悪いわね。せっかくのお休みに呼び出して」

「いえ……おばさんこそ大丈夫ですか? 研究所の方は」

 真君のお母さんはいつも研究所の仕事が忙しくて家に帰れない日が多かった。

 だから、真君が小さい頃はあたしの家に預けられることが多く、あたしが幼稚園から小学四年の頃までは真君とは本当の家族のように暮らしていた。

 小学五年の頃、真君はこの家に戻ったけど、それはお母さんの仕事が暇になったからではなく、この家で家政婦を雇うことになったからだ。

 そんなに忙しかったはずの人が、真君の葬式以来ずっとこの家にいる。

 最初は特別に休暇を取ったのかと思っていたけど、もう二週間経つ。

 そろそろ、研究所に戻らなくていいのだろうか?

「実はね、瑠璃華ちゃん」

 おばさんは自嘲気味な笑みを浮かべた。

「私、謹慎処分になってしまったのよ」

「ええ!?」

「皮肉なものね。真がいるときは忙しくて相手をしてあげられなかったのに、死んだとたん、ひまになるなんて」 

「謹慎て……何があったんですか?」

「詳しいことは言えないけど、大事な研究資料を紛失してしまったのよ」

「紛失? そんなことぐらいで?」

 なんか、ひどいな。

 なんの研究所か知らないけど、息子との大事な時間を犠牲にしてまで働いていた人にそれはないと思う。

「仕方ないのよ」

 なんか納得いかないな。ひょっとしておばさんの勤め先ってブラック企業?

「それでね。瑠璃華ちゃんにもらって欲しいのは、この子なの」

 おばさんはケージを差し出した。

 ゲージの中ではハムスターがひまわりのタネをかじっている。

「グッキー」

 真君の飼っていたハムスターだ。

 どうしよう? 家には猫が……

 でもニャン道主義者のリアルならハムスターを襲ったりしないよね。

 グッキーが怖がるかもしれないけど、リアルがケージに近づかなければいいし……

 それならもらっちゃおうかな。

「いいんですか? あたしがもらっちゃって」

「瑠璃華ちゃんなら真も喜ぶわ」

「そうかな」

「あの子ね。瑠璃華ちゃんを『お嫁さんにしたい』って言ってたわよ」

「え!? え!? ええええ!!」

 うわわん!! 真君のバカ!! バカ!! どうしてそういう事を、生きてるうちに言ってくれなかったのよ!!

 それはともかく。

「おばさんは良いんですか? グッキーがいなくなったら淋しくなるんじゃないの」

「仕方ないのよ。もうすぐ、私も職場復帰するし、そうなったらこの子の面倒を見られなくなるわ」

「そうですか。そういう事なら」

 あたしはグッキーのケージを受け取った。

「グッキー。今日からあたしの家で暮らすのよ。猫がいるけど大丈夫。あなたを食べたりしないわ」

 あたしはケージの蓋を開けて手を入れた。

 グッキーはあたしにも良く懐いている。

 こうするといつも腕を駆け登ってあたしの肩に……

 え?

 グッキーは手には乗らないで床に飛び出した。

 ああ!! グッキー待って。そっち行っちゃだめ!!

 グッキーはそのまま廊下へ飛び出していく。

「あら? 大変」

 あたしとおばさんはグッキーを追いかけた。

 ようやく、リビングにいるのを見つけたけど……

 窓が開いてる。たぶんおばさんが空気を入れ替えようとして開けたのだと思うけど……

「グッキー。ダメよ。外へ出ちゃ」

 しかし、グッキーはまっすぐ窓へ向かう。

 しかも、窓の外の芝生の上では猫が寝そべってる。なんか、リアルに似ている黒猫だけどこんなところにいるはずないし……

「グッキー!! 外へ出ちゃだめ!! 猫に食べられちゃう」

 だが、グッキーはおかまいなしに庭に飛び出す。まっすぐ、猫に向かっていく。

 いやあ!! グッキーが食べられちゃう!! 

 あたしは思わず目を閉じた。

 目を開くと。グッキーは無事だった。

 猫はグッキーが上に乗っかっているのに目を覚まさない。

 まさか死んでるの?

 庭に出て猫に近づいてみた。

 グッキーは猫を恐れるどころかじゃれついている。

 あれ? この猫の首輪!! 

「リアル!? 」

 なんでリアルがこんなところに?

 さてはこっそりついて来たのね。

 でも、なんで目を覚まさないの?

 抱き上げて見たけど、息もしているし、心臓も動いているのに。

「瑠璃華ちゃん。グッキーはいた?」

「いました」

「そ……その猫は?」

 おばさんはよっぽど驚いたのか、サンダルも履かないで芝生に降りてきた。

 でも、足が縺れて転びそうになる。あたしは慌てて駆け寄りおばさんの身体を支えた。  

 左腕に猫を抱えながらやったので、あたしまで巻き込まれそうになったけど。

「おばさん、安心して。この猫はグッキーを食べたりしないから」

 おばさんはあたしの腕の中のリアルを覗き込む。

「こ……この猫……はどこから?」

 どうしたんだろう? グッキーが心配なのはわかるけどひどく動揺している。

「すみません。あたしの猫です。ついてきちゃって」

「瑠璃華ちゃん。猫飼っていたの?」

 おばさんはようやく落ち着きを取り戻した。

「ええ? この前、お葬式の帰りにこの子を拾ったんです」

「拾った?」

「あ!! でも、大丈夫です。この子頭いいからグッキーを食べたりしません」

「そう」

 おばさんはリアルに視線を向けた。

「寝てるのかしら?」

「わかりません。あたしが家を出た時は元気だったのに」

「病院に連れて行った方がいいわね」

「そうします。でも、土曜日に開いてるかな?」

「午前中なら開いてるわよ。急いだ方がいいわ。真の自転車を使って」

 

        * 


 ハムスターのケージは預かってもらって、あたしは自転車のかごにリアルを乗せ病院へ急いだ。

 お医者さんに見てもらったら、身体に問題はなくてただ意識を失ってるだけみたい。

 念のためMRIを勧められたけどそれは断った。

 いや、別にお金が惜しくて言ってるんじゃなくて、リアルの秘密がばれると思ったから。  

 それに、確かあれってものすごく強い磁気がかかるのよね。

 そんなのをかけられたら、リアルの脳に埋め込まれているマイクロチップに、どんな悪影響があるかわかったものじゃない。

 結局、注射を一本打ってもらっただけでリアルを連れ帰った。

「あれ? これは?」

 真君の家でグッキーのケージを受け取ると、グッキーの首に首輪が着いていた。

「また、さっきみたいに突然逃げ出すかもしれないと思ってね。瑠璃華ちゃんがいない間にリード着きの首輪をつけておいたのよ」

「はあ。ありがとうございます」

 グッキーが嫌がらないかな?

 リアルが目を覚ましたのは、家に連れ帰ってからの事。

「にゃあああ!!」

 座布団の上で寝ていたリアルが突然大きな鳴き声をあげた。

 見るとグッキーの入ってるケージを見て驚いている。

「リアル。その子イジメないでよ」

「イジメないよ。あんまり、でかいハムスターがいたから驚いたんだよ」

 でかい? 

 グッキーってそんなに大きいかな? 

 至近距離だから大きく見えただけかな?

「でもさ、そいつが俺を怖がるんじゃないのか?」

「それなんだけど」

 あたしはケージの蓋を開けた。

 中からグッキーが飛び出してきてリアルにじゃれつく。

「おい。よせ!! グッキー。俺は猫なんだぞ」

「なぜかその子、リアルになついてるのよ」

 あれれ? なんでリアルはグッキーの名前を……

 あ! ケージに名前が書いてあったか。

 それはともかく。

「ところでリアル」

「なに?」

「悪いけど、猫缶とマグロブシはなしね」

「ええ!! そりゃあないよ」

「だって、約束破って、あたしについて来たもん」

「う……それは……」

「庭で倒れているのを見たときはびっくりしたわ」

「いや……その……」

「ところで、あそこで何があったの?」

「ええっと」

「お医者さんに見せたけど、頭をぶつけた様子はないって」

「俺を医者に見せたのか?」

「見せるでしょ、普通。あんたはあたしの家族なのよ」

「でも……」

「大丈夫。MRIは断ったから。リアルが改良猫だって事はばれてないって」

「ちょっと待て。なんだ、その改良猫って?」

「だって、リアルが喋れるのは、改造手術を受けたからじゃなくて、遺伝子組み替えでしょ。それって品種改良だから改良猫」

「一応、改造手術も受けてるんだけどな」

「それで、なぜ庭で倒れていたの?」

「その前に聞いていいか?」

「なに?」

「俺、どこに倒れていたんだ?」

「え? 覚えてないの?」

「ちょっと待て。今、思い出す。ええっと……瑠璃華の後をつけていたのは確かなんだが」

 リアルは考え込んだ。

「ううん」

 突然、リアルの顔が苦痛に歪んだ。

「どうしたの?」

「頭が痛い」

「ええ!! 無理に思い出さなくていいわ」

 リアルの頭痛はすぐに治まった。

 でも、息が荒い。これ以上無理はさせないほうがいいかな?

「何かを思い出しかけたんだ。その途端に……」

「無理に思い出さなくていいよ」

「でも、大切な事だったような気がする」

 そうだ。こういう時こそ。

 あたしはノートパソコンの電源を入れた。

「リアル。首輪メモリーを見てみようよ。何かわかるかも」

「うん」

 リアルの首輪からケーブルを引っ張りパソコンにつないだ。

 程なくして、パソコンに画像が出る。

 住宅街の道路をとぼとぼと歩く喪服姿の少女……

「これ誰?」

「何を言ってる。瑠璃華だよ」

「ええ!! あたし、こんなに太ってないもん」

「心配するなよ。テレビの映像って横に広がるから実際より太く見えるんだよ」

「そうなんだ」

 よかった。

 ええい!! 今はそれどころじゃない!!

「この辺は記憶にあるんだ」

「じゃあ早送りして」

 画像は一気に進み、あたしが真君の家に入っていく。

「このあたりから記憶がない」

 リアルもあたしの後を追って真君の家に入る。

 もちろん、リアルが玄関の扉を開く事はできない。

 リアルはしばらくそこに立ち止まっているようだ。玄関の扉が二分ほど続いた。

 ん? 不意に画像にノイズが入る。

 画像が再び動き出し、庭の方へいく。ただ、画像がひどく揺れていた。 

 これは……リアルがふらついているからなのかな?

 またノイズが入った。

 同時に一瞬だけど人のシルエットみたいなものも映った。

 やがて、画像は芝生の上で迷走を始める。

 そして画像がグニャリとゆがんだ。

 まるでダリの絵のように……

 またシルエットが現れる。

 今度ははっきりと……

 白い人影。

 ミニスカートをはいてるから女の子だと思うけど……

 ノイズはさらに激しくなる。

「んにゃあ!!」

 突然、リアルが大きな鳴き声をあげた。

 見ると座布団の上でのたうち回っている。

「リアル!! どうしたの」

「頭が……頭が痛い」

「ええ!?」

 どうしよう?

「リアル!! 映像を止めて」

「にゃん」

 画面はブラックアウトした。

「リアル!! 大丈夫!! しっかりして」

 リアルはぐったりしていた。

 でも、目はしっかり開いている。

「だ……大丈夫だ。瑠璃華。痛みは治まった」

「いったい、何があったの?」

「少しだけ思い出した」

「思い出したって? なにを」

「いや、思い違いかもしれない」

「だから何を?」

「映像が頭に浮かんだ。見てわかったんだけど、それは俺が過去に体験したことなんだ」

「映像?」

「だけど、その映像が本当に俺の実体験だとするなら……」

「するなら?」

「俺は人間だったということになる」

「ええ!?」




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