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誰もいない図書室で男女二人っきりだけど、変なことはしてないわよ。誤解しないでね。

「これはひどい!!」

 無表情な黒沢先生の顔に、かすかな怒りの表情が現れた。

 職員室のパソコンモニターに映っているのは、一日の間に起きた石動の悪行の数々。

 いや、あたしもまさかこんな事になるとは……

 昨日の打ち合わせ通り、あたしはその朝リアルを学校の中に放し石動を尾行させた。

 石動が煙草を吸ってる映像を撮るつもりだったのだが、まさかここまで悪事を働いていたとは……

 一時限目。こっそりパンを食べていた。

 まあくらいは大目に見られるとして……

 一時限と二時限の間の休み時間。

 男子トイレでトイレットペーパーに火を付けていた。二時限目の授業。ずっと居眠り。

 二時限と三時限の間の休み時間。

 女子更衣室をノゾいていた。

 三時限目の授業。消しゴムの欠片を飛ばして授業妨害。

 小学生か!!

 さらにその後で一年生男子を脅して金を巻き上げ、糸魚川君をパシリにして、昼休みは近所のコンビニで万引き。

 とまあ、窃盗犯を追いかけていて偽造紙幣を見つけてしまったどっかの刑事さんみたく、喫煙現場を撮ろうとしたら、とんでもないものを撮ってしまったわけだ。

 その映像は、ホームルームの前に学校裏サイトに投稿した。

 そして、放課後。あたしは職員室へ出向いて『変な動画が投稿されてます』と、報告にしにいったというわけだ。

 自分で投稿したんだけど……

 まあ、これであいつも明日から出席停止に……


        *


 ならなかった。

「なんで?」

 と思わず、あたしが呟いたのはその翌朝。

 いつも通り校門を通った時、そこにいるはずのない奴を目撃した。

 石動!! あいつ出席停止になってないの?

「おはよう。美樹本さん」

 背後からの声に振り向く。

「星野さん、おはよう。あの……」

「ん? どうしたの?」

 あたしは石動を指さす。

「石動に何かされたの!?」

 いや、いきなりファイティングポーズ取らなくても……

「そうじゃなくて……」

 あたしは動画のことを話した。

「ううん、その動画見てないけど……これから処分を言い渡されるんじゃないのかな?」

「そうなのかな?」

「その動画って携帯でも見られるの?」

「うん」

 あたしは携帯で裏サイトにアクセスしてみた。

 あれ? ない? 

「動画が消されてる」

「ええ!?」

「変ねえ。昨日は見られたのに」

「ねえ、その動画サイトって、石動の実名とかも書いてなかった?」

「書いてあったわよ」

 てか、あたしが書いたんだけど。

「だとすると、圧力がかかったのかもしれないわね」

「圧力? 石動の親ってそんな力あるの?」

「そうじゃなくて、未成年の名前とか書き込まれたから誰かが警察に通報して、警察からサイト管理者に削除要請が出たのかもね」

「だって、このサイトはあまり見ている人いないし……」

「うちの学校の誰かが作ったサイトでしょ。なら先生が監視していたのかもしれないわ」

「そっか」

「というか、石動が自分で見つけて通報したんじゃないかな?」

「え!?」

 そうだった。そもそもこのサイトってこの学校の誰かが作ったんだけど、書き込んであるのはクラスメートや先生の悪口ばかり。

 あたしもアドレスは知っていたけど、ほとんど見ることなかった。

 見ても嫌な気分になるだけだし……

 だけど、石動のように根性腐ってる奴なら喜んで見ているはず。

そこに自分の事が書かれていて見逃すはずがない。

 迂闊だった。

という事は動画が消されただけでなく、石動にも知られてしまった。

 最悪……

 石動は校庭の片隅で悪友達と何かを相談していた。

 あの動画をあたしが投稿したってばれてるのかな? 

 あたしは鞄からリアルを出した。

「にゃん」

「あら、リアルちゃん。おはよう」

 星野さんがさっそくリアルを抱き上げようとする。

「ごめん星野さん。リアルは今、トイレが我慢できないみたいだから」

「そうなの? てか、わかるの? そんな事」

 あたしはリアルの耳元に小声で囁く。

「リアル。石動達が何を話しているか聞いてきて……」

「にゃん」

 リアルはとっとと走っていき、石動達が悪巧みをしている近くの藪に隠れた。

 程なくして戻ってきたリアルをあたしは抱き上げた。

「大丈夫だ。瑠璃華は疑われていない」

「そうなの?」

「ああ。あいつら、糸魚川がやったと思っている」

 なあんだ。それなら……いいわけない。


         *


 教室には、まだ糸魚川君はまだ来ていなかった。でも、いずれ糸魚川君はやってくる。

 そして、間の悪いことに一時間目は自習になっていた。

 リアルの話では石動達は自習時間に糸魚川君をリンチにしようと相談していたらしい。

 どうしよう? 

 あたしのやった事で余計に事態が悪くなっちゃったよ。

 窓の外を見ると、糸魚川君が校庭に入ってくるのが見えた。

 後、五分でホームルームが始まる。

 こうなったら……

 あたしは席を立ち、星野さんに保健室へ行ってくると言って教室を抜け出した。

 昇降口につくと、ちょうど糸魚川君が入ってくるところだった。

「やあ、おはよう美樹本さん」

「教室へ行っちゃダメ!!」

「え?」

「こっちへ」

 呆気に取られる糸魚川君の手を取り、あたしは走り出した。

 ついたのは図書室。

「あ……あ……あの、美樹本さん」

 糸魚川君の声が妙にうわずっていた。

 見ると顔が真っ赤に染まり、息が乱れている。

 ひょっとして、糸魚川君て病弱なのかな?

「大丈夫? ごめんね。走らせちゃって。保健室いこうか?」

「そ……そうじゃなくて、ぼ……僕、女の子と手を握った事なくて……」

「え? そうなの?」

「前の学校は、男子校だったから……」

 天然記念物級の純情少年ね。

「あの、なんでこんなところへ連れてきたの?」

「それは……」

 あれ? この状況って……

 誰もいない図書室で男女二人っきり……

 妙な誤解をされてないかな?

「ち……違うのよ。別にそういうつもりはないんだから。変な誤解しないでね」

「え? なにが……」

 ああ!! これじゃあ、まるでツンデレキャラじゃない。

 第一、あたしは別に糸魚川君を好きなわけじゃないし……

「あの……美樹本さん。もうホームルーム始まるけど……教室に戻らないと」

「だから、今戻ったら危険なのよ」

「なんで?」

 あたしはかいつまんで経緯を説明した。

「学校裏サイト? そこに石動君の悪事が」

「そう。それを糸魚川君がやったと疑っているのよ」

「でも、僕はやってないし」

 わかってるわよ。本当はあたしがやった……とは口が裂けても言えない。

「でも、石動は糸魚川君がやったと信じ込んでるの。教室にいったらリンチされるわ」

「だけど、僕はやってないから、話せばわかってもらえるって」

「話してわかる奴じゃないから、こういう事してるんじゃない!! 君は石動の事を何にも知らないのよ」

「どういう人なの?」

「簡単に言うと、強き者を助け弱きをイジメル無敵の男」

「あの……美樹本さん。それ逆じゃ……普通『弱き者を助け強きを挫く』じゃ……」

「だからあ、スーパーマンとは真逆の奴だって事。先生とか上級生とか柔道部員の前ではいつもヘコヘコ媚びて、下級生とか女の子相手にはいつも威張っている」

「そういう人だったんだ」

「君だって、転校してからずっとあいつにイジメられてるでしょ」

「え?」

「言いたくないのはわかるわ。でも、転校初日に制服が汚れていたのは、あいつにボコられたからでしょ」

「え? まあ……」

「昨日だってパシリやらされたんでしょ」

「なんで知ってるの?」

「それはリア……じゃなくて、学校裏サイトの映像に出ていたから」

「そうなんだ。でも、それってイジメなの?」

「イジメに決まってるでしょ」

「いや、前の学校だと、イジメってこんなナマヌルいものじゃなかったから」

「え? ナマヌルい? 今まで、どんな学校にいたの?」

「中野……あ、いや……その」

「中野? 中野区の学校?」

「ああ!! そうそう、中野にある学校なんだ」

「中野にそんな怖い学校があるの?」

「そりゃあもう」

 どんな学校だったんだろ? 

「とにかく、一時間目はどうせ自習だから、出席しなくたって平気よ。二時間目までここに隠れてよう」

「うん。わかった。そうするよ」

 そう言って、糸魚川君は本を物色し一冊の本を取った。

 『未来形J』

 大沢在昌か。パパが大沢在昌のファンで本棚に本がいっぱいあるけどこれは見かけなかったな。

「ハードボイルドが好きなの?」

「そうだけど、この本は大沢在昌にしては珍しく一種のファンタジー小説なんだ」

「へえ、大沢在昌ってファンタジーも書くんだ」

「しかも、これは最初はケータイ小説だったんだって」

「ええ!?」

 ううん、ハードボイルドの大御所がケータイ小説? ギャップがあり過ぎる。

「ただし、これが書かれた頃は今風のケータイ小説はなくて、これからの時代は携帯電話で小説を読む時代がくるだろうからと、携帯電話会社が大沢在昌に依頼して書いてもらったんだって」

「そうなんだ」

 今度、パパに教えてあげよ。

 さて、あたしも本棚を物色……あら?

 『ゴーストガールズ』

 この前、休み時間に途中まで読んだ本だ。

 翌日続きを読もうとしたら誰かか借りていて読めなかった。

 内容は、確か、死んだ覚えがないのにいつの間にか幽霊になっていた女子高生、辻村(つじむら)珠美(たまみ)が主人公。一度は霊界に行くが「おまえはまだ死んでいない」と追い返される。だが、現世に戻っても肉体が見つからない。霊能者に協力してもらって肉体探しをするところまで読んだっけ。

 その後、本屋で買おうかと思ったけど買えなかった。調べたら自費出版本で、五百部しか刷られていない超レア本だったらしい。 

 戻ってきてたんだ。

 ではさっそく……

「美樹本さん」

 結末までもう少しというところで、糸魚川君が背後から声をかけてきた。

「なに?」

「この前の連中ってなんなの?」

「え?」

「ほら、この前、君の猫を追い回していた奴ら」

「詳しくはわからないけど、このあたりで、黒猫を誘拐している人達がいるのよ。一昨日はあたしの猫が狙われたんだわ」

「黒猫なんか捕まえてどうするんだろ?」

「さあ?」

 実はリアルを探してるとわかってるんだけどね。

「でも、あの時は本当にありがとう」

「そんなたいした事じゃないよ。あいつらがサイレンに騙されてくれたからさ」

「でも、あたしあの時、凄く怖くて、糸魚川君が来てくれなかったら……」

「それはいいけど、美樹本さんが今、僕を助けてくれたのは一昨日の事があるからなの?」

「それもあるけど……あたしもよく虐められたのよ。石動に……」

「え? あいつ、女の子も虐めるの? 最低」

「小学生の時だけどね」

「いや、小学生だって女の子に暴力ふるうなんていけないよ」

「もちろんよ。でもね、あたしがいじめられると、仕返ししてくれる男の子がいたの」

「へえ」

「クラスが違っていたから、いつもってわけに行かなかったけど。中学になってからは彼と同じクラスになって席も隣になったから、石動もあたしに手が出せなくなったのよ」

「隣の席? という事は僕が今座ってる席?」

「うん」

「その男の子は?」

「交通事故で……この前……」

「そうか。だから僕が座った時に……」

「そんな事があるから、糸魚川君が石動にイジメられているのを見て、今度はあたしが助けなきゃと思って……」

「やさしいんだね。美樹本さん」

「そんな事……ないよ」

 そう。あたしは人から『やさしい』なんて言ってもらえる資格はない。

 今回の事だって、結局あたしが石動を陥れようとしたから。

 やさしい人間はそんな事しない。

「あれ?」

 不意に糸魚川君は怪訝な表情になった。

「美樹本さん。あれって」

「え?」

 糸魚川君の指さす先に視線は向けた。

 指先をたどった本棚の上に……

「リアル!!」

「にゃあああ」

 リアルはこっちをじっと見下ろしていた。

「何やってるの!! 降りてきなさい」

「にゃあ」

 リアルは飛び降りてきた。

 糸魚川君の頭上に……

「うわわ!!」

 たまらず、糸魚川君は尻餅をつく。

「大丈夫!?」

 あたしは慌てて駆け寄って、糸魚川君を助け起こす。

「ありがとう。なんともないよ」

 あれ? 糸魚川君てこんな精悍な顔つきだったかな?

 そうか! メガネを外すとカワメンからイケメンにチェンジ……え!? メガネ……

「糸魚川くんメガネは?」

「え?」

 顔に手をやって初めてメガネが無いことに気がついたみたい。

 大変、割れてたらどうしよう。

「にゃあ」 

 見るとリアルがメガネをくわえていた。

「リアル!!」

 あたしはリアルがくわえているメガネを奪い取り、糸魚川君の顔にかけてあげた。

「ありがとう。これがないと何にも見えなくて」

 メガネがない方がイケメンなのに残念ね。

 でも、これってメガネフェチにドストライクかも……

「ううん。リアルが悪いんだから」

 あたしはリアルを抱き上げて……

「糸魚川君に謝りなさい」

「にゃん」

 リアルは明後日の方を見て知らんふりしてる。

「無理だよ。猫に人間の言葉なんか」

 いや、普通はそうなんだけど、この子はわからないふりしてるだけだから……

 それにしても、リアルったらなんで糸魚川君に意地悪するんだろ?

「にゃあ!! にゃあ!!」

 何か言いたそうだけど……

「リアルって、その猫の名前?」

 あたしは糸魚川君にふり向く。

「そうよ」

「君が付けた名前?」

「そうじゃなくて、首輪に書いてあったの?」

「首輪に? じゃあその猫は拾ったの?」

「そうなの。実は迷い猫なのよ」

「じゃあ元の飼い主が探しているんじゃないかな?」

「そうなんだけど……」

 実際、国家予算を使って探しているはず。

「ひょっとして、美樹本さんは返したくないの?」

「うん。もうこの子はあたしの家族だから」

「そうなんだ」

 糸魚川君はリアルを撫でようと手を伸ばした。

「にゃあ!!」

 突然、リアルはあたしの手の中で暴れ出した。

「あれ? 僕は嫌われてるのかな」

「そうじゃなくて、この子、トイレ行きたいみたい。ちょっと行ってくるね」

「どうぞ」

 あたしは図書室を出て一番近いトイレに駆け込んだ。

「リアルったらどういうつもりよ? 糸魚川君に恨みでもあるの?」

「別に。瑠璃華こそ、こんなところで男と二人っきりで何をしていたんだよ?」

「なによ。ヤキモチ」

「そんなんじゃない!! 瑠璃華と話がしたかったのに、あいつが邪魔だったから……」

「はいはい。で、なにが言いたいの?」

「校長室にいたおかげでわかったよ。石動が処分されなかった理由が」

「ええ!?」

「担任の黒沢が、あの映像を合成だと言って校長に報告していた」

「黒沢先生が?」

「さっき、黒沢が校長室に入ってきて、あの動画が投稿された事を報告したんだ。ただし、あれは合成画像で石動は被害者だとね」

「合成なわけないでしょ。真実よ」

「だからさ、黒沢が校長室出るときに俺も一緒に出たんだよ。そしたらあいつ、人気の無いところへいって電話をかけたんだ。電話の相手に『例の動画は合成だと校長に納得させ

ました』と言ってた」

「誰に?」

「おそらく、石動の親だな」

「どういう事?」

「石動の親に買収されたってところだろ」

「そんな、あんな真面目な先生が……」

「人間を一面だけで見ない方がいいぞ。真面目そうに見える人間だって、裏で何やってるかわかったもんじゃない」

「確かにそうだけど……」

 ううん、こうなったら何か別の手を考えないと。

 外からパトカーのサイレンが聞こえてきた。

 何かあったのかな?

「それとな、さっきお前らの話聞いてて思ったんだが……」

「なに?」

「この前、俺達あいつに助けられただろう。あの時、妙な違和感を覚えたんだが、ようやくそれが何かわかった」

「どういう事?」

「俺を襲った奴ら、パトカーのサイレンを聞いて逃げたろう」

「それが何か?」

「内調なら、逃げ出す必要はないんだ」

「ええ!?」

「内調なら、警察の上の方から圧力をかけられるからな」

「ええ!? 内調ってそんな力があるの? じゃあ、逃げたって事は内調じゃないの?」

「内調から依頼された外部組織という可能性もあるが、別組織と考えるのが自然だ」

「でも、内調以外にリアルを狙う組織なんてあるの?」

「わからん。まったく心当たりがない」

 なんかややっこしくなってきたわね。

 図書室に戻ると、糸魚川君は、窓から外の様子を見ていた。

 あたしが戻ってきたことに気が付いて振り返る。

「美樹本さん。教室へ戻ろう」

「え?」

「もう、逃げる必要はないよ」

「どうして?」

「あれ、石動だろ」

 糸魚川君は窓の外を指さす。

 見るとそこには警察に連行されていく石動の姿があった。

「なんで?」

 教室に戻ってわかったのだけど、どうやらカツアゲされた一年生の親が恐喝罪で石動を

告訴していたらしい。

 よくわからないけど、これでクラスは平和になったって事かな。 

 ただ、一つ妙なことが。

 あの後、黒沢先生が遅れて学校にきた。なんでも、バイクがパンクして修理して遅れたそうだけど、じゃあリアルが見た先生は?


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