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死刑よ

「ハックしょん!! ちくしょうめ!!」

 石動がわざとらしくクシャミをしたのは、翌朝のホームルームでの前のこと。

「ちくしょうめ!! 猫の毛がむずむずするぜ。誰だよ。学校に猫なんか連れてくる非常識な奴は」

 イヤミな奴!! 猫アレルギーなんてないくせに……

 ガラっと扉が開いて黒沢先生が教室に入ってきたとたん、石動のクシャミはピタっと治まる。

 さすがに先生に逆らうだけの度胸の持ち合わせは無かったようね。

 ていうか、こいつって先生や親の前ではいつもいい子ぶっている。

 大人相手の顔と子供相手の顔を器用に使い分けているんだ。

 黒沢先生は無表情な顔で教室内を一瞥する。

「さて、突然だが転校生を紹介する」

 先生の後ろから教室に入ってきたのは大きなメガネをかけた男の子……え!?

 昨日の子! なんでここに? でも、なんか昨日と雰囲気が違う。

 昨日は無鉄砲にメン・イン・ブラックに立ち向かっていったというのに、今の彼はまるで何かに怯えているかのような顔をしていた。 

 転校したばかりでキョどっているのかな?

「い……い……糸魚川(いといがわ)……(あきら)です。よろしくお願いします」

 糸魚川君って言うんだ。変わった名字ね。

 糸魚川って言ったら翡翠の産地として有名だけど、それを名字にしている人がいるとは知らなかったわ。とにかく、後で昨日のお礼を言っておかないと……

「かわいい」

 女生徒の誰かが発した声に、糸魚川君は照れて赤面する。

「チッ」

 背後から舌打ちが聞こえた。

 振り向かなくても、石動だとわかる。

「席は廊下側の三列目が空いてるだろう。そこを使いなさい」

 え? それってあたしの隣。

 でも、そこは……

 半年間、ずっと空席だった真君の席……

 あたしの思いなどに関わりなく、転校生は真君の席に座った。

「あ!!」

 思わずあたしの発した声に、転校生は少し驚く。

「どうかしたの?」

「ううん。なんでも……」

 馬鹿だよね。あたし……

 あの席を空けておいたって、真君が帰ってくるわけじゃないのに……

「ねえ、君大丈夫? どっか痛いの?」

 糸魚川君が心配そうにあたしを見ている。

「別にどこも……」

「でも。涙流してるよ」

「え?」

 あれ? いつの間に涙が……

「ちょっと、目にゴミが入っただけよ」

「そう? ならいいけど……」

 そのまま、彼は何事も無かったかのように教卓の方に向き直った。

 気がついてないのかな? あたしと昨日会ったことに……

 結局、そのまま授業が始まってしまい、昨日の礼を言うチャンスが無かった。

 それなら授業と授業の合間にと思ったけど、彼の机の周りにクラスメートが集まってしまい、とても話しかける暇などなかった。

 しょうがない。給食時間になったら話しかけてみよう。

 と、思っていたのに昼休みになると、彼は給食も食べないでどっかへ行ってしまった。

 教室内を見回すと他にも男子が三人ほどいなかった。その中の一人が石動。

 悪い予感。

 糸魚川君が戻ってきたのは午後の授業が始まる少し前の事。

 それはいいんだけど、どうしたんだろう? 微かだけど制服が汚れている。しかも、袖

のボタンもとれかかっていた。

新品の制服なのに……

 彼はそのまま席につく。

クラスメート達もいい加減飽きたのか、あるいは彼が戻ったのに気がつかなかったのか、誰も寄ってこない。話しかけるチャンス。

「糸魚川君」

「ん? 君は……ごめん、まだ名前覚えてなくて」

「美樹本です」

「ああ、美樹本さんか。覚えておくよ。それで、なにか?」

「昨日はありがとう」

「え? 昨日、君と会ったっけ?」

「わからないの?」

 ううん……あたしの顔ってそんなに印象薄いかな? ん? 急に彼の顔がひきつった。

 どうしたんだろう?

 今度は右手の人差し指を鼻に当てて「シー」のポーズをしてる。

 次にメモ帳に何かを書いて差し出してきた。

『頼む。昨日の事は誰にも言わないで』

 え? 

『なんで?』

 あたしは紙の裏に書いて返した。

『理由は言えないが、昨日あの場所にいたことが知られたら困るんだ』

『わかった。言わない。恩人を困らせるような事はしないわ』

『ありがとう』

 そして糸魚川君は証拠の紙を処分した。

 それにしてもなんで困るのかな? 

 塾かなんかをさぼっていて、あの当たりをうろついていたのを親に知られたら困るというところかな?

「ところで、それどうしたの?」

 あたしは糸魚川君の左腕を指さした。袖のボタンが取れかかっている。

「え? ああ、これは……転んだんだよ」

『転んだ』って、それは虐められっ子が虐められた事を誤魔化すための常套のセリフ。

 それに微かだけど背中に足形のような汚れがついてる。転んだだけでこうはならない。

 きっと昼休みに校舎裏かどっかに呼び出されて、リンチされたのよ。 

 誰よ? こんないい人イジメる極悪非道人は?

 いや、そんな奴はこのクラスにあいつしかいない。

 あたしは背後を振り返った。

 石動がニヤニヤとこっちを見ている。

 やはり、あいつか。


         * 


「死刑よ」

 家の玄関で鞄からリアルを出すなりあたしは宣言した。

 あれ? リアルが怯えている。

「俺……何か瑠璃華を怒らせるような事したかな?」

「違う違う。リアルの事じゃないよぉ」

「じゃあ、誰を死刑にすんだよ?」

「決まってるわ。石動よ!!」

「どうやって? 言っておくが、俺は手を貸さないぞ」

「ええ!! リアルを当てにしていたのに」

「あのなあ、俺はイジワルで言ってるんじゃないぞ。おまえ『死刑』なんて簡単に言うけど、人一人殺すのって大変なんだぞ」

「え? いやその……」

「そりゃあどうしてもと言うなら、あいつを警察にばれないように消すのは、俺にとって難しいことじゃない」

 難しくないのか?

「でも、俺にそんな事をさせたら、おまえは絶対後悔するぞ」

「いや、あのね。『死刑』というのは言葉のあやで……本当に殺すわけじゃなくて……」

「え? ああそうなのか」

 いや、子供のケンカでも『ぶっ殺す!!』て言葉を普通に使うんだから、あまり真に受けないでほしいんだけど…… 

「で、実際どうするんだ?」

「とにかく石動を懲らしめてやりたいの」

「どうやって?」

「どうすればいい?」

「おまえなあ」

「だってぇ。今までこういう時は、真君に言って仕返ししてもらってたし……」

「まあ、俺が真って奴だったら、死なない程度にぶちのめしてやるところだが……」

「そうね。猫じゃあ、人間に勝てないよね」

「いや、俺に難しいのは、『死なない程度』に手加減する方」

「で……できるの?」

 リアルは右の前足をあたしに差し出し爪を見せた。

 あれ? この爪って形が変。爪と言うより、金属のギザギサした棒みたい。

「俺の右前足、改造手術を受けてるんだ。爪の代わりに炭化チタン製のリューターになってる」

 そうか!! この前、リアルが石動の制服を切り裂いたのはこれだったんだ。

「こいつで人を殺す訓練は受けたので、やろうと思えばできる」

「やったことあるの?」

「やったことはない。やるかい?」

「だ……ダメ!! ダメ!! もっと穏便な方法で」

「しかしなあ、なんで復讐するんだ? おまえがやられたわけじゃないだろう」

「そりゃあそうだけど……糸魚川君がかわいそうだし……」

「その、糸魚川って奴の事、好きになったのか?」

「ち……違うわよ!! そんなわけないでしょ」

「じゃあなんでやるんだ?」

「それは……正義のためよ!!」

 いや、実は私怨もあるけど……

 あたしが今までに石動から受けた仕打ちの数々を考えると、糸魚川君の事を抜きにしても死刑に値にする。

 何回、あいつにスカートをめくられた事か、何回背中にカエルを入れられた事か。

 中でも許せないのは、あたしが可愛がっていた野良猫のクロちゃんを苛めたあげく保健所送りにした事。

「ねえ、リアル。なんかいい復讐ない?」

「ううん」

 リアルはしばしの間考え込んだ。

「そういえば、あいつから臭いがしたな」

「臭い? なんの?」

「煙草」

「煙草!! まあ、あいつならそのぐらいやってそうね」

「あいつが煙草吸ってる写真を撮って、先生に見せてやるというのはどうだ?」

「どうやって? あいつだって人前で煙草吸うほど馬鹿じゃないよ」

「もちろん隠し撮りだよ。ちょっと俺の首輪の飾りを引っ張ってくれ」

「え?」

 リアルの首輪には、ウズラの卵ぐらいの大きさの飾りが着いている。

 あたしは言われるままにその飾りを引っ張った。

 あれれ? 首輪と飾りを繋いでいるひもが伸びる?

「次は飾りの上に着いてるポッチを押してくれ」

 ポッチを押すと飾りが外れた。

 外れた後の紐の先に着いてるのは……

「USB端子?」

「それをパソコンにつないでくれ」

 パソコンにつなぐと、何かのソフトをインストールし始めた。

「どうなってるのよ? あんたの首輪」

「一種のコンピューターになってるんだ」

「コンピューター?」

「俺の脳にはチップが埋め込まれていて、首輪は常にチップと情報をやり取りしている」

リアルが説明している間にインストールが終了する。

 そして、パソコンの画面に現れたのは……

「ええ!? あたし?」

 パソコンの画面に映ったのは、紛れもなくあたしの顔だった。

「うそ? どこにカメラが?」

 あたしの顔は下から映されていた。と言う事はカメラの位置は……

「リアル!?」

 あたしはリアルの毛をかき分けてカメラを探した。

「にゃにゃ!! そんなとこ探したってカメラはないって」

「じゃあこの映像は?」

「今、俺が目で見ている映像だよ」

「ええ!? そんな事ってできるの?」

「まあ、一般には知られてないけどな」

「凄い」

「他に、こんな事もできる」

 映像が急速に巻き戻されていく。

 学校の映像が出た。

「首輪のメモリーに過去二十四時間の映像が入ってるんだ」

「へえ」

「次は飾りを拾ってくれ」

「これにも何かあるの?」

「それはインターネットに接続するアンテナになっているんだ」

「ええ!?」

「それを使えば、パソコンや携帯に映像を送れる」

「ちょっと待って。それってヤバくない?」

「んにゃ? なにが?」

「それから電波を出したりしたら、内調に居場所がばれるんじゃないの?」

「んにゃにゃ!! 忘れてた!!」

 おいおい。





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