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「まさか、許可されるとは思わなかった」

いやあ、とんでもない学校だなあ。

 まさか、許可されるとは思わなかった。

「良かったわね。先生が許してくれて」

 星野さんが嬉しそうにそう言ったのは、学校から帰る途中での事。

「う……うん、そうね」

 星野さんの気持ちに水を差すわけにもいかず、あたしは不本意ながら同意した。

 なんでこんな事になったんだろう?

 あの後、あたしは星野さんと職員室へ行き、明日からリアルを学校に連れてきたいと、担任の黒沢先生 に頼み込んだ。

 理由は今日みたい勝手に猫がやってくると、騒ぎになるからという事だったが、黒沢先生は『ダメだ』と一言の元に却下した。

 当然だろうな。

 むしろ怒鳴られなかった分だけまし。まあ、これでこの話は終わり。一件落着のはずだった。

 隣のクラス担任、三枝(さえぐさ)美子(よしこ)先生が余計な口を挟んでくるまでは……

 以下、再現映像。

 場所・放課後の職員室。

 黒沢先生に却下されるも、星野さんは未練がましく頼み込んでいる。

 だが、黒沢先生はアンドロイドの様な無表情で、女子中学生の懇願を黙殺していた。

 その時、隣席から若く美しい女教師が声をかける。

「あら、いいじゃないですか、猫ちゃんぐらい」

 その一瞬、黒沢先生のアンドロイドの様な無表情にほころびが生じた。堅物の黒沢先生が三枝先生に気があるというウワサはあったけどどうやら本当のようだ。

「何言ってるんですか。三枝先生。いいわけないでしょ」

「どうしてですか?」

「どうしてって、常識でしょ。勉強と関係のない物を学校に持ち込むなんて」

「そうでしょうか? 学校は勉強だけしていればいい、というものではないと思いますが」

「いや、だからって」

「授業の邪魔だと言うなら、授業中は職員室で預かるということでどうでしょう?」

「いや、だめでしょう」

「そうですねえ。そうなると、誰かが猫ちゃんの世話をしなきゃならないですね」

「いや、そういう問題ではなくて……」

「仕方ないですね。それなら私がやりますわ」

 三枝先生の顔はとても嫌な事を仕方なく引き受ける人の顔ではない。嬉々としている。

「そうじゃなくて、他の先生方が迷惑すると言ってるんです」

「ええ!? そうなんですか」

 三枝先生は周囲を見回す。様子を見ていた他の先生達は一斉に目をそらした。

「みなさん。迷惑ですか?」

「いや、わたしは特に……」

「僕は猫好きだけど、嫌いな人もいるから」

「でも、この学校で猫が嫌いな先生なんていましたっけ?」

 論点がずれてるよ……てか、先生達の目は如実にこう語っていた。

『誰も余計な事言うなよ。職員室で猫とすごせるチャンスなんだから』と……

「黒沢先生は反対されてますが、猫が嫌いなのですか?」

「いや、僕は猫が嫌いで言ってるのではなくて、モラルの問題として」

 そうよ!! モラルの問題よ。

 てか、この学校は黒沢先生以外まともな先生いないの?

「ダメです。職員室で猫を預かるなんてとんでもない」

 一人だけいた。さすが校長先生は言う事が違う。

「職員室は教師だけでなく、生徒さんも来るんですよ。その中に猫アレルギーの子や猫が

嫌いな子もいます」

 うんうん。その通り。

「したがって、猫は校長室で預かります」

 は……? 今、なんと……

「校長先生ずるいです。猫ちゃんを一人占めする気ですね」

「では、三枝先生が世話係という事で」

「それならいいです」

 良くなあい!!

 以上、再現映像終わり。

「それじゃあ、私こっちだから」

「さよなら。明日学校で」

 別れ道で星野さんと別れた。

「はあ」

 あたしのため息は寒い空気にふれ、ドラゴンブレスのように広がっていく。

 足元をチョコチョコ歩いているリアルに目を向けた。

 猫って以外と寒さに強いのね。それとも、遺伝子操作で寒さに強い猫になったのかな?

 不意にリアルはジャンプして、ブロック塀の上に乗っかった。

 何しているんだろう?

 しきりに周囲を見回している。

「なあ、瑠璃華」

 ああそうか。周りに人がいないか確認していたのね。

「なに?」

「なんでため息ついてんだ?」

「別に……」

「そんなに嫌か? 俺が学校に来るのが?」

「そんな事言ってないじゃない。リアルが大変だと思って……」

「俺が? ああ!! 大丈夫だよ。もう人前で言葉を喋るようなドジはしない」

「そうじゃなくて、学校に行ったらまた星野さんにいじり回されるよ」

「ああ!! その事か。気にしなくていいよ。確かに最初は俺の中の猫の本能が驚いていた

けど、なれればどうってことないや」

「いいの?」

「別に人間に撫でられる事は悪くないよ。気持ちいいし。ただし、信頼できる人間ならね」

「星野さんは信頼できるの?」

「ちょっと変わってるけど、悪い奴じゃなさそうだし」

 なあんだ。あたし一人で心配してただけか。

「そう。じゃあ心配ないのね」

「おい、瑠璃華。おまえなんか怒ってない?」

「別に怒ってなんかいないわよ」

「そうかあ?」

 あれ? あたしなんかイライラしている。

 これってヤキモチかな? 星野さんとリアルが仲良くするのが、あたしは嫌なのかな?

 ばかばかしい。

 なんで、猫なんかにヤキモチ焼くのよ。

 別に彼氏を取られたわけじゃなし……

 あたしの彼氏は、星野さんにも奪うことはできない。

 もう神様に奪われてしまったのだから。

 でも、真君の事、彼氏と言っていいのかな? 

 真君とはずっと友達以上恋人未満というぬるま湯のような関係が続いていた。

 でも、あたしは真君の事が好きだった。

 だけど、もし告白してしまったら、そのぬるま湯のような心地よい関係が壊れてしまうかもしれない。

 それが怖くてずっと告白できないでいた。

 そして、あたしは永遠に告白するチャンスを失った。

 もし、真君が事故に遭わないで約束の場所に来てたら、あたしは告白できただろうか?

「おい、瑠璃華。怒ってないなら、なんで不機嫌な顔してるんだ?」

「元々、こういう顔よ」

「そうか? いつもはもっと優しい顔してるぞ」

 やっぱあたし、ヤキモチ妬いてるのかな? 

 リアルが信頼できる人間が、あたし以外にできたというのが気に入らなかったのかな?

 あたしって結構独占欲強いかも……

 あれ?

「ねえ、リアル」

「んにゃ?」

「あんたって簡単に人を信用するの?」

「まさか。俺はこれでもエージェントだぜ」

「じゃあ、初対面のあたしをどうして信用する気になったの?」

「え?」

「あたしと初めて会った時、あたしにすり寄ってきたじゃない。あんたそんな簡単に人になつくの?」

「んにゃにゃ? そういえば、なんでだろ?」

 まあ、あの時はお腹が空いて他に選択肢はなかったというものあるだろうけど……

「そうだ!! 瑠璃華の声を聞いた時、何かすごく懐かしい気がしたんだ」

「懐かしい?」

「そう。瑠璃華の声が、俺の知ってる誰かの声と似ていたんだ」

「誰と?」

「それが誰なのか思い出せないんだ。ただ、すごく大事な人だったような気がする?」

「研究所の飼育係の人とか?」

「そうかもしれない。そのせいか、瑠璃華が昔からの知り合いのような気がして、うっかり声を出してしまったのかな」

 なあんだ。結局あたしはリアルの知ってる誰かと間違えられただけか。

 猫特有の勘であたしの中の優しさに気がついたというわけじゃないんだ。

 なんて事を考えてるあたしは全然優しくないね。

 キキキ!!

 甲高いブレーキ音を立てて、一台の車があたしの側に滑り込んできた。

 突然の事だったので、あたしは何も対処できず……いや、突然じゃなくても何もできないけど……

 とにかく、突然あたしの目の前に現れた、社長とかやくざが使いそうな黒塗りの車から、わらわらと四 人の男達が降りてくるのを、あたしは呆然と見つめていた。

 その男達の姿はまさに、UFOの目撃者のところへ現れては、口止めをしてまわるメン・イン・ブラックそのもの。

 なんて観察している場合じゃない。

 逃げなきゃ。

 男達は猛然とあたしに向かってくる。

 拉致されるんだ。あたし。

 誰か、助けて!!

 あれ?

 男達はあたしを素通りしていった。

 そうか!! この人達の目的は……

 塀の上にいるリアル!!

 それじゃあ、星野さんの言ってた黒猫誘拐犯ってこいつら?

 男達は何か外国語の様な言葉を話しながらリアルに向かっていく。

 リアルは塀の反対側に飛び降りた。しかし、男達も塀を飛び越えていく。

 こいつらが内調のエージェントなの?

 塀の向こうからまたリアルが戻ってきた。それを追って男達も戻ってくる。

 やだ!! リアルが連れてかれちゃう。

「やめて!!」

 あたしは思わず男の一人にしがみついた。

「じゃまだ!!」

 男の手の一振りであたしは吹っ飛ばされた。

「きゃ!!」

 ドン!!

 あたしは背中から何かに衝突した。

 ブロック塀かと思ったけど、それにしては柔らかい。

「大丈夫!? 君」

「え?」

 振り向くとそこにいたのは大きなメガネをした、あたしと同じぐらいの歳の男の子。

「助けて!! あたしの猫がさらわれちゃう!!」

 思わず助けを求めてしまったけど無理かな?

 男の子の身長はあたしより頭一つ分大きいけど、柔和な顔に華奢に身体つきの秀才タイプ。荒っぽいことに向きそうにない。

「おまえ達!! 女の子になんて事するんだ!!」

 え? 意外とたのもしい。

 男の一人が振り返った。

「だまれ!! ガキはすっこんでろ!!」

「あたしの猫を虐めないで」

「ちょっと調べるだけだ」

 やっぱり、内調だ。

 でも、まだリアルかわかってないのね。

 もっとも、男達も逃げ回る猫をなかなか捕まえられないでいる。

 男の子の方はその間スマホを操作していた。操作が終わると男達の方に向き直る。

「お前達!! 警察を呼んだぞ」

 男の一人が振り向く。何か細長いものを取り出した。

「ヤバ。ネットランチャーだ。これお願い」

「え?」

 男の子はあたしにスマホを持たせると、男達に向かっていった。

 だめよ。相手はただ者じゃ……

 は! もしかすると、彼は、ああ見えて実は武道の達人……

「どけ!!」

 ……じゃなかったか。

 男の一人にあっさりと吹っ飛ばされて男の子は路面に転がった。

 それと同時に男の持っていた道具から何かが発射される。

 それは空中で広がり網になった。

 あんなもの使われたら、猫だって捕まっちゃう。

 でも、リアルはかろうじて網をよけた。

 パトカーのサイレンが聞こえてきたのはそのとき。

「くそ!! 引き上げだ」

 男達は車に乗り込み逃げていく。でも、危なかった。

 パトカーのサイレンが、あたしが持っているスマホから鳴っている事がばれてたら……

 にしても、こんな着信音どこからダウンロードしたんだろう?

「にゃー!!」

 リアルがあたしの足下へかけてくる。

「大丈夫だった?」

「にゃー」

 人前なので、言葉は話せないけど、たぶん『どうって事ないさ』と言ってるんだと思う。

 そうだ!! 男の子は?

 アスファルトの上で伸びていた。

「大丈夫!? しっかりして」

 少し揺さぶる。

 同時にリアルも男の子の頬にペチペチと猫パンチをする。

 程なくして男の子は目を覚ました。

「あれ? 僕はここで……ああそっか。あいつらは?」

「逃げてった」

「よかった。おっと。もうそれ止めないと」

 彼はあたしの持ってるスマホを受け取り、サイレンを止めた。

「馬鹿!! こんなの用意しているなら、なんで飛びかかったりしたのよ」

「いやあ、女の子の前でかっこ付けてみようかなって思って」

「そんな事で怪我したらどうすんのよ!! 死んだらどうんすんのよ!!」

「そんな大げさな」

「大げさじゃない!!」

 君は何も知らないからそんな事言えるのよ。

 あれ? あたし震えている。今頃になって怖くなってきたんだ。

「あの、君。何も泣かなくても」

「泣いてなんかない」

 言ってから気がついた。

 あたし、涙を流している。

「ああ!! もうこんな時間!! ごめん。僕もう行かないと」

「あ!! 待って」

 男の子は走り去っていった。

 名前を聞く暇もなく。


       *


 家に帰ってから、星野さんの言ってた黒猫誘拐事件をネットで調べてみた。

 事件があったのは、全部八王子市東部。隣接する日野市でも多摩市でも町田市でも起きていない。というか、この町の周辺だけで起きてる。

 内調はかなりピンポイントでリアルの居場所を掴んでいたんだ。

 やっぱり、あたしみたいなただの女の子が、一国の諜報機関を騙すなんて無理なのかな?

 あたしはノートパソコンを閉じた。

「なあ瑠璃華」

 机の上であたしと一緒にパソコンを見ていたリアルが寂しそうな声を出す。

「ダメ」

「まだ、何も言ってないぞ」

 言わなくたって、リアルが次に何を言おうとしているかあたしにはわかった。

「俺、やっぱりここを出て行くよ」

「ダメ!!」

 あたしはリアルを抱きしめた。

「ヤダ!! ヤダ!! ヤダ!! 出て行っちゃヤダ!!」

「でも、ここに俺がいたら瑠璃華も危険に……」

「ヤダ!!」

「おい……駄々っ子みたいに……」

「悪かったわよ」

「え!?」

「リアルを引き留めたのは、ペットにしたかったからよ」

「……え?……にゃにゃ」

 あたしはいっそうリアルを強く抱きしめた。

「違う!! ペットなんかじゃない」

「え?」

「ペットじゃない!! あたしはリアルに家族になってほしかった」

「瑠璃華」

「それっていけないこと? リアルには迷惑だった?」

「いや、迷惑じゃないけど」

「じゃあ、ずっとあたしの弟でいて」

「いや、それはちょっと……」

「イヤなの?」

「いや……兄貴なら……」

「お兄ちゃん」

 あたしはリアルにほおずりした。

「やっぱ弟でいい」

「お姉さんがずっと守ってあげる。だから、ここにいて」

「でも……」

「リアルは、平気なの? あたしと離れても平気なの?」

「それは……平気なわけないだろ」

「じゃあ、どうして出て行くなんていうのよ?」

「わかるだろう。内調は機密保持のために俺を殺そうとしているんだぞ。このままここを知られたら、俺を匿った瑠璃華だってどんな目に遭うか」

 あたしはリアルを床にそっと下ろした。

 わかっていた。リアルの言ってる事が正しいって事は……でも……

「もう、イヤなのよ」

「何が?」

「あたしの前から誰かがいなくなるなんて」

「いなくなるって……?」

「二年前にママが死んで、でもあたしは家のことは一人でできるからって、パパは滅多に家に帰って来てくれなくて。その上、真君まで死んじゃって」

「ええっと」

「リアルまであたしを置いて出て行くの?」

「いや……俺がここに来たのは……そういう事があった後で……」

「リアルがいなくなったら、あたし寂しくて死んじゃうよ」

「おい……そんな事いうなよ」

「ごめんね。困らせちゃって」

「よしわかった。ここにいる」

「いいの?」

「ただし、約束してほしい」

「する!! なんでもする!!」

「もし、内調の奴らが俺を捕まえに現れても、俺が喋れる事は知らなかった事にしろ」

「ええ!? 」

「俺はお前を騙して普通の猫のふりをしていた事にするんだ。俺は奴らに捕まる覚悟はで

きてる。でも、瑠璃華が巻き添えを食らうのだけは我慢できないんだ。わかるな?」

「うん」

「約束できるか?」

「うん」

 ごめんね、リアル。

 あたしその約束守れないかも……




校長は友引高校の校長でイメージしてください。あの人も巨大な猫を校長室においているし。

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