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銀子、心配をかける

「いったいどういうことです?」


出来る限りの笑顔を作って、ヴィルことヴィルヘルムは聞いた。

目の前に立つのはガタイのいい男。とはいっても熊のようなガイアと比べるほどでもなく、冒険者にいてもおかしくはない、少なくとも貴族である自分よりはしっかりした体格だということだ。まあ、自分も冒険者時代はそれなりの功績を残しここにいるわけであるから、体格だけが強さではない。


いつもはあまり笑顔を作らない。貴族の次男として社交界で磨き上げた作り笑顔はどうも好きになれないからだ。別に笑顔が悪いというわけではないし、笑わないということでもない。ただ無理をして作ろうとは思わないというだけだ。

それを今わざわざ作っているのは、目の前にいるのが馴染みの冒険者やギルド職員ではないからだ。ペインの街の北西の門番をしている男。この街を領地とする貴族の者として、またギルド職員として、多少は関わったことはある。しかし、馴染みというほどでもない。


「だから、ギンが帰ってこねぇ。門の外に出てってそれっきりだ。ガイアがいねぇからギルドに直接言いに来た」


「悪い」と言って頭を掻いた男は、それなりに申し訳ないとは思っているらしい。野放しにした自分にも責任はあるし、彼は手のかかる看板猫の面倒を見てくれていただけだ。それを責めるのはお門違いだろう。


いや、手のかかる看板猫などではない。あれは賢い。本当にただの猫なのかというほどに。だからこそ、門番も門の外に出してやっていたのだろう。必ず戻ってきていたから。

今回は、それに甘えた自分たちのミスだ。ギルド長に許可を取るまでの世話係は自分であり、恐らく許可を取っても自分に一任される。自分から言い出したことなのだから当然だ。生き物を飼うのは一筋縄ではいかないし、責任も伴う。勢いと下心だけで決断すべきことではなかった。


とはいえ、看板猫に仕立て上げようと考えたことを後悔はしていない。

ヴィルヘルムは心の中の反省会を切り上げて、作り笑顔を消した。自分の素の声は感情がこもっていなくて割と怖いらしいので、出来るだけ優しい声を作って詳細を聞くことにした。


「何故そんなことになったのですか?」

「それは……」

「僕のせいなの」


幼い少年の声が聞こえたと思うと、淡い金髪の少年が門番の後ろからひょっこりと姿を現した。どうやら隠れて見えなかったらしい。


「僕が、妹の話をしたから……だから、ギンちゃんが、僕のかわりに薬草を採りに行ってくれたんだよ」


そんな馬鹿な、と思うと同時に、あり得るとも思った。どうもあの猫は人の言葉を理解しているようだから、少年の話を聞いて善心が揺さぶられたのかもしれない。猫に対してこんな風に考えること自体おかしなことだが、本当に仕出かしそうなのだ、アレは。


「どうするのヴィル。ギンちゃんが帰ってこなかったら」


隣で話を聞いていたモニカが聞いてくる。その声は心配そうではあるが、きっとどんな答えが返ってきても、彼女はそれが明らかな間違いでない限り頷くだろう。

それは彼女だけではなく、他の職員たちも同様だ。全員あの猫を可愛がっているし情も移っているが、かと言って仕事を放棄して探しに行こうなんてことを考える輩ではない。


今まで、雪精霊の山ではなくとも、依頼を受けて帰ってこなかった冒険者はたくさんいた。その中には、長くこのギルドで活動していた者たちで、親しくしていた者もいた。

けれど職員は、助けにはいかない。仕事に私情を挟んではならないのだ。この世界において、冒険者ほど危険な職はない。それは冒険者になる前にも散々言われることで、ギルド職員になる前にも言われたことだ。


冒険者が死ぬことは、珍しいことではない。

そしてそれを、ギルド職員は止められない。


ならば自分たちは、いってらっしゃいと見送って、無事を祈って待ち続けて、帰ってきたらおかえりなさいと微笑むしかないではないか。今回も何も変わりはしない。


「……別に、待つだけですよ」


ただ、微笑んだ後に叱るだけだ。

自分は保護者なのだから。



***



久しぶりの雪精霊の山は、相変わらず雪が積もっています。ペインの街も常に雪が積もっているような状態ではありますが、ここはその比ではありません。雪が積もっているどころか、雪でできているのではないかというレベルで雪しか見えないのです。


とはいえ、ここはまだ山に入ったばかりの場所なので、もともと私が暮らしていた頂上よりも雪は少ないようです。その証拠に、頂上よりも植物が多くあります。

確かに、この辺りならまだ薬草が生えているかもしれません。ただひとつ、考えていないことがありました。


私、その薬草がどんなものなのか知りません。


ええ、馬鹿だと罵っていただいても結構です。ちょっと良い人ぶって行動したらこれですよ。私はおばかアイドルを目指すつもりは毛頭ありません。仔猫の小さな脳は少し働きが悪いだけです。


ですがここでのこのこと帰っていくわけにもいきません。私にも意地があります。


「にぃ~~~っ!」


なのでダメ元で、ボス狼さんときつねさん、うさぎさんを呼んでみました。


………


やっぱりだめですね。そもそも彼らは山の頂上付近で生活していますから、私の声が聴こえるはずがありませんし、聴こえたところでここに来るのは速くて半日後でしょう。だから言ったじゃないですかダメ元って。


仕方がありません。地道に探しますか。……と考えてしょんぼりする私の脳裏に、ある言葉が思い浮かびました。


『雪精霊の山は、雪精霊の思うままに動く家みたいなものなのよ』


それは、モニカさんが仕事の合間に話してくれたことです。

ガイアさんから私が雪精霊の像に登ったのを聞いて、罰当たりだのと言う人もいましたが、精霊に認められただのなんだのと言ってくる人もたくさんいました。まああの時先代からチカラを継いだわけですからあながち間違いでもないのですが、私自身が精霊ですので認めたも何もありません。


そんなわけで、精霊に認められたんなら精霊のことも知っておかなくちゃね!という謎の言葉とともに、女性職員の皆さんが雪精霊について色々教えてくれたりしました。彼女たちも本気でそんなことを考えていたわけではなく、ただ話のネタだったのだとは思いますが、猫に対してそんな話をするところをみると、この世界の人と前世の人は動物への認識に微妙な差があるようです。


とにかく、その話の中で出てきたのが、雪精霊の山は雪の精霊の思うままになるという事。これは雪の精霊に限らず、どの精霊も似たようなものだそうです。

具体的に言うと、例えば精霊がすこし雪を増やしたいなーと思えば、吹雪が強くなって雪が積もります。動物たちと遊びたいなーと思えば、動物たちが集まってきます。ここでいう"雪精霊の山"は、山だけでなくそこに生息する諸々も含みます。雪精霊の山に生息するモノは一部を除いて精霊の加護を受けており、家臣のようなものだからだそうですが、そのあたりのことはモニカさんもよく知らないそうです。私ですら知らないのですから当然です。


とにかくですね、つまり私はこう考えました。


お願いしたら薬草からこっちにくるんじゃね?


そうと決まれば早速行動です。私の鳴き声はその一つひとつに意味があるわけではなく、だいたいの感情を込めて鳴いているだけなのですが、とりあえず薬草がほしい!という思いを込めて鳴いてみます。


「にぃ」


すると、私の周りを小さな光がふわふわと舞い始めます。

それらが目の前で集結し、散った時そこには薬草の束が––––ありませんでした。


……ああ、やはり期待するものではありません。なんですかあの思わせぶりな光は。絶対何か起きると思うじゃないですか。期待しちゃうじゃないですか。見事に裏切ってくれましたねこのやろー。


もう帰ってやろうかと一人ふてくされていると、あることに気づきました。

先ほど集結して散った光、そのひとつがまだふよふよと浮いているのです。どこかで見たような気がしてましたが、これはあれです、先代が成仏した時にも出てたやつです。


あの時は、先代の魂のようなものだと思っていましたが……今も現れているということは違うのでしょうか?あるいは、今私の目の前に先代が現れているということなのでしょうか。よくわかりません。


光は左右にゆったりと揺れて、少し前に進むと、また左右にゆったりと揺れました。


「にぃ?」


どうやらこの光は私をどこかに連れて行きたいようです。怪しさ全開ですが、変質者というわけでもないですし、どうせ帰る以外することもないので付いて行ってみましょう。






どのくらい歩いたでしょうか。


とは言ってもそこまで長い距離を歩いたわけではないと思いますが、生憎この体は疲れやすいので、だいぶんへとへとです。でもそれを口には出しません。我慢強さが私の長所なのです。


ひたすら歩き続けていると、少しひらけたところに出ました。とはいえそれだけで、相変わらず雪で真っ白……ん?


違います、雪ではありません。

これは、植物です。雪のように真っ白な、草とも言える大きさの植物が、あたり一面に群生しているのです。

真っ白な植物はどういうわけか光を反射して、キラキラと輝いています。それはたとえるなら氷の結晶のようで、どこか神々しさすら感じさせました。


光が喜びを表すように上下左右に小刻みに揺れます。もしやこの光、私を薬草がある場所まで案内してくれたのでしょうか?


「にぃっ!」


感謝の気持ちを込めて鳴くと、光はキラキラと散ってしまいました。最後笑っているように見えたのは……流石に気の所為ですね。なんだか変な愛着がわいてしまいました。


とにかく、薬草です!確証はありませんが、恐らくこの植物が少年のお母さんの病気を治す薬草なのでしょう。仔猫である私に運べる量は限られていますが、出来る限りたくさん運ばなければ。

そう意気込んで、ぷちぷちと薬草を噛みちぎっておきます。こうしておけば、また先が伸びてとることができるでしょう?別に根っこから抜けないとかではありませんからね。


口いっぱいに薬草を咥えて、さあ帰るぞ!と意気込んで気付きました。


帰 り 道 が わ か ら な い 


***



はぁ……疲れました。私の本来の住処である雪山で迷子とか、笑えません。


それでもどうにかここまで帰ってこられたのは、勘とマップを駆使した結果です。一面真っ白の雪山では道も何もありませんし、足跡を辿ろうにも既に新たな雪が積もって隠されていました。雪は好きですが、その時ほど雪を恨んだ時はありません。


なんであの光も私を街まで送るところまでしてくれなかったんでしょうか。なんてブツブツ文句を言っていても仕方がないので、隙間が空いている門の扉をすり抜けて街に入ります。

いつもは門番さんが待っていてくれて、私が入ると扉を閉めてくれるのですが、今日はお留守のようです。あの少年もいません。扉を開けたまま留守にするなんて、やはり危機感が足りないと思います。


気がつくともう日が暮れていて、街の人たちも外に出ている人は少なくなっています。私は夜の街に出たことがありません。猫の癖に昼行性––––夜起きて昼寝るとアイドル活動に支障をきたしますからね––––な私は、外に出るのはたいていお昼なのです。遅くても日が暮れる前には帰りますから、今日ほど遅い時間に街に出たことはないはずです。

どんなに平和に見えてもここは前世とは違う世界。前の私が住んでいた日本よりずっと治安が悪いです。この街は比較的治安が良いですが、それでも夜になると色んな人が出てきます。犯罪に手を染めている人もいるでしょう。


まだそこまで暗くなっていないので大丈夫でしょうが、考えていると怖くなってきたので、私にしか通れない所謂獣道というやつを通って急ぎます。この道を通ると自慢の毛並みが乱れてしまうので嫌なのですが、背に腹はかえられません。


明かりのついた冒険者ギルドを見つけると、安堵感で息が漏れました。ギルドの扉はいつも開放されています。なので帰ってきた者は、堂々と入れば良いのです。


「––––ギンちゃんっ!」


私の存在に最初に気付いたのはモニカさんでした。その声に反応して、皆が振り向き私をびっくりしたような目で見ます。

あ、よく見ると門番さんとあの少年もいますね。こんなところにいたんですか。職務を放棄してはいけませんよ。


あといるのは、任務から帰ってきたのであろう冒険者が何人かと、ギルド職員の皆さんです。私の大好きなガイアさんはいません。今日は少し帰りが遅いのか、あるいは依頼場所が遠くて泊まっているのかもしれません。


「––––ギン」


名前を呼ばれたので、いつも通り受付に座っていたヴィルさんに近づいて、にーと鳴いておきます。何故かというと、ヴィルさんが微笑みかけてくれる数少ない瞬間が今だからです。


「おかえりなさい」


ヴィルさんは、私が帰ってきた時だけはそう言って微笑みかけてくれます。いえ、私だけではありません。ギルド(ここ)を出て、ギルド(ここ)に帰ってきた人なら、誰にでもそうなのです。


いつもなら、この後すぐ真顔に戻ります。

けれど、今日は違いました。ずっと笑顔で–––––しかもその笑顔は、ここに来て日の浅い私にもわかります。怒りを隠すための笑顔です。


「……さて、それでは謝罪を聞きましょうか」


目だけ笑っていないヴィルさんが、冷ややかな目で私を見て言いました。


「心 配 を か け て す み ま せ ん は?」


ええっと……すみません?

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