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銀子、失踪する

ただいまの私は大変機嫌がよろしいです。

それもこれも、先日出会った先代雪の精霊(の魂?)からいただいた新たなわざのおかげです。


彼女がくれたのは主に精霊としての力です。本来精霊は時間と共に成長していき、その過程で力を得たりするのですが、ある程度先代から引き継ぐものがあります。今まで私がそれを使うことが出来なかったのは、まだ先代が魂だけの存在とはいえど完全に消滅していなかったからだそうです。


あまりにも嬉しすぎて、何度もわざの欄を開いてしまいます。だって楽しいですもん。

ちょうど今の時間は冒険者はたいてい出払っていて、職員たちも忙しくて私に構う時間がないので、安心して見ることができます。



木登り ?

ひっかく ?

甘える ?

精霊の加護 ?

吹雪 ?



上の3つは前説明した通りです。下の2つが新しくもらったわざですね。


精霊の加護は、人々に精霊の加護を与えるというそのまんまなものです。先代の十八番だったそうです。そもそも精霊の加護がなんなのかというと……実はほとんど知りません。魔法を使えるようにしてあげるのも加護の一つなのですが、それだけだと魔導師以外は精霊なんていなくても構わないことになってしまいます。

もっと人類全体に関わるものもあるはずなのですが、今の私にはわかりません。成長して知っていくものなのか、あらかじめ知っているものなのかすらも知りません。後者だとすると完璧に神様のミスです。


吹雪は吹雪を起こします。以上。

ただし私の場合は吹雪L.v.1とでも言いましょうか。口から冷たい息が出るだけのわざです。なので人前で使っても「なんか冷たい風が吹いたなぁ」くらいのものです。やっと雪の精霊らしいわざを覚えたと思ったのですが……いずれはもっと豪快に吹雪を起こせるでしょう。信じて待ってます。


さて、こんな感じで新たなわざを覚え、冒険者や街の人々からも慕われるようになり、順調に精霊としてもアイドルとしても成長していると思われる私ですが。少々困ったことがあります。


「……にぃ〜」

「ごめんねギンちゃん!仕事がひと段落したら遊んであげ––––」

「あ、この書類もお願いしますね」

「ヴィルの鬼ぃぃぃぃっ!」


そう、とっても暇なのです。


ガイアさんも冒険者としてのお仕事があるので先日のように一日中付き合ってくれることはごく稀ですし、職員の皆さんも実はけっこう忙しいです。冒険者で溢れかえっているときも忙しそうですが、いなくなっても忙しいって……。正午あたりは比較的暇なのですが、それもわずかな時間。いったいこの人たちはいつ休むのでしょうか。


最近は特に忙しそうな気がします。何かあるんですかね。


あ、でも忙しいとは言っても残業などはありません。まごうことなきホワイトです。


……えーっと、何の話ししてましたっけ?そう、とにかく暇ってことですね。子猫の頭はすぐ忘れるから困ります。

別に構ってくれないのが嫌ってわけではないのです。昔からひとり遊びできる子でしたから。ただ今の私には、人目がつくところで出来るひとり遊びがないのです。自分の尻尾を追いかけてぐるぐる回るくらいしかないのです。


それはそれで女性職員の皆さんが「かわいい……っ」と言って悶えてくれるので良いのですが、仕事の邪魔になってしまいます。するとヴィルさんが笑顔でキレます。ヴィルさんはガイアさんや冒険者たち、職員たちのようにわかりやすく可愛がってはくれませんが、なんだかんだ面倒を見てくれてますし、良い人だと思っているのであまり怒らせたくはありません。


ということで、街に遊びに行きたいと思います。


先日ガイアさんと街に出てから、1人でも外に出してくれるようになりました。ヴィルさん曰く「街に出れば出ただけ宣伝になりますからね。迷子になっても誰か届けてくれると思えば安心して送り出せます」だそうです。いや、迷子になりませんし届けられませんから安心してください。というか、前から気になってたんですけど冒険者ギルドに宣伝とかいりますか?


ドアの前で「にー」と一声鳴けばどこからともなく「いってらっしゃーい」と返ってきます。

……うーん、やっぱりそんな素っ気ないと寂しいです。仔猫な私が「もっと心配して!」とぷりぷりしていますが仕方がありません。とぼとぼと外に出ます。


「あ、にゃんにゃんだー!」

「にゃんにゃんじゃなくてギンちゃんよ。こんにちはギンちゃん、お出かけかしら?」

「にぃ!」


小さな男の子を連れたお母さんに挨拶します。

「ギンちゃんばいばーい」と手を振ってくれた男の子に癒されました。さっきまでの不平不満も吹き飛ぶというものです。猫は単純なんですよ。


もはや、私はこの街のアイドル的存在になりかけています。というと言い過ぎですかね。でもあながち間違いでもないはずです。あの荒っぽい冒険者たちをメロメロにできるくらいですから、比較的温厚な街の人なんてチョロいチョロい。

まあ、それも街の半分に限られます。冒険者ギルドは街のやや西よりにあり、私の行動範囲も西側に限られています。東側にも行ってみたい気はするのですが、1人で行くには少し怖いので、またガイアさんにでも連れて行ってもらいましょう。ヴィルさんやモニカさんでも良いですが、忙しそうですから。あ、別にガイアさんが暇人だって言ってるわけではありませんよ?


道行く人々に挨拶をしながら、門に向かいます。このペインの街には門が4つあり、北側に2つ、南側に2つです。私が向かうのは北西の、雪精霊の像がある門です。というか他の門は行ったことがありません。

街に門がある時点でわかるかもしれませんが、この国では街が壁で囲まれています。犯罪者の侵入を防ぐことも理由の1つですが、いちばんの理由は、魔物の侵入を防ぐことです。このファンタジーな世界には魔物なんてものも存在してしまうわけですね。ちなみに、狼さんたちは魔物ではありませんがただの動物でもありません。とりあえず人間に害はないということです。


話が逸れましたが、何故そこに向かうのかというと––––なんとなくです。どこに行っても私は歓迎されますから、行き場所はいくらでもありますが、今日はそこの気分だったのです。


「にぃ」

「お、ギンか。今日は1人か?」


「にゅっ」と返事をして、門の扉を前足でかしかしと掻きます。それだけで門番さんは理解してくれたようです。


門番さんは扉を押して、少しだけ隙間を作ってくれました。


「開けといてやるから、戻るときは勝手に戻れよ。あんまり戻ってこなかったら探しに行くからな」


本当に門番さんは物分りが良くて助かります。ただ、たかが仔猫のために隙間を作っておくというのは如何なものでしょうか。まあ門番さんはずっとここにいますし、この程度の隙間では侵入者も現れないでしょうけど、万が一何かあったらどうするのでしょう。たとえば、大量の魔物が襲ってくるとか。


雪精霊の山にも魔物はいますがごく僅かです。少なくとも私が会ったことがないくらいには。存在を知っているのは、ボス狼さんやきつねさんたちに聞いたからです。しかも精霊の加護を受ける生物の方が強いので、人間を襲おうとすれば彼等に抹殺されます。

そのため、ペインの北側の門は危機感がないのだと思うのですが……やっぱり先代が凄すぎて、雪精霊の山なら大丈夫だって先入観があるんですかね。あまり新人な私に期待しないでください。まずはアイドル、精霊はそれからです。


まあ今だけは門番さんの緩んだ危機感がありがたいです。隙間にするりと体を入れて外に出ると、雪精霊の像が迎え入れてくれます。

当初の私は、雪の精霊の像があることにある種の優越感を感じていましたが、よく考えるとこれ私じゃないんですよね。同じ雪の精霊というだけで異なる存在であるのに、街の人々は、いえこの国の人々はいつまでも先代を敬い愛し続けるのでしょうか。


そう考えると、なんだか悲しくなってきます。まあ、まだ人々は今を"精霊が消滅し次が現れるまでの空白期間"と思っているようですから、新たな雪の精霊が現れたと知れば多少変わるでしょう。これからの私次第ということです。

残念ながら、今の私にはそれだけの力がありませんので……アイドル活動を優先します。神様との約束を後回しにするのもまずい気がしますし。


「だぁから坊主!ここからは親がいねぇと出れねぇんだって。母ちゃんか父ちゃん連れてもっかい来な」

「で、でも……お母さんは……」


そんな風に感慨にふけっていると、後方がなにやら騒がしくなってきました。


まったく、折角私が黄昏ているというのに。誰ですか私の邪魔をする人は?

と半ば八つ当たりで門の隙間から頭を覗かせると、そこには困ったように頭を掻く門番さんと、泣きそうな顔をした男の子がいました。歳は7歳くらいでしょうか。日本育ちの私には、西洋風なこちらの世界の人の年齢が推測しにくいのですが、少なくとも2桁にはなっていないはずです。ヴィルさんのような綺麗な金髪ではなく、くすんだ金髪のくせっ毛が可愛らしいです。


「にぃ〜」

「ギン。もういいのか?」


良くありませんけどね。いつもの私なら雪精霊の像を眺めた後もう少し小路を進んで、時には雪で遊び、時には木に登って木の実を採ったりするのです。猫が木の実なんか食べるのかって? 精霊ですからなんでも食べようと思えば食べれます。ただ猫の舌ですから、あまり刺激の強いものは食べれません。


いえ、今は別に文句を言いたいわけでも、わたしの味覚について語りたいわけでもありません。私は今にも泣きそうな少年の足元に進み、その足に小さな頭を擦りつけました。これは猫の親愛の証です。嫌いな人にはしません。

キョトンとした顔をした少年を見上げます。きっと何か理由があるのでしょう。出来る限りの優しい響きをこめて鳴くと、少年はポロポロと涙を流し始めました。


門番さんは溜息を吐いて、少年をすぐそばの噴水の縁に座らせました。話を聞いてあげようというのですね、門番さん意外と子供慣れしてます。


「ぼ、僕のね、妹がいるの……まだ、赤ちゃんの」


泣きながらなので途切れ途切れでわかりにくかったので要約すると、少年にはまだ幼い妹がいて、その子が病気なんだそうです。死ぬほどのものではありませんが不治の病であり、前世の世界でいう持病のようなものです。持続的に薬を飲まなければ悪化してしまいますが、その薬は高価で、もうお金が底をついてしまいそうなので、家族が生きていくために妹が殺されてしまうかもしれない、と。


流石に妹を殺しはしないだろうとわたしは思いましたが、門番さんは深刻そうな顔をしています。もしかして、割とある話なんでしょうか。家族が生きていくために、労力にもならない幼い子どもから犠牲にしていく……理にかなってはいますが理解できないのは、私が平和な世界で生きてきたからでしょうか。


もちろん家族とてそれを甘受しているわけではありません。けれど、お母さんは妹に付きっ切りで疲れ切っていて、お父さんは薬代を稼ぐために働きに出て帰ってこない。このままでは妹だけではなく、両親も死んでしまうのではないか。そう言って少年は泣きました。

ならば何故門の外に出ようとしたのかと聞いてみると、少年は答えました。


「お母さんが、言ってたんだ。困ったことがあれば、雪の精霊様にお祈りに行くと良いって。そうしたら、雪の精霊様がなんとかしてくれるって……」


いやいや、雪の精霊だからなんとかしてくれるっていうのはおかしいでしょう。

と、心の中でツッコむと同時に門番さんが「今は精霊様も消滅していないしな……」と言いました。え、もしかして先代はそんなことやってたんですか? いくらなんでも器でかすぎじゃありません?


うーん、困りましたね。雪の精霊がいると言われている祠は雪精霊の山の頂上にあり、少年が今から登ったとしても遭難するのがオチです。そもそも祈ったとしてもそこに精霊はいませんし、私も願いを叶えてあげるほどのチカラは持っていません。

本当に、願いを叶えてあげたいのは山々なんですけど、その術を持たないのです。どうか無力な私を罵ってくださいええ。


そんな風に開き直ってみても、やはりどうしようもないのは変わりません。

けれど、どうにかしてあげたいと思います。別に正義がどうこうという話ではありません。ただ精霊として、こうして話を聞いておいてスルーするのもどうかと思ったからです。


あと、今のうちに善行を積んでおけば、アイドルとして何か良い影響があるかもしれません。これは理由のほんの一部です。本当ですよ。


「……ん?もしかして坊主、ジークんちの子か?」

「ジーク?……お父さんの名前は、ジークフリートだけど」

「やっぱりか。どっかで見たことあると思ったんだよな。5年くらい前に会ったことあるんだが、まあ覚えてないか」


聞いたところ、少年のお父さんであるジークさんは門番さんの古い友人なのだそうです。ジークさんは王都に出て働いているため、最近は見なくなっていたのだと。世間は狭いですね。


「てことは、妹は黒呪病か。それに使える薬草も、雪精霊の山に群生してたかな。でも結局山に登らねぇとだしなぁ……」


黒呪病って初めて聞きましたけど、この世界にしかない病気なんでしょうか。名前を聞く限り嫌な予感しかしません。本当に命に別状はないのかと問い質したい気分です。


ですが同時に良いことを聞きました。それに効く薬草が雪精霊の山に群生している。つまり私が願いを叶えずとも、その薬草を採ってくればいいのです。

そしてその雪精霊の山は私の庭のようなもの。少年と違って遭難する心配もありません。


「にゅ」


ぺろりと少年の涙を舐めてあげます。ぺろりというよりザリッという感じで痛そうですが、そこは勘弁してもらいましょう。猫ですから。


そして私は少年から飛び降り、扉の隙間からもう一度門の外に出ました。ささっと行ってささっと帰ってきましょう。


「おい、ギン!?どこ行くんだ!?」

「にぃー!」


ちょっとそこまでー!

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