銀子、街を散策する
ちょっと新生活でバタバタしておりまして、更新が遅れてしまいました(´・ω・,`)
これからもちょっと更新が遅れそうです…すいません。
気付かない間にブックマーク登録してくださった方もいるようですので、がんばっていきます!
「まずは朝飯だな。ギン、何が良い?」
私を片手で抱いたガイアさんは、外に出てまずそう聞いてきました。
そう、私は今お腹ぺこぺこなのです。食べなくても死にはしないんですけど、一度貰ったものを美味しいと感じてしまうと欲しくなってしまいます。そうすると、擬似的に空腹を感じるわけですね。
初めての街は賑わってはいましたが、想像を絶するほどではありませんでした。朝早いということもあるのでしょうが、ギルドが煩いからでしょう、きっと。要は慣れです。
さて、何を食べますかね。至る所から美味しそうな匂いが漂ってきて食欲をそそります。食べたい物は沢山ありますが、この体ではあまり多くは胃に収まりません。私が食べたいだけではなく、ガイアさんの朝食にもならなくてはならないので、よく考えなくては。
「にっ」
私はパン屋さんを鼻先で示して鳴きました。喋れないというのは不便ですが、なんとなくは伝わります。ガイアさんは「ここでいいのか?」と聞いてパン屋さんに入りました。
何故猫なのにパン?と思うかもしれません。確かにパンは口の中でひっつくし、猫的には何も良いところがない。しかし美味しい。そう、前世の私はパン好きだったのです。お米も好きですが、朝食は断然パン派でした。名前とあってないって?黙らっしゃい。
「いらっしゃ〜い。あら、ガイアじゃないか。朝飯かい?」
「ああ。こいつも一緒なんだが良いか?」
駄目なら外出待たせるけど、と言ってガイアさんは私を軽く持ち上げて見せます。
ちょっと!初めて街に出たいたいけな仔猫を外に放り出すつもりですか!?
怒りを込めて鳴こうとすると、パン屋のお姉さん––––たぶんガイアさんと同じくらいの歳で子持ちですが、女性には誰に対してでもこう呼称するようにしています–––––は突然憐れむような顔をしました。
「……ついに動物で寂しさを紛らわそうってのかい。もっと女を紹介してあげれば良かったねぇ……」
「ちげぇよ!こいつは冒険者ギルドの看板猫だ。拾ったのは俺だけどな」
ああ、ガイアさんのことは誰でもそういう認識なんですね。こちらの世界の結婚適齢期は前世の世界よりも早いので、ガイアさんは負の象徴みたいなものなんでしょう。酷い。
「あれま、そうなのかい?」
「にぃ〜」
本気で驚いたような顔をするパン屋のお姉さんに返事をします。この「にぃ〜」という鳴き声にはツーパターンあって、1つ目は普通の声音で、2つ目は可愛い声で鳴くのです。今回は後者で鳴いてみました。
アイドルたるもの、常に可愛さを追求しなければなりません。ギルドで引き取られてからというもの、可愛い声を出す研究は怠りませんでした。これもナンバーワンアイドルになるため。何事も我慢は必要です。
「可愛い子だね!ちょっと待ってな!」
パン屋のお姉さんは上手にウィンクして店の奥へと入って行きました。良い歳して……なんて言いませんよ、ええ。似合ってますから。
この世界のパン屋は前世の世界のパン屋のようにパンが並んでいなくて、客は欲しいパンをレジで頼む方式です。なので店の奥には焼きたてパンが大量にあるはず……ヨダレが出てきました。
パン屋のお姉さんは魔女の宅●便のパン屋の人に似てるなぁ、どこの世界もパン屋のイメージは同じなのかなぁなどと考えていると、程なくしてお姉さんが帰ってきました。手にはいくつかのパンが入った袋が握られています。
「はいよ!猫ちゃんが可愛いから特別サービスさ!普通のパンも入れてるけど、ハムのサンドイッチも入ってるから、パンが食べれなかったらハム食べなね!」
ふぉぉぉぉお姉さんめっちゃええ人やんけぇぇぇぇ。
あ、つい関西弁が出てしまいました。母が関西出身なもので、興奮したりすると出ちゃうんですよね。もともと敬語が崩れることすら珍しいですけど。
「悪いな。いくらだ?」
「はぁ?言っただろサービスだって。金はとらないよ。アンタは別に自分の買いな。これは猫ちゃんにあげたんだからね」
「……ぜってーこんなに食えねぇだろ」
何をぅ。私は人の好意を無碍になんてしません。意地でも全部食べてやりますよ。たとえそれでお腹を壊してもね!
結局、ガイアさんはパニーニっぽいものを買いました。バジルの香りが素敵ですが、今の私にはすこしキツイです。この世界に前世と同じ植物があるとも限らないので正しくはバジルもどきですが。
ついでに言っておくと、私は冒険者ギルドの看板猫を任されている身ですから、ちゃんと広報活動もしましたよ。ガイアさんを通じて名前も覚えていただけましたし、何かあったら冒険者ギルドをよろしく!という意を込めて鳴いてからさよならしました。これで満足ですねヴィルさん?
パンを齧りながら街を歩きます。私は最初硬めのコーンパンをかじかじしていたのですが、やはり口の中でひっついてやな感じだったのでサンドイッチのハムをいただきました。
え、さっき意地でも全部食べるって言ってた?猫はそんな長いこと覚えてませんよ。ごめんなさいパン屋のお姉さん!残りのパンは帰ったら冒険者さんに食べさせます!私の株も上がって一石二鳥ですからね。
「おいガイア!良い武器はいってんぞ!」
「おー、今日はいいわ。またな」
「彼女出来たか!」
「黙れ」
街の人々は次々とガイアさんに声をかけていきます。ガイアさんも全てに律儀に返しています。ガイアさん人気者ですねぇ、私も負けませんよ!
「おっ、猫!」
「にぃ〜」
「なんだぁ、ガイアの彼女か?」
「……にゅ」
彼女だなんて失礼な。アイドルたるもの、誰のものにもなってはならないのです。みんなのアイドルー!ってよく言いますけど、みんなのものでなくなった瞬間アイドルではなくなります。覚えておきましょう。
ガイアさんは「猫にすら拒否される俺って……」と軽く落ち込んでいますが、そういうことじゃないんですよ!私もガイアさんのことは大好きですけど、少し意味合いが違うだけです!まあ、普通の猫は懐いてさえくれないと思いますけどね。顔が怖いから。
愛の肉球ぷにぷにでガイアさんを励ましつつ、街を見渡してみます。少し時間が経ったからか、人が増えてきたようです。その分私も声をかけられることが多くなってきました。
よーしアイドル銀子、初めてとも言えるアイドル活動頑張っちゃいますよ!
***
「……なーんか、今日は一段と絡まれることが多かったなぁ」
「に……」
はいもうヘロヘロです。
ガイアさんが人気者なのか私が興味を惹いたのか、街の人々に次々と話しかけられ、その度にお店に出たり入ったりしていた結果、街を半分も見る前に時間になってしまいました。
西の空には大きな茜色の光が山へと沈もうとしています。あれが太陽なのかどうかはわかりませんが、こういうところは地球と変わらないんですね。
今は噴水の縁に座って、2人でのんびりと街を眺めています。時間帯的にも少し人が減ってきて街も見やすくなりましたが、時間がありません。
「そろそろギルドに帰してやんねぇとな……だがただ歩いただけで終わらせるのもな。ギン、どっか行きてぇところあるか?」
別にギルドに直行してもいいのに、ガイアさんは律儀ですねぇ。私も楽しんでなかったわけではありませんし、愛想振りまきまくって街の人に好印象を与えることもできたので満足なのですけど。
ですがせっかくですから、何か行きたい場所を考えてみましょう。というかこんな風に猫に話しかけたりするから、恋人がいない寂しさを猫で紛らわそうとしてるなんて噂が立つんじゃないですかね。なんてことを本人に言うつもりはありません。言う手段もありませんし。
行きたい場所を考えてみますが、思い浮かびません。雑貨屋さんとかはもう行きましたし、そもそもお店に私《猫》が入るのはあまり良いことではないのでしょうか。今更ですけどね。
……あ、ひとつだけありました、行きたい場所。この街に行こうと思った理由の一つでもある場所、雪精霊の像です。
思いついたなら即行動!ガイアさんに伝えます。
「にっ、にぃ〜」
「??なんだ?」
はい伝わりませんでした。
そうですよね、猫ですもんね。忘れてた私が悪かったですすみません。
「あ〜……そういやお前猫だったもんなぁ。たまに妙に人間らしいから忘れちまうんだよなぁ」
ええ、それはまあ元人間ですから。今も本当の猫ではありませんから。
「まあいいか。お前がどこに行きてえのかはわからんが、この街唯一の観光地に連れて行ってやるよ」
この街、ペインはこの国の中ではそれなりの規模を誇りますし、人口も多いです。ギルドなどの施設も整っていて、雪精霊の山が近くにあるため常に雪が積もっているような状態ではありますが、住むには良い街でしょう。
ただし、それと見る場所があるのかは別問題で。北端にあるため植物はあまり育ちませんし、ある意味雪まみれの街が見所と言いますか。
はっきりと言いましょう、何も見るものありません!
「にぃ?」
では、この街唯一の観光地とはなんなのか?
……まあ、なんとなく予想がついてますけど。
「雪精霊の像だ」
伝わってる!伝わってないはずなのになんか伝わってる!
***
というわけでやって来ました雪精霊の像。
正しくは、雪精霊の像の前の門です。
ガイアさんはこの街唯一の観光地と言いましたが、さらに厳密に言えば雪精霊の像は門の外にあるのでどの街にも属していません。建てたのはこの街ですから、まああながち間違ってもいないんですけど。
私がマップから得られる情報はそう多くはなくて、ここまでの道すがらガイアさんが雪精霊の像について色々と話してくれました。そうやって猫相手に話すから……いえ、もう何も言いません。
雪精霊の加護をもろに受けていたそうです。
「こんなに良くしてもらっておいて何も返さなかったらバチが当たる!」と考えた街の人々は、外部の人間の力を一切借りずに自力で像を建てたのだとか。この国自体が雪精霊の加護を受けていましたから、国に費用を請求してもよかったと思うのですけど、それだけ彼等は雪の精霊への思い入れがあったということでしょう。
精霊にも色々いて、全然人間に関わらずにひっそりと暮らす者もいれば、政治にまで干渉してくる変わり者もいるそうです。先代の雪の精霊は後者よりでした。困った人は放っておけず、王から懇願されれば喜んで登城するような先代だったのだとか。同じ雪の精霊として、そしてナンバーワンアイドルを目指す者として、ただただ尊敬します。
門の前はほとんど何もなくて、私たち以外は門番さんしかいません。ガイアさんは門番さんに話しかけます。
「おい、ちょっと外に出たいんだが」
「なんだ、こんな時間に外に出て野宿でもするつもりか?雪精霊の山には入るなよ、凍え死ぬぞ」
「ちげぇよ。雪精霊の像が見たいんだ」
「ああ、別に良いが……この街に住む奴らからすれば珍しいもんでもねぇのに物好きだなぁ。いや、悪いことじゃねぇよ。消滅して今は空白期間とはいえど、精霊への信仰心があるのは良いこった。……ちょっと待てよ」
ガイアさんを見ても怖がらなかった門番さんは顔見知りなのでしょうか。頷くと大きな門の扉をぐぐっと押し開けてくれました。
これだけ大きい扉ですから、開けるのも一苦労でしょう。なんでこういうところを手動にするんですかね。科学が発展していないとはいえど、仕事の原理を使ってもっと楽に開けることはできるはずなのですが……まあ私は関係ないので良いです。喋れるようになったら提案してあげましょう。
「開けといてやるから、戻るときは声かけてくれや」
「おう、ありがとな。すぐ戻る」
「にぃ!」
ちょっと優しげな門番さんにお礼代わりに一声鳴いて前を向きます。
それは、すぐ目の前にありました。
長い髪は、金属でできているはずなのに本当に風に靡いているよう。同じように長いワンピースはふわりと広がり、本当に今にも動き出しそうです。すべてを慈しむような瞳は細められ、前に出された手の細く長い指の先にはとても小さな猫がのっています。
それが、雪精霊の像。先代雪の精霊が、消滅してもなお人の力によって姿をとどめている唯一の場所でした。
「……いつ見ても、なんつーか……神秘的なんだよなぁ」
ええ、全くその通りだと思います。とても整った顔をした彼女は、精霊というより女神といった感じですから。この街の人々には、彼女はこんな風に映っていたのでしょう。きっと本当に女神のような方だったに違いありません。
『––––いで……』
……気の所為、でしょうか。
ここにはガイアさんと私以外誰もいないはずなのに、声が聞こえました。優しげな女性の声。
『おいで……可愛い娘』
いえ、やはり気の所為ではありません。私は確かに誰かに呼ばれているのです。そして、その誰かは。
「……にぃ」
「っおいギン!?」
後ろでガイアさんが止めていますが気にしません。ただ導かれるように、私は前へと進みます––––雪精霊の像へと。
たぶんこの声は私にしか聞こえていないのでしょう。人間ではないから聞こえるのか、新たな雪の精霊だから聞こえるのかは定かではありません。
なんだか操られているような、不思議な感じです。優しい声ですが、逆らうことを許さない。彼女の言葉はそんな響きを含んでいました。
木登りすらやっとの私が、ガイアさんよりも大きな雪精霊の像をどうやって登ったのかはよく覚えていません。もしかして新しいわざを覚えた?レベルアップ?とか喜んでいる精神的余裕もありませんでしたので、本当に無意識のうちに、導かれるようにして彼女の手の上に乗ったのです。ちょうど、指先に乗っていた小さな猫の像に成り代わるように。
『ああ、あなたが新たな精霊なのね?』
「にっ」
像なので動くはずもないのですが、その時だけは彼女の表情が動いたように見えました。
『そう……良かったわ。私が消滅してそう経っていないとは思うけれど、次が早いに越したことはないもの』
ちなみに、先代雪の精霊が消滅してから今年で23年だそうです。これが長いと思うか短いと思うかは個人の自由ですが、精霊である彼女にとっては短いのでしょう。
『私もあまり長い間ここには残れないの。でもあなたがここに来てくれて安心した。もう私がいなくても大丈夫ね』
「にゅー」
『可愛い娘、これからはあなたがみんなを守ってあげてね。彼らには精霊の力が必要なのよ。まだ幼いあなたに頼むのは心苦しいけれど……』
「にっ!」
気にしなくても良いですよ!という私の気持ちはきっと伝わったでしょう。相手は同じ精霊ですからね。
『うふふ、では最後にあなたにあげるわ。私には必要のないものだから』
ピロリロリン♪
新しいわざを覚えました。確認しますか?
おおー、なんか新しいわざ覚えましたね!
今すぐ確認したいところですが、今は彼女との別れを惜しみましょう。
『ではね、可愛い娘。あなたの幸運を祈っているわ』
「にぃ〜」
彼女はふわりと女神の如く微笑みました。
そのとき見えたものがなんだったのかはわかりません。けれど精霊の本来の姿の一部、或いは彼女の魂だったのではないかと思います。小さな光のようなものが像から飛び出て、どこに行くでもなくその場で拡散するように消えました。
新しい雪の精霊が––––私が来たことで成仏できたのでしょうか。もう一度見た像の顔はもう動くことはなく、彼女はここにいないんだと感じました。
「ギン!降りてこい!」
もう用は済みましたので、ガイアさんの言葉に素直に応じます。私はふわりと飛び降り–––––何も考えずに降りたので転けそうになりましたが、考えたら飛び降りることすら出来なかったと思うので良かったと思います––––ガイアさんの腕におさまりました。
「ったく、いきなりどうしたんだ?像に登るなんざ罰当たりなことを……」
なんて文句を言いつつも、ガイアさんは私を撫でながら門番さんに声をかけに行きました。街に戻るつもりのようです。なんだかんだ私に甘いですからね、ガイアさん。
罰当たりとかって、この世界の人々にとって精霊って神様みたいな存在なんですかね?確かに彼女は女神のようでしたけど、彼女自身人間好きでしたからそんなに気にしなくても……まあ消滅して時間も経ってますし、そうすれば人々に残る記憶も変わっていきますよね。
でも私は神になるつもりはありません。神様だと、安心してアイドル活動に勤しめませんからね。
まあ、今日は彼女に会えて満足でした。新しいわざも覚えられましたしね。また1匹のときに確認しておきましょう。
後日、雪精霊の像の手に乗っていた仔猫がいなくなったとかなんとか噂がたちましたが。
別にそれに私は関係ありません。たぶん。