銀子の旅路
今回はちょっと短めです。
現在、私はかたかたと揺られております。
これが揺籠のようなゆらゆら心地よい揺られ方ならいいのですが、先ほども言いましたようにかたかたです。しかもたまにがたがたとかがっこんとかが入ります。
仕方がありません、窓から景色を見るとしましょう。私は丸めていた体を伸ばして、前足をヴィルさんの肩に乗せました。
「ギン、まだ着きませんから寝ててもいいんですよ?」
いえ、寝れないからこうして暇を潰しているのです。ヴィルさんは大人しく私の踏み台になっていなさい!
……あ、冗談ですからね、別に睨んだりしなくても良いですからね。
改めまして、現在、私とヴィルさんは馬車に乗っております。
何故そんなことになっているのかは、数時間前に遡ります。
***
ギルド長の言葉を受けたヴィルさんの反応は、とても冷静なものでした。
「……私への依頼、ですか?指名依頼なんてそうそうくるものでは……あと、ギルド長もご存知のはずですが、私は冒険者は引退しています」
「ギルド職員は、職員である限り冒険者だ。私も含めてね。まあ、仕事の関係で自由に依頼を受けれるわけではないから、あまり知られてはいないが。君も知っているだろう?」
へぇーそうなんですねぇ。確かに職員さんが依頼を受けているのは見たことがありません。あの忙しさではそんな暇がない、といった方が正しそうですが。
ギルド長の言葉を受けて、ヴィルさんはなんとも言えない表情をしています。珍しく言い負かされてますからね。流石ギルド長と言いますか。
「まあ、依頼者は私なんだけどね~」
いやお前なんかい!と心の中でつっこんだのはどうやら私だけのようです。
職員たちは何も言わずギルド長を見つめるだけですし、冒険者たちは「あ、ギルド長帰ってるー」と他人事のように眺めているだけです。何なんでしょう、初対面なのでギルド長のキャラと立ち位置がよくわかりません。
ヴィルさんは、軽く言ったギルド長を冷めた目で見ると溜め息をつきました。どうでもいいですけど、ヴィルさんってよく溜め息吐きますよね。幸せが逃げますよ……って言ったら余計なお世話だと言われそうなので心の中に留めておきます。
「……まあ、依頼を受けるのは構いませんが。現役を離れて長いので、現役の冒険者を雇った方が良いとは思いますけどね」
「ヴィルならそう言ってくれると思ってたよ。ギルドの方は私がいるから大丈夫だ。他の職員達は忙しい時期が続いて嫌だろうけど」
その時、確かに職員達のオーラが暗くなりました。やだわーだるいわーという思いがだだ漏れです。
しかし、ギルド長がにっこり微笑むと、いやがんばりますよ?全然いけますよ?と言わんばかりに背筋を伸ばします。いったいギルド長はどんな統治をして来たのでしょう。もしや、ヴィルさんより怖いなんてことは……ないと信じたいです。
「それで、依頼の内容は?」
「とある鉱山で事故があったみたいなんだ。掘り方が悪かったんだろうね、崩れて何人かが閉じ込められてる。各ギルドから経験のある冒険者を1人かそれ以上出すように要請が来たんだ––––他所は緊急依頼として募集してるみたいだけど、私は君が適任だと思ったから君を指名する。だから、私が依頼したとも言えないかもしれないな」
それから、と付け加えて、ギルド長は懐からもう一枚紙を取り出しました。
「この依頼も一緒に受けるといい。終わらせれる依頼はさっさと終わらせた方がいいからね。効率よくギルド側が裁かないと、依頼ボードがすぐ紙でいっぱいになる」
その紙に書かれた依頼はこうでした。
––––行方不明者捜索。王都付近で行方不明になった男性の捜索を求む。その男の名前はジークフリート––––
この下に詳しい特徴や報酬についてが書かれていますが、今はそれは置いておいて。
私が言いたいのは、みなさん御存じの通り、これはレイラさんの旦那さんでルーク君とライラちゃんのお父さんであるジークさんの、捜索依頼だという事です。
ヴィルさんは、その紙を見て眉を顰めました。何故この依頼を一緒に受ければ達成できるとギルド長は言い切れるのかがわからないからなのかと、この時の私は思いましたが––––それは違ったのだと、あとでわかるのでした。
ヴィルさんは、そんなことはさして気にしてはいませんでした。ギルド長がどういう人なのか、知っていたからです。
「……また、貴方はどこまで知ってるんです?」
「いやいや、今帰ったばかりだからね。いくら私でもそんなに情報収集はしてないよ。精々、君がここ数日間とある人達のためにせっせと働いてたってことくらいかな。後、もしかしたら私が君を咎めなければならなくなるかもしれない、ってこととか」
ギルド長がヴィルさんを咎めることといえば、一つしかありません。
私が採ってきた薬草を、無償でライラちゃんに提供したことくらいしか。
ですがそれは、果たしてヴィルさんが責められる事なのでしょうか。いえ、勿論ヴィルさんにそう問えば「私以外に誰が責任を取るんですか?」と至極当然のように答えられてしまうでしょうが、そもそもの発端は私です。
私が何も考えず、薬草を採ってきたから。後悔はしていません。が、反省はしています。結果としてライラちゃんを救うことになったとはいえ、それは私がちゃんと考えなかったことへの言い訳にはならないのです。
責めるのなら、せめて私も一緒に責めてください!いやそれでは結局意味がないから、私の顔に免じて少しヴィルさんへの罰を軽くしてやってください!
そんな思いをこめて、うるさくにーにー鳴いてやります。
「あ、これがヴィルの言っていた"看板猫"かい?」
ギルド長はふと目線を私にあわせると、にっこりと微笑みました。
どんなに素敵な笑みを浮かべようと私は騙されません。だって明らかに今私の存在に気付いたじゃないですか。こんなにプリティーなカワイ子ちゃんを目の前––––というよりは下––––にして気付かないなんて。どうかしてます。
って、そうじゃありません。私はヴィルさんに罰を与えるかもしれないこの人を止めなければならないのです。一瞬、ほんの一瞬だけ忘れてしまいましたが、鳴くのを再開します。できるだけ耳障りになるような鳴き方です。鳴くのにもコツがあるのですよ。
私の主張がわかるのか、単に話を進めたいからなのか、ギルド長はまたヴィルさんに視線を戻して言います。
「まあ、説教するにしろ責任をとらせるにしろ、今すぐにはしないよ。君を引き止めておく時間はないし、私もその件に関して情報を集めないと判断できない」
ひとまず、お説教は先延ばしにしてくれるようです。いえ、後半部分を聞くに、もしかすると何もお咎めなしかもしれません。
私は鳴くのをやめてあげました。決してちょっと喉が痛くなってきたらとかじゃありません。
私が鳴き止んだのを確認すると、ギルド長はこちらを見ることもせず私の顎を撫でます。
いきなり触ってくるとは、なんて礼儀知らずな……と言いたいところですが、これは賞賛せざるを得ません。
流れるような手つきは少しも力んでおらず、しかも適確に撫でてほしい場所を撫で、かと言って一点に集中しすぎない。私の意思と反して喉がごろごろとなってしまうのも仕方がないでしょう。
「それは、どうもありがとうございます。もう出発した方がいいですよね?」
「ああ、早ければ早いほど良い。外に馬車を待たせてるから、準備が出来次第出てくれ。
それと、看板猫は連れて行ってもいいよ。というか連れて行ってくれ。私はまだこの猫をギルドで飼う許可を出したわけではないからね」
そう、すっかり忘れるところでしたが、私は正式にこのギルドの看板猫となったわけではありません。ギルド長が許可を出していないからです。
ですから、今の私はギルドの看板猫というよりは、ヴィルさんの飼い猫です。完璧に扶養されてしまっています。
「それもそうですね」と言ってヴィルさんは何も気にすることはないかのように私の首根っこをつかんでコートのポケットに突っ込みました。このコートはポケットが大きめのでちょうどいい感じに収まるんですよね〜……じゃなかった、とりあえずヴィルさんは状況適応能力が高すぎだと思います。
「ギルド長が不在の間の資料はあそこの上から二番目の棚にあります。報告書も一緒に入れてますが、何かご不明な点がありましたら適当な職員にでも聞いてください」
「ああ、相変わらず君は仕事に抜かりがないなぁ」
「そんなこともありませんが」
いやいや、本当にその通りだと思いますよ。そこは素直に受け取っておきましょうよ。
ヴィルさんは受け付けのテーブルの下から何かを取り出しました。––––剣です。
長さは1m弱ほどでしょうか。とはいえ、今の私は小さいのでかなり大きく見えます。もしかすると本当はもっと短いのかもしれません。ブレードの部分は鞘で覆われています。
もしかすると、初めてちゃんと武器という武器を見たかもしれません。それは私が思っていたよりずっと地味で、装飾などはほとんどついていません。その事実が、この武器が"本物"であるということを如実に表しているように思えました。
しかし、まさかこんなところに剣がおいてあったとは。まあ何かがあることは気付いていたのですが、何だか気にしてはいけない気がしたのです。この世界では普通のことなのかもしれませんが、皆が和気藹々と食事したり仕事したりする場所に武器があるというのは、少し怖いですね。
ヴィルさんは、剣を腰のベルトに差しました。私自身がヴィルさんのコートのポケット、つまり腰よりやや下のところにいるのでほとんど見えませんが、剣を腰に下げたヴィルさんはいつもの2割り増しでかっこよく見えます……たぶん。
僅かな時間で準備を済ませたヴィルさんは、受け付けから出ました。
「では行ってきますが––––最後に聞いてもいいですか」
「なんだい?」
「何故、この依頼も一緒に遂行できるとお思いになったのですか?」
ヴィルさんの表情は、何かを案じているような呆れているような、何だか複雑な表情でした。一方のギルド長は微笑んで言います。
「そんなこと、察しのいい君ならわかるだろう?」
「……確認のためです。別に教えていただけないのであればそれでも構いませんが、私の判断が間違っていることもありえますから」
「はは。君が間違えたところは、私はあまりみたことがないけどなぁ」
"あまり"ってことは、ヴィルさんでも間違えることはあるんですね。私には想像できませんが……いやでも、今回の件が"間違い"になるんでしょうか?
それが間違いになるかどうかは、ギルド長にかかっているのでしょう。ですが、仮にギルド長が間違いだと判断したとして、果たしてそれは本当に間違いなのでしょうか。
何が間違いで、何が間違いではないのでしょうか。
前の私なら簡単に答えられた気がするのに、なぜだかわかりません。
「そこに彼がいるからだよ」
私がひとり悶々としていると、ギルド長が言いました。
「その鉱山で、ジークフリートは働いていた。恐らくだが、彼も閉じ込められている––––つまり、ひとつの依頼を遂行するためには、もうひとつの依頼を遂行しなければならないわけだ。逆に言えば、ひとつ遂行すればもうひとつも遂行できる」
すなわち、一石二鳥というわけですね。これはラッキーです。
……じゃないですよね早く行かないと下手すればジークフリートさんはお亡くなりになってしまうわけでそもそも今も無事である保障はないわけで。
「にぃ!にぃーにぃーっ!」
さあヴィルさん出ましょう!一刻も早く出ましょう!
ヴィルさんは険しそうな顔をしたまま、自分のポケットでうるさく鳴く猫を見下ろしました。
……違いますよね。ギルド長の話を聞いてそうなったんですよね。別に私がうるさすぎて怒ってるとかそんなことないですよね。
「ほら、君の飼い猫も早く行こうって言ってるようだ」
ギルド長は変わらず微笑んだまま言います。あくまで"飼い猫"と呼ぶあたりがいやらしいですね。
「……そうですね、早くしなければ依頼を遂行できませんから。詳しい話は、帰ってからにしましょう」
ヴィルさんはひとりごちるように言いました。
「では、今度こそ行ってきます」
「行ってらっしゃい。–––の前に、一つだけ助言をあげておこう」
ギルド長は人差し指をピンと立てました。実際にこれやる人いるんですね。創作の世界の中のみだとばかり。
「たぶん向こうには、君にとっては助けになる––––かもしれない人がいるだろう。助けになるかどうかは、まあ運によるかな」
意味深な言葉にヴィルさんは目を細めて、しかしこれ以上の問答は時間の無駄になると思ったのか、軽く会釈だけしてギルドを出たのでした。
***
そんなわけで、私達はこうして馬車に揺られています。
「ギン、もうつきますから起きてください」
……そして、過去を思い出している間に寝てしまっていたようです。器用に前足をヴィルさんの肩に乗せたまま。
結局景色はほとんど見ていません。初めての遠出だったのでちゃんと見ておきたかったのですが。……まあ景色を楽しむのは帰りでもいいでしょう。
かたかたと揺れていた馬車が止まりました。
「着きました。お降りになってください」
御者がこちらを向いて言います。ちなみに言うとこの人はギルド長のおうちの御者だそうです。なんだかこの馬車もやや豪華な気がしますから、きっとギルド長は貴族なのでしょう。あんな派手な見た目で平民だとそれはそれで困ります。
ヴィルさんは私を肩に乗せて馬車から降りました。最近ここが定位置になっているような気がします。
降りてすぐのところに、人のかたまりがありました。全員が薄汚い格好をした男性で、全員が難しそうな顔をしてなにやら話しています。
「すみません」
男たちが一斉にこちらを振り向きます。
「冒険者ギルドの者です。緊急依頼を受けて参りました。……状況の説明をお願いできますか?」
「ああ、あんた冒険者か!?」
肩に仔猫がのっていることには気付いていないのか、あるいは気付いていて気にかける余裕がないほど切羽詰まっているのか。
男たちは縋るような目をしてヴィルさんに詰め寄りました。
「ゴーレムが出たんだ!助けてくれ!」
ギルド長は、良い人なのか悪い人なのかよくわからない感じをイメージしてかいてます。




