銀子、死ぬ
突発的に投稿してしまいました^_^;
不定期更新になると思います。
「お前が……お前が、美桜を虐めてたんだろう!?」
「やめて藤堂君っ!銀子ちゃんは悪くないよ……私が悪いの……」
どこかで見たような風景に、私は溜息を吐きました。幸せが逃げていくというのなら、それはもう今更です。
私、久遠寺銀子は、美人です。ナルシストと言われようと事実は変わりません。パッチリした黒眼は大きくて、子犬のようだと昔からよく言われました。艶やかな黒髪は大和撫子に相応しいと褒めそやされました。そのうえお嬢様とまではいかないにしてもそれなりに裕福な家で育ち頭脳明晰な私の欠点など、この時代錯誤な名前くらいのものです。
そして目の前で笑える風景を作り上げてくれている2人が、藤堂遥希君と芦川美桜。藤堂君のことはよく知りませんが、美桜のことはよーく知ってます。なんせ幼稚園からの付き合いですから。
私はほら、この麗しい見目に加えて素晴らしい人柄ですから、昔から色んな人に慕われてきたわけです。その中でも美桜は私の父の部下の娘で、家も近かったものですからずっと一緒にいたわけですね。それはもう、周りから見れば美桜は私の取り巻きのように見えたことでしょう。
美桜はそれなりに可愛い顔つきはしてますが、それでも平凡の域を出ません。頭もそこまでよくはありません。なのに不思議と、彼女の周りには人が集まりました。
私が友達を作ると、3日後にはそのこは美桜と仲良くなっていました。私を熱っぽい目で見つめていた男の子は、いつの間にかその目で美桜を見つめていました。
友達くらいはできましたが、仲が良いと言えるほどの友人は美桜以外できたことがありません。おかしいなぁ、と流石に私も思いました。美桜にあって私にはないもの、それはなんなのでしょう。
私と美桜の頭脳は天と地ほどの差があるので高校は別々になるかと思われましたが、何故か同じ高校になりました。少し下のレベルの学校で首席をとるほうが楽だと思った私と、それなら頑張れば同じ学校に入れると思った美桜は、首席と最底辺で合格したのです。
「高校も銀子ちゃんと同じだ!やったぁ」そう無邪気な笑顔で言った美桜。私はどうしても彼女を嫌いにはなれませんでした。だって、私にとっての親友はあのこだけだったから。
けれど、高校生になって気付いてしまいました。
その日、私は誰にも言っていないお気に入りの場所で叫びました。
「友達いないの全部美桜の所為じゃねぇかーーっ!」
…….そう、美桜はとんでもない腹黒だったのです。
美桜にはひとつ才能がありました。それはいわゆる人心掌握術というやつでした。彼女にあって私にないものの一つです。
あとひとつ。彼女にあって私にないもの、それは共感、同情できる"境遇"です。
私は父親が会社で重役についていますし、頭も良いですし、何度も言うようですが美人です。一方の美桜は父親は普通のサラリーマンですし、頭脳も顔も平凡。しかも父親は私の父親の部下で、美桜はいつも私のそばにいるーーーお分かりでしょうか、周りからすれば美桜は私に"無理矢理"従わされているように見えるのです。
どんなお話でもそうです。恵まれた境遇の女の子と、恵まれない境遇の女の子。2人が一緒にいる場合、必ず一方は幸せになり、一方は破滅の一途をたどる。どちらがどちらなのかは、言うまでもないでしょう。
つまり、簡単に言いますと。
美桜は私を悪役に仕立て上げ、自分を悲劇のヒロインのように見立てて、かつ共感できる立ち位置で人々を虜にしていったのです。凄いのは、私の悪口を言ったりせず、ただ自然と周りが私をそういうものだと思うように仕向けていったところです。そのため美桜は"酷い事をされても決して嘆き憎んだりしない良い子"とみなされ、私は"幼馴染を従わせる女王様"として周囲から孤立していったのでした。
……ええ、もちろん私とてそれに気付いて何も思わなかったわけではありません。私だって人間ですから、信じていた人に裏切られれば怒りもしますし、それ以上に悲しみもします。少しだけ泣いてしまったのは内緒です。
ただ同時に、もう手遅れなのだとも感じました。高校生活が始まって半年、彼女の手際の良さからして、私がどんなに頑張ったところで広まった概念を覆すことは不可能でしょう。
だから、諦めよう。大学は絶対に自分の実力に見合ったところを選んでやる。そうすれば美桜はついてこない。やっと私は解放されるのだ。
そう思ったのが、今から1年前。どうやら、神様は大学までも待ってくれなかったようです。
長い回想を終えて、私はもう一度溜息を吐きました。
「……ええと、言っている意味がよくわからないわね。美桜が虐められてる?美桜は虐められるような子じゃないわ、それはあなたもよく知るところだと思うのだけれど」
「当たり前だ!美桜はみんなから愛されているからな」
いやいや、なんでそこであなたが胸を張るのですか。
藤堂君は、学年で5本の指に入るイケメンです。最近彼と美桜が親しくしているのは知っていましたが、まさか攻略……いえ、恋愛感情を持たせていたとは。
「だが、1人だけ虐めそうな奴がいる。それがお前だ!」
「はあ」
「お前は美桜がみんなから愛されているのが気に食わなかったんだろう?自分は特別だと思っていそうだもんな、お前は」
ふふんと鼻をならす藤堂君。そんなの言い掛かりです。
私は昔から賢い子だと言われてきましたが、唯一人間関係に関しては賢くないようで、だからこそ美桜の本性に気付かなかったわけですが、人の人間関係を見て羨望するほどに人間関係を理解できないのです。いや、美桜が私に人間関係を築かせないようにしていたからこそ、人間関係のことがよくわからないのでしょうか?とにかく、美桜が他の子と仲良くしているから虐めるだなんて、そんな短絡的な思考はしていません。
第一自分は特別だなんて思っているのは美桜の方でしょう。いや、特別ではないからこそ、私という踏台を使って特別になろうとしたのでしょう。
それを伝えようと口を開きますが、美桜に遮られます。
「いいの、遥希君。私が悪かったんだから。本当は、銀子ちゃんはとっても優しい子で……ねえ銀子ちゃん、謝ってくれたらそれでいいの。ちょっとした出来心だったんだよね?私たち、ずっと仲良しだったもんね?」
先に裏切ったのは、そっちの癖に。感情的になって癇癪を起こすのは簡単ですが、それは私の理性が許しません。
「謝るもなにも」
目の前でわざとらしく涙ぐむ美桜を見ていると、自分の声が冷たくなっていることに気付きました。
「私は何もしていないわ。悪いことをしていないのに謝ることなんて出来ない」
「お前……っ!」
「というか、本当に虐められていたのかも怪しいものね。藤堂君、あなたは私が美桜になにか害しているところを直接見たことがあるのかしら?違うでしょう?机に落書きとかその程度のものなら、自作自演の可能性だってある」
美桜ならそのくらいやりかねません。私が虐めていないとなると、他に美桜を虐めるような人は思い当たらないのです。この状況を作り出すための自作自演、少し考えればその結末に辿り着きます。
「そんな、酷い……」
そう言って、美桜は一筋の涙を流しました。それを皮切りに、藤堂君が私に突っ掛かります。
「しらばっくれるな!あんな酷いことをしておいて、よくそんなことが言えるな!お前は悪魔だ!」
「だから何もしていないと言っているでしょう?物事は客観的に見なくては駄目よ。主観的になってしまった瞬間、全て間違いになる」
ここまで来れば私も意地です。私の頭脳を持ってすれば、反論するくらい簡単でした。それが私の悪役度を高めていることには気付いていましたが、残念ながらもう感情を抑えられそうにありません。
泣いている美桜を睨みつけて言います。
「だいたい、昔からおかしいと思っていたのよ。友人と言える友人が1人もできないのは。なのにあなたの周りには沢山人が集まるのは。にも関わらず、あなたが私に引っ付いてくるのは。あれだけ親しい人ができれば、私から離れてもいいはず。なのにずっと一緒にいたのは、無理して同じ高校にまで入ったのは、何故?」
「そんなの、お前が脅していたからだろう!」
「なにか誤解しているようだけど、父が美桜の父親に私と仲良くするように言ったことはないし、私だってそれを望んだことはないわ。第一、私の父だって所詮は雇われの身よ?娘同士で多少衝突があったからって、簡単に人事異動なんてできるわけないじゃない。脅すなんて不可能なのよ」
というか、あなたには聞いていないんだけど。
そう言って藤堂君を睨み付けると、彼は少しだけ怯んだように後退りました。
「ほら、答えて頂戴。何故あなたは私から離れてくれないの?答えは知っているけれど、あなたの口から聞きたいの。どうしても言わないって言うなら、私の予想を聞いて。あなたは私のそばにいることによって同情を––––」
「うるさいっ!」
そう大声を出したのは、責められていた美桜ではなく藤堂君でした。どうやら、彼はすっかり理性を失ってしまっているようです。
「うるさいうるさいっ!正しいのは全部美桜だ、美桜と違うことを言う奴はみんな間違ってるんだ!だからお前が悪いんだーーーっ!」
今の彼を見れば、彼に憧れている人たちも確実に冷めるでしょう。そのくらい彼は子供っぽくて、そのくせちっとも庇護欲をそそりませんでした。
気付いたら景色が変わっていました。眼前に広がるのは雲ひとつない青空。両肩に感じる鈍い痛み。
ああ、私は押し飛ばされたんだなと思った時、思い出しました。
ここが屋上だと言うこと。私がフェンスのすぐ近くに立っていたこと。そしてこの校舎がとてつもなく古くて、屋上のフェンスは来週から補修工事が行われるということ––––
風が私の自慢の黒髪を靡かせます。酷く驚いた表情の美桜と藤堂君を見た瞬間、私は急速に落下を始めました。
––––死にたくない。
絶対に死にたくない。まだやりたいことがある。家族に伝えなきゃいけないことがたくさんある。家の近くの公園では、今日も足が一本ない白猫が私を待っている。まだ、まだ私は生きてないといけない。
不思議と恐怖はなくて、ただ憤怒と焦燥が私を苛みました。
「てめぇらぁぁぁっ!!!!!マジでぶっころぉぉぉぉすぅぅぅぅっ!!!!!」
人間、死ぬ直前には本性が出るものですよね。
そして、私は死にました。
その後の世界があることを、私は初めて知りました。