神力と逃走
投稿納めじゃ! これで一年の悔いはない!
紅白見ながら書いてました。又吉先生相撲弱い……
お父さん、お母さん、そして妹よ。俺は今、異世界で空を飛んでいます。多分数秒くらいならコンコルドと並走できるんじゃないかな。
「まだだ、『追風』!」
さらに魔法で追い風を発生させる。空気の流れが魔法で変わったため、空気抵抗も少なくなり身体への負担がぐっと軽くなる。
時間にして30秒ほどだろうか。徐々に身体が下がり始めてきた。このままだと硬い地面に頭をこすりつけることになる。頭皮だけなら回復魔法を使えば大丈夫だが、毛根の方は治らないのでそれだけは御免こうむる。
なんて事を考えてる間に俺の毛根と地面の距離が縮まってきた。
俺は【高速思考】【並列思考】【演算補助】、ついでにさっき手に入れた【神速】も使用して着地地点を調整する。
「『衝撃波』、『衝撃波』、『衝撃波』。もういっちょ、『衝撃波』!」
身体の側面にうまい具合に『衝撃波』をぶつけ空中で一回転。どこかのロケットのように綺麗に着地する事はできなかったが、なんとか俺の毛根は無事に済んだ。
【索敵】によればすでに10km以上は吹っ飛ばされているのだが、火竜の方も凄い勢いで追いかけて来ている。逃げる瞬間に火竜に魔力を込めて睨まれた気がしたが、どうやら【竜眼】のスキルでロックオンされてしまったようだ。やっぱスキル総動員しても逃げるのは難しいか。
理由は分からないが、あいつは何故か【魔神の加護】が感知できなくなっているような事を言っていたはず。後は【竜眼】さえなんとかできれば……
一応【神力(仮)】と組み合わせて使えば、ギリギリ逃げ切れるであろう算段を立ててある。タイミングがずれたらもれなく死ぬが、やるしかないだろう。
火竜はその巨体のせいなのかどうかはわからないが、ステータスの敏捷の値の割には移動速度が遅い。それでも音速近く出しつつ空を自由自在に飛ぶので、反則なのだが。
そのため単純に突撃してくる火竜にタイミングを合わせてカウンターを決めるのは、スキルを総動員すれば可能だ。
後数秒で火竜は俺に追いついてくる。【神力(仮)】のスキル封じの射程がどのくらいなのか分からないので、【索敵】を見つつ衝突まであと十秒の地点でスキルを発動させ待機する。この順番は吹き飛びながらもずっと【並列思考】で考えて、何度もシュミレーションもした。だからきっと大丈夫だ。
「あれ? シュミレーションじゃなくてシミュレーションが正しいんだっけ?」
などとどうでもいい事に思考を向けていると、火竜が近くまで来ていた。肉眼では見えないが、【遠見】スキルを使えばそのシルエットがどんどん大きくなってくるのがわかる。
このスキルを使うのは初めてだし、ぶっつけ本番でどこまで行くのか分からない。それでも自分の命、それにジョズとノワールと『フェンリル』の三人、全部で六つの命がかかってるんだ。だから、やるしかない。
俺は【神力(仮)】を発動させる。その瞬間、頭にアナウンスが流れた
“【神力(仮)】が発動された事により、一時的に神の力を解放します”
“システムへのアクセス権が上昇しました”
“上昇させるステータスを選択してください”
あれ? 今さらっと重要な事を言われた気が……システムへのアクセス権って、つまりステータスへ干渉すると言うことだろうか。いや、でもそんなゲームみたいにシステム権限が存在するのか? だとしたらステータスってのは……
いや、今はそんな事を考えている場合じゃない。今必要なのは敏捷では無い。
“選択されました。ステータスの値の改変を行います”
“ステータスの改変が完了しました”
“続いて、スキルの無効化を行います。対象、火竜のスキルおよび固有スキルを無効化させますか?”
ステータスの『改変』なんていうちょっとツッコミたい言葉が出てきすぎて思考が追いつかないが、いま重要なのは仮定ではなくその効果だ。俺はYESと念じる。
“承認されました。アクセス権限を用いて火竜のスキルの無効化を行います”
“スキルの無効化に成功しました”
“これより、精神への干渉が起こります”
よし、アナウンスが終わった。それじゃあ改めて――
“スキルの無効化が成功した事により、条件を満たしました。【強欲の芽レベル2】が【強欲の芽レベル3】に進化します”
と、思ったらまだ続きがあった。俺はてっきりまたレベルを100まで上げる必要があるのかと思ったので、少し予想外だ。が、とにかく今は保留だ。火竜がすぐそこまで来ている。
接触まで後五秒ほど、火竜は【竜眼】が切れた事に違和感を感じているようだが、獲物は最早目と鼻の先。俺を潰すのが先決だと思ったのだろう。
……今あいつの目玉当たりの防御が弱そうなところに全力で魔法を打ち込めば行ける――いや、今は逃げる事だけを考えるんだ。スキルの精神干渉に負けちゃいけない。
「調子に乗るなよ小僧!」
火竜の口元からビームのようなものが発射される。火魔法とは違うし、一瞬光魔法かと思ったが、あいつは光魔法を使う事ができない。おそらくあれが竜魔法とか言う奴なんだろう。
今発射された竜魔法。俺が食らえばどの道死ぬが、火竜はそこまで本気で打ち込んでいない。おそらくまた避けられる事を想定して、ジャブのつもりなんだろう。
だが火竜よ、俺にとってはそのジャブすら一撃必殺なんだよ。だから全力で逃げさせてもらう。
「くたばれ小僧!」
火竜がビームを放つと同時、俺の最後の切り札を使う。一番苦労して開発して、一番練習したのに、使い勝手があまりにも悪かった魔法。
「『転移』!」
瞬間。俺の視界が暗転、直後に空中に放り出される。バランスを崩した俺は受け身を取れず、そのまま地面に落ちた。
「いてて……でも、なんとか成功したみたいだな」
あたりを見回すと、おそらく火竜が作ったのであろう大きなクレーター。それと先程まで俺がジョズと一緒に隠れていた穴が見える。
そう、俺は空間魔法で元の場所まで戻ってきたのだ。
「おっと、こうしちゃいられない。念には念を、だ。『魔力遮断』と、『存在隠蔽』。念のために【隠密】も」
途中から火竜は俺の【魔神の加護】を感知できないような事を言っていたが。せっかく魔力が有り余ってるのだ。念のために結界を張っておく。
これでもし、火竜が戻ってくるような事があれば、死を覚悟しなければいけないかもしれない。魔力を出し渋る必要はない。どうせ効果が過ぎればデメリットで減らされてしまうのだ。できる限りの安全策を用意しておこう。
そう言えば、思ったほど精神への干渉とやらが少なかったな。軽くバーサーカーモードに入っていたとはいえ、さすがにアレに勝てないのは本能レベルで分かってたからだろうか。火竜が強すぎるがゆえに助かったってことか。
その後、【神力(仮)】の反動が来た俺は『アイテムボックス』の中からノワールを呼び出し、ゆっくりと街に戻りながら火竜が襲ってこないかを窺っていたが、どうやら問題ないようだ。
追うのを諦めてくれたのか、はたまた今ので俺を殺せたと思ったのかは分からないが、なんとか助かったので良しとしよう。
……だけど、俺はこの先。いつかあの火竜とまた対峙しなければいけないような、そんな気がした。
――あ、これってフラグ?
次回後日談的な物を書いて、火竜編(作者が勝手に命名)終了です。




