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研究国家と宰相

 誠一達がジェークルを旅立つ少し前、一つの国で動きがあった。


 研究国家ハーメルン。大陸の南方にあるその都市は数千年前、初代勇者が魔王を封印する頃からそこにあった。


 ハーメルンは基本的に戦争には関わることがない。人族間の戦争だけではなく、人族と魔族の戦争についてもだ。


 そのため隣国からは睨まれることも多く、実際に何度も戦争に発展した事さえある。しかし、そんな環境でも千年単位で国家を維持できているのにはもちろん理由が存在する。


 それは圧倒的な軍事力である。数千年前から最先端の技術を取り入れ、武力を強化して来たこの国は、今では大陸一、魔王のいない今では魔王城に匹敵するほどの強さを誇るこの国は、周辺国を退け発展してきた。


 そんなハーメルンの王城、執務室で一人の壮年の男が書類の山に押しつぶされていた。


「まったく……何でこんなに仕事が多いんだ。これも全部アホ国王のせいだ。今頃どこをほっつき歩いてるんだか……」


 ぶつぶつと文句を垂れながら書類に目を通し、サインを書く。その男は研究国家ハーメルンで国王に次ぐ権力をもつ宰相、名をベルクと言った。


「そもそもこれは私の仕事では無いのに……」


 ベルクは泣きごとを言いながら自分の国の国王の事を思い浮かべる。数日前から、国王は近衛の警備の隙を突いてふらっとどこかへ行ってしまったのだ。


 当然その間、国王の決定が必要な会議は行えないし、国務も停滞しかねない。その穴を埋めるために彼は見ての通り書類に押しつぶされるほどの量の仕事をしなければならなかった。


 それでも大混乱になってないのは国家の素晴らしい柔軟さのおかげ……だけではなく、国王がしょっちゅう逃げ出すためその穴を埋めるための対策が組まれている事が大きい。要するに慣れである。


 いい加減に移動中は国王に手錠でもつけておくように今度の会議で提案してみるか、等と 文句を言いながらも宰相としてのキャリアのおかげか、きっちりと仕事だけはこなしていたベルクの手が止まる。そこにあったのは一枚の報告書だった。


「ノスティア王国が勇者召喚? 何であそこが召喚の技術なんて持ってるんだ……独自に開発……は無理だろうし、この国から漏れたか?」


 そこに書いてあったのはここからかなり離れた土地で行われた勇者召喚の知らせ。本来国家機密である情報がここにあるのはこの国の情報力を物語っている。しかし問題はそこでは無い。


 勇者召喚の儀式に必要な術式は五百年以上前に失われている。もちろん、どの国家も勇者召喚の研究を進めているが、召喚当時から存在していたハーメルンでさえ、不完全な劣化版しか保持していない


 勇者召喚は異世界とのパスをつなぐという特性上、非常に高度な技術が必要になる。世界一の技術力を持つハーメルンでさえ、成功確率がわずか1000万分の1という、ひどい劣化版しか持っていないのだ。他の国が開発など夢のまた夢である。


「そちらはこの国に諜報員が紛れ込んでいたことが判明し、処理は完了しています。一応一昨日から緊急の案件としてあったのですが――」


 書類を見ている宰相に向かって横で今にも崩れそうな書類の山を絶妙なバランスで形成している秘書が話しかけてきた。


「分かった。もう何も言うな、むなしくなる」


 一昨日から緊急の用件があったのにこんな時間になって出てくると言うことは、結局国王がいないせいである。ベルクは秘書の言葉を遮った。


「そうだな……どうせあの国の事だから、勇者を誑かして隣国との戦争にでも利用するつもりなんだろう。一応召喚陣の回収はしておくとして、後は我関せずだ。さすがに世間に露呈した時のために本当に魔王討伐の計画くらいはたてているだろうが、わが国には関係ない。あとは……召喚された人数が現在の勇者の数と合っていない? 見せしめに殺したか、地下室で人体実験でもしているか、隣国に嗅ぎつけられてそっちに殺されたか。ただの事故か……まあ、こちらも大した問題では無いな。それよりもあの劣化版の術式での成功例が出たと言うことの方が重要だ。この情報を研究部門に回すように指示しておこう。」


 そう締めくくると書類を左手の山に積み、次の書類を手に取る。


「何、新しい魔導兵器の研究成果が――」


 彼の仕事は当分終わりそうになかった。


 暫く1日おきの更新を維持します。(自分自身を追い込んでいくスタイル

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