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旅と魔族

 出発の日になった。昨日は準備はほとんど完璧だったので、旅に必要な事はノワールと馬車をつなぐハーネスの調整くらいだった。


 なんだかんだ言ってこの街にも一ヶ月いたな。とはいってもそれなりに交流のある人なんて宿のおかみさんと時々ギルドで会うセレナさんくらいだが。あ、あと屋台のおっさんとか。


もちろん受付嬢と仲良くなるなんていうイベントもなかった。そもそもギルドの職員はたくさんいるようで、ギルドに行くたびに人が変わっているので顔さえなかなか覚えてもらえない。


 俺とジョズはノワールを連れて門を目指して歩いている。馬車がないのはノワールが慣れていないから街中で引かせると邪魔になるだろうと思ってのことだ。


 町の中では俺の『アイテムボックス』に入れて、町の外ではノワールに引いてもらえば丁度いい。


 宿を出るときは立つ鳥跡を濁さずと言うことで、部屋にきっちり『浄化』を掛けておいた。おかみさんに言われたのはシーツを畳むくらいだが、まあいいだろう。


 俺たちは門を出て、街道を歩く。街の近くでいきなり馬車を出すわけにもいかにので、少し離れた人目に付かないところまでは歩く。それでも馬を連れているので少しは目立つが。


「しっかし、この街にも随分と長く居たもんだな」


 俺が歩きながらしみじみと呟く。今思うとそれなりに急ぎの用事があるのにこんな拾いものをして一ヶ月もあの街にとどまるとは、我ながらどうかしてる。尤も、そのおかげでこの世界の常識を身に着けたりも出来たわけだが。


「この辺でいいか。『アイテムボックス』っと」


 俺が周囲に誰もいないのを確認して唱えると、黒い壁が出現する。これ、何も知らない人が見たら相当怖いよな……まあ実際入口が閉じたら出られないという危険な代物なのだが。


 まあ中は空気があるのである程度の広さの空間なら簡単に死ぬことはないと思うが……その前に発狂しそうだな。


 俺はその空間の中に腕を突っ込み、馬車を引っ張り出す。【剛腕】があるとはいえ、ふざけたステータスだな。


「よっこいしょっと。ノワール、こっちだ」


 俺がノワールに指示を飛ばすとノワールはおとなしく馬車の前まで来て、ハーネスを取りつけられるまでじっとしてくれた。


 馬車を取りつけ終わると早速馬車に乗り込む。最初に乗った時は気付かなかったけどこの馬車、かなりいい馬車だな。揺れも少ないし、中もそれなりの設備が整っている。そもそも幌の付いた馬車自体が結構な値段をする高級品で、それなりに稼いでいる商人でないと買えないのだ。


「ノワールなら心配ないと思うけど、一応誰かが御者台に座った方がいいよな、見た目的にも。取りあえず俺がやってるから途中で兄貴と交代ってことで」


 俺が馬車の中で伸びをするとジョズが話しかけてきた。良く考えたら俺御者なんて出来ない。まあ、ジョズの言うとおりノワールなら座っている振りをしていれば大丈夫だろう。


 二人を乗せた馬車はジョズが御者台に入るとゆっくりと動き出す。そして少しずつ加速していき、一般的な馬車より少し早いくらいの速度で加速が終わった。しっかりと加減もできているようでなによりだ。


 最初の目的地はこの街道をひたすらまっすぐ行った先、スターズ伯爵領だ。とはいってもそこに長居する予定はない。食料などの消耗品の補充、路銀が心許なければギルドで軽く依頼をこなす。基本的にそれを繰り返してノスティア王国を目指す。


 ちなみにジョズ曰く、スターズ伯爵領はジェークルの三分の一程度の小さな領地で、余り治安のいい場所と言う訳でもないので必要最低限の準備だけしておけばいいとのこと。ジェークルもそこまで広いという訳では無かったので、スターズ伯爵領など、せいぜい南鳥島程度の広さしかないのだろう。


「しかし5日かよ……暇で死ぬかもしれないんだけど、どうすればいい?」

「知るか!」


 まだ10分程度しか経っていないのに早くも飽き始めた俺の事をジョズはバッサリと切り捨てる。仕方がないのでジョズをしっかり観察して御者のやり方でも憶えるか……


 ……と、思ったが、ジョズも御者としての働きなんて何もしてなかった。ひもを片手で持って、何やら本を読んでいた。

発進も停止も加速も減速も、すべてノワールが自分で判断してやっているではないか。つまりジョズがやっているのは周りからみた時に不審に思われないようにするだけの働きだ。本を読んでいれば十分不自然だと思うんだが。


 こうして俺たちの退屈な旅が幕を開けた――と、これから起きる事を何も知らない俺は考えていた。



**********



とある大陸のとある場所、そこには巨大な城が建っていた。かつてはみる物を威圧させ、常に濃密な魔素が漂っていた城。しかし、その城は主を失ってから、城の何かが抜け落ちたかのように魔素が霧散し、みる物を威圧させる力も無くなっていた。


 そんな城のある一室で、一人の女性が豪華な椅子に座りながら部下と思われる男の報告を聞いていた。


「……そうか、ついに人間が勇者召喚を行ったか」


 その女性は部下の報告を聞き、いつか来るであろうと思っていたことがついにやってきたことを知った。


「はい、しかし妙な点が……」

「妙?」


部下の報告に首をかしげる。


「正確な距離までは分かりませんが……少なくとも、龍神の火山の向こう側であることは確かでしょう」

「それはまた……何故そんな遠くに?」


 勇者の目的は魔王を討伐する事。つまり魔大陸を目指す必要がある。ならば必然的に魔大陸の近くに召喚されることになる。


 しかし部下に告げられた場所は魔大陸から明らかに遠い場所。そんな地で何故勇者召喚が行われた?


「……考えてもわかりませんね。仕方がありません。何にせよ、我々には準備を行う猶予が与えられた事になります。その間に迎え撃つ為の備えをしなくてはなりません。御苦労でした。あなたたちは引き続き情報を集めてください」


 女性が部下に言うと部下たちは恭しく礼をして部屋を出て行った。 


 一人のこった女性は溜息をつく。


「勇者が攻めてくればこのままでは全滅するのは明白。それまでに準備をしなくては。いや、いまから急ピッチで作業を進めればあの方(・・・)の復活も間に合うのでは……」


 女性はそう呟くとかつての城の主……今や勇者に封印された魔王の事を想った。


 展開が遅いとのご指摘をかなり受けたのでなるべく早く話を動かせるようにしたいですね。むずかしい……

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