殲滅と短剣
なんか唇にヘルペスっぽいのが……時間がある時に病院行かなきゃ。
俺達が向かったのは低い山の麓にあるゴブリンの巣だ。本来は簡単には見つからないようになっているらしいが、むき出しの位置にあった事と俺の【索敵】で見つけられた事もあり、すぐに発見できた。
「それで、どうするんだ?」
俺がジョズにむかって振りかえると、ジョズは神妙な顔をして答えた。
「まずは斥候の俺が巣の内部を散策。その後にあんたが突入して殲滅、俺が取りこぼしを処分する」
実際には俺のスキルで内部を完全に把握してあるのだが、巣の殲滅は初めてだと言っていたしいい経験になるだろうと考え、口出しはしないでおく。危なくなったら助ければいいだろう。俺の力だけでCランクまで上り詰めても意味ないしな。
ジョズは巣の前でうろうろしているゴブリンを、余り音をたてないように殺す。そのまま明かりの魔道具を持ち慎重にジョズが進んでいくので、気配を殺しつつ少し離れてついて行く。
ジョズは俺から少し離れた所で、あらかじめ決めておいたハンドサインを送ってくる。俺の【索敵】で得た情報と同じだ。ジョズの腕は信頼してもいいだろう。
俺はサインを受けてジョズの前に出ると、通路に潜んでいた2体のゴブリンを音もなく殺す。更にジョズが奥にいたもう一匹のゴブリンを倒した。
俺達は音を出さないようにして素早く進む。そして洞窟の行き止まりにいるゴブリンを全て倒してから洞窟の中で一番広い部屋に行く。これは挟み打ちを防ぐために、一気に殲滅する手段を持っていない冒険者にとっては常識なんだそうだ。
尤も、俺一人だったら洞窟に向けて火炎放射をすれば終わりだけどな。
ジョズが中の様子を確認すると、俺達は同時にゴブリン達が集まっている部屋に突入する。ゴブリンの数は9体、さらにレアゴブリンと呼ばれるゴブリンの上位種が1体。合計で10体のゴブリンがいた。
ゴブリンは突然の侵入者に慌てた様子ですぐに行動を起こせず、俺達に1体ずつがやられた。
その様子を見たレアゴブリンはゴブリン達に指示を出しているのか、ギャーギャーと声を張り上げる。
レアゴブリンに煽られたゴブリン達は、俺たちめがけて一斉に襲い掛かってくる。しかし、あいつらの獲物は木製の棍棒のみ。俺が木刀で弾き飛ばし、ジョズがナイフで手を斬りつけるだけですぐに武器を失ってしまった。
そのまま続けざまに3体がやられ、残るゴブリンは5体。半分になった。
その様子を見ていたレアゴブリンは重い腰を上げ、ゴブリン達に加勢する。その様子を見たジョズは軽く舌打ちをすると一度下がった。
「俺が雑魚をやる、あんたはあのボスを頼んだ」
ジョズにならって後ろに下がると、ジョズが作戦を耳打ちしてきた。俺は頷くとレアゴブリンの方にかけて行く。レアゴブリンは上位種だからか、錆びた鉄の剣を持っていた。
とは言ってもこの程度の相手、俺の敵ではない。俺はレアゴブリンと戦っているふりをしながら、ジョズの戦闘を観察していた。
ジョズは俺がレアゴブリンに詰め寄った瞬間に隙を見せたゴブリンに蹴りをかまし、もう一匹のゴブリンの胴体を斬りつけた。
残っていた2体のゴブリンはジョズを襲おうとするが、ジョズは後ろに下がって攻撃を避け、タックルで相手の体勢を崩す。そのままゴブリンを踏みつけ、先程蹴ったゴブリンの下へ駆け寄ると喉元へナイフを突き刺す。これで1対3だ。
さらに先程胴体を斬りつけられたゴブリンがジョズに向かって走るが、難なく対処されて首を貫かれる。どうやらジョズは思っていたより強いようだ。
しかしジョズがゴブリンを倒している間に、残っていたゴブリン達がジョズへと襲い掛かる。ジョズはぎりぎりで避けたが体勢を崩しもう一方のゴブリンの体当たりを食らってしまった。
「くっ!」
ジョズは突き飛ばされたまま体を回転させて距離をとり、ナイフを構え直す。多少のダメージは入っているようだが、ゴブリン2体程度なら問題ないだろう。
「それじゃあこっちも終わらせますかね」
今までレアゴブリンの攻撃を木刀で全て受け流していた俺は、木刀にこめる魔力を増やすとレアゴブリンの首にめがけて振る。
するとレアゴブリンの首は一瞬で吹き飛び、洞窟の壁にぶつかって止まった。
レアゴブリンが光の粒子となってきえて行くと、俺の胸元に入っている板が淡く発光した。
この板は殲滅依頼を受けた時にもらったもので、一応報告書という扱いになるらしい。討伐依頼や殲滅依頼の時に渡され、これで倒す事が出来たかをチェックするのだ。
どうやらこのカードは巣の主を倒すと反応するようになっていたようだ。
俺が木刀と短剣の血糊を払うと、ジョズの戦闘に目を向ける。するとそちらも片方のゴブリンの心臓を貫くところだったようだ。
その後もう片方のゴブリンもすぐに倒すと、依頼が完了された事を改めて確認する。
「ふぅ。まさかレアゴブリンをあんなにあっさり倒しちまうとは……やっぱ強いなあんた」
「まぁ、いろいろあったからな」
俺達は話しながら洞窟の中を歩く。この中にゴブリンが残っていない事は確認済みだ。
洞窟から出ると視界が一気に明るくなる。俺は【夜目】で確認できていたので分かっていたが、明かりの魔道具は光が弱いので洞窟から出るとジョズが服に返り血がべっとりと付いている事に気付く。
「うへぇ、返り血だらけだ。きったねぇ」
臭いをかいで露骨に嫌そうな顔をするジョズ。確かにゴブリンの血って変なにおいするもんな。
体を綺麗にする魔法とか考えたことなかったな……今度開発してみるか。
その後は途中で単体のゴブリンに襲われるなどのイベントはあったものの、特に大きな事件はなくギルドに帰ってくる事が出来た。
俺達はギルドの受付で依頼完了の手続きをする。
「いらっしゃいませ。依頼の完了報告ですね、では報告書とギルドカードの提示をお願いします」
俺達は受け付けの職員さんにギルドカードと報告書を渡す。
「ありがとうございます。D+ランクのゴブリンの巣の殲滅ですね、はい。……完了しました。依頼料の銀貨5枚とギルドポイントが150ずつ加算されます。また、今回の依頼でジョズさんはD+ランクに昇格しました。おめでとうございます!」
職員さんが返してくれたギルドカードの内、ジョズのギルドカードには「RANK D+」と書いてあるのが見えた。
俺達は職員さんに軽くお礼を言うと受付を後にする。ジョズはギルドカードを見ながら嬉しそうにニヤニヤとしていた。
「ふふふ……これでCランクに一歩近づいたな」
「浮かれるのはいいけど、あと一カ月でもう2つランクを上げなきゃいけないんだぞ? お前に出来るか?」
挑発するようにジョズに問いかける。
「へっ! やってやるさ。多分このチャンスを逃したら、もう生きているうちにグラント帝国までいけるかわからないしな」
ジョズも案外計画を立てているようだな。俺も今はのんびりしているけどそんなに時間に余裕があるわけでもないし、早くあいつ等と合流する計画を立てなければいけない。
「どうする? まだ少し時間もあるし、ちょっと鍛冶屋を見に行かないか? 俺のナイフもかなりボロボロになってきたしな」
ジョズはナイフを取り出して俺に見せるように言う。確かに刃毀れしていてとてもじゃないがいい状態とは言い難い。こんなナイフであそこまで戦えるジョズって、実はかなり強いんじゃないだろうか。
俺も断る理由が無かったので一緒に鍛冶屋に向かう。いい物があったら買っておきたい。金に余裕があればオーダーメイドもアリなのだが……この世界って分割払いとかあるのか?
俺がそんな事を考えながら歩いていると鍛冶屋に着いた。鍛冶屋は意外とギルドから近い所にある。
「ここが鍛冶屋だ、一応この都市でもそれなりに有名な鍛冶屋なんだぜ?」
ジョズが俺に向かって説明しながら入って行ったので、俺もそれに続いて中に入る。するとそこにはいかにも頑固そうな爺さん……ではなく、思ったよりも若い、好青年が接客をしていた。
「いらっしゃい、鍛冶屋シュヴァルツへ。本日はどのようなご用件ですか?」
「新しいナイフを買いに来たんだ。今のナイフがひどい状態でね」
ジョズは青年に見せるようにナイフを振りながら用件を伝える。
「ふむ……かなりひどい状態ですね。もう少し良く見せてもらってもいいですか?」
青年はジョズからナイフを受け取ると詳しく調べる。
「なるほど……かなり使いこまれてますね。鉄のナイフがここまでボロボロになるとは。これと似たようなナイフで構いませんか?」
青年はナイフを調べるとジョズに尋ねる。おそらく同じようなナイフが何本かあるのだろう。俺は頷こうとするジョズを遮り、青年と話をする。
「いえ、これからも激しい戦闘が多くなりそうなので、同じような大きさの短剣を、できればミスリル製で作っていただきたいのですが」
俺が告げるとジョズは驚いたような顔をする。そんなジョズを無視して、俺は青年と話を続ける。
「短剣をミスリル製で、ですか……」
「難しいですか?」
「いえ、作れない訳ではないのですが……最近はミスリルの発掘量が減少していて、かなり高価なものになってしまうんです」
青年は難しそうな顔をして考え込む。そう言えば、ダンジョンの中で手に入れた素材がいろいろ入っているはずだ。その中から使えそうなものが無いか探してみるか。
俺はアイテムポーチに手を突っ込んで中身をまさぐる。すると丁度良さそうなものが見つかった。
「ではミスリルでは無いのですが……こいつを使って作る事は出来ますか?」
俺がとりだしたのはウォーターウルフの牙。【鑑定】によれば、「魔力を通しやすい上に軽くて頑丈なため、これを素材にして作られた武器はミスリル製の武器と同じ程度の価値がある」らしいのでどうせ俺が持っていても意味が無いし、ジョズのために投資しておくのも悪くない。
「む? 見た事が無い素材ですね、ちょっといいですか?」
俺は青年にウォーターウルフの牙を渡すと、青年はじっくりと観察する。
「魔物の牙ですね。……それに魔力の通りも良く頑丈なのに軽い。まるでミスリルのようです」
青年はこの牙をみて驚いたように言うが、正直なところ俺も驚いた。
なにせ【鑑定】と同じ事を言うのだ。さすが本職である。
「確かにこれならいい物が作れそうですが……短剣に作る物として考えるともう一本。初めて扱う素材ですので、できれば合計で3本あれば嬉しいんですけど」
青年は遠慮がちに聞いてくる。3本なら問題ないので青年に渡すと青年はさらに驚いた表情を浮かべる。
「まさかこんなに持っているとは……いいでしょう。鍛冶屋シュヴァルツの名にかけて、必ずや最高の品を作り上げてみせます!」
青年はやる気に満ちた表情でこちらを見てくる。おお、なんかプロっぽい。いや、プロなのか。
俺が青年に感心しているとそこへ割り込んでくる無粋な奴がいた。
「ちょ、ちょっと待ってくれ。それって俺の武器だろ。完全に当事者を抜きにして話が進んでるぞ!」
全く、ジョズは空気を読まないな。これだからジョズは……
俺が心の中で理不尽すぎる文句をぶつけていると、青年は再び笑みを浮かべる。
「そうですね。これはジョズさんの武器ですから、ジョズさんの意見も聞いてみましょうか」
青年にそう言われ、ジョズは顎に手を当てて考える。
「うーん。まず、今の素材で作った場合に、予算はいくらぐらいかかるんだ?」
ジョズがまっとうな質問をする。確かにどんないい物が作れたって白金貨10枚とか言われたら払えない。
「そうですね……この感覚からして、鉄製のナイフよりは値が張るでしょうが、ミスリル程加工費はかからないでしょう。大体金貨2枚と大銀貨5枚と言ったところでしょうか」
それでも高いな。ここは値切ってみるか?
「確かにモノに対する価格としては妥当だが、素材を余分に渡しただろ。それも考えて金貨2枚」
俺が金額を提示すると青年は難しい顔をする。
「確かにここまでの素材はありませんが、大銀貨5枚も値引くのは厳しいですよ。金貨2枚と大銀貨3枚と言ったところでしょう」
「新しい素材で武器を作るという経験を買ったと思えば安いものだろ。金貨2枚」
「ふむ……確かに経験としては充分ですね。金貨2枚でお受けしましょう」
交渉は青年があっさりと承認し、ジョズもいい物ができるなら、とそれを承認したためすぐに決まった。
「取りあえず金貨1枚、できた時にもう1枚でよろしいですか?」
「問題ない、金貨1枚だ」
ジョズが金貨を支払い、今日のところは帰る事にした。一週間後にはできるということで、それまでにつなぎのナイフを一本買っておいた。ちなみに俺の奢りだ。やっぱりここは先輩? としての威厳を見せつけないとな。あるのか知らないけど。
休日の方が平日より忙しいなんていろいろ間違ってるっ!(魂の叫び




