盗賊と商人
俺がそこに向かうとひとりの青年……俺と同い年くらいだろうか? 男が道から外れた茂みで木の後ろに隠れている。
俺は何かから隠れているのなら驚かしてはまずいと思い念のために接触する前に防音結界を張る。
「音を閉ざせ『防音結界』。これで良し、あれ? 最初って何て言えばいいんだっけ? 挨拶? 挨拶ってどうやるんだっけ?」
元々所謂コミュ障だったのが迷宮で長い時間人と関わりを持たなかったせいか俺はいま非常にテンパっていた。
取りあえずいつまでも結界を張って閉じ込めるわけにもいかないのでなんとかコミュニケーションを取ろうと男の横から現れる。
「うわっ! なんだっ!?」
青年はびっくりしたような声を出して俺の方を向く。何もそんなに驚かなくてもいいだろう。
「え、えーっと……にゃ、にゃんぱしゅ?」
……やっちまったああああああああああああああああ!
焦るあまりにネタに走った結果噛む。これほどみじめな瞬間は無いだろう。ちょっと帰りたくなってきた。あ、俺帰る場所ねーや。
俺がどうでもいい事を考えていると青年がこちらを警戒したまま話しかけてきた。
「お、おい。お前今何で急に―……」
男の方も驚いて冷静な思考を欠いているように見た。これなら先程の挨拶も聞かれてないだろう……聞かれてないよね?
そして俺はこいつの姿をもう一度みると思わずつぶやいた。
「お前……もしかして盗賊か?」
俺の問いかけに男は少しだけ体をピクリとさせたがすぐにナイフを構えて、
「あ、ああそうだ! 命が惜しければ身ぐるみ全部置いて行く事だな!」
と叫んだ。しかしナイフの持ち方は明らかに素人のそれである上に完全に腰が引けている。こいつもしかして新入りなのか?
「お、おい。どうした! 早くしろ!」
なんの反応も示さない俺にもう一度叫ぶがその足は徐々に下がっている。完全に逃げるつもりなのだろう。
「『土壁(アースウォール』』っと」
俺が唱えた瞬間先程の防音結界の境界線と同じ所に高さ5mほどの壁が現れる。
「なっ、魔術師かよ!」
男はそれを見て逃げ出そうとするが俺の作りだした壁は真っ平らで足場全く引っかからないので登る事は出来ない。尤も、ジャンプで飛び越えられるような相手には効果を示さないが普通の人間には無理だろう。
「くっそ!」
脱出が不可能だと分かると男はナイフを捨ててこちらへ走ってきた。どうやら本当にナイフの使い方は下手くそなようだ。
「『アースバインド』」
「ぐあっ!」
俺が魔法を唱えて男を縛ると男はうめき声を上げて暴れるがすぐにおとなしくなった。
「お前、最近盗賊になったばっかりだろ?」
「ああそうだよ、おととい入ったばっかりだ。それがどうかしたか?」
男は諦めたように脱力しきっている。何となくだが何か訳ありな気がした。
「おとといねぇ……それまでは何をしてたんだ?」
「あぁ? 冒険者をやってたんだよ。Dランクどまり止まりだったけどな」
その後も話を聞いて行くと何でも3年前に孤児院を出て冒険者になったらしい。
しかしなかなか上がらないランクに焦ったこいつは商人に騙され財産を奪われて挙句の果てには奴隷として売り出されそうになったらしい。
ぎりぎりで逃げ出したため奴隷にはならずに済んだが武器も何も無い状態で草原に放り出されたこいつは自棄になって盗賊に入ってしまったとの事だ。
「…………」
話を聞いた俺は思わず黙り込んでしまう。まさか盗賊にもこういった事情があるとは思わなかったのだ。
盗賊と聞いた時にテンプレで盗賊をボッコボコにしてやろうなどと思っていた自分が恥ずかしくなってしまう。
確かに事情があっても犯罪は犯罪だがこいつの場合は盗賊の仲間になっただけだ。何もしていない。
この世界の基準がどうなのかは知らないが盗賊になる事が犯罪だったとしても日本だったら余裕で執行猶予がついていいレベルだろう。
この世界のルールなんて全く知らない俺は日本の物差しでしか計る事しか出来ないがちゃんとした道に戻ってほしいと思う。
俺は拘束を解いて壁を元に戻すと男を解放してやる。
男は突然解放したことに困惑しているようだが俺は男に手を振ってやる。
「ほらほら、見逃してやるからまっとうな道を進めって。ほら、商人っぽい馬車も来るし盗賊に身ぐるみ剥がれたとか言って乗せてもらえよ」
男はしばしの間呆然としていたが俺の方をみて、
「……本当にいいのか?」
と聞いてきた。
「いいからいいから。ほれ、もう馬車が来るぞ?」
【索敵】で見てもそろそろ視界に入る頃だろう。
「どこだよ? 全然見えねえぞ?……あ、見えた。どんだけ目がいいんだよ……これでも昔は斥候だったんだぞ……」
どうやらこいつは【索敵】は持っていないらしい。そんなんで斥候が務まるのか?
それにしてもこいつはすぐに納得したな。本当に一時の気の迷いだったのだろう。自棄になると何かをしでかしてしまう気持ちは分からなくもない。
「とにかく行って来い」
「でも本当にいいのか? それにあんたは……」
「俺はいいって。すぐに帰れる」
実際は待ちなんて知らないのだが気配を消して馬車について行けばなんとかなるだろう。
「そうか、本当にありがとうな。まっとうな職に就く事ができたらまた会いたいよ。俺の名前はジョズだ。町であったら話しかけてくれよ」
笑顔で俺に告げるジョズ。イケメンである。盗賊なんかにならなければもてたんだろうな。
「ああよ、一回身ぐるみを剥がれたくらいならやり直せる。死ななければ何度でもやり直せるさ」
熱血教師のようなセリフを残して送り出してやる。身ぐるみを剥がれたのにナイフを持っているのはおかしいからといいナイフをくれるとそのまま馬車の方に向かい――険しい顔をして戻ってきた。
不思議に思った俺はジョズに尋ねる。
「どうした?」
「あの馬車……あいつ等、俺の事を騙しやがった商人たちだ……まさかこんな所にいるとはな」
ジョズが忌々しそうにつぶやく。
「なんだ? あいつ等がお前を騙したのか?」
「ああ、あいつ等は裏に貴族がついている違法の奴隷商だ。裏の世界では割と有名な違法商人であいつの被害にあった奴は少なくない」
ジョズの顔を見る限り到底嘘をついているようには見えない。本当にこいつらに騙されたのだろう。
俺も【遠視】を使ってみてみると高級そうな馬車の中にはでっぷりとした男が、そしてその両サイドには強そうな冒険者が座っていた。
「……あいつ等に頼むのはやめたい」
静かにジョズが呟いた。
「……よくわからないけど、悪い奴ってことでいいんだよな?」
「ああ、あいつ等はクズだ。それだけは間違いない」
ジョズが横で歯ぎしりをする。あいつ等はジョズと違い絶対的なクズだ。それだけは分かる。
「なあ、お前って襲う相手を見つけたらどうするんだ?」
「ん? 盗賊達には獲物をみつけたら木を切り倒して道をふさいだ後、盗賊達に教えて応援を呼ぶんだ。下っ端の仕事さ」
俺が質問すると怪訝な表情をするがジョズが答えてくれる。
「……なあ、その手柄、ちょっと独り占めしてみたくないか?」
俺が提案するとジョズは何言ってんだこいつみたいな顔をした。
「あいつ等はどうせ悪者なんだし追い剥ぎしたって問題ないだろ。どうせ金も必要なんだろ?」
「それはそうだけど……」
ジョズはあまり納得はしていないようだが恨みはあるのか俺の言おうとする事を察して木を探そうとする。
「あ、木は探さなくていいぞ。俺が魔法で適当に塞ぐから」
俺がそう言うとジョズは呆れたように溜息をつく。
「確かにあんたの魔法はすごいけどあっちには護衛が二人もいるんだぞ? しかもあの護衛は装備からしてCランク冒険者に相当する力を持っているはずだ。あんたも強いんだろうがさすがに分が悪い」
俺はそんなジョズの言葉を無視して近くに来た商人の馬車に向かって土壁を発動させる。
すると四方の地面から壁が生えてきて完全に囲う。そのままジョズを連れて壁の中にジャンプで飛び込むとお決まりの文句を言った。ついでにいきなり飛びあがったのでジョズは完全にフリーズしている。
「おうおうてめえら、命が惜しければ有り金全部置いて行く事だなぁ!」
なんか昔の不良みたいな感じになってしまったがしっかりと意図は通じたようだ。馬車の中からそれなりにしっかりとした装備を持った男が二人出てきた。
「なんだお前? 盗賊なんかにくれてやる金なんてねえよ!」
すぐに襲い掛かってくる二人組。動きは悪くないのだがこちらの武器が木刀なので完全に舐めている。そんなんじゃすぐにやられるぞ。
俺は襲い掛かってくる護衛の首元に木刀を当てて気絶させると魔法で地面に縛り付けておく。
そこまでしてようやくジョズが復活してすぐに状況を判断すると御者台から蹴り落として馬車の中に侵入する。その冷静な判断はさすが元冒険者と言ったところだろうか。
俺が御者も一緒に地面に縛り付けるとジョズが馬車から商人と思われるデブを引きずり降ろしてきた。
「よし、荷物は馬車ごともらうぜ。そのほかにお前らも隠してるものがあるんだろう?」
ジョズは先程返したナイフを首元にあてて脅す、俺と会ったときのびくびくしていた感じはどこに消えて行ったのだろう。恨みって言うのは人を変えるんだな。俺も気をつけよう。
俺が的外れな事を考えているとジョズから指示が飛ぶ。
「俺はこいつの身ぐるみをはぐから残りの三人の荷物で使えそうなものがあったらはぎとっておけ!」
俺はその指示に従いアースバインドを操作して三人の手足だけを縛る形にして護衛の二人組の装備からはぎ取っていく。
二人の持っていた装備はそこそこのものだったが手入れがあまりされていなくて状態の悪いものだった。
そんな装備も全部馬車の中に放り込むとジョズの方も終わった様でパンツ一枚だけになった商人が震えていた。男がそれやっても誰も得しないぞ。
「で、そいつどうするの? 殺す?」
俺が脅しの意味をこめて言うと商人は泣きながら命乞いをしてきた。
「た、頼む! 命だけは助けてくれ! ほ、ほら! 金はもうやっただろう! どうか見逃して――」
そのまま商人の声が途切れる。ジョズが商人の首を刎ねたのだ。とはいってもそんなにすっぱりと斬れる訳ではなくナイフは半分ほどで止まる。ジョズがそのまま力任せにナイフを振り抜くと商人の首は完全に胴体から離れた。
「……これで、仇は討てたかな」
ジョズが小さくつぶやくが俺の耳にはしっかりと届いた。仇をとる? あいつは確か自分が騙されてただけだって言ってなかったか?
「どういうことだ?」
俺が尋ねるとジョズはハッとしたように振りかえり何でもない、と答えた。
まあ俺もわざわざ詮索するような真似はしない。
「それで、こっちの護衛はどうするんだ?」
俺は話を変えてジョズに尋ねる。
「ちょっと待て……そいつらは犯罪者ギルドの人間だな。ここで放置しても報復に来るわけでも無いが放っておいても害を害をまきちらすだけの奴らだ。ちょっと待ってろ……」
ジョズは答えながら護衛の男達の懐をまさぐる。そして板のようなものを取り出した。
「ランクはC+か……最低でも複数回は殺人を犯しているはずだ。ここで殺しておいた方が世の中のためだろうな」
そう言ってジョズは男の首にナイフを差し込む。護衛の男は絶命する寸前に痛みで覚醒したがそのまま動脈を切られて死亡した。
俺はジョズがもう片方の護衛を殺している間に御者の懐をまさぐっておく。こちらもランクが同じだったので殺人を犯しているのだろう。俺は短剣を取り出して一気に首を刎ねる。
(……よく考えればこれが初めての殺人だよな……案外何とも思わないもんなんだな)
少し抵抗はあったが別に罪悪感がする事もなく人を殺す事が出来た。むしろそんな自分が嫌になってくるな。
早く人と会わせたくてこうなってしまった……少し強引な所があるかもしれません。
あまりにひどい場合はご指摘いただけると嬉しいです。




