閑話 スライムと新天地
短いですが閑話的なものをどうぞ。スランプの時に息抜きを兼ねて書いていた物を軽く編集してみました。
誠一が帰ってこなくなってから約二週間が経過した頃。彼のスライムはノスティア王国近辺を攻略していた。
最初はスライムの集落を探して潰して行くだけだったがそれだけではレベルも上がらなくなりゴブリンの巣に単騎で突撃、さらにはオークの群れに飛び込んで皆殺しをするという最早スライムの領域を完全に飛び越えたような行動をとっていた。
そしてその問題のスライムは今、棍棒を持った5匹のオークに取り囲まれていた。
「グルルル……」
周りを完全に囲まれているスライムは警戒をしているのかしていないのか、体をフルフルと震わせていた。
やがてしびれを切らしたオークの一匹がスライムに襲いかかろうとする。
スライムはそれを待っていたと言わんばかりにオークの腕に飛び乗り自分の核を顔面めがけて突き出す……つまりパンチを繰り出した。
予想外の攻撃に一瞬だけ怯んだオーク。スライムはその隙を逃さずに顔に張り付いてオークの顔面を捕食しようとする。
もちろんそんな簡単に大きなものを消化できるわけでは無いが。数秒した後にスライムが離れるとオークの顔は火傷のあとのようになっていて大怪我を負っていた。
予想外の事に呆然とする他のオークの顔面めがけてスライムは弾丸のように体当たりをしていく。それによって残りの四体の内三体が地面に倒れる。
無傷の一体は我に返るとスライムに向けて思いっきり棍棒を振り下ろす。
それを見たスライムは体を丸めて防御姿勢を取る。
オークの攻撃がスライムに当たった瞬間。オークの棍棒が弾かれる。先程の防御態勢は自身の体の硬さを変化させるという本来スライムには不可能な技だった。
そしてそれによって弾力を持たせたスライムはオークの腕から棍棒を弾き飛ばすと再び恐ろしい程のスピードで顔に体当たりする。
そして弾力を持ったまま体当たりをしたスライムはオークの顔に当たるとまるで計算されたかのように先程顔を溶かされていたオークの顔面めがけて飛んでいく。
あまりにも予想外の事に対処が遅れたオークはそれをかわしきれずに激突。後ろにひっくり返っていく。
その後は単調な作業だった。
起き上がろうとするオークから順番にパンチで沈めていく。そして全員を一撃で沈めるとレベルがアップした。
“レベルがアップしました”
頭の中に響く声にスライムは反応するが生憎とスライムはステータスを確認する術を持っていない。
スライムは森の外に出ると森に向かって振り返った。
いや、実際には核がクルンと回転しただけなのだがスライムにとっては振り返るという動作に当たるのだろう。……多分
彼――若しくは彼女――はこの森から出て行く事を決意した。それもこの森では最早スライムにかなう相手がいない事とここで待っていても主人が来ない事がなんとなく予測できたからである。
彼は新しい大地に向けて一歩を踏み出した。
森を出た先は草原が広がっていた。この草原はノスティア王国の王都の正門側に面している草原で辺りを見ると駆け出し冒険者や商人の姿も見える。
スライムは出来る限り人間に見つからないように行動する。
もちろん、自分の命を優先しているためでもあるがそれだけでは無い。そもそもこの辺りで狩りをしている新人冒険者程度ならば彼が本気を出せば簡単に倒す事が出来る。
それでも人間を避けて通るのは自分の主人――誠一に極力人間は襲わないようにと言いつけられていたからだ。
もちろん、向こう側から襲い掛かってくればその限りではないがスライムは出来る限りその言いつけを守るために人間との接触を避けていた。
しかしそれでも困難というものは避けて通れない物である。
「お、こっちにスライムがいたぞ!」
ひとりの少年が誰かに呼び掛けるようにして叫びながらスライムを見下ろしている。彼は逃げようとするがすぐに周りを囲まれて逃げ道をふさがれてしまった。
「最近スライムがやたら少ないから珍しいな。でもこれでやっと依頼を達成できるな」
少年の一人が意気揚々と剣を振り上げる。それを見たスライムはしょうがないかと諦めて少年の顔に軽く飛びついて貼りつく。
「うわっ!? 何だこいつ!」
少年はいきなりの事に驚いて剣を取り落とす。そのままスライムは彼の頭の上に飛び乗ると体をゴムボールほどの硬さにして転がるように逃げて行く。スライムの体内にある核を利用して重心を移動させることによってどんどん転がって行く。曰く、「スライム48の殺人技」の一つらしいが誰も全ての技を見た者はいないという。
その日から、王都の冒険者ギルドの間では足の速いスライムのうわさが広がって行ったという。




