ダンジョンとキメラ
もう自分でスランプなのかどうかさえ分からなく……
次の朝。俺はいつも通り訓練を終え朝食を食べていると大地が話しかけてきた。
「誠一、ちゃんと準備はしたか?」
「ああ、いろいろと道具を整理したからなんとかなった」
俺は昨日大地から食料とポーションを分けてもらったのだがアイテムポーチの用量がオーバーしていて入らなかったので整理していたのだ。
「手持ちの魔石をローブのポケットに移し替えたおかげでなんとかはいりきったよ、ありがとな。やっぱおまえはいい奥さんになれる」
「そう言うのはもっと別の人に言ってあげなさい」
軽く俺をあしらう大地だが本当にこれ以上に奥さんに向いている人を俺は知らない。結衣? あの人は天然系鈍感美少女だから奥さんとは違う気がする。むしろ神田さんのが奥さんっぽい。あの人も天然だけど。
おれたちは朝飯を食べ終わるといつもより早く訓練場に集められた。
「よし、先週から行っていたように今日からはダンジョンで実戦経験を積んでもらう! もちろんダンジョンと言っても初心者向けの簡単なダンジョンだし俺達もついていくから大丈夫だとは思うが万が一の時に備えておいてくれ!」
全員が集まるとさっそくダンが皆に話しかける。今日は魔法の授業もカットしてダンジョンに向かうそうだ。
事前にダンから聞いていたダンジョンの特徴をまとめるとこうだ。
一つ、ダンジョンは異空間につながっていて外から見た大きさでは中の広さは分からない。
二つ、ダンジョンは人為的に作られたものと自然にできたものがある、
人為的にできたものは基本的に何もしなければ魔物が出てくることもなく普通は広いスペースの無い所で訓練場として作られる事がほとんどらしい。
もう一つは自然的にできたダンジョンだ。こちらは地上で魔素の濃い所に出現する。今日行くダンジョンもこれだ。
見た目は洞窟のようなものから入口が巨大な木や岩になっていたりといろいろな種類がある。
三つ、ダンジョンの中から魔物が出てくる事はないがダンジョンができるときに周囲の魔素がこくなるためそこに出てくる魔物が強くなるらしい。
俺がソードオーガを見つけた時に調査隊が出た理由もこれだ。結局ダンジョンは見つからなかったらしいがな。
「では勇者達35人と騎士団9人、今から『サウロスの迷宮』に行く! ついてこい!」
ダンがそう宣言して騎士団と一緒にダンジョンのある場所まで移動した。
ダンジョンは王城をでて30分ほどの所にあった。普通のダンジョンは冒険者などが入れるように一般開放されているのだが、このサウロスの迷宮は国の所有物なのに騎士団の訓練に使われているという訳でもなく、長らく放置されていた迷宮らしい。
ダンジョンの中に入ってみると思っていたよりも広くRPGに出てくる洞窟のようなつくりをしている。更になぜか壁が発光していて火を焚かなくても周りが見える。
俺を含めたクラスメイト達がその光景に見とれているとダンが話し始めた。
「みんなよく聞いてくれ! このダンジョンは30階構成で今日は初めてということでできる所まで進む! 少し進むと魔物が出てくるからもう一度装備の確認をしておけ!」
皆がアイテムポーチから剣を取り出す。俺はダンジョンに着いた時点で剣を装備してオーガソードもすでに服の中に仕込んである。
クラスメイト達は魔物が怖いのかはたまた魔物を殺す事が怖いのかあまり元気がないように見える。そこで浅野が活を入れた。
「みんな聞いてくれ! 俺達はこれが初めての実戦だ。いろいろと不安があると思う。事実俺だって少し怖い。だけど今までやってきた事をしっかりとやってみんなで力を合わせれば必ず乗り越える事ができる! それに騎士団のみなさんだってついているんだ、皆安心して全力を出して生き残ろう!」
浅野の臭いセリフで勇気(笑)をもらえたのかクラスメイト達の表情が先ほどより明るくなる。
「よし、じゃあ今回はリョウをリーダーとして進んでいけ。危なくなったら助けるが基本的にはリョウのいう事を聞いて進んでいくように」
タイミングを見計らってダンが宣言し浅野を先頭にして進んでいく。
少し歩くとスライムが出てきた。前の方に居る浅野達が臨戦態勢をとる。
「あー、そいつはスライムだ、蹴飛ばせ死ぬような雑魚だから適当に倒しとけ」
ダンが何ともざっくりした説明をする。生徒達もさすがにスライムのような粘体生物なら殺す事に抵抗がないのか大げさに剣を使って倒している。そんなことに剣を使うんだったら俺の剣と交換してほしいものだ。
ついでに気になったので索敵を発動させてみたがどうやら一層にはスライムしかいないようだ。
スライム達はほとんど浅野達が倒してすぐに二層に進む。するとなにやら犬のような顔をして二足歩行の魔物がいた。おそらくこれがコボルトなのだろう。なぜかあの森にコボルトはいなかった。
「そいつはコボルト、スライムほど弱いわけじゃないが子どもでも武器さえ持っていれば十分倒せるような雑魚だ」
コボルトは手に棍棒のようなものを持っている。だがさっきよりも動物に近いからか浅野達も倒すのをためらっているように見えた。
前の方に耳を傾けるとやはり殺したくないだの罪悪感が何だのと言っている。やらなきゃこっちが殺されるというのに随分と平和主義なのは日本人だからだろうか? いや、俺も日本人だけどさ。
「みんなの気持ちは分かる。でもこれはやらなきゃいけない事なんだ! これからも何度もこんな事をやらなきゃいけない時が来る。そのためにも今やらなきゃいけないんだ!」
ためらっている生徒達に声をかけてコボルトと対峙する浅野。腰が引けているがそれでもしっかりとコボルトに剣を向けている。
しかし前のグループに居ない人は何が起きているのかあまり分かっていないようすで少しだけ混乱しているようにも見える。
「なあ誠一、大丈夫なのか?」
不安になったのか大地が俺に聞いてくる。他の生徒達を見ると気持ち付き添いの騎士の近くによっている気がする。
「ん? ああ、別にあんなの雑魚中の雑魚だしちゃんと戦えばまず間違いなく勝てる。こっちは剣を持ってるんだぞ?」
俺なんて鍬でゴブリンを撲殺したしな。
俺の事を知っている大地はそれを聞くと安心したのかしっかりと前の戦闘に目を向けていた。
浅野はコボルトと対峙する。数秒ほど経ったら浅野がコボルトに斬りかかる。
コボルトはそれをぎりぎりで避けて浅野に棍棒で殴ろうとして振りかぶる。しかし振りかぶったところを浅野の剣に捉えられてあっさりと絶命した。
「……ふう。なんとかなったよ」
戦闘が終わるとクラスメイトに向けて笑顔で手を振る浅野。それを見て余裕ができたのか浅野の取り巻きの生徒も少しずつコボルトを狩りはじめる。
しかし後方にはまだコボルトを倒す事をためらっている生徒がいるようでなかなか戦闘が進まない。 しかしそれを気にすることなく浅野達は前に進もうとする。
これは浅野の欠点と言っていいだろう。自分の周りだけ見ていて自分の後ろの事を考えない。何とも迷惑な野郎だ。
その後、何層か進んで今は……10層目か?にまで降りてきた。ここに来るまでもいろいろとハプニングがあったがそこまで問題はない。だが浅野は気付いていないが結衣や神田さんをはじめとしたの後ろの方にかたまっているグループの特に女子が疲れている様子だ。
ダンも何度か休憩をはさむように助言したのだが、浅野の取り巻きたちが大丈夫だと言い勝手に進んでいっている。一応なぜ無理やりにでも休ませないのかを聞いたら今回は浅野をトップにしているからピンチになった時どう立ちまわるのかを見るのと一度危ない目を見て突っ走らせないようにするとの事だ。
勝手に突っ走って死んでいくのは初心者を抜け出したばかりの冒険者に多い事で自分の力を過信して深い所に入ったせいで強い魔物に殺されてしまうという事故が後を絶たないらしい。
まあ今回は騎士団の面々にダンと俺が付いている。強い敵が出てきても死者が出るような事にはならない……はずだ。
浅野達がグレイウルフを囲んで戦っている。多少苦戦しているようだがあのままなら問題なく倒せるだろう。しかし後ろのグル―プの生徒達は序盤で戦闘をしなかったため余りレベルが上がっていない。そして魔物が強くなってからは前の方から魔物が出てくる頻度が高くなったので何度か危ない状況に陥っている。
さすがに浅野達もまずいと思ったのかこちらの事も考えてゆっくりしたペースで進むようになったがこの層のグレイウルフが予想以上に強かったらしくなかなか思うように行っていないようだ。
「キャッ!」「ぐっ!」
クラスメイトがグレイウルフの牙にやられて軽いけがを負った。すぐに結衣が反応し怪我を治そうとするが俺と神田さんがそれを止めた。
「待て結衣、今のはかすり傷だ。一々そんな傷に回復をかけてたら魔力がいくらあっても足りなくなる」
「そうよ結衣。如月くんの言うとおりだわ。このままだと下手するともっと大きなけがを負う人が出るかもしれない。あなたの回復魔法は今いる騎士の人たちを含めても一番高いの。だからぎりぎりまで温存しておくのよ」
あまり使ってないとはいえここに来るまで何回か治癒魔法や攻撃魔法を使って魔力が少なくなってきている結衣は渋々と言った様子で治癒魔法をひっこめた。
怪我をした生徒達には睨まれたがそんな日常生活でもできるような怪我はダンジョンを出てから治療すればいいのだ。
関係ないが時々すれ違いざまにクラスメイト(主に男子だが)に睨まれることが多くなった。やはり結衣の事を名前呼びしているせいでいろいろな誤解を招いているんだろう。
そこへ浅野達の壁を突破して来たグレイウルフが俺めがけて飛びかかってきた。
「あ! 誠一くん後ろ!」
「危ない!」
二人が叫ぶが俺も索敵で大体の来る場所は分かっているしこの程度なら三発ほど食らわせれば倒せる。
俺はあわてず騒がず剣でグレイウルフを返り討ちにして倒した。
「………………」
「凄いね誠一くん! そんな剣が上手なんて初めて知ったよ!」
浅野達が一体複数で少しだけとはいえ苦戦している魔物を簡単に倒した俺に神田さんは言葉もないような様子で、結衣は天然だからかとにかく凄いということしか分からなかったらしい。
そして迫りくるグレイウルフをやっとのことで全滅させた浅野達は疲れきっていてその場にへたり込んでしまった。よく警戒すればゴブリンが2,3体ほどこちらへ向かってきているのだが初の実戦としてはこれで上出来だろう。
俺はクラスメイトにばれないように魔法でこっそりとゴブリンを処理して休憩をとった。
しばらく休憩をすると先へ進む。すると次の階層には巨大な崖があった。
「この崖から落ちたらまず助からないと思え。何でもこの崖は最低でも20kmはあるそうだ」
全員が崖を見て呆然としているとダンから衝撃の言葉が告げられた。深さ20,000mですか、ヒマラヤもびっくりだね!
試しにソナー魔法を放ってみつが反応がない。魔力の反射さえも感じ取れない所を見るとどんなに少なく見積もっても1000mはあるな。深さが20kmあっても不思議じゃない。なんといってもダンジョンは異次元にあるらしいしな。
ここに出てくる魔物はオーガだ。亜種では無く普通のオーガ。ソードオーガと比べればゴミみたいな強さだがそれでも十分強くクラスメイト達がかなり苦戦している。幸いこの周辺にはオーガが一体しかいないので倒したら一度撤退をした方がいいのではないかと思った時、悲劇が起った。
「おまえら! もっとしっかりと相手を捕えろ! そうだ! 一気にたたみかけろ!……ん?」
今まで生徒達に指示を出しつつ少しだけ援護をしていたダンが疑問の声を上げる。その数瞬後に俺の索敵に巨大な魔力反応が現れた。
「っ!? お前ら全員逃げろ!
我が目よ 魔力をより精密に 『画像解析』」
俺は思わずクラスメイトに向けて叫び魔法を唱える。今使ったのはソナーと同じオリジナルの索敵魔法の一つで索敵の範囲内にある魔力反応の部分をより詳細に確認することができる魔法だ。
俺は索敵に映りこんだ魔力反応に向けて魔法を使う。すると今までぼやけていた影のような魔力反応が少しずつ詳細な形を作っていくのが分かる。
影はライオンのような形をしていて尻尾は蛇のような形をしている。しかも大きさはソードオーガの倍近くある。しかもその辺りをうろうろとしているオーガとは違ってこちらに向かって一直線で向かってきているのが分かる。
俺は体の特徴と記憶の中に存在する魔物たちで一致するものがないか必死に考えていると浅野がこちらに向かって話してきた。
「どうした如月?確かにオーガは手ごわいけどこのままいけば一体くらいは押し切れる……よっ!」
話しながらもオーガの攻撃を避ける浅野。まだ事態を理解してないようだ。
「ライオン……蛇……っ!? まさか!?」
俺の記憶の中に一つ聞いたあ事のある魔物の名前を思い出した。
――『キメラ』
俺が図書館で読んだ図鑑の中には身体的特徴はほとんど書いていなかったし説明文も全くと言っていいほどなかった。しかし今索敵に反応している魔物は前世で言われていた所謂キメラと身体的な特徴が一致する。
それが分かった時、すぐにダンに向かって叫んでしまった。
「ダンさん! イッツァカイメラ!」
「なっ!? キメラだと!? お前ら、今すぐ全員戻れ!」
慌てて叫んだため、おもわず無駄にネイティブな英語になってしまった。しかし翻訳機能が優秀なのか通じたようで、それを聞いたダンは慌てて生徒達を前の層に避難させようとする。が、残念ながらそれは不可能のようだ。
「……時間切れ、ですかね?」
「……ああ、そのようだな」
思わずダンと一緒に呟いてしまう俺。
崖にかかっているつり橋の向こうにはライオンの頭と山羊の胴体。そして毒蛇のしっぽを持った魔物――キメラがこちらを睨みつけていた。
おまけは近いうちにまた書きたいと思います。




