鑑定と教会
目の前に大きな壁が、そして立派な門が見える。俺達勇者の次の訪問先、イストラの街だ。先頭の馬車がその門をくぐり抜けていくのを見ながら、俺は自分の顔を強く叩いた。
「――全く、俺がこんな顔をしていたらいけないか」
一人苦笑して自分に活を入れるが、胸の内にあるのは昨日から続く焦燥、そして不安。
この街で異常が起きている事を知らされたのは、昨日のことだ。
幸い、元々出発する予定ではあったのですぐに出発することが出来た。タイミングよく俺達が居合わせたことは、ある意味幸運といえるだろう。過信しているわけではないが、俺達はこの世界で騎士や冒険者と呼ばれる戦闘行為を生業にしている人々の、大半よりも強い。今回の大規模な魔物の討伐に関して、大きな戦力となることだろう。少なくとも、戦闘をメインにしているクラスメイトたちが足手まといになることはない筈だ。
とは言え、俺達は冒険者と比べてどうしても実戦経験と言うものに乏しい。もちろん皆訓練を欠かしているわけではないが、あまり魔物との戦闘は多くないし、何より殆ど安全が保証されているような状態での訓練だ。失敗したところで、大怪我すら負わないような状態での戦闘しかしていない。ましてや生きるか死ぬかの戦闘なんてしたことがないだろう。もちろん、俺も含めてのことだ。
今回のオークロードと言う魔物は、大規模な巣を作り、場合によっては街に甚大な被害を与え、死者が出るかもしれないような相手だ。皆が不安になるのも無理はないだろう。
街に強力な冒険者が複数人いるということで、失敗する可能性は低いだろうとのことだが、それでも怖いものは怖い。
生存率の話をすれば、危機感を持たずに無鉄砲になるよりは、不安がっている方がずっといい。誰かが無理をして仲間を失うなんてことはもう二度と御免だ。だが、俺達が不安がっているわけにはいかない理由がある。
俺はこの世界のことに関しては全く無知だ。しかし、学ぶことが出来ないわけではない。こうやって各地に赴いて自分の姿を見せびらかすことに、どんな意味があるのかも察しがつく。この街でそれを行う事の重要性もだ。
確かに腕利きの冒険者が複数人いることはこの街の住人にも安心材料になっているのだろう。しかし、長年おとぎ話や詩曲として語り継がれて来た勇者が、自分たちを守ってくれているということへの安心感は絶大なものだ。教会が発表した魔王の封印が弱まって来ているという情報も、もし勇者が居ない状態で発表されていたら、今の比ではない混乱が起きていることだろう。
つまり、街の住人にとって俺達勇者というものは一種の希望なのだ。その希望が戦闘を前に不安を見せるわけにはいかない。例えそれが虚勢だとしても、それをしないと大勢の人々が混乱に陥るかもしれないのだ。これは決して大袈裟な話ではない。
「その他にも気がかりなことが幾つかあるし、勇者というのもいいことばかりじゃ無いね」
一度溜息を着くと、今度こそ不安を胸の奥に追いやって馬車から顔を出し、門をくぐり抜けた。
街に入った俺達は、その姿を見せつけるように馬車から体を出したり、時々手を振ったりなどをして、ひと目勇者を見ようと道に並んでいる人々にアピールをする。車の上に乗っているわけでは無いので遠くからは見えないこともあり、押し合い圧し合いをしてなんとか姿を見ようとしている人達の姿も見える。
「期待されてるな……」
彼らの中には、すがるような思いでこちらを見ている者も多い。教会の人は、冒険者と勇者が協力すれば楽に討伐できると言っていたが、なるべく万全の準備をしておきたい。
内心では一刻も早く準備をしたいと思いながらゆっくりと道を進んでいると、突然脳内に軽い衝撃を感じた。
「っ――!?」
反射的に辺りを見回すが、誰の姿も見えない。あまり露骨に探していると周りに怪しまれてしまうので、すぐに取り繕うが、同時に幾つかのスキルを発動させて周りを探る。
今の衝撃はまず間違いなく俺の身につけている鑑定阻害の魔導具の効果が破られた影響だろう。これは教会から受け取ったもので、稀に先天的にしか習得出来ないスキル、【鑑定眼】というあらゆる偽装を看破するスキルを持ってる人がいるので、その効果に対抗するための魔導具だ。ちなみにこの魔導具には他の効果はない。
しかし、【鑑定】と【看破】スキルならば完全にごまかすことのできるこの魔導具も、【鑑定眼】に一定以上の魔力を込めて発動することで無理やり破る事ができるのだ。本来【鑑定眼】のスキルを持っている人は、商人などの戦闘に関わらないスキルを持っている事がほとんどということもあり、俺の魔力を込めていれば滅多なことでは破られないだろうと思っていたが、どうやら少し過信しすぎて居たようだ。
数秒間【索敵】や【魔力感知】なども使用するが自分を【鑑定】した相手は見つからず、これ以上やっても無駄だろうと思いあきらめた。
(気がかりなのは【害意感知】に引っかからなかったことか)
勇者の称号を得て同時に取得した【害意感知】というスキル。これは常時発動型のスキルで、周辺にいる自分に対する悪意、殺意、その他自分に敵対しようとしている人間が分かるというスキルだ。
不本意ながらこのスキルが今までの旅でかなり高くなっているので、今では自分を殺そうとしている相手の動作を把握することができるという便利なスキルになっている上、【隠密】などのスキルの影響を受けずに察知することができるので、悪意を持って近づいてくる人間はすぐに分かる。
逆に、意思のない罠や自分に悪意を持たない人間には全く反応しない。つまり今回の場合、俺の知らないスキルを用いて隠蔽してない限り、悪意を持たずに自分の事を【鑑定】しようとしてことになる。それも、俺が魔力を込めた魔導具を超え、その上俺の【索敵】にもかからない程に隠密に優れた相手だ。
しかし、見られてしまったものは仕方ないと気を取り直し、もう一度魔導具に魔力を込めると平静を装う。念のために辺りの警戒もしていたが、結局教会に入るまで彼が接触して来ることはなかった。
教会に到着すると、俺達はそのまま教会の中の一室に通される。その部屋に入ると、それまで騒がしかった教会の外から聞こえる声が一切聞こえなくなる。どうやら部屋に防音の結界が貼ってあるようだ。50人ほどが入っても余裕のありそうな部屋には、すでに二人の男性が座っていた。
勇者全員がその部屋に入ると、俺達と一緒に部屋に入ってきた司祭が慇懃に話し始める。
「到着したばかりで勇者の皆様には申し訳ありませんが、今回の魔物の討伐について説明をさせていただきます。ひとまずお掛けください」
司祭に促されてそれぞれ適当な椅子に座ると、三人が話し始める。
「まずは勇者様にお越しいただいたことに感謝を。私はこの街で司祭を任されておりますセシアと申します」
「私はこの街の領主を任されているラスカーと申します。以後お見知り置きを」
「冒険者ギルドマスターのムングだ。それでオークロードの討伐についてだが――」
ムングさんの説明によると、SS-と呼ばれる冒険者によって人質を救出した後、俺ともう二人の冒険者でオークロードを倒す。更に他のSS-ランクの冒険者が大量にいるオークを追いやって、もう一つの入り口に追いやる。そこから出てきたオークを他のクラスメイトたちと大勢の冒険者で一気に討伐するらしい。
ムングさんが一方的に説明をすると、当然の事の様にクラスメイトからは反対の声が上がる。
「浅野だけオークロードと戦うってのは危険じゃないか?」
「せめて俺達の中の何人かをダンジョンに入らせるべきだろ」
「勇者以外の人間と組んで大丈夫なのか? それなら俺達だけでやった方が……」
そんな声が上がる中、それまで聞いていたムングさんが静かに口を開いた。
「……俺は勇者の実力をギルドや教会の伝手を通して事前に聞き、妥当であると考えた配置をした。この配置は勇者本人を直に見ても変わらない――むしろ、勇者が冒険者の足を引–っ張る可能性があるとも思っている。この条件が飲めないのなら勇者の力添えは結構。この件には我々冒険者ギルドのみで対処する」
そういったムングさんの言葉には威圧が込められていた。この人はまず間違いなく俺よりも強い。ステータス上の数値は俺のほうが上かもしれないが、長年冒険者として魔物と戦い、多くの冒険者を見てきた技術と経験の前に俺は手も足も出ないだろう。
先程のクラスメイトの言葉を聞いていると、今回の討伐に不安を抱いている一方で、自分たちの力を過信している節があるのだろう。これだけ勇者としてもてはやされれば無理も無いだろうし、実際に並大抵の人よりは強い。しかし、彼らより強い人間はこの世界にいくらでもいる。もちろん、俺も同じだ。むしろ、自分こそが一番自分の力を過信していたのかもしれない。自分が一番強いからと、自分だけが皆を守ることができるのだと心の何処かで思っていたのかもしれない。
とにかく、ここはムングさんの配置に従うべきだ。多くの強者を見てきたギルドマスターの眼力を信用しよう。
「皆、ここはムングさんの配置に従ってくれ。冒険者の皆さんは俺達と比べ物にならないような実戦経験を持っている。俺は、これが一番安全で、且つ確実に討伐ができる方法だと思う」
俺が説得すると、クラスメイト達もなんとか納得してくれたようで、話が進んでいく。ところどころで揉めそうになる部分もあったが、夜になる頃にはなんとか話がまとまった。
話が終わり街の領主とギルドマスターが退出すると、俺達はそれぞれの部屋を案内された後夕食を振る舞われた。
「勇者の皆様、明日は早くからお出かけになることになるでしょう。ここまで来るのにもお疲れになったでしょうし、今日のところはお休みください」
夕食を食べると司祭にそう促される。イストラに着くまでに一晩を野営をして過ごしたので皆疲れていたし、元々教会に。泊まると消灯が早い。そのため皆食事が終わるとすぐに寝てしまった。
もちろん、俺も明日の朝は早いので部屋に戻ると簡単に装備の確認をして、明かりを消して寝ようと思った、まさにその時だった。
「――っ、また!」
再び【鑑定】をされる、あの頭に響く感覚に襲われて辺りを見回す。今度は教会の中、それも俺の部屋にいるのだ。その相手はすぐに見つかった。
「……『ライト』」
部屋の明かりを消して居たため殆ど相手の顔が見えず、魔法で明かりを点ける。
「……久しぶりだな、浅野。一年振りくらいか? 正直ダンジョンの中に居た頃の時間の感覚が曖昧すぎて、どのくらい経ってんのかわからん」
そこに居たのは、黒い服に身を包んだ青年。
そして彼は、俺のクラスメイトで共に召喚された、そして二度と会うことの出来なくなってしまったはずの人物だった。
言った側から更新間隔が縮まない。年内まではペースが更に落ちそうです。一ヶ月後まで無駄に予定が入ってるのに、クリスマスだけ予定が空白なのは何なんでしょうか。