会合
ジルの話から約一ヵ月後大河の話から一日後です
荒野。不毛の地と呼ばれているそこで、二人の人間が向かいあっていた。
「異世界トリップ初めての美少女遭遇イベントキタコレ。しかも身寄りのなさそうな美少女。恩を売って助け出せばワイにデレデレや、って言いたいところやねんけど……お嬢ちゃんちぃっとばっかし強すぎひん?」
「ん。あなたも強い。一撃で殺せなかったのは久しぶり。」
西へ向かった大河と東へ向かったジルが出会ったのは偶然なのか運命なのか。後の厄災の道化師と後の破壊の女神の戦いは始まっていた。
(この人。強い。今までの敵とは違う。魔力も食べられないし。直接奪えばなんとかなる?かな。)
「なんかあんまし褒められてる気がせぇへんな。お嬢ちゃんどこの人なん?ワイここまでに結構な数のエリートっぽい人と戦ってきたけどお嬢ちゃん多分段違いに強いで?」
「んん。」
大河の言には答えず、思い切り力を入れて飛び出すジル。足を中心に魔力で強化して、人に在らざる速度を可能にしている。一瞬で詰まる間合い。そのまま大河の顎を打ち抜かんと全力で拳が繰り出される。それはこの場に巨人族がいても舌を巻いたであろう程の強力無比な一撃。
大河はそんな一撃を最小限の動作でかわして地面に転がり込む。異世界に呼び出され、視角や聴覚といった五感や肉体能力を大幅に強化された大河をしてそうせざるを得ないほどの圧倒的な速度であった。
「ちょっ!!はや。リアルに残像見えるやん。それ食らってたらワイ死んでたんちやう?」
間一髪でジルの攻撃をかわして、起き上がりながら、飄々とそんなことを言う大河。言葉の余裕とは裏腹に額に若干汗が滲んでいる。一方、一般人ならまともに見ることすら出来ない一撃をかわされたジルは驚きに眼を見開いた。
「ん。あなたはやはり強い。これでも死なないなんて。それに、魔力の濃さも桁違い。おいしい……」
「お嬢ちゃん魔力食べるんかいな。出合った瞬間魔力抜かれそうやったからレジストしてみたけど、直接魔力の層に触られたら問答無用で食われんねんな。あんたほんまに人間かいな?なんかワイ、魔物とか言われたほうが納得すんねんけど」
「ん。そう最近食べられるようになった。私は人間。取り合えずあなたの魔力を貰う。」
そう言ってジルは地面を思い切り殴りつけた。砂塵が飛び、大河の視界を塞ぐ。
(いく。)
狙うのは砂塵に紛れた一撃。恐らくこれだけ視界を奪われた中ではさすがの大河も攻撃を見切ることは出来ないと踏んでの作戦だった。まずは地面の石を思い切り蹴る。これでどうにかなるとは当のジルも思ってないが、少しでも体勢を崩してくれれば、後に続く全力の一撃を当てやすくなる。
だが、ジルのその作戦は脆くも崩れ去る。
ジルの前に起こったのは大砂塵。自らが放ったよりも遥かに多い土砂がジルにも向かってきた。
(んわ。私と同じことを?)
そう思ったのも束の間。ジルの前に今度は魔力の塊が多数飛来する。信じられないことにその一個一個に以前殺していた高位魔術師一人が持っているのと同じくらいの魔力が込められている。
そんな魔力塊が十数発。通常の者ならば一発貰うだけで身体に重度の障害を負うこと必死である。
だが生憎にもジルは普通ではない。
一発もかわすことなくーーそれどころか自ら喰らいにいってーー嗤う。
それは初めて食べた魔力の味にうっとりする少女であり、戦闘で始めて味わう快感に酔いしれる少女であった。
「ん。おいしい。」
魔法の抵抗力が弱い兵士なら一発で絶命させられる程の攻撃を十数発も受けて、けろりとしている少女。並みの使い手ならばそこで戦意を軒並み削がれ、みすぼらしく遁走することになるだろう。
しかし無論のことながら大河は並みの使い手ではない。
彼がジルが魔力を喰らっている隙を見逃すはずが無かった。
「ん。」
飛んでくるのは大量の石つぶて。奇しくも大河が取った攻撃方法は先程のジルの模倣だったらしい。
砂塵によって数段曇った視界の中、ジルは最小限の動きでつぶてをかわす。それでもかわし切れないものは殴って壊す。その動きに一切の無駄は無く高度に洗練されている。
「ん!!はっ。」
ーー突然ジルが驚きの声をあげた。
つぶての一つがジルの腕に命中したのだ。
痛くは無い。ダメージもゼロに等しい。
しかし、おかしい。
ジルが感じたのは違和感。
ジルはつぶてに紛れて繰り出される、大河の一撃を常に警戒していた。つぶてではダメージが与えられないことは相手も分かっていると思っていたし、それならばつぶてを囮にして本命の一撃を当てにくると思っていた。
だから体勢を決して崩さないように、砂塵の向こう側にいる大河の魔力を常に警戒していたのだ。
だが結果はどうだろう。全て位置を把握していたと思われるつぶての一つが自分に命中し、その瞬間身体がコンマゼロ数秒も固まったにもかかわらず、大河が攻撃を仕掛けてくることは無かった。
確かに砂塵の中でジルに出来た一瞬の隙を突くなどという芸当はよっぽどの強者じゃないと出来ない。しかしジルは大河のことをその「よっぽどの強者」だと判断していた。
大河の底知れぬ力量をある程度は推し量っていたが故の違和感。
それにつぶてが感知できなかったのもおかしい。つぶてが空を切る僅かな空気の流れや、つぶて発する微弱な魔力から全てのつぶての位置を把握しているつもりだった。
ーー何か狙いがある
とは思ったものの、同格の猛者との戦闘経験に乏しい上に、普段あまり頭を使わないジルにはそれが何か分からなかった。
結局ジルは考えることを止めて戦闘を継続する。
ジルが得意とするのは接近戦だ。接近戦なら大河よりも速く動けば優位に立てるし、魔力を吸収することも出切る。
「ん。」
いっそ愚直なまでの突撃。だがそれは先程と同様速く、鋭い。そこから繰り出されるのは先程より遥かに気合を込めた一撃。
それを大河はまた紙一重でかわす。ジルはその瞬間、身体に豊潤な魔力が流れ込んでくるのを感じながら、体勢を崩した大河に足払いをかけた。
「うわっち」
今にもジルの足払いが決まろうかという瞬間、驚いたような声をあげて大河が足元で魔力を爆発させて距離を取った。ジルは知らないことだが、初めて魔力を使ってから二日目にしては異常な魔力コントロールである。
すかさず追撃しようとしたジルに対してもう一度魔力を爆発させ大きく距離を取る大河。
追撃を諦めたジルに大河が飄々と語りかける。
「いやぁ。まいったわ。ワイより遥かに速いんやもん。お嬢ちゃん本当に何者なんや。ワイほんまびっくりしたで。お嬢ちゃんがこの世界最強や言うてもうなずけるわ。いや世界のことよう知らんワイやけど、何となくそんな気がすんねん。
でも、お嬢ちゃんちぃっとばっかし強すぎたんちゃう?あんまし同格の相手とたたこうたことないやろ?
強すぎるが故の弊害ちゅう奴やろか。同格?まぁワイごときがお嬢ちゃんと同格って言うと甚だ疑問に思うかもしれんけど、まぁ実力が近い相手と戦うときの戦法がなってないわ。まぁワイは戦闘自体今日で二日目やけど、そこらへんはラノベやら何やらでしっかりイメトレしとるわけ。だからお嬢ちゃんの弱点も分かるし、身体能力で劣ってても負けへんでおくことは出切るちゅうわけや」
「ん。どういうこと?」
ジルは飄々と紡がれる言葉の真意が分からずに問い返してしまった。人とまともに会話をしたことがない故の純粋な好奇心。理解不能な大河という存在がジルの心を惹きつけたのだ。それゆえの傾聴。
攻撃の手を休めて次の言葉を待ってしまう。
それこそがまさに大河の狙いだということにも気づかずに。
「つまりはこういうことや。お嬢ちゃん、自分、手の内出しすぎや。まずは出合った直後の最初の一撃や。あれは確かに速かった。でもかわせんこともないやん。んでワイがかわしたらお嬢ちゃん興味深そうにこっちを見て話しかけたやん。それはつまりワイを問答無用で殺すこと以外に目的があるってことちゃうかなって思たわけよ。
んで決定的やったんは次の一撃よ。最初より遥かに速かったやん。それこそワイがやっとのことでかわせるくらいに。んでワイは転げながら回避してもうたやん。あん時はさすがに死んだか思うたけど、自分追撃してこんかったやん。それでふと思ったわけよ。お嬢ちゃんってもしかして攻撃よけられたことないんちゃうかな思って。だから追撃せんと間ぁ取って話しかけるなんてことしたんちゃうかなって思てさ。
んで次に話してる内容でもうワイは確信してもうたってわけ。お嬢ちゃんの瞳に完全に好奇心の色が浮かんでたもんな。お嬢ちゃんは強者を知らんほどの強者やってな。天下無双とでも言うんかな。
幸か不幸か、今まで自分と同等の相手にも巡り会えへんかったんとちゃう?」
「ん。そうかもしれない……」
言われてることが全部自分に当てはまるとは思えなかったが、どうも大河の言うことは一理あるようにも思えた。
そんなジルの様子を満足げに見た大河は更に言葉を続ける。
「んで次の攻撃方法な。あれは良かったと同時に愚策でもあったわ。確かに眼くらましってのは有効や。ばれへんようにあいてに近づくには丁度良い。でもこうは考えられへんかな。威力の低い砂塵やいしつぶてを目くらまし使って近付こうとすることは自分で長距離攻撃得意やないって言うてるようなもんやん。
それに眼くらまし。あれは自分も相手の姿見えへんくなるやん。それはつまり相手を察知する手段が視角以外にあるちゅうことや。それが何なのか最初はワイも分からんかったけど今は分かってるで」
「ん。どういうこと。どうして……」
本気で疑問に思ったように質問するジル。
「んー。それは企業秘密や。言うてまうと次の攻撃さけられそうやし。まぁ結論を言うと魔力やろ?ワイの魔力や石に宿ってる弱い魔力を感知してたんやろ?普通の人でも魔力で位置特定したりはできるみたいやけど、お嬢ちゃんのそれは群を抜いてすごいんちゃう?身体作ってる魔力をそれこそ実際見てるみたいに感知してるんやろ?」
それを聞いたジルの眼が見開かれた。
「そんな驚いたような顔せんといてぇな。正解って自分で言うてるようなもんやで?でもその感知能力お嬢ちゃん気づいてないみたいやけど穴あんで。それもでっかいでっかい大穴や。そこ突かれると一気にもってかれるくらい大きな穴やで。……だから次の攻撃も気をつけた方が良い。
多分お嬢ちゃん避けられへんから」
そう言って大河は薄ら笑いを浮べ更に言葉を続ける。
「あーそうそう。お嬢ちゃんに一つ忠告しとくと、敵が自分の考えや手の内を長々と語りだしたらそれに乗らん方が良いで。十中八九時間稼ぎやから。次から気ぃつけや。まぁ、次は無いかもしれんけど。というわけでジ・エンドや。バイビー。開け!!『地獄への大穴』」