ジル、外へ発つ
区切りの関係で短め
「陛下!!緊急事態です!!」
「そんなに慌ててなんと無礼な。一体どうしたと言うんじゃ!?」
慌てた様子で駆け込んできた兵士にイライラを隠せない様子の皇帝が問いただした。
この兵士の態度は礼儀作法に著しく反しており、皇帝が怒るのも無理の無い話だ。
それでも罪に問わず、まず話を聞こうとしたのは、兵士の真剣な表情から事の大きさが伺えたからだろう。
「はっ!蟲毒の被検体一号が隷属の魔法を解除し逃走中とのことです。既に隷属の魔法を行使しようとした宮廷魔術師は全員死亡した模様です」
「何だと!?」
報告を聞いた皇帝の顔がみるみるうちに青ざめていく。
ジルが殺した魔術師達は帝国にとって替えがきかない重要な戦力の一つだったのだ。
それが全滅とあっては後々の戦闘に大きな影響が出ることは間違いない。
だが待てよ、と皇帝は考える。一人で宮廷魔術師達を全滅させるような猛者なのだ。生かして捕らえれば帝国の勝利に大きく貢献してくれるだろう。
失った戦力と得られるかもしれない力。その二つを天秤にかけて皇帝は冷静に判断を下した。
いや下したつもりだった。
「そやつは帝国の最大戦力とする。決して四肢を落とすなど障害を残さぬよう、生かして捕えよ!」
「はっ!」
皇帝は自分の判断が最善だと信じている。だがこの場合、殺しても良いから動きを止めよ、と命令するのが最良だった。
しかし皇帝はこの時、既に冷静でなかった。他国の勢いと宮廷魔術師という一大戦力を失ったことに焦っていたのだ。
それ故に見逃してしまう。帝国が誇る宮廷魔術師を一人で殺したということの持つ意味を。
隷属魔法に抵抗したということ意味の大きさを。
それは赤字を取り返そうとして破滅していく愚かな商人のようで。
自らが破滅に向かって行くと知りながら、地獄への糸を手繰り寄せる愚かな亡者のようだった。
ーーもっともこの場合、殺しても良いから止めよ、と命令していても結果は同じだっただろうが。
◇◇◇◇◇◇
ジルは己の本能に従って獲物を狩り続けた。
他の闘技場で戦っていたスラムの住民たちを殺し、魔力吸収の玉を奪い取って喰った。ついでに邪魔をする帝国の兵士たちを殺してその魔力を喰らった。皇帝に捕縛の命を受けていた帝国の兵士ではジルを止めるには甚だ役不足であった。
全ての結界系統の魔術が文字通り「喰われる」のだ。重大な欠損を負わせてはいけないという条件下ではろくに動きを止めることすら出来ない。
そしてそれを良いことにジルの暴走は続く。皇帝の命に背けば厳罰。かといってジルに向かって行けば殺される。圧倒的な権力と暴力に板挟みにされた兵士達がジルから距離を取り、命令から逸脱しない範囲で戦いを避けたのは当然のことと言えよう。
そしてそれがジルに決定的な猶予を与えてしまう。即ち一万個の魔力吸収の玉と一万人分の魔力の吸収。
驚くべきことなのはそれがほんの二、三時間の間に行われたことであろう。
そしてその脅威が、はっきりと兵士に向き始めた時に漸く皇帝が討伐命令を下した。
映像機器が無いこの世界では情報伝達にタイムラグがあるのは仕方がないことと言える。
しかし、これはあまりにも遅すぎた。
そう。
何もかもが遅すぎたのだ。
皇帝が命令を下した時にはジルの「悪食」の能力は完全に目覚め、ジルの二十メートル以内に近付いた者は問答無用で魔力を喰われるという悲惨な状態であった。
もはや並みの兵士では近付いただけで魔力欠乏を起こし、魔術師でも十数秒ともたなかった。ちなみに倒れてから五秒もすれば完全に魔力を喰われ尽くして命を失ううことになる。
決して開けてはならないパンドラの箱を開けてしまったのだと己の身をもって気付かされた兵士たちは、その次の瞬間には絶命していた。
◇◇◇◇◇◇
(ん。もう終わり……かな?)
ジルは倒れている周りの兵士を見ながら、小さく首を傾げた。
さっきから魔力を喰っても自らが強くなっている気がしないのだ。
それは悪食が成長して、弱い者の魔力ではこれ以上の成長は望めなくなっているということを意味していた。
ジルには細かい理屈は分からなかったが、本能的にそれを察し、探し回ってまで魔力を喰うのは止めた。
(んん。どうしよう……飽きてきたし、家に戻ろうか。それとも……違うところに行ってみようか。)
立ち止まって少し思案に耽る。幼い頃から過ごしてきたスラム。別段居心地が悪いと思った訳ではないが、友達がいるわけでもない。
ジルはスラムから出るなんて考えたことがなかったが、帝国のおかげで外の世界に興味がわいた。
新しい能力や不思議な道具も知れた。
(家の外には私が知らないことがたくさんあるかもしれない。「楽しい」って何か分かるかもしれない。)
ジルは少し逡巡した後、外に出ることに決めた。