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蟲毒

国の説明は読み飛ばしていただいて結構です

ーー蟲毒(こどく)


一つの壺の中に大量の蟲を入れて戦わせ、最後に残った一匹を用いて行う呪術。



ほとんどの国では過去の遺物となった禁呪の名称である。

久しく行われていなかったために、その脅威はすっかり忘れ去られていた。


ーーそれ故に起こってしまった悲劇



◇◇◇◇◇◇


ガルファス帝国は軍事国家だった。厳しい身分制度に加え、統制された軍隊と訓練された兵士をもつ帝国は人間界において他国の追随を許さない圧倒的な戦力を誇っていた。


ガルファス帝国はその圧倒的な軍事力に任せて次々と他国を併合していった。まずは近隣諸国。次は遠方の王国。それらの国々は圧倒的な帝国の軍事力を前に成す術もなく敗北していった。


帝国の領土は、戦争を始めてから僅か五年で三倍程になっていた。


帝国の皇帝はその結果に勢い付いた。

皇帝はついに人間界六大国家(ガルファス帝国を除くと、ファルス王国、ジニアン共和国、キリアス教国、イノセラム王国、リセル連邦の五つ)の一つファルス王国に戦争を仕掛けることに決めた。


皇帝は今の戦力であれば、たとえかつて同格であった六大国家が相手であろうと敗北はないと考えていた。


それ故の決断。確かにこの決断は正しかったと言えるだろう。帝国はこの時点で他のどの国を相手にしても負けないほどの軍事力を誇っていた。


過ちがあるとすれば、戦力差ではなく相手側の対応の予測の方だった。


帝国がファルス王国に宣戦布告を出した瞬間、五国が同盟を発表したのだ。まるで帝国が宣戦布告をするのを待っていたかのような五国連盟の結成だった。


皇帝が焦った時にはもう遅い。既に宣戦布告は済んでいるのだ。ファルス王国ひいては五国連盟に帝国攻撃の大義名分を与えてしまった。


戦争が始まると、皇帝は頭抱えて狂ったように呻いた。奪った領土は次々に取り返されていった。辛うじてまだ余裕があるものの本土が侵略されるのも時間の問題に思えた。


皇帝はそこで一つの策をうつ。



即ち、禁呪、蟲毒の利用だった。



国を破滅させかねない研究をしたとして、牢獄に捕らえていた呪術師を用いて蟲毒を行った。


しかも蟲毒に用いられたのは蟲よりもエネルギーや魔力が多い生き物、即ち人間だった。


皇帝はスラムの人間を狩り、「魔力吸収の玉」を持たせて殺し合いをさせた。

魔力吸収の玉とは魔物や人間を殺す度にそのエネルギーの元となる魔力を奪って自分のものとする魔道具だ。低級のものなら殆ど予算をかけずに作ることが出来るため、スラムから攫ってきたおよそ一万人全員に持たせることも出来た。


その一万人を百人ずつのグループに分け、残り一人のなるまで戦わせる。そこで勝利した者を人間兵器にしようとしたのだ。


追い詰められたための非人道的な策。しかし皮肉にも国家の存続をかけた「愚策」によって帝国は滅亡することとなる。






◇◇◇◇◇◇






周りが岩石で出来た無機質な闘技場。そこにジル達スラムの住人百人は連れてこられていた。

戸惑いが隠せない様子の住人達を尻目に約二十メートルくらい上の観客席らしきところに白衣の男が現れた。


「今から残り一人になるまで殺し合いをしていただきます。先程配った魔力吸収の玉は他の人が持つ玉と合成するほどその能力を高めるのでどんどん合成してご利用下さい」


白衣の男は一方的にそれだけ宣言して奥に引っ込んでしまった。

スラム出身のジルには彼が何を言っているのか良く分からなかったが、取り敢えず行動に移ることした。


即ち殺人。いつもスラムでしていることだ。


(あの男は殺し合いと言った。つまり全員殺せば文句無いだろう。)


興味本位でスラムからついてきたジルだったが、まさかスラムの中と全く同じことをするのだとは思わなかった。


(面白くない……さっさと終わらせて帰ろう。)


そう思ってジルは早速隣の男の首を刎ねた。噴き出る血飛沫と集まる視線。返り血がジルの美しい髪のとあどけなさが残る幼い顔を濡らした。


血飛沫は慣れたものだが、注目されるのはどうにも落ち着かない。


(うー。なんか大勢に見られるの、気持ち悪い。さっさと全員殺そう。)


そう考えて、次々と首を跳ね飛ばしていくジル。魔力により強化された手刀はナイフより鋭く、鋼より硬い。


ジルの行動によって阿鼻叫喚の地獄絵図と化した闘技場でジルは一人つまらなさそうに笑う。


(……結局いつも同じ。つまらない。)


そんなことを考えながら、三十人くらい倒したところでジルはふと気付いた。


(魔力が増えている?)


いつの日か殺しても殺しても増えなくなったジルの魔力が増えているのだ。


生まれてからスラムを出たことがなかったためにジルには魔道具の知識は無い。勿論白衣の男の説明もイマイチ理解出来なかった。


だがジルの天才的なセンスはすぐにその正解に辿り着く。


(ん。この玉凄い。)


ジルはいったん殺戮を中止し、死体から魔力吸収の玉を剥ぎ取った。


そして迷うことなくそれらを口に入れる。


何故口に入れたのか。


それはジルにも分からなかった。

ただそうするのがもっとも良いように思えたのだ。


この瞬間、無自覚ではあるが、ジルは人に在らざる力「悪食」を入手する。


ーー後に悪食のジルと恐れられる破壊の女神の誕生だった。


◇◇◇◇◇◇


「第八ブロック戦闘終了です。恐るべき強さを持つ少女が勝利しました。戦闘所要時間三十八分。信じられない早さです」


モニターを監視していた兵士が報告を行った。


「ふむ。なんと!かの戦争にも役立ってくれそうな有力な人材よのう。早速隷属の儀式を行うのじゃ」


皇帝は心底うれしそうに命令を下した。


その笑顔が数時間後絶望に歪むことになるとも知らずに。



◇◇◇◇◇◇


(ん。これ凄い。)


ジルは何年ぶりかになる驚きを感じていた。百の魔力吸収の玉を喰ったからか、他人の魔力が「喰える」ようになったのだ。


死体から垂れ流しになっている魔力がいつもより鮮明に見えたので、掴んで喰べてみると吸収出来たのだ。


しかもそれが直接自分の魔力になっているのが分かる。つまり喰えば喰うほど強くなれるのだ。

成長の限界はとうに来ていたと思っていたジルにとってそれは驚くべきことだった。

別段強さに興味など無いが、戦闘以外にすることが無いジルにとって、喰えば喰うほど強くなれるというのは久しく無意味だった行為に意味付けがされたようで少し嬉しかった。


(んん。美味しい。もっと喰べたい。)


ジルは周りを見渡して、全ての死体の魔力を喰い尽くしてしまったことに落胆した。


そんなジルに白衣の男から突然声が掛かった。


「おめでとうございます。あなたに帝国軍の兵士に入る名誉を授けます」


ジルには白衣の男が何を言っているのか分からなかったが、笑顔であることから、帝国軍というのは何か凄く良いものなのだと判断して入れて貰えるのを待つことにした。


「では始めて下さい」


じっと待っていると、白衣の男の合図でいつの間にか周りに控えていた、魔術師たちが怪しげな呪文を紡ぎ出した。


「「「l range suivre le moi qui donne tu une malediction de subordination」」」


呪文に込められた効果は隷属の魔法。ジルを魔力で縛って帝国の兵士にするための呪いが込められている。


帝国でも有数の魔術師十数人が行使する魔術。帝国が扱える中で最も強力な魔術だった。

いったんジルを隷属させた後、さらに強力な魔道具で意思を完全に奪う手筈だ。


しかし、相手が悪かった。あるいは能力「悪食」を獲得する前のジルであれば通用したかもしれないが、百人の魔力と百の魔力吸収の玉を喰らったジルには効果を及ぼさなかった。


いや、効果を及ぼさなかったというのは少し語弊があるかもしれない。


魔術師たちが放った魔法を喰らうことでジルは己を更に強化することに成功したのだから。


(ん。これは……)


ジルは己に向けられた悪意に敏感に反応した。

魔術師達の魔法は明らかに敵意を持って放たれている。喰らえば術者の意思がはっきり理解できるのだ。


(敵?ん。これ、使ってみよ。)


ジルは己に向けられた隷属の魔法そっくりそのまま敵に向けて跳ね返した。


「「なっ!!」」


驚きの声をあげたまま動かなくなる魔術師たちと白衣の男。自らの隷属の魔法にかかり、自由意志を奪われたのだ。


「ん。」


ジルは面白くなさそうに呟いて、男達のいる高台まで跳躍した。

そのまま白衣の男の前に着地。意識を奪われ抵抗できない男達の首を容赦無く刎ね飛ばしていく。


無残な死体を見る少女の眼には慈悲や憐れみは勿論、ほんの少しの後悔や逡巡すら含まれていない。


殺し終えた十数人の「元人間」を見つめる綺麗な双眼は、普段道端のゴミを見ているのと何ら変わらない、無機質な瞳だった。

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