うたげのよる
最近は朝晩がすっかり冷え込み、制服のブレザーの上からパーカーを羽織るだけでは背筋を震えが走るようになった。
短い秋を足早に通り過ぎ、風に冬のにおいが混ざっている。
焼き上がったばかりのかぼちゃのパウンドケーキと、丁寧に落としたコーヒー。
母親がせっかくだからと買ってきたかぼちゃは、夕食にグラタンとして供されて家族を喜ばせた。それでも余った分で適当に作ってみたケーキだが、なかなかどうして、しっとりとして舌触り良く、砂糖を控えめにしたことでかぼちゃの甘みを引き立てておいしい。
――今宵はハロウィン。人外たちの夜。
趣旨のよくわからない西洋の祭りに参加する気概は当然なく、宿題と予習のために二階の自室へ上がったところ、外から奇妙な物音がした。あきらかにそれは子どもの話し声や笑い声で、おまけに複数だった。こんな時間に何事だろうと窓に寄り、ほんの少しカーテンをずらして外をうかがったところ、家の前の道路を奇妙な集団が歩いている。
小学校の高学年だろうかと思われる子どもたち。手に手に提灯を提げ、鬼やらひょっとこやらの面を付け、ざる……いや、竹籠を持っている。
さわさわ。きゅわきゅわ。
高い声がさざめきながら、踊るように跳ねている。
街灯の少ないこの辺りで不自然なほど一行は明るく光っていた。
……まったく、どこから知識を得たのやら。
思わずため息もでるというものだ。あんなものを誰かが見でもして、気が違ってしまったらどうしてくれる。
手の中のケーキはまだ温かい。やれやれ、こんなもので済むといいのだが。
「そこの子どもたち」
道路に出て声をかけると、一行はぎょっとしたようにこちらを振り返った。
「随分不思議な格好をしているが、菓子をもらいに来たのだろう。ほら、持って行きなさい」
さわさわさわ。
顔を見合わせて何かを囁きあい、警戒して近寄ろうとしないので、どうした、いらないのか。いらないなら帰る、と言えば大慌てで駆けて来た。
「これは何だ」
「かぼちゃの菓子だ。焼いたばかりだから、まだ温かいだろう」
「菓子」
「菓子だ」
「菓子だ」
さわさわさわ。不思議な声の調子が空気を揺らす。どうやらお気に召したようだ。
「全部持って行ってかまわないから、もう帰りなさい。あまり人間を驚かすものではない」
「今宵は化け物の夜だと聞いた」
「そうだ、そう聞いた」
化け物が着飾って出歩けば、菓子をもらえるのだと。
「確かにそうだ。けれど、それは西洋の祭りだよ。日本の化け物であるお前たちに菓子をくれる人間はいない」
「西洋の祭り」
「それに、どうやって人から菓子をもらうつもりだったんだ。お前たちの姿は人には見えないじゃないか」
その証拠に竹籠の中はからっぽだ。おそらく一行もそれはわかっている。わかっていて、人の祭りを真似て遊んでいるのだ。夜の王に出会ってからこちら、現実と非現実の狭間に存在する者たちが見えるようになり、彼ら――人外の者たちが存外遊び好きだということに気付いた。人間を真似て遊ぶ姿も幾度か目にしている。
けれど、彼らにとって遊びでも、気が付いてしまった人間には恐怖にしかならない。
「お前は見た。気付いた。化け物を見た」
「そう。お前たちが菓子を望んでいるのがわかったから、こうして出て来たんだ。さあ、お帰り。西洋の祭りでは、菓子をもらった化け物は家に帰るんだ」
「そうなのか」
「そうだ。この祭りが気に入ったのなら、また来年おいで。もっとたくさん菓子を用意してやろう」
きゅわきゅわきゅわきゅわ。
高い音は、おそらく喜びの音。
「約束だ。違えたら許さぬ。次の年にまた来るぞ」
「また来るぞ」
「ここへ来るぞ」
「わかった、必ず菓子を用意して待っているから」
また高い音が辺りを支配した。喜んでもらえたなら、何よりと言うべきだろうか。それとも早く帰れともう一度促すべきだろうか。
「人間、菓子と約束の礼をしてやろう」
「礼だ、喜べ」
望みがあるのなら言え。人外の者が律儀にも申し出てくれるので、これは気持ちだけもらっておくことにした。
そう伝えると、どうしてか不満そうな音をたてる。どうやら今夜出くわしたのは当たり(・・・)だったようだ。
「礼など必要ない。化け物が菓子をもらえる夜に、正しくお前たちは菓子を受け取ったのだから、どうして礼などする必要がある」
「そうか」
「そうか」
「必要ないか」
それでようやく、不満そうな音は消えた。やれやれ。
「では、必要なときに礼をしよう」
おや、納得したのではなかったのか。思った時にはもう、一行の姿はどこにもなかった。受け取るときに落としたらしい、ケーキのかけらが二つ三つ道路にあって、それが名残の全てだった。
困ったことだ、来年の約束をしてしまったし、一行の礼を受け取らねばならない。
菓子よりも人間のほうが好きだ、食わせろと言う輩ではなかったから、ひとまずよしとするべきだろう。
話している間にすっかり冷えた体をさすりながら家に戻ると、台所で母親がケーキはどこへ行ってしまったのだと泣き出しそうな顔をしていた。とっさにうまい言い訳が思いつかず、全てあげてしまったと答える。少量では一行が納得しないだろうと思い、残りを全て持って外へ出たのだ。
楽しみにしていたのに、肩を落として母親に言われてしまえば、もうどうしようもない。仕方なくまだ余っていたかぼちゃでもう一度ケーキを焼くはめになった。
自室に戻ればすっかりコーヒーは冷えており、これにはがっかりしたけれど、
――こんな夜もいいだろう。
カーテンが少し開いたままの窓から、高く昇った月が見えた。




