デートインザドリーム
「じゃあ、また明日」
「うん、待ち合わせ場所と時間は、明日の朝連絡するよ」
田上健二はそう言って高校の最寄り駅で彼女である佐藤有子に別れを告げ、暗い夜道を一人自宅へと向かう。
彼女とは付き合ってまだ三ヶ月。デートはまだ二回ほどしかない。
部活で遅くなったとはいえ、今はまだ六時半。冬とはこんなにも日が落ちるのが早いのだろうかと実感する。
もう高校生活は慣れたとはいえ、自宅まで向かう夜道には頼りない街灯がポツリポツリとあるだけ。明るい大きな国道からそれると、男といえど一人では心細くなる。
ようやく家にたどり着き、その明かりにほっと胸をなでおろす。まったく、いつになったらこの暗い道になれるのだろうか。
「ただいま」
玄関を開けると、奥から小さく「おかえり」という母親の声が聞こえてくる。まだ食事の支度をしているのだろう。
夕食までの間、着替えて風呂に入る。母親は働いていない専業主婦であり、帰るといつも風呂の準備をしてくれているのはありがたい。
着替えてからは居間でずっとテレビを見ている。特に見たいアニメやドラマも無かったので、ニュースを見ていた。
「今日午後十二時ごろ、動物園前の駅の女子トイレで、女性が刺されて死亡されているとの通報を受けました。警察の調べでは、身柄を示すものを所持しておらず、警察は強盗殺人として犯人、及び女性の身元を捜査しています」
物騒な世の中になったものだ。つい昨日も駅前で強盗事件があったばかり。しかも、今回の事件は有子の家の最寄り駅だ。彼女は大丈夫なのだろうか。
テレビを見ながら、健二は有子のことを思い浮かべた。動物園前の駅は、動物園開園時以外は人通りが少ない。
もっとも、いまさらそんな心配をしてもしょうがないだろう。今までも、有子はその駅を何度も利用しているのだ。それに、まったく人が通らないわけでもない。心配したところで、健二には何もできない。
「せめて、ずっと一緒に入れればな」
そう思いながらテレビを見ていると、母親から夕食の準備を手伝うように声がかかった。
夕食を済ますと、部屋に篭り、明日の準備をしようとした。
明日は有子とデートの日である。この日のために、様々な計画を立てた。後は、荷物の準備だけだ。
しかし、部活動で疲れていたのか、ベッドに横たわると急にあたりが真っ暗になっていく。とてつもなく頭が重い。
もうお風呂にも入ったし、夕食も食べた。場所は動物園だから、準備はそんなにしなくてもいいだろう。明日朝、早く起きてから……
窓から差し込む朝日の光。そのまぶしさは、眼を閉じていても感じてしまう。
もう朝か。そう思い、時計を見る。
「……! もう九時じゃないか。まずい、早く支度をしないと!」
急いで着替えを済ませ、持ち物の準備をする。
今日のデートの待ち合わせ場所は、彼女の家の近くの動物園。ここまでは昨日話していたが、詳細の待ち合わせ場所は今日連絡することになっている。
開園時間がたしか九時半。しかし、ここから動物園までは、まず高校の最寄駅まで十五分、駅から動物園の最寄り駅まで十五分ほどかかる。
今から準備して到着する時間を、頭の中で逆算しながら、駅にダッシュで向かう。途中、有子に待ち合わせ時間の電話をかけた。
「遅くなってごめん、十時に動物園の北入園口、その前にある花壇で」
動物園の入園口は全部で三カ所あるが、駅の近くで混みやすい西口より、彼女の家から比較的近い北口のほうがいいだろう。待ち合わせ場所もいろいろあるが、花壇は一つしかないから、分かりやすい。
様々な思いをめぐらせていると、いつ電車に乗ったのか分からないくらいあっというまに動物園の南口についていた。
「あれ、おかしいな。人がいない」
いくら駅から少し離れている北口といえども、今日は日曜日。開園直後に誰もいないというのは、明らかにおかしい。
とにかく待たせると悪いと思い、待ち合わせ場所の花壇にたどり着く。
しかし、そこにいたのは有子ではなく、見知らぬ女性だった。
ひとまず花壇の前で彼女を待つことにしようと、花壇のへりに座った、そのとき、
「あなたの彼女は来ませんよ。もう死んでいますから」
女性は動物園の入口を眺めながら呟いた。何だろう、独り言だろうか、と思いながらスルーしていると、さらに女性は続けた。
「彼女は、昨日の殺人事件で亡くなったのです。だから来ませんよ」
自分以外に誰もいないということは、自分に向かって言っているのだろうか。
しかし、昨日あった事件といえば、昼間に女性が駅のトイレに殺された事件くらいだ。既に昨日の夜に彼女と一緒に帰っているから、彼女とは関係ない。
「どうやら信じていないようですね。あ、ちょうどニュースでやっているので、これを見れば納得してくれますか」
女性はこちらを向かずに、すっと携帯電話をこちらに差し出した。最近の携帯電話はテレビも受信できるから便利だ。
『……殺害された女性の身元が判明されました。殺害されたのは××高校の佐藤有子さんで……』
「そんな、ばかな!」
間違いなく健二の彼女である、佐藤有子の名前であった。高校も、自分が通っている高校と一緒。いや、苗字も名前もありきたりだから、同姓同名ということも考えられる。
「でも、あなたの高校に、彼女と同姓同名の人なんていましたか?」
視線はまっすぐに、言葉は残酷に、女性は真実を告げていく。
「ま、待て、でも僕は朝、彼女に電話を……」
そう、電話をかけた。そして待ち合わせ場所と待ち合わせ時間を告げた。
そのときに彼女の声を……。
……あれ、彼女の声を聞いた……覚えが無い。どういうことだ。電話で一方的にこちらが話していたということだろうか?
「そう。電話、ね。でも、彼女はもう死んでいるから、ここには来れないわよ」
そういうと、女性はすっとその場を立ち、どこかに行こうとする。
「ちょっと待てよ。君は一体……」
「私は、彼女の……」
窓から差し込む朝日の光。その眩しさが、閉じているまぶたを貫いて瞳へ入ってくる。
小鳥のさえずり、遠くから徐々に近づく目覚まし時計の音。
眠い眼をこすりながら、目覚まし時計を止める。
「夢……か」
奇妙な夢だった。変な女が、いきなり有子は死んだから来ないだとか言い出すなんて。
時刻は朝八時。ゆっくりとデートの準備と着替えが出来る時間だ。
とりあえず準備が済んだら朝食だ。母は早起きで、既に居間には朝食が並んでいた。
いつもどおり、日曜日のニュース番組を見る。特に印象が残るような、面白そうなニュースは無かった。
ゆっくりとコーヒーを飲み干し、時間を確認しながら家を出る。
「じゃあ、出かけてくるから」
玄関を開けると、冬の冷たい風が吹き抜ける。今日は寒くなりそうだな。
駅に向かいながら、先ほど見た夢のことを考える。一体、あの女性は誰だったのだろう。
「私は、彼女の……」
彼女に姉妹がいたのだろうか。そういう話は聴いたことがない。
まさか母親? いや、母親はよく知っている。
ならば、あの女性の正体は一体……
駅にたどり着き、ICカードで改札を抜けると、タイミングを見計らったように電車がやってきた。十五分ほどで、彼女の家の最寄り駅だ。
そういえば、この近くで殺人事件が起こったんだった。あたりに警察がうろちょろしている。もちろん、現場のトイレは立ち入り禁止だ。
さほど大きくない駅を後にし、動物園の北口に向かう。予想通り、駅の目の前にある西口は混んでいる。
北入園口に到着した。夢とは違い、日曜日らしい賑わいを見せている。ほとんどが親子連れだ。
時刻は午前十時前。入園口の前の花壇を見ると、有子が入園口をまっすぐ見て立っていた。
始まりの物語。もともとはこれだけの短編だったんですけどね。