一章 第五話 法則とアウトロー
◆ 一章 第五話 ◆
騎士団とはタンバ王国最高戦力であり最大の象徴でもある。特別階級に属する貴族や政治を司る賢人たちよりも、遥かに国民からの信は厚い。規律正しく、正義感に溢れ、民を想い、そしてなにより強かった。
国の平安を守っているのは彼らだという認識が誰にでもあり、そして紛れもない真実でもあった。
故にそこに所属する者も、その期待に応えるべく精進と、誇りを胸にその役目を真っ当していた。そんな歴史が400年間守られ続けてきた。同じ国が、同じ体制で、それだけの年月を腐敗も無く存続できたのは奇跡とも言える。留まろうとするものは腐りいくのがこの世の摂理でもあるからだ。
だが魔王という脅威に晒され続けてきたタンバの民は、一致団結しその体制をより強固にしていくことで、それに対抗してきたのだ。
そして400年の月日が過ぎた折に、ついに騎士団に例外が生まれた。
それがわずか21歳で黄金勲章を授与し、騎士となり。新しい騎士団を創設すると明言したマックス・バイナスである。数々の名声と実績を若くして積み上げていたマックスだったのだが。それは国外にいたときのものが多く。マックスの出身がタンバであるという事はあまり知られるところではなかった。そんな折、ある事件をきっかけに国王より召喚された際にそれが発覚する。戦乱がなく、英雄的存在の登場が今の王世代に現れていなかったこともあり、王は喜び勇んで勲章を授けると申し出たのだ。
もちろん反対したものも少なからずいた。黄金勲章は、王国最高の勲章であり。最高の地位を約束されたも同然の意味を持つからだ。それをどこぞの馬の骨に持たせる意味は、国を保つ重鎮からは厄介ごとでしかなかったからだ。
しかし、その意見を王は退けた。そこまで強気の王を見て反対できるものはいなかった。それほどまでにマックスは国外問わずに有名だったからだ。国を憂う、という切り崩し以外ではこの勲章授与に反対するすべがなかったのだ。
その後の授与式の後に、マックスが王に出した提案は重鎮たちの憂いを直撃した。
騎士団創設。400年の長きに渡る騒乱を5つの騎士団で構成し続けてきた彼らにとっては、寝耳に水。いや滝だろか。通常ならばこんな話は笑いと共に一蹴されるだろう。黄金勲章を得たとて常識はずれにもほどがあるからだ。だがその理由を淡々と王に直訴するそれが、実に理に適っている物であり。タンバ王国にとっては利益はあっても不利益などなにもない、完璧なものだった。もしもこの話をほかの重鎮に行い納得させたとしても、第六騎士団設立は認められなかっただろう。それは賢人達であったとしても同意だ。
この発案は国を動かすどころか、歴史を動かすものなのだ。その責任を取る覚悟を、信頼をマックスに置けるわけがなかった。
だがこの提案を王は飲んだ。激震のもとに王国は揺れたが、反対するものはいなかった。タンバ王国は半王政であり、王に最終決定権があるものの政治を行っているのは賢人と貴族たちだった。しかし最終決定権は絶対であるのも事実。王が決めたことはこの国の絶対なのだ。もしこの決定が不利益のある薄暗い話であったのならば、王の首は断頭台へと送られたであるう。しかる後に公布された要約はタンバ王国に利益をもたらし、新たな英雄とともに新しい歴史を刻む。といった明るいものだった。
王が決定し、民が同意すれば、どんな反対意見があったとしても覆ることは不可能だ。
待っていたのだ。平穏であるからこそ感じる歴史の停滞を、打ち破る者を。望んでいたのだ、ただ過ごし、ただ勤めるだけではなく、先へと向かうための道標を。
王は願っていたのだ。明日を。
守衛団時代よりも喧騒な食堂を後にし、ラングはソーン法術研究塔にやってきていた。
普通の軍施設には研究塔はない。タンバ王国では研究部門と騎士団は別の組織として働いている。
第六騎士団は創設のころから異例だったが、その中身も異例もとい異質なのだ。
「それでは今から法術の三元の基礎を説明する」
研究塔の講義室の一室でラングは教鞭を振るっていた。
北側の壁に付けられた黒板に数名の受講者が注目していた。
「ではまず『響術』から。響術は基本的に人の行為によって体内のイドに意味を書き加え、それにオドを巻き込むことで作用を発揮します。この行為とは基本的には言葉で表す、そう言いたい所なのですが、遠い異国の地では踊りや手をいろんな形に結ぶことで、その効果を得るという技法もあるらしいです。なのでここは行為と言わせていただきました。利点は応用性と万能性。その場の状況に合った物を後から選択することができ、ほかの二つに比べるとかなりの幅を持ち合わせているので対応力としては群を抜いているでしょう。欠点はイドの消費量が多く、即効性に欠けるというところでしょうか。消費量の問題は比較の話になるので後にして、即効性のほうは詠唱時にかなりの集中力を要すること。それはつまり戦闘時において他の行為の使用不可を意味します。訓練を積めば走ったり飛んだりと、ある程度の移動を加えることができます。しかし注意散漫になり隙が生じやすいのは変わらないと言えるでしょう」
真面目に教師役を演じるラングを端の方で座るシーリンがニヤニヤと笑って見つめている。
「次に『紋章術』。あらかじめ決められた文字を決められた配列で並べ、その文字にイドを込める。最後の一文字と共に術名を唱えることで、それに見合う現象を起こしていく。初級と呼ばれる500文字以下ならばただの羅列なのですが、そこからは文字で四角や丸など模様を象ることが必須となります。難しさは大体500ごとに急速的に跳ね上がると言われ。利点は瞬発力。最後の一文字さえ書けば完成し、そこまで集中力を必要とせず実行可能です。イドの消費も書く時にそこそこ使いますが、唱えるときにはほとんど使わないのでかなり有用です。欠点は生産性と応用力。さきほど用意しておけばと言いましたが、紋章術を作る際の集中力は並々ならぬものが要り。熟練した人でも一文字5から10秒ほどかかるでしょう。実践で効果的とされる文字数は500から1000文字。つまり最短でも一つ作るのに5秒×500個いるわけですからだいたい40分ほどかかってしまう計算になります。これらのことからあまり数が作れないというのがまず一つ。そして最大の難点である応用力。あらかじめ用意するということは、最初から何の効果がかかるか決まってしまう。つまり状況にあわせた多彩さは使えない。おまけに効果は文字を描いた陣の上方向にしか作用せず。射程範囲も短いです。長くしたり広くしたりもできることはできますが、はっきりいって超難易度です。なので実践などでは肉体強化や防御系、単純な破壊系統のものがほとんどの使用法ですね。戦闘開幕に強化術を紋章術で施すのは基本中の基本でしょう」
基本のおさらいをただ教えるのではおもしろくないと、まだ法術の正しい知識を持っていない物を集めてラングに講義させているのだ。まだ弟子を取ったことも、人に教えることにも慣れていないシーリンが自分の師匠に相談して得た訓練法だ。
人に物事を正確に教えるためには、とにかくその事柄に対する理解が必要だ。もちろんいきなりこんな訓練を人にいきなり行っても効果は薄い。しかし元から教えることにも抵抗が無く、なおかつ知識豊富だというラングにはうってつけだ。そんなことをシーリンとその師匠は結論づけた。
「最後に『精霊術』。この世界に存在する精霊と契約し、その契約の元に精霊の力を借り、自らの体に宿らせ発現させる。高位の精霊だと世界のルールそのものを支配するとも聞きます。利点は効率と限界値。精霊の力を借りているためかなり大きな力を自在に扱うことができる上に、消費するイドそのものは少量で済みます。ですが魔術、紋章術と違い使いっぱなしの状態のためか、高位であるほど長持ちしないという反面も持ち合わせています。欠点は……幅と希少性ですかね。術の面に関してはたいした欠点にはならないものの、この術は使うまでが難しい。まず精霊に出会い、精霊と対話し、相性の問題を解決し、契約を結ぶ。家系として精霊と契約するなんて裏技で、代々精霊使いなんてとこもあるらしいです。これらはほとんどが運に頼ることが多いので、使い手はかなり少ないのが現状です。そして精霊は一人一種までともなっているのでその精霊の『司る属性』しか精霊術はつかえません。ただ精霊使いのほとんどは、それ専用の戦闘スタイルを構築している人がほとんどです。ようは本人の使い方しだいですね」
ホーとか、フムフムとそれぞれの反応をみせ、受講者たちはメモを取っていく。そんな中小さく長く、息を吐き出し肩を落とすラング。
あいかわらず、シーリンはニヤついている。
「これらを使用方法の大きな違いから三元と分けられている。このほかにも各系統を掛け合わして一つの法術を行使する複合術も存在する。存在はするがこれを使いこなすものはこの国にも100人といない。それほど複雑、精彩な術なのだ」
無数に存在する技術の全てを説明できるわけではないが、どんな術だってこの基本はかわらない。基本こそ絶対的真理であり奥義なのだ。
しばらく基礎的な説明の補足をしていると、受講者の一人が質問の為に手を上げた。
「用途や利点についてはとてもわかりやすかったんですが、三元のイドとオドの関係性がわかりません」
「つまりイドをどう操作し、オドがどう作用しているか? ということか」
「だいたいそんな感じです」
どうやら他の者たちも同じようだ。術によるイドとオドの関係は、分かっているいないでは、力加減とコントロールに大きな差が開くので兵たちにとっては死活問題なのだ。
「はー、とても優秀でうれしいよ……次の授業でやるつもりだったんだけど……。まあいいか」
ラングはそういうと講義室の棚の前に置いてあった木箱を黒板前の机に置いた。
いつの間にか端にいたシーリンが、その机の前に半腰で居座っていた。まだ次の授業内容を知らなかったため、このギミックに興味が沸いたようだ。 ラングが箱を開けるとそこには細かい砂が敷き詰められていた。
「砂~?」
本当になんの施してもいないただの砂だった。さらにラングは一掴みほどの粘土を取り出した。
「これは君たちにイドとオドの関係を、わかりやすく説明するための教材だ」
まったく要領を得ていない受講生たちは一様に顔が教材によっていく。
「この粘土が体内に流れるマナである『イド』。そしてこっちの砂が大気に充満しているマナの『オド』と考えてくれ。それではまずは響術の例から」
そう言うと思いっきり振りかぶって手に持った粘土を垂直に砂へと投げはなった。
「さあ全員立ってこっちに寄ってきてくれ」
謎の行動でさらに興味を引かれた一同は、いそいそと教卓の周りに集まった。いうまでもなく一番前はシーリンだ。
「今粘土を投げた衝撃で、砂にはくぼみができたな? さっきの投げた力で移動した砂が響術で巻き込まれ使用されるオドだ」
「なるほど、たしかに自分の作用にオドを巻き込んでる」
粘土を拾い、一度砂を平らに戻すラング。そして今度は、なにやら粘土を長細く伸ばしている。
「そして紋章術はこうだ」
そのままコロコロと棒状になった粘土を転がした。
「今粘土が転がり、その側面に触れた砂全てが紋章術で作用するオドだ。一応相対的にはさっきの響術のときのすなの量と変わらない。変わらないなら効率の問題はどこへいったと思うだろうが、その差は俺がやった行為の差だ。紋章術は転がしただけ、響術は全力で投げ落とした。力のかけ方からすれば雲泥の差だ。これは術を行使するために消費するイドだと思ってくれればわかりやすい」
ほおーという納得の声が重なり響く。
「そして最後に精霊術だ」
今度はあらかじめ作ってあったのか、器のように作られた粘土を取り出す。それを手の平に乗せ、もう片方の手で砂を器に注ぎだした。
「この左手の器に注がれてる砂が紋章術におけるオドだな。しかし勘違いしてはいけないのは、術者が消費しているのはこの左手を支える力だけだ。右手で注ぐ力を使ってくれるのが精霊の役目だ」
この説明で今日一番の驚く顔が出揃う。それもそのはず。基本の三元などと呼ばれているがその使用率からすれば精霊術は超レア物であり、まったく身近に感じない未知の術だ。第六騎士団は現在600弱ほどの人数だが、そのなかでも使えるのは5名にすぎない。世界最強と呼ばれる騎士団でさえその使い手は希少だ。
「はいはい! つまり響術は力技、紋詳術は工夫、精霊術は器を作る技術力が大切なんですね」
「かなり掻い摘んでいえばね」
パチパチパチとシーリンが顔の前で拍手をしている。
「すっごーーーい! わっかりやすーーい! しかもこれ基本であり法術の極意も表してるなぁ、ふむふむ」
感心する明るい表情から一転、今度は考え込む仕草に早替わり。
「うん! これお師匠さまとかに教えて検討してもらうよ!」
そこにいた一同が驚愕した態度でシーリンを覗き込んだ。ラングを除いて。
「なぁまだ聞いてなかったんだけどシーリンの師匠って誰だ?」
同じような驚愕の顔で、今度はラングを全員が凝視する。
「アウラ・ハウーゼンだよ」
「え? 今なんて?」
「『黄昏の魔女』アウラ・ハウーゼンだよ! ラングもしかしてしらないの~?」
知らないわけが無い。世界最強名高い法術師であり、1000の法術を生み出したといわれる。しかも噂によれば年齢は300歳を超えていると言われていおり。なんでも精霊術の乱用と、高威力の法術の乱用で肉体が半分精霊化したとかなんとか。極め付けに前回の勇者に付き従って、魔王を討伐したと言われる生きた伝説の魔女だ。
「実在したのか……」
噂は数々あるものの、隠居生活をおくっており、時折きまぐれに弟子をとり世に送り出していると聞いている。
「確か今の賢人会の女性も弟子だったよな?」
「そう! だから姉弟子のマリーお姉ちゃんにこれを教えて全部の学校で採用してもらうんだよ!」
「おいちょっと待て」
賢人会は国の政治を決定する場所である。しかし個人個人に専門分野を振り分け、企画し、その採決を最終的に決めているに過ぎない。そしてシーリンの姉弟子である、賢人会の紅一点、マリー・アルトワイズは教育部門担当だ。
「いやいやいや。イヤイヤイヤイヤイヤ! 教師でもなく研究者でもない俺なんかの考え付いた物じゃ使えないって」
「大丈夫! そこは師匠に太鼓判を押してもらうから心配はいらないよ! 細かいとこを詰めればきっと教科書にのると思うよ!」
「うわー不安と申し訳なささを通り越して、なんだか罪悪感が……」
大丈夫ですか!? 気苦労察します。先生の話は分かりやすかったですよ。とそれぞれの生徒に慰められる。
(もしかしてこのシーリンの突飛さも日常なのか……。誰に似た――――いや間違いなくマックスだな)
鼻歌交じりに上機嫌になったシーリンは元の席へと戻っていく。
「……胃が痛いな」
波風立てずにわりと普通に生きてきたはずのラングだったが。どうも彼の日常という名の憩いの泉は、大荒れからは抜けられないらしい。