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一章 第四話 鍛錬者超越者

  ◆ 一章 第四話 ◆







 勇者任命式より10日が経った。いまだ勇者の誕生に沸くタンバ王国の片隅で、当の本人はボロボロになりながら走らされていた。


「オラオラどうしたもう終わりかぁ~? 後たったの10往復だぞー」


 ソーンの兵士訓練場に息の切れる音と挑発する声が入り混じる。重装甲の鎧に完全武装し、剣も盾も背負った上でラングは二時間近く走っていた。しかもただ走るだけではない。多数の障害物が設置された特殊走行訓練専用の、凹凸の付いた道を往復するのだ。

 40キロを超える荷物を背負いながら山道を走るような苦行を二時間も続けている。それだけでも大したものといえる。

 だがそれをもってしても、まだまだだと断ずる中年おやじ。


「おいっすユウマ。調子はどうよ」


 マックスが少し高い位置から檄を飛ばしていた、ユウマと呼ばれる中年親父に声をかける。


「勇者をしごく、なんてのはなかなか乙なもんだぜ」


「はっは、確かに聞いたことないような贅沢だ」 


 同じように高台に登ってラングの様子を伺うマックス。


「で、10日が経ったけど見込みの方はどんなもんよ?」











 時をさかのぼり、ソーン駐留軍会議室では集まったメンバーの紹介を開始していた。


「まずは俺たちを転送陣でここまで送ってくれたこの童女から」


「誰が童女よ!」


 抗議の態度を見せながら真っ白なローブに包まれた少女が立ち上がる。


「彼女はうちの法術部隊隊長にしてソーン法術研究部局長のシリシアン・アンデスだ。見た目の通り若くて、まだ15だ」


「私のことはシーリンって呼んでもいいよ! あとお菓子が大好きですっ! 大好きです!」


(何故そこを二回言ったんだ? てかなんだその、輝くような視線は……もしかして買ってこいと?)


 上下に分かれた白いローブ。無地の生地ながら縁につけられた、黄色と青の文様の飾りは手の込んでるよう物のようで。高級感が見て取れる。髪はすらっと伸びた黄色の髪が腰まで伸び、後ろは大きく一つくくりにしているようだ。あたまにカチューシャを付け、三分の一の中間地点に手のひらほどの水色のブローチがくっついていた。


「そんでその隣の爺さんが守備隊隊長兼、部隊指南役のジョー老子だ」


 刺々しく伸びた髭をはやし、全て白髪に染まった老人だった。軽量ではあるものの質のいい鎧を着込んでいる。注目すべくは、なぜか肩当の大きさだけがやたらとでかかった。


「ジョージ・マッケロイドじゃ。年季だけは入っとるので相談事ならワシのところに来るとええ」


 さすがというのか、余裕を持った笑いを見せるジョージ。


「その横の気の強そうなお姉さん。彼女が遠距離部隊の隊長のオリガ・ブローム女史だ」


 この会議質で一番目立つ、オレンジ色で肩ほどの短髪の女性が座ったままでラングに手を振る。


「はーい。オリガ・ブロームよ。巷じゃ『|螫蜂≪ささりばち≫のオリガ』ってほうが馴染みがあるわ。よろしくね」


 角度的にラングからはよく見えていないのだが、その服装は皮の鎧だ。正確に言えば鎧と言っていいのかは微妙なところなのだが。なんせ腹、鎖骨周り、背中と、素肌が丸見えだ。おまけに下半身はホットパンツにブーツ。防具として機能しているのか疑わしいものばかりなのだ。最も防具らしく見えるのは右手につけた手の先まで繋がっている篭手だけだった。


「そんでもって反対側。手前のおっさんがユウマ・カミザキ。こう見えて33で、突撃部隊隊長を担っている」


 袖なしの羽織だけを上半身に来ていた半裸のおっさんがラングを笑顔のまま睨んで立つ。


「こう見えて、の意味はどういう……まあいいや。『豪腕のカミザキ』だ。ぞんぶんに俺を楽しましてくれよ」


 オールバックに髪を整え、無精ひげを生やした無骨さの伺える男。上半身は羽織と手首のリストのみ。下も布のズボンに、膝と脛の部分に鉄の武具を着けているだけだった。しかしそんな軽装どころか、私服か! という格好ではあるものの200に届く巨躯と、鍛え上げられた肉体。それらは圧倒的な武力を示していた。ちなみに髪のの色はかなり黒よりの茶色だ。


「で、次が同じく突撃部隊隊長で副隊長の、レキシブル・ガナッツォだ」


 童顔で身長も160前後。ラングも自分と同じくらいかと思っていた。


「レキシブル・ガナッツォ25歳です。ブルーと皆は呼びます。以後お見知りおきを」


 どうやら勘違いされるのか常なのか、先に年齢を述べるブルー。丁寧な物腰で、言葉遣いも綺麗なもので貴族の出身では? と思わせる気品を持っていた。明るく輝くような色の茶髪が短く整えられていた。目の色がどうやら青色のようで、愛称はそこからきているようだった。


「一番奥の怪しさ満点の男がエズノル。放浪と商売ごとでおなじみのモーン族だ」


 モーン族の民族衣装だろうか。肩から足元までをすっぽりと包み、フードと腰のしたあたりに大きな袋を下げたローブを着込んでいた。さらに民芸品らしき細かい木の彫り物が、あちらこちらにぶら下げてある。動くたびにそれらがぶつかり合い、カラカラと音を鳴らしている。


「私は財務担当と特別相談役を受け持ってます。言っていただければ、いつでもお金は貸しますよ」


 おかっぱのような髪型と分厚いめがねもあいまって、ちょっと不気味な感じをかもし出している。そして見た目通りわかりにくい内面のようだ。


「そして最後に後ろに立ってるのがオレの右腕にして、第六騎士団副長のヨウコ・アキサキだ」


「改めておねがいします」


 手を揃えてお辞儀をラングへ向けるヨーコ。その礼が絵に描いたように様になっている。


「以上の面子が勇者の秘密の共有者であり、これからラングの師事する師匠たちだ」


 どうだー、といわんばかりに両手を広げて立ってみせるマックス。


「師匠って……ちょっとばかり多すぎないか?」


「シーリンが法術全般の訓練と知識の抗議を! ユウマが肉体改造と剣技を! ジョー老子には肉体操作の法と戦いの心得の数々を! ブルーからは部隊運用と戦術学を! ヨーコに遠距離戦の座学と訓練を! そしてエズノルからは政治学とモーン族秘伝の商売学を! ヨーコには時間の合間に影の闘法と呼ばれる裏技を教えてもらう! そんでもってオレはそれぞれの成長度合いを確認していく!」


「師匠の数どころじゃないくらい学ぶ量が多かった……」


 覚悟はしていたものの、その数に眉をひそめるラング。


「予想されるラングの困難はどれもこれもが大ピンチの連続になる。そんな中でこれらの技術と力が必要な時に、不足していては命の危機に関わること間違いなし!」


「嬉しそうな顔して、俺の物騒な未来を予知しないでくれ」


 危険極まりないはずのことなのに、なぜかマックスの眼差しは輝き誇らしげだった。


「最低でも半年はばれないと思うから、きっとラングなら本物の勇者になれるさ」


 手をラングに伸ばして満面の笑みを浮かる第六騎士団団長。

 しばらく難しい顔で上を向き、沈黙するラング。静寂な会議室に時計の針が時を刻む音だけが広がっていた。


(わからない事だらけだ。その上逃げ場も、自分で問題を切り抜けれる力も俺には無いみたいだ。ならば……道が無かったはずの俺に、新しい道を作ってくれるというこの提案に乗るしかない。…………いや違うな。言葉にできないけど。俺の心の奥の方で、この話に乗りたいと願っている自分がいる)


 30秒ほど経ってから、はあっと溜息を吐くラング。しかし別に呆れたわけではなく、これはラングにとって覚悟を決めるときによく見せる癖なのだ。


「ここまでしてくれるんだ。力の限りで期待に答えるさ」


 こうして前代未聞の、勇者育成計画は発動した。











 





 細かい調整をその後の会議で話し合い。次の日から訓練、教練は始まった。基本は朝、昼、夜に分けてローテイションを二日でこなす。時折、任務の都合で抜けてしまう穴をヨーコが埋めるといった形を繰り返していた。

 そして現在は朝の部、ユウマの肉体改造のお時間だ。


「おれの部門に限れば見込みは有るな。とにかく器用で物覚えがいい。おかげで教えたことはすぐさま吸収しちまいやがる」


「他でも期待できそうな長所だな~」


「体のほうは鍛え方はまだまだってとこだな。一応伸びしろは残しちゃいるがそこまで目立ったものはないな。ただ―――」


「根性がある」


 そこはさすがの幼馴染なのか、言い終わる前にマックスは言い当てみせた。

 当てられたユウマも嬉しそうに返答する。


「そうなんだよ。おれの目測からして限界を、ちょっと超えたあたりの訓練なのに、いまだに一回も泣き言いわないでやがる。現に3回ほど気絶してるが、目標を終えてから倒れやがるから見事なもんだ」


「昔から変わらないなラングは」


 心底嬉しそうに、滝のような汗をかくラングを見つめるマックス。


「だけどよ。シーリンから聞いた話なんだが。どうやらやっこさんは響術の類がとてつもなく下手らしい」


「え? 器用さと知識に関しては元からちょっとしたものだったから、法術の方は期待してたんだけど……」


 驚きを隠せないままに考え込むマックス。


「なんでもイドを体外に放出する機能が、どうたらこうたらとか言ってたが」


「イド凝固障害か!」


 世界の根本的なエネルギー『マナ』その特性としての一つに引き寄せあう、というものがある。簡単に言えば隣にあるマナとくっつく現象を起こすのだ。そしてもう一つ。『イド』は生物の体内から出てしばらくすると『オド』へと次第に性質を変えていく。これらの性質を利用したものが法術なのだが……今は置いておくとしよう。

 『イド凝固障害』。イドが無駄に体外に出ないように、体内へと引き寄せあう力が働いている。オドに比べればその力は倍以上の強さだ。しかし先天的にこの力が強すぎる者が存在する。その結果、イドを操作し対外へ放出するという工程が著しく阻害されることになるのだ。わかり易く例えるなら、水と粘土ほどの差がある。

 法術の中でも響術はとりわけ、その放出能力が必要となる術にあたり。大量に、さらに長く放出していられるかが鍵となるのだ。


「まさかまさかの問題発生かー。またえらく珍しい奇病だなー。苦難の道のりが、さらに険しくなるとか……神様はよっぽどラングが嫌いか、大好きらしいね」


「愛されすぎて当の本人は弱り気味だけどな! ガッハッハー!」


 どうやら神様のフレーズがお気に召したらしい。

 話に花が咲いている間に、ラングは最後の往復を終えそのままその場に倒れ込む。荒くはあるがきちんと呼吸音が聞こえているので、どうやらかろうじて気絶はしていないらしい。


「よしよし今日は昼飯時にかかる前におわったな! それじゃあ余った時間は俺と木剣で組手だ。もちろん時間になるまで休憩はねえぞ」


「段々ユウマが鬼に見えてきた……」


「おう! わりとよく言われるぞ!」


 皮肉ったつもりだったのに、自慢気に返された。とりあえず動きにくいことこの上ない鎧を脱いでいくラング。


「来てたのかマックス」


「お疲れサマー。ほれっ俺特性の栄養ドリンクだ」


 水筒をラングへ投げる。受け取った水筒を怪しげに見つめるラング。


「……非合法な物とか入ってないだろうな」


「オレに対する信用がまったくないよね君」


「こう……異様なほどにムキムキになるやつとか」


 恐らく体力的には限界手前のはずなのだが、マックスと冗談を交わすラング。

 水筒の蓋を開けて勢い良く飲み干す。


「あれ? 怪しんでたんじゃ?」


「今の俺は泥水だって飲むぞ」


 もうすでに春も終わる頃に差し掛かり、気温は日々上昇傾向にある。そんな中、二時間も鎧を着込んで走り抜いていたのだ。もちろん脱水症状も想定して、最初から水筒は所持していた。腰にぶら下げたそれは30分以上前に空になってしまっていた。


「――! すっぱいなっこれはっ!」


「ムキムキはともかく、疲労に効く物がいっぱい入った物だ。ってうちの料理長が言ってた」


「お前特性じゃなかったのかよ!」


「そんなセリフは忘れた」


 ザッとユウマがラングの横に飛び降りる。


「さあ休憩終了だ。もし俺から一本取れたら昼飯奢ってやるよ」


 水筒と脱いだ鎧を置き、足元に投げられた木剣を拾って構える。


「じゃあ食堂のランチセットにデザート付きで頼もうかな」


「ちなみにカスリもしなかったらお前の奢りな」


 そう言ってラングに飛びかかって行く突撃部隊隊長。


「どう考えてもラングに奢らしたいだけだろ」


 高台から一人マックスが突っ込みをいれていた。











 結局、昼を知らせる鐘がなる頃。いいように弄ばれた勇者が地面に転がっていた。


「バケモンか……」


 体力的な問題もあったが、一度も木剣がユウマに当たることはなかった。


「いやいや、そんな状態で良く動けたもんだと思うぜ。あ、おれはステーキ定食のエール付きな」


(仕事中の癖に酒付けるのかよ)


「ラ・ン・グーーーー!!!」


 訓練場の向こうから元気溢れる声がラングに迫る。


「さあ次は私の番だよ、私の番!」


「ちょっと待ってくれシーリン、今動けな――」


「健やかな時と 溢れ出るシ雫が その身に宿る『キュアドロップ』」


 シーリンが問答無用で響術を発動させる。

 『キュアドロップ』は治療法術では、もっとも基本的なものの一つだろう。自分のイドを活力を与える水へと変換し、他者の体力を向上させるものだ。簡単に言えば自分の生命力の明け渡しなのだ。

 シーリンの指先から一滴の水滴がラングへと落ちる。仰向けに転がっていたラングの顔に当たると、微かに光をともして体へと染み渡っていく。


「おお、サンキュ」


 光が収まると体を起していくラング。その表情はどこか驚いているようだった。


「それにしても、シーリンの『キュアドロップ』は凄いな」


 この発言は、シーリンの『キュアドロップ』を受けた者の誰もが持つ感想である。

 補足するなら『キュアドロップ』の治癒力はその水量の多さで決まる。成人男性の体力を回復させようと思えば、コップの半分ほどの水を直接のませるのが一般的だ。その類まれなるコントロール技術と膨大なイドを保有する彼女だからこそ、圧倒的な凝縮を可能にしているのだ。


「さあ午後の授業の前に、お昼ご飯。さあ先生を背負ってダッシュだゴー!」


 両手を伸ばしてピョンピョンと飛んでいる。ついさっき全力疾走でここに走ってきたのはなんだったのか。という疑問が一瞬うかぶも、妹を持つラングはなんとなく察して膝を付いて背中を見せる。


「やれやれ、先生を生徒がおんぶするなんてどうなんだ?」


「先生は偉いから問題な――ラング汗臭い」


 鼻をつまんで後ずさりする少女。


「普通に傷つくよその反応……理不尽だ。午前一杯訓練してたんだから当たり前だろ」


 それもそっかと言い、シーリンは目を閉じて両手の人差し指をグルグルと回しだす。


「……? なにしてるんだ?」


「ちょっとそのまま動かないで……よし! 引き寄せる大地 誘われ出でる雨 渦にいたる木枯らし 全てを(ぎょく)に『ドローオール』」


 シーリンの目の前に球体が作られていく。少しづつ大きくなったそれを、そーれ! と向こうの方へ投げてるシーリン。


「……なにしたの今?」


「え? ドローオールで汗と、それにくっついてた不純物を引き寄せてポイしちゃったんだよ?」


 目を細めるラング。

 ドローオールは指定した物を引き寄せる効果がある。しかし普通はひとつの種類に限られるものだ。砂から砂鉄を取り出す、といったものだったり。川の水から、真水のみにしたりといった具合だ。

 しかし今、シーリンは複数の物体を脳内で指定して、選り分け、一度の呪文でそれら全てを引き寄せてしまったのだ。

 実際、さっきまで汗でベトベトだったラングの肌はサラサラに乾いており、匂いのほうもかなり収まっている。


「騎士が強いのは身にしみて分かってきたけど、シーリンは異次元だよな……」


 理解することを諦めるラング。

 その異常さは、暗算を同時に複数解いていくようなものだ。常人には理解不能なのは当然だ。


「敬って遣わせ~。そんなことよりお腹すいたよ! 早く食堂いこうよ~」


 胸を張って得意気にしてみせると、次の瞬間には地団駄を踏んでいる。表情がころころ変わっておもしろいやつだな、とラングは笑っていた。


「よし。それじゃあ特急でお送りしましょう、お姫様」


 その日の昼。少女を背負って楽しそうに疾走する、勇者の姿がソーン訓練場にあった。 

章をつけれる機能に今頃気付く……。

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