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一章 第二話 失ったもの

  ◆ 本物の悪意と偽者の善意 第二話 ◆





 タンバ王国が首都ラライルラ。一辺あたり全長10kmに及ぶ正方形の外壁を持つ、世界最大としだ。さらに2重3重の城壁構造を筆頭に上げる強固な守備力もさることながら、その町並みの景観も随一だろう。芸術的価値のある建物が無数に建ち並び、区画整理も完璧なものとなっている。強さ、美しさ、そして経済においてもラライルラは世界最大なのだ。

 そんな都市を馬車に乗ってラングは北へと向かっていた。馬車から見た街並みは美しく、勇者誕生の祭りが催され活気に満ち溢れていた。いつもの好奇心旺盛なラングならば、目移りするほど喜んだであろう光景だ。

 しかし今はどうにも気もそぞろで頭に目の前の光景がきちんと入ってこなかった。


「お悩みのご様子ですね、勇者様」


 城の案内役の一人として付き添い、今もそのまま馬車のなかで連れ立っているメイドが声をかけた。


「悩みかぁ。どっちかというと混乱に近いのかな、こういうのは」


 われながら情けないな、と思いつつもありのままの心境をメイドに語るラング。

 誰も彼もがラングを敬い、尊敬の眼差しで特別な人を見るような態度と目線を送る人たち。そんな中、適度な心遣いと微笑を送ってくれた彼女を、今日あったばかりではあったがラングは気に入っていたのだ。


(これがプロのメイドか。)


「悩みがあることそのものは悪いことでは御座いませんが、それが勇者さまを押し潰してしまうようでは本末転倒。問題も解決することはないと、さしでがましいようですが、私はそう思います」


 慎ましくもどこか力強く、そしてほほえみを忘れずにメイドは勇者へと進言した。


「確かに悩んでも仕方ない悩みが大半だなぁ」


 考え事を四六時中してきたラングだが、こういった出口のない悩みの類はあまり経験がなかった。対人関係にもかなりドライで、仕事もそつなくこなす(サボって怒られるのは省いて)ため悩んだとしてもすぐに答えの見つかるものだった。

 今、ラングの頭に巡る悩みはこれからのこと、そして自分の肩に乗ってしまった『勇者』の称号についてだ。

 分かるはずもない未来と、夢物語に聞いてきた肩書きへと思いを馳せているのだ。仮定ぐらいはできるかもしれないが、それも信憑性がなく。答えの出ない堂々巡りになるのは少し考えればあたりまえなのだ。

 というよりこれは『悩み』ですらなく実は『不安』でしかない。


「そういえば自称ではありますが、勇者様の知人と思われる方から預かり物があるのですが」


 そういうと前掛けにあるポケットから一枚の布を取り出した。


「それは……」


「伝言もお預かりしておりますのでお伝えしておきます。『最愛の人の戦友であり、友人であるあなたの幸を、これに込めて託します。ありがとうございました』だそうです」


 そう言ってメイドは少しボロくなっている赤いスカーフを差し出した。


「マリさん」


 同僚であり、おそらくフラスカの守衛の中では一番中のよかった友人バージ・ナウラ。その恋人がわざわざその形見のスカーフをラングに届けてくれたのだ。

 ラングは赤いスカーフを顔の前で握り締めた。握り締めた握り締めた握り締めた。

 震えるほどに。


「メイド――さん。到着―――ま―で、どれ―――くらい……ありますか?」


「あと最低でも十分、しかしそうですねゆっくり進めてもよろしいのでしたら20分でしょうか」


 メイドはそのまま馬車の操者にゆっくり進めるように伝えた。

 ラングは初めて声を上げて、友人の死に涙した。











 ラングを乗せた馬車は、向かっていた目的地に到着した。そこはラライルラの防衛拠点であり、騎士団の兵舎や鍛錬場などの建ち並ぶ軍施設だった。

 賢人達の話では、どうやら第六騎士団の団長は多忙の為にあまり首都に来られる機会があまり無く。来たとしても仕事のため早々に帰還することがほとんどだという。そのため今回の式典に参加するため首都に来てはいるものの、またもやすぐに帰還するので勇者殿には一緒にソーンまでご同行願いたいとのことだった。

 その下場の馬の数でさえラングにとっては圧倒される物がある。

 

「うっわ~。さすがラライルラの騎士団の施設は桁が違うな。ていうかなんか魔獣混じってるし! すげぇ! 魔獣使いって実在するんだな!」


 フラスカでは騎士団の施設は無く、守衛達のものだけだった。ここにある建物ひとつとってもどれもこれも数階建ての物ばかり。守衛施設では指令室の入っていた建物は4階ほどあったものの、その他はあっても2階が関の山。おまけに清潔感と高潔さを感じさせる外観も有していた。


「比べるだけでも失礼かもな~」


 下に向いていた感情を流しきれたのか、少しだけ余裕がでてきた模様の新米勇者。


「お待ちしておりました勇者殿。」


 降り立った傍らに女性の騎士が頭を下げて立っていた。


「すみませんね、少し遅くなっちゃいまして」


「いえいえ。こんなに早急なご要望に答えて頂いただけでも、ありがたい話ですから」 


 顔を上げた女性騎士にラングは、はっとさせられた。いろんな意味で。


「それってたしか……着物? でしたっけ」


 ラングは着物に対して意見を述べたが一番最初に驚いたのは、その美貌である。黒髪を後ろでに丸く纏め上げさらにそこから肘の辺りまで垂れ下がる美しい髪質。街をあるけば10人が10人とも振り返ってしまうほどだろう、非の打ち所の無い顔立ち。美人という意味で驚くなんて経験はラングには初体験であった。

 さらに驚かせたのはその服装だ。騎士団といえば格式高く、規律も厳しい。そんな中で彼女はあまりにも奇抜な格好をしていた。鎧が正装であるはずなのだが、そうと思われる部分はわずかにしか付けていない。鉄甲と胸の下半分ほどを覆う胸当て、以上だ。そのほかは東方の国名物の着物と思われる紺色の服装に身を包んでいる。しかも胸の谷間を見せつけ、足もその半分が生だ。

 遠目にいる騎士達もこの美人で妖艶な女騎士をちらちらと見ていた。厳粛な騎士団が女に気を取られるなど、そうあることではないのだが。それも無理からん事だと納得できるほどに、彼女の存在は強烈だった。


「あら、東方にお詳しいのですか?」


「……あっ俺の出身はフラスカでしてね。あちらの方の変わった武器などを参考にしたい、という鍛冶屋繋がりで昔から交流が盛んなんですよ」


「それはよかったですわ。東方は最近まで戦乱地域だったためか、この黒髪をみると敬遠される方が多くて」


 東方と呼ばれる、イワト共和国。近年まで複数の小国間の戦乱の絶えぬ地域で、3年前に統一されるまで100年以上戦争を続けていた。

 そのためかタンバ王国での東方人の印象は野蛮、獰猛、狡猾などといったマイナスなものが定着してしまっている。

 偏見なんてなんの得にも益にもならない、と思っているラングにとってはあまり関係の無いはなしではある。


「それではわがある……団長が戻り次第出発いたしましょう。荷物や必需品などは全てこちらで受け持ちますのでご心配なく」


(この美人、今すごいこと口走ろうとしたような……いや突っ込んだら確実に薮蛇だな、やめておこう)


「うおーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!」


 馬車や騎馬の賑わう広場に素っ頓狂(すっとんきょう)な声が響き渡った。

 なんだか見てはいけない様な気がしたラングだったが、その発生源らしき方向に目を向けると。


「うおおおおお。ホンモノだ! 本物のラングだ!」


 完全武装の騎士に抱きしめられた。


「この髪の色、物怖じしない肝っ玉、そしてこの匂い!」


「匂い!?」


 嫌な感じに身の危険を感じるラング。


「なっつかしいな~ホント久しぶりだな~ラング」


 男の騎士は嬉しそうにラングの頭を上から頬擦りしまわした。

 ラングの身長は男性で言えば平均的な168cmだ。その頭を上から頬ずりする男はどんだけでかいんだよ! と心の中で突っ込むラング。


「ちょっと待て! 落ち着け! というより何も見えん! とりあえず離れろ!」


 さすがに息がしづらく力ずくで引き剥がすラング。


「おっとっとゴメン、ゴメン。つい嬉しくってさ」


 無駄に元気な明るい男。髪は茶色で若干真ん中で分けているものの癖毛なのかやたらと上にはねている。ピンピンでボサボサだ。やはり190を超える巨躯を携えているが、なんとなく圧迫感が無い。というよりなぜかこっちの気が緩むような不思議な感覚になる。

 

「…………。…………。……?」


「あれもしかしてわからない?」


「うん。誰だっけ?」


「マックス大ショーーーーーーーーック!!!」


 無駄に元気な男は、これまた無駄な動きを加えつつ崩れ落ちた。


「こんなウザイ動きをする知人っていたっけな」


「なにげに辛辣なんですね、勇者さんって」


 いつもこんな感じなのか冷ややかな視線を送る周りの人たちと違い、女性騎士の方は実に落ち着いていた。


「……マックス? マックス!? その癖毛! まさか泣き虫マックスか!?」


 冷静沈着、完璧超人だと思っていた女性騎士が突然噴出した。そのまま顔を伏せ、顔と腹を抑えて震えている。


「会って早々に思い出したくない仇名を……」


 恥ずかしそうな顔をして立ち上がるマックス。


「では改めまして。第6騎士団団長マックス・バイナスであります! これより勇者ラング・フォルステイン殿の護衛を勤めさせて頂きます」


 背筋を伸ばして右手で拳を作り、左胸へと当てた。騎士団の正式な敬礼の形をマックスと女性騎士は示した。

 本当ならばラングもすぐさまこれに返礼しなければならないのだが、顔をマックスへと突き出して惚けた表情をしている。


「え? いやちょっと待て……いやいや……なんだこれ? ドッキリか?」


「あれ? もしかして俺が団長なの知らなかった?」


「そもそもあのチビだったマックスと、同一人物だということすら信じられない。しかも騎士団団長? おれの護衛? チンプンカンプンなんて言葉がここまでぴったりな心情が来るとは思わなかったよ」


 理解するのは諦めたのか呆れたように笑うラング。


「確かにあの頃はひょろひょろのチビだったからね。団長も最近なったばっかりだし。22歳で就任したのは異例の事らしいからね」


 なっはっはと少し恥ずかしげに後頭部を掻くマックス。


「お前俺より、3歳も年上だったのかーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!」


 思わず叫んでしまうラング。


「あっ、そこに一番驚くんだ」


 幼いころ友達でありながら、どこか手下のように後ろに付いてきていたマックスを、ラングは年下と思い込んでいたのだ。











 案内役に付いてきていたメイドや兵達と別れラング一行は、ラライルラ軍施設『送還場』へと移動していた。そこには大小様々な円陣の形に描かれた紋章術が数多く設置されていた。


「転送術式かぁ。超高等複合法術がこんなにいっぱいあると壮観だね。なんだか最近驚かされっぱなしだよ」


「一番世間を驚かせた人が何を言う」


 それもそうかと納得してラングは、目的の転送陣までたどり着いた。その円陣の上には大中小、様々な袋と箱が置かれていた。そしてその上に小さな女の子が座っていた。


「おそいおそいおっそーーーーーい!!!待ってる間に飴を10個もたべちゃったじゃないか」


(いや食いすぎだろそれ)


「悪い悪い、別にシーリンの事を忘れてた訳じゃないんだぞ」


 どうやら彼女も同伴者のようだ。


「すごい荷物だな、これがもしかして言ってた俺の生活必需品か?」


「へーー。君が噂の勇者さんだね。意外と普通~。これは必需品といえば必需品だけど君のじゃなくて、わったっしの! ラライルラで評判のお菓子というお菓子の新作から名物までの色取り取りを、焼き菓子から飴細工、お饅頭とか菓子パンとか、買えるだけ買い込んだ。夢の山なんだよヒョーーーーーーーー!!」


 最初は普通にしゃべっていたはずなのにどんどん早口になっていき、最後にはよくわからないことになっていた。


「……なんだこの電波っ子は?」


「元気っ子と呼んでやって! この子がうちの団お抱えの転送者だぜ」


「また意味のわからん事を……」


 もしかして第六騎士団は非常識で固められているのか?という疑問が浮かび上がる。


「じゃあ転送する前に確認だな。ヨーコ周りに人は?」


「人払いは済んでおります」


 マックスの問いに、紺色の着物美人が答える。


「なんのはなし――――」


 言葉を喋り切る前に数歩ほど離れていたマックスの剣先が、ラングの喉元に突き立てられた。

 殺気が無いものの、目にもとまらない斬撃と初めて見るマックスの威圧に、汗を垂らして硬直してしまうラング。


「…………やっぱり予想通りか」


 無駄な元気と明るさを常に発していたマックスは、ここで初めて暗い表情を見せる。その表情のまま姿勢を戻し、剣も腰の鞘へと戻していく。

 そして硬直したままのラングへ問いかける。


「ラングって実はそこまで強くないんだろ?」


誤字脱字やばし。

いつも九時更新すると決めました。不定期だけどね。

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