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一章 第十話 歩みの音

  ◆ 一章 第十話 ◆






「それでは開幕開幕でござ~い」


 「それでは開幕開幕でござ~い」


 ドノバンが両手を上げ天を仰ぎ、周りを囲んでいた色取り取りの道化たちが手に持った楽器を鳴らしていく。砦の壁から300メートルほどの地表に赤い拳大ほどの赤い物体が無数に顔を出す。

 鎧族は魔族の中でも一際変わった生態を有している。基本的には体という物は赤い核しか存在せず。それを中心に周りの物体を引き寄せてそれらを体の代わりとして活動する無機物生命体だ。精霊に近い彼らはその固有の形をもたず、その個体によって姿は様々だ。

 姿を現れた彼らは付近の岩石をその身に纏わせていく。ある者は3メートルを超える巨人に、ある者は牙持つ獰猛な獣へとその姿を確立させて立ち上がる。岩で出来た重量感溢れる300体の巨躯が一斉にその一歩を踏み出し、文字通り空気を震わせて進軍を開始する。岩の体を持つ彼らを人はスカルトスと呼んでいる。







「第六騎士団の同志たちよ!」


 外壁の段差に上り、今回の守備を一任されたジョージジョージ・マッケロイドが声を張り上げる。


「我らが騎士団と成り初めての戦となる。我らは思想、人種、年齢、そして生まれた国さえも違う者達の集まりだ。しかし我らは一つの光の元に、希望の元に集いし同志である。ならば我らの行うべきは唯一つ。その希望の灯火を消さぬことこそが本懐である。今眼前に迫る脅威は勇者という光を消さんとする者たちだ。我らは守る、我らは盾にして紡ぎ手なり。全身全霊をも超えた力を持って敵を討て! 我ら光と共に!」


「光と共に!」


 拳を振り上げたジョージに呼応してそれぞれが思い思いにその手を上げて自らを振るい立たせる。

 だが恐らくタンバ王国の誰が見てもその一団を騎士団だと思うものはいないだろう。実際問題として第六を騎士団ではない、などと思っている者は少なくない。騎士団は団によってその色と鎧や制服を統一している。部隊ごとに少し洋装は変わるがそれなりに似たデザインになり、それが全体の団結感を表す。

 しかし第六騎士団の中で公式な第六騎士団を示す白の服を着ているのは団長のマックス、法術研究所出身のシーリン、第一騎士団から出向してきたジョージの三名だけだ。騎士団設立時に回された予算と元から保有していた資産をほぼ全てソーンの街化や兵站、軍部施設へと回してしまった為お揃いの鎧などを買う事ができなかったのだ。そして第六騎士団は実戦経験を持つ傭兵出身者が7割、法術研究者が2割、残りは元騎士などのはぐれもの達の集まりだ。

 それぞれが入団する前から使っていた武具を使っていたために、端からみれば彼らは荒くれの集団にしか見えないのは無理からんことだろう。

 ジョージのそばに控えていたオリガが指示を出し始める。


「相手は鎧族よ! 体が岩で覆われて、それに傷を付けたとしても直ぐに修復してしまう。どこかにある核を壊さない限りあいつらの動きを止めることはできないわ。だから今回の遠距離戦では量ではなく一つ一つに込める質こそが重要よ。100メートルを切った時点で弓兵が攻撃開始。50メートル付近で魔術師達は一発目はクラス3をそれ以降も最低でもクラス2を放って頂戴」


 スカルトスは腕がもげようと足が砕けようと鎧族はその周りの物質を取り込み新たな体を成すことができ、下手な攻撃ではこちらの体力を消耗させるだけの結果を残すことになるだけとなる。幸い彼らの動きは鈍重だ。4足獣の形をしている者でも本来の獣の半分以下の機動力しか持ち合わせてはいない。

 全員が配置に付く。弓を構え、弩を装填し、集中力を研ぎ澄ませ、呼吸を整える。開戦特有の張り詰めた空気が場を支配していく。ある者は緊張に体をこわばらせ、ある者は喜びに笑みをこぼしている。なんの統一性も持たぬ彼らだがその目に宿した強い意思だけは同じ色を見せていた。


「攻撃開始!!」











 同時刻、ソーン司令部の前に設置された広場に突撃部隊の荒くれ達がひしめいていた。


「いいかい? 僕達突撃部隊としては、あんまり似つかわしくない舞台かもしれないし、戦う機会すらないかもしれないけど。この砦の生命線を握っている事を認識していつでも動けるように準備しておくこと。いいね」


 部隊の前に大きな台を置き、その上に立って小柄ながらも大声で全員にレキシブル・ガナッツォは指示を送っていた。しかし隊員たちは聞いてはいるのだが。


「アイサー」


「ブルー殿、ブルー殿、酒は何杯までならいいよ思うよ?」


「夜までもつれるんだったら野営になるよな? テント持ってきてねえや」


 などとまったく戦場とは思えない和気あいあいとした雑音が、返ってくるだけだった。


「はあ。いつも通りだからもういいけどね。今更騎士っぽくするとか無理だろうし……」


 深いため息と共に肩をうな垂れるブルー。一見ゴロツキ、悪く見れば盗賊とも見える集団の突撃部隊だが、彼らは実戦経験の数だけでいうならば熟練の傭兵だ。その経験値だけならば他の騎士団の者達すら上回る歴戦の勇士なのだ。正直その格においてはブルーよりも上の物がほとんどなのだが、いままで自由気ままな戦いしかしてこなかった彼らに部隊運用の知識などほとんどなかったのだ。いざとなれば頼りになるであろう彼らにもっと気を引き締めてなんて言うのは、無駄どころか下手をすれば不敬に値するかもしれない。騎士らしくという言葉が頭を過ぎったぶるーだったがその一言をしっかり飲み込んで、司令部が入った建物へとぼとぼと向かっていった。

 そんななんとも言えない情景を司令部3階に設けられたテラスから眺めていたラングは険しい面持ちだった。


「まもなく開戦するわ」


 その後ろから音も無くヨウコが現れ、ラングへと声を掛ける。


「始まる……始まってしまうのか……。俺が引き金を引いて、俺のために起こる戦争が」


「……」


 険しかった表情にさらに影が指す。


「それは……そうね、どうしようもない事実ね」


 少しだけ俯いたものの、すぐさま上げた顔になんの迷いも持たせぬままに言い放つヨウコ。


「俺は、この責任と代償を払わなきゃいけない……俺に何ができるんだろうか」


 いつもマックスの事を除いては冷静沈着なヨウコに僅かな動揺の色が見られた。それがどんな意味を持っていたかはラングにはわからなかった。


「……なるほど。そうね、あなたはそうしなくちゃならないんでしょうけど、今はそれは余計な考えよ。でも大切な考えでもあるから忘れてもだめね。この戦いを生き延びてから考えましょう」


 遠目に見える外壁の方から己を高める為の声が聞こえる。命を掛けてなにかを守る為に闘うモノたちの声が。その響きが戸惑いという霧で覆われていたラングの思考を少しだけ引きしめた。











ギリギリまで引き絞り、法術によって威力を増した矢の雨が岩の鎧族、岩の猛獣たちに降り注ぐ。太い木の幹ですら貫通するであろう力を持ってスカルトスたちの四肢を砕き、頭をもいでいった。しかし動きを鈍くはしたものの砕いたそばから再生を開始していくスカルトス。200を超える矢の掃射で出せた撃破数はおそらく二桁にはならない微細な結果だった。 

 だがそれで十分。彼ら遠距離部隊の役目は足止めにすぎず、本命の攻撃は思い思いにイドを練り上げ集中力を最大まで高めている法術師たちだ。

 第六騎士団の法術師部隊に所属するもの、隊長班長などの重要職を除くものはほぼすべて研究者畑の者たちだ。彼らは自らのもとめる研究を行うため国の研究所から離れ独自に研鑽を積んできた者達だ。つまりは国ではその目指す研究を否定された、必要とされなかった異端児。しかしどれだけ理論を組上げようとそれを実用、実践の試用を行い本当に正しいと証明するためにはどうしても金がかかるのだ。そして騎士団結成時に『その研究を後押しする代わりに第六騎士団に所属するという契約を交わす』という条件で元から彼らに目を付けていたシーリンは国内国外を問わずに片っ端から手紙を送り騎士団へと引き込んだのだ。ちなみに全員シーリンの門弟扱いだ。

 彼らはみな震えていた。もちろんここまで大規模な実践を経験していないための恐怖のためというのも大いにあるだろう。だが彼はシーリンの手紙に添えられていた言葉を胸に抱いていた。


(あなたの努力を、あなたが信じた夢を誰かのために使ってみる気はありませんか? それはきっととても価値のあることだと思うから)


 彼らの研究はそのまま夢と置き換えても過言ではない。しかし彼ら全員がなんらかの形でその夢を否定されて生きてきたのだ。国に、上司に、同僚に、友達に、そして時には家族にさえも。自分自身を否定されたような絶望に陥っても彼らはその研究を捨てることはしなかった。信じているから、これは正しいことだと、この先に人生全てを賭けるに値するものがあるのだと。だが彼らはみな人の子だ。どんなに信じるものがあったとしても、そのために生まれた孤独や自分を否定される痛みに心は少しづつ蝕まれていく。孤独は簡単に人を壊す。


(本当に正しいのか? この先にあるものが本当に無価値だったら?)


 そんな迷路に誰もが迷い込んでいる中に手向(たむ)けられた言葉。自分を肯定してくれる、いままで積み上げてきたものを徒労ではなく努力と認めてくれたそんな言葉はまさしく救いであった。

 だからこれは歓喜に体を震わせていると誰もが確信していた。自分の法術が、作り上げた力をあの勇者を守るために使うことができる。


(意味があった、それもこんなにも大きな価値があった!)


 報われることを知らなかった彼らはその顔を満面の笑みに変えて渾身の法術を紡ぎ出す。


「熱き紅玉よ それは猛り それは広がり 彼方の丘へ 辿り着く 光轟く 流星のように 『レッドブレイズ』」


「春風に 一陣の豪いたり 快速なるそれは 我が餞別を 瞬合の間に 送り人に 届けたり『アンダースロー』」


「冷たき涙 神の流す 大いなる一滴 怨敵が為に 送れらる しかし我はそれを 打ち砕かん『ヘイルズ』」


 あるものは巨大な炎の塊を飛ばし、あるものは岩を音を超える速さで飛ばして見せ、あるものは巨人たちの頭上から氷柱を振り注がせていた。爆発がそこにあるもの全てを吹き飛ばし、高速の岩たちはその射線上にあるものを砕いてみせ、氷解の雨は数多のスカルトスたちを押しつぶしていった。クラス3の法術が20以上も放たれる光景はそれはそれは壮絶なもので災害と呼んでも差し支えないものだった。その術によってはクラス4ともいえるものもあったかもしれない。やや守備隊長のジョージの指示した規模よりもかなり大きな被害をもたらした。その成果を確認した彼らは、その目を潤ませて笑っていた。


「バカモンがーーーー! 威力をおさえんと最後までもたんぞこのアホたれどもがーー!」


 言葉は怒っているものの、その表情がかみ合っていないジョージの一喝が法術部隊を戒めていった。












 岩の軍勢と法術の入り乱れる戦場からやや後方に赤と黄色のストライプ柄の天幕が張られていた。その中に宣戦布告を行った鎧族の長であるドノバンとその側近たちが待機していた。


「第一次進行部隊は全滅した模様です」


「この短時間で全滅か……壁までたどり着けた者は何名だ?」


「観測によれば誰もいないとのことです」


 あまりの戦果に側近たちは言葉を失う。

 鎧族は魔族の勢力図においてはかなりの下層に位置している。生まれた時から強い力と魔族屈指の再生能力を持ち合わせるものの知性を得るためには50年の時を要する。それまでは他社の命令などは聞き入れるものの、感情や思考などがかなり希薄だ。ほぼ不老に近い彼らではあるが発展という強みを持つことが難しかったのだ。

 

「あせることはない、これも想定内の出来事よ。われわれは見事一番槍を成して見せたのだ、あとは勇者さえ討ち取ることができればすべて事もなし」


 進軍において兵站や装備などの準備は必要不可欠だ。しかし鎧族は食事をとらない。性格にいえば土に含まれる少量の水などでその活動を維持できるのだ。準備もなく人数さえ揃えれば彼らはどこまででも進軍を可能とするのだ。それでも今回のソーン攻略には早急なまでのあわただしさをもって決戦に挑んだ。

 そのわけは此度の新魔王就任に起因する。先にも述べたが魔王とは襲名制だ。しかし誰かが選ぶわけでも誰かの血縁というわけでもない。魔族の王(・・・・)といのは頂点であり絶対者であり最強の称号なのだ。その選出方法は掟により定められいる。それは魔王の側近として選ばれた4名、四星天の中から最も強い者が新しい魔王になるといったものだった。今回就任した魔王ガーズももちろん元四星天だ。四星天とはつまり魔王の側近であり代行であり、次世代の魔王候補でもあるのだ。

 そしてガーズが魔王になったということは四星天の席がひとつ空いた、ということでもある。

 魔族は部隊や軍などの決まりをもたず、主に種族ごとに戦争などに挑む。100以上の多種多様を極めたような魔族の生態系ではあるがやはり彼等も種族ごとに文化や矜持、そして勢力を保有していた。もしもその一族の者が四星天に選ばれるようなことがあるとしたならばそれは最上級の栄光であり、一族そのものに栄華の極みを約束したも同然の意味を持つ。

 強さこそが絶対のルールを持つ彼らにとって強さの象徴たる四星天は誰もが目指す夢であり目標であり宿願なのだ。

 四星天への交代には二つの方法が存在する。一つは現在就任している四星天と決闘を行い、打ち負かすことでその地位を奪うこと。しかし四星天とは力を求め力持つ者として生まれる魔族たちの頂点に立つものたち、正真正銘の化物たちなのだ。挑むものはそれなりにいるものの前魔王が就任していらい400年間に起こった交代劇はたったの一回だった。

 そしてもう一つが欠員補充という名目による就任だ。もちろんこちらも容易ではない。108の部族長たちの半数以上の承認を持ってその地位を認められるのだ。どの種族だろうと四星天の地位は喉から手が出るほど欲しいものだ。生半可なことではその承認が降りることはないだろう。つまりは誰もがみとめざるおえない力を見せるか、無視しえない武功をあげてみせるかのどちらかしか彼らの首を立てに振る方法はないのである。

 四星天を狙うならば最後まで承認しなければと考えるかもしれないが、彼らは純粋な力の信奉者。力こそが神であり、決して偽ってはならないものなのだ。もし妨害のためと承認を渋るような真似をすればその他一族全てから(そし)りと蔑む視線を送られ、場合によっては物理的な制裁さえも受けることになるだろう。

 そして今一つの席が空き、魔王の敵討ちという誰もを認めさせる成果がソーン砦にいるという報が魔族全体に発せられたのだ。種族としては下層に位置し、虎視眈々と力を蓄えてきたドノバンにとっとその報は千偶一隅の機会だという確信と、目じりまで届きそうなゆがんだ笑みをもたらした。


「第二陣、第三陣と同じ規模で進行を続けよ。そして三陣には例のアレをまぜて挑む」


「アレの初めてのお披露目ですの。あれが我等の主力となった暁には最高の種族の名も欲しいがままですの」


 自らの栄光と未来を夢見て短い笑いを天幕の中へと響き渡らせていた。


新PCが二日で逝った…だと…!?


天狗じゃ!天狗の仕業じゃ!


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